10 冒険の日4
前衛のラドゥとディシェーンが安定して敵を惹き付け、武器で打ち据えて出血を強いる。
その間にシーラが弓と、時折精霊魔法を使用して確実に傷付いた魔狼から数を減らして行っていた。
僕も適度に、周囲の環境に影響の出にくい、水の魔術を使用して援護を行う。
出現させた水を魔狼の口に放り込んだ後、鋭い棘状に変化させて頭部を串刺しにしたり、水の壁を立ててその突進を防いだりだ。
しかし数の多さ故に時間は掛かるが、このままなら特に問題もなく殲滅できそうだと、そう思った時だった。
「拙い、デカいのが来る! コイツは『イレギュラー』だ!」
不意に放たれたカーイルの警告が、順調だった状況を打ち砕く。
イレギュラーとは、本来その階層に出現しない筈の魔物の総称だ。
大体の場合、ダンジョン内では階層内には一定種類の魔物のみが出現する。
例えば先程シーラが言った様に、この階層ではグレートファング、ブラッディボア、バーサーカーベアーと他数種の魔蟲しか基本的には見掛けない。
だがごく稀にだが、例外的に、本来その階層には見られない、その階層には見合わない実力の魔物が現れる事があった。
ダンジョンに詳しい者の話では、実はイレギュラーの発生率は僕等が思うより高いそうだ。
ただその階層に見合わない実力と言っても、強い場合ばかりじゃなくて弱い場合もある。
或いはその階層の魔物より強くても、圧倒的な差がない場合は、本来いる種によってたかって襲われて排除されるらしい。
だから冒険者が出くわすイレギュラーはその階層の魔物が排除出来ない、圧倒的に強い魔物ばかりなんだとか。
そんな物に出くわすのだから、運が悪いとしか言いようのない話だった。
しかも今はグレートファングと交戦中で、浮いてる戦力は警戒にあたっていたカーイルのみ。
だがまさか彼に一人でイレギュラーの相手をさせる訳にはいかないだろう。
「カーイル、狼の殲滅に加わって。イレギュラーは僕が何とかするから」
であるならば、僕がイレギュラーの相手をするより他に手はない。
カーイルは迷う様に視線を僕に、それからラドゥに向けるが、
「すまない、頼むラビッ!」
グレートファングと戦うラドゥは、振り向かずに、でも声に悔しさを滲ませながらそう言う。
僕はグレートファングと戦う仲間達からは少し離れて、やって来るイレギュラーを待ち受ける。
こちらに向かって来る気配の強さと荒々しさには、少しだけ心当たりもあった。
―GUOooooooooooo!!!―
僕を視界に入れたソイツは、大きな咆哮を上げる。
その正体は想像通りだ。
体長は成人男性の身長三人分ほどで、口からは曲刀の様な犬歯がはみ出す虎、ビッグサーベルタイガー。
……ではなく、身にバチバチとした雷光を纏っているので、ビッグサーベルタイガーの更に上位であるサンダーサーベルタイガーである。
魔の森で言えば、ビッグサーベルタイガーは中層部レベルの魔獣だが、サンダーサーベルタイガーになるとギリギリで深部に棲める魔獣だった。
まあ実際には魔の森で虎型の魔獣が出現するのは殆どが西部で、西部には浅層部や中層部は存在しないから、実際にはビッグサーベルタイガーも深部に棲むが、それは西部の主の保護下での話だ。
魔の森の西部の主は単体ではなく、爺ちゃんが白銀虎と呼ぶ魔獣の一族が支配者として君臨している。
だから虎型の魔獣は、魔の森ではある意味特別な魔物だが、まぁその辺りは良いだろう。
魔の森の魔物と、ダンジョンの魔物は色々と違うのだし、大事なのは僕がサンダーサーベルタイガーを実際に見た経験があり、その能力を知ってるって事だ。
サンダーサーベルタイガー、雷虎の移動速度はとても早いが、僕だって待ち受ける間に魔術の準備は完了していた。
「土よ、結べ」
僕の魔術が世界の理、在り方に働きかけて、雷虎の四方に分厚い土の壁が大地より迫り出し、互いに結びついて隙間の無いドーム状の牢獄と化す。
今回の戦いでは、一つ僕には大きな制限がある。
それは周囲の環境を破壊し過ぎない様、配慮しながら戦う必要がある事だ。
仮に僕が本気で大規模な魔術を行使すれば、周囲の森は大きく破壊され、後で薬草の採取をするどころじゃ無くなってしまうだろう。
もしここが魔の森ならば、多少は壊そうが燃やそうが、そんなには燃え広がりもしないし、豊富な森の生命力が数ヶ月もあれば修復してしまうから気にもしない。
しかし幾らダンジョン内の環境とは言え、この場所に魔の森並の頑丈さを求めるのは些か以上に無理がある。
矢張り火や風の魔術の使用は控え、水や土の魔術をメインにして戦うのが無難だろうか。
「更に、突き刺せ」
僕が両手の五指をピンと伸ばせば、ここからは見えないが雷虎を閉じ込めたドームの壁からも土の槍が迫り出し、逃げ場のない獲物の身体に突き刺さる。
単に土を槍の形にしただけでは丈夫な雷虎の毛皮を貫く事なんて出来やしないだろうが、穂先の密度を上げて硬度を金属並にし、更に魔力も込めて鋭さを強化した土槍は十本とも、狙い違わず雷虎の毛皮を貫いて肉体まで届く。
だが次の瞬間、ダメージを追って怒り狂った雷虎が無差別に放った雷撃が、密度の高い攻撃を行う為に薄くなっていた土のドームを破壊した。
さて手負いとなった雷虎と、準備した手札を一つ消費した僕。
果たして今有利なのはどちらだろうか?
