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11 虹との約束



 ある日、昼食の最中に、

「おぉ、そう言えば最近忙しくて後回しになっておったが、ラビよ、『虹』の運動を明日やろうと思うのじゃ」

 不意に爺ちゃんがそう言った。

 あぁ、そう言えば僕もすっかり忘れてしまっていたが、虹に運動させるとの約束をしてから暫く経つ。

 虹の感情なんて僕にはあまり察せられないけれど、もしかしたら内心で不満を溜められていたかも知れない。

 多分ないとは思うけれど、行き成りその不満が爆発したら怖いし、早目に運動をさせて上げれるのは僕としてもありがたい事だ。


 でもそれにしても、

「明日かぁ、準備間に合うかな……」

 やるならやるでもう少し前に言って欲しかった。


 これがペットや何かの運動であれば散歩でもさせれば良いので事は実に簡単なのだが、虹を運動させるとなると到底そうもいかない。

 例えば、仮に虹をペットの様に繋いで爺ちゃんの領域の周囲を散歩させたとしよう。

 すると間違いなく、四方の主達が集まって来て大戦争が始まる。

 要するに、あの石塔の地下室に居る虹は、魔の森の主でも脅威に思って排除に集まるレベルの存在なのだ。

 だから迂闊に外には出せない。


 であるならばまず運動させる場所として、専用の空間が必要だった。

 流石に空間の作成は僕には荷が重すぎるので爺ちゃんの担当となるが、となれば次に必要となるのが虹の運動相手だろう。

 もう少し具体的に言えば虹と戦い、破壊される役目の相手だ。

 当然僕自身がそれをやる訳には行かない。


 爺ちゃん曰く虹は僕に異常に懐いてるらしいから、僕なら破壊されないのかも知れないけれど、試してみる気にはあまりならなかった。

 ではどうするのかと言えば、壊されても構わないゴーレムを作成するのだ。

 それもこれでもかって位に大量に。

 つまり爺ちゃんが作成した異空間内で、大量のゴーレムを相手に戦わせて戦闘への欲求や破壊衝動を満たしてやるのが、虹の運動と言う訳だ。


「うむ、それに関しては本当にすまぬ。今日は午後の講義は無しにして儂もゴーレム作成を手伝う故に、まずは材料の採取に行って来てくれんか」

 爺ちゃんの言葉に、僕は頷く。

 まあ確かに虹を運動させる準備は大変だけれど仕方ない。

 だって虹はいまいち理解不能だけれど、それでも人里離れた魔の森の中央なんて場所で暮らす僕にとっては、ある意味では家族の一人の様な物だと思ってるから。 



 そんな訳で僕がやって来たのは、爺ちゃんの領域を出て幾らか北に行った場所にある地底洞窟。

 魔の森は世界を巡る魔力が集まり易い場所なので、実は森が豊かなだけでなく、地下資源も豊富なのだ。

 中でも一番採掘に適するのは南部地域の山付近なのだけれど、……残念ながら魔の森の南部は主が少しややこしい。

 故に爺ちゃんと一緒なら兎も角、単独で行う場合は、僕は主の性質が穏やかである北の地底を採掘場所としていた。


 地下深くの広い空間で、僕は魔術の光に照らされた壁に手を突く。

 地に働きかける魔術を用い、壁から大きな石塊を切り出す。

 単純に大雑把に、僕が転移で送れるギリギリの量を切り取っただけの石塊。

 勿論これをそのまま送っても良いのだが、流石にそれは芸がない。


 僕は切り出した石塊に更に魔術を掛け、中に含まれる金属を取り出して種別に纏め、石自体も圧縮して密度を高めておく。

 質より量が重要とは言え、例えば中に鬆の入った割れやすいストーンゴーレムなんて、虹も相手をしていて興ざめだろう。

 加工が終われば輸送である。

 館の庭には資材置き場と定めたスペースがあるので、そこをイメージして石と金属を転移で飛ばす。

 たった一度の輸送でも、重量が重量だけに割合に魔力の消費は激しい。


 しかも作業はこの一度で終わるのでなく、この後百度近くは同じ事を繰り返さなければならなかった。

 虹から採取できる石の御蔭で、僕の魔力は並の魔術師よりもずっと多いらしいけれど、流石にそれだけの回数の切り出しや加工、転移の魔術を自前の魔力で行うのは不可能だ。

 だから僕は爺ちゃんに渡された魔力回復薬、見た目は真っ黒な飴を口に含み、その苦さに顔を顰めながら切り出し、加工、輸送の作業を繰り返して行く。

 この回復薬は口に含んでいる間中、魔力を少しずつ回復させてくれる優れモノである。

 これさえあれば、時折休みを挟む必要はあるが、まぁ夜までにはこの採掘作業も終わるだろう。

 尤もその後には、今も爺ちゃんが励んでいるであろうゴーレム作成を手伝わねばならないけれど。


 少しだけ溜息を吐きそうになる労働量だが、でもゴーレム作成の方は、今行ってる作業に比べれば拘って遊べる余地があるので、何にせよ今の作業は早く終わらしてしまうとしようか。