雷虎は、怒りと殺意に満ちた目で僕を見ている。
魔の森の魔物なら、相手を殺す事より自分の生存を優先させる事が多いから、例え勝てたとしても大きな傷を負う可能性の高い戦いは避ける傾向が強い。
何故ならその場は勝てたとしても、大きく傷付き弱ってしまえば、結局は別の魔物に襲われて喰われてしまうから。
でもダンジョン生まれの魔物には、そう言った自分の生存を目的と出来るだけの知能はあまり備わっていない。
中には例外も居る様だけれど、大抵のダンジョン生まれの魔物は、勝ち目の殆ど無い戦いであっても、最後の瞬間まで相手を殺してダンジョンの糧とする為に戦い続けるのだ。
僕は戦いが始まってから、魔術の呪文詠唱をずっと途絶える事なく続けてる。
実際に発動させるにしても、放棄するにしても、魔術師が単独で戦闘する場合は常に使用魔術を準備し続けなければ目まぐるしく変わる状況に間に合わない。
先程の魔術では合計十の傷を負わせたが、生命力の高い魔獣の雷虎を屠るには、もう一工夫が要るだろう。
雷虎は雷撃による遠距離戦は選ばずに、自慢の足で地を駆けて、僕の頭を噛み砕かんと口を開いた。
成る程、確かにその戦術は正解だ。
ひ弱な魔術師が相手なら遠距離戦を挑むよりも、接近して殺す方が手っ取り早い。
けれどもだからこそ、その攻撃は僕の想定通りである。
雷虎の口が閉じる瞬間、僕の頭部はもう既にそこには無かった。
瞬間転移、咄嗟の事態に弱くて死に易いひ弱な魔術師が、そんな咄嗟に対応出来る様に編み出された魔術の一つ。
効果は歩幅にして十歩ほどの距離内へと瞬時に転移する。
即座に準備が出来、即座に発動出来る優れた魔術だ。
しかし優れた魔術ではあるのだが、咄嗟に行われる転移は人間の身体の平衡感覚を狂わせる為、運動の苦手な魔術師だと下手をすれば倒れてしまう魔術でもあった。
だが僕はただの魔術師ではなく、元暗殺者、とまでは言わないにしても、そうなる為の訓練を積んでいたから、平衡感覚には自信がある。
だから僕は咄嗟の転移を行っても酔ったり倒れたりしないどころか、元々準備してた別の魔術を発動待機させながらでも、瞬間転移の行使が可能だ。
つまり勝利を確信して口を閉じた雷虎が感触の無さに戸惑った瞬間、僕の魔術は彼を捉えた。
発動させたのは水の魔術。
生み出した大量の水が、雷虎の全身を包み込む。
攻撃を受けた驚きと、僕が生きていた事への怒りに、雷虎の全身が雷を帯びようとするが、残念ながら魔力を帯びた大量の水は雷虎の電撃を通さない。
後それに、僕の攻撃は未だ完成してなんかいないのだ。
「圧縮」
僕がその言葉を唱えると、雷虎の全身を覆っていた水は、頭部のみに集まりその密度を極限に高めて行く。
すると当然、雷虎は呼吸も出来ないままで、更に頭蓋を砕かんばかりの圧力が頭部には掛かる。
痛みと苦しさから、雷虎全身から電撃を発して暴れるが、そんな事では密度を高めた水を引き剥がす事は出来やしなかった。
ただまあ、僕があの雷撃に巻き込まれたら普通に死ぬので、距離は充分に取らせて貰うが。
……でも多分もう、雷虎は僕が距離を取った事に気付く余裕さえないだろう。
呼吸が出来ずに窒息死するのが先か、頭部を潰れてしまうのが先か、どちらにせよ雷虎が息絶える未来はもう変わらない。
どちら側の戦闘も無事に終えた僕等は、その日は薬草の採取を済ませた後は早々に引き上げる事にする。
無事に勝利を収めたとは言え、イレギュラーとの遭遇はあまりに運の悪い事態で、そう言った時には得てして不測の出来事に出くわし易いと言うのが冒険者達の考え方だ。
僕は山分けで良いと言ったのだが、サンダーサーベルタイガーから得られた素材を売却して得た金銭は僕の取り分となった。
そして僕が帰る際にラドゥは、
「ちゃんと追い付くから」
ちょっと悔しそうに宣言した。
別に僕は彼等と比べて自分が特別に前を進んでいるとは思わないが、そんな風に思ってくれるなら僕はラドゥ達と長く一緒に居れると思う。
確かにラドゥ、ディシェーン、シーラ、カーイルは、単独じゃサンダーサーベルタイガー、雷虎には勝てないだろう。
でも他に敵が居なければ、彼等なら僕抜きでも雷虎にはなんとか勝てた筈だ。
サンダーサーベルタイガーは小さな町なら単独で壊滅させれるクラスの魔物だから、目算ではあるがそれに対抗出来るラドゥ達は冒険者としては相当に腕が立つ方である。
であるならば僕との差は、仮にあったとしても然程に大きい訳じゃない。
どうしようもない隔絶って言うのは、例えば爺ちゃんみたいなのを見た時に感じる物だった。
僕はそんな爺ちゃんに少しでも近づける様にまだまだ前へと進むから、少しでも長い間、ラドゥ達とも一緒に歩めれば良いなと思う。