 ただまあその時はうっかりと忘れていたが、拘って作れば作るほど、壊される時は哀しいものだ。

 以前料理は準備には時間が掛かるが、食されるのはあっと言う間との言葉を知り合いのエルフの冒険者、シーラ・シーラから聞いた。

 野営の時なんかに少し凝った料理を彼女が作っても、仲間達が平らげるのはあっと言う間なので、喜んでくれるのは嬉しいが、偶に虚しくもなるそうだ。

 きっとシーラは、多分今の僕と似た様な心境だったのだろう。


 あれから、僕と爺ちゃんは徹夜でゴーレムを作り続ける。

 人間サイズのストーンゴーレムが三百体、その高さも幅も倍のサイズのストーンゴーレムが八十体、更にその倍のサイズの巨大ストーンゴーレムが三体。

 そして最後に僕が石から分離した金属、ミスリルと魔鉄鋼の巨大ゴーレムを拘り抜いて調整して性能を上昇させた物を一体ずつ完成させた。

 正直そこまでやる必要はなかったのだが、僕も爺ちゃんも作成中に興が乗り、思わずテンションが上がってしまったのだ。

 夜明けの光が差し込む頃、全てのゴーレムを完成させた僕と爺ちゃんはハイタッチをして互いを褒め称え合う。

 勿論作業量としては爺ちゃんの方が圧倒的に多かったけれど、それは魔術師としての技量を考えれば仕方がない。

 でも同じ作業を行うのが一人じゃないって事に意味がある。


 その後僕は少し睡眠をとり、昼食後に虹の運動へと挑む。



 星が輝く夜空の様な、小さな光が無数に煌めく漆黒の異空間で、虹の運動は始まった。

 久しぶりに全力で動ける広い空間に解き放たれ、虹は嬉しそうにうねうねと蠢く。

 ……多分、嬉しそうなんだと思う。

 僕もそんな虹の様子に少し喜びを覚えたが、しかしそれは、その分だけ虹が張り切ってると言う事で……、

『動け石塊の人型よ』

 最初に投入された三百体の人間サイズのストーンゴーレムが動き出した瞬間、少しの喜びは驚きと衝撃に吹き飛ばされる。


 動き出した運動相手を認識した瞬間、嵐の様に振り回されたのは虹が触手の様に伸ばした身体の一部。

 それが触れた瞬間、まるで紙人形の様にストーンゴーレム達が弾き飛ばされた。

 否、弾き飛ばされただけじゃない、衝撃を受け止め切れなかった石の身体は、バラバラに崩れ去りながら飛んで行く。

 ほんの数瞬で、数十体のストーンゴーレムが残骸と化してしまったのだ。


 いやいや、虹ってあんなに強かったっけ……。

 人間サイズのストーンゴーレムとは言え、その素材には僕が圧縮加工を施している。

 全身に金属鎧を纏った人間の比じゃない位に頑丈で重い筈なのに、あんなに簡単に吹き飛んで、あんなに簡単に壊れるものなのか。

 以前に虹が運動した時はもう少し丁寧に、貫いてからバラバラに引き裂く等、割合に工夫しながら戦っていたのだが、今の虹はまるではしゃぐ子供の様な戦い方だ。


「いかんな、虹め。今日は妙に張り切っておる。これでは幾らも持たん。すまぬがラビよ、最後に動かすゴーレム達に強化魔術を掛けてくれんか」

 爺ちゃんの言葉に、僕は慌てて巨大ゴーレム達の所へと飛ぶ。

 そして三体の巨大ストーンゴーレムと、ミスリルと魔鉄鋼の巨大ゴーレムに僕が強化を掛け終わる頃、他の三百八十体のゴーレムは全てが粉々の残骸と化していた。

 因みに人間サイズは兎も角、倍サイズの方のストーンゴーレムならつい先頃戦った雷虎、サンダーサーベルタイガー辺りと良い勝負をする位の強さはある筈なのだが……。


 しかし流石の虹も、五体の巨大ゴーレム達には多少の苦戦を強いられる。

 特にミスリルと魔鉄鋼の巨大ゴーレムは、虹の打ち払いにも揺るがない。

 何せ爺ちゃん曰く、四方の主でも本気で攻撃をしなければ壊せないレベルの頑丈さらしいのだから。

 だが虹は降り注ぐ魔鉄鋼の巨大ゴーレムの拳を受けながらも、ぐにょりと変化して腕全体を包み込み、更にミシリと圧し折った。

 人型のゴーレムは基本的に人間の動きを模して動く為、一応は関節が存在し、その部分だけはどうしても少しばかり弱くなる。

 つまりそれは虹が人間の動きを理解していると言う事だ。


「学習しておるのぅ……、次からは人型以外のゴーレムも増やした方が良いかも知れんなぁ」

 面倒臭そうに爺ちゃんが呟く。

 人型以外の特殊なゴーレムを作る手間は、普通のゴーレムの数倍だった。

 何より僕がまだそちら側には手を出せないので、作るのが爺ちゃんだけになってしまう。


 では虹が何処から人の動きを学んだのかと言えば、時折行われるこの運動の時でもあるだろうが、基本的には普段世話してる僕の動きを見ての筈だ。

 そう言えば以前より僕が虹の感情らしき物を感じ易くなったのは、虹が僕を理解して、伝わる様に感情表現をしているせいなのかも知れない。

 それが良い事か悪い事かは判断が付かないけれど、虹と仲良くなれるのなら、きっと僕は嬉しいと思う。

 でももし、虹が僕の気持ちをわかってくれるなら、そんなに簡単に壊さないで貰いたい。

 後ミスリルと魔鉄鋼のゴーレムは修理して再利用したいから、粉々にするのだけは本気で勘弁して欲しいものである。


 結局、ゴーレム達の関節を圧し折る攻撃を覚えた虹に、全てのゴーレムが沈黙するのはそれから間もなくの事であった。



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