縁結びはややこしい その3
結局鍋底神社には、稲穂が遊びに来て以降は客が来ることもなく、せいぜい祭りの準備でやり取りをする氏子の電話を敷島に取り次ぐ以外、琴子はやることがなかった。
「それでは、今日はちょっと早いですが、帰っていいですよ」
「お疲れ様です……あの、もうすぐお祭りなのはわかりますが、あんまりパソコンの前に座ってばかりも体に悪いですよ? 休憩のときはちょっとは立ったほうがいいですよ」
「忠告ありがとうございます。いえ。もうちょっとしたら座ってもいられなくなりますから、今のうちに座っておきたいんです」
敷島がそう薄く笑って言うので、それ以上琴子が言うことはなにもない。社務所の向こうにあるプレハブ小屋の更衣室でごそごそ着替えると、そのまま帰ることにした。
狐の嫁入りが残していったもうもうとした湿気の中、金色の夕焼けがアスファルトを照らしている。それに目を細めながら、琴子は家路に着こうとするとき。坂を下った先で、朝に見かけた男性がきょろきょろと視線をさまよわせているのを見かけた。
「あの、今朝の?」
「……ああ、今朝はすみませんでした!!」
男性はぺこぺこと頭を下げるので、琴子も一緒に頭を下げる。そういえばどうしてこの人は急にいなくなってしまったのだろうと考えてみるが、納得のできる理屈が思い浮かばない。
琴子はこのうだつの上がらない男性がどうして鍋底神社の敷島に会いたがっているのかも聞いたほうがいいんだろうかと考えるが、それは野暮というものだろうかと黙る。
男性は琴子が来た道をちらちらと見る。
「今日は、神社ではなにもありませんでしたか?」
「はい、普通でしたけど」
「そうですか……ああ、すみません。自分の聞きたいことばかりしゃべりまして。自分は前にあそこで働いていたんですよ。ですから今の鍋底神社の様子が気になったんです」
それで、琴子は「ああ……」と納得がいく。
どうして敷島と知り合いなのかと首を捻っていたら他でもない。あそこで宮司として働いていたのなら、先輩と後輩で説明がつく。でも。気になるのは、稲穂が琴子に言った言葉だった。
『あなた、出会ったのでしょう、あの男と? このことは達彦には口にしないほうがよろしくてよ』
稲穂は鍋底神社のご意見番らしいし、敷島とは古い付き合いらしいから、彼女が自分をわざわざからかうためにそんなことを言ったとは思えない。でも、この目の前の男性が悪い人とも思えないから困るのだ。
彼の頭をちらっと琴子は盗み見るが、彼はくたびれたペタンとした髪に、白髪がちらちらと見えるだけ。頭から伸びている縁は、どれも至って健康的な根の色をしていて、どれも悪縁とは言い難いもののはずだ。
琴子は男性にどう答えようと思いつつ、ふと思ったことを言ってみる。
「あの、もし敷島さんにお話があるんでしたら、わざわざ会いに行かなくても、連絡のひとつでも入れればいいのでは? 敷島さん、普通にスマホも持っていらっしゃいますし」
氏子や屋台の業者との打ち合わせのために、神社の備え付けの電話だけでなく、スマホも使っているのは隣で琴子も見てきた。電話が煩わしいなら、アプリのメッセージなりメールなりを入れれば、敷島も見るだろうが。
それに、男性は困ったように薄く笑う。
「多分、敷島くんはアプリもメールも見てくれませんから。自分からの電話も取ってくれないでしょうね」
「まあ……」
敷島がそんなに大人げないことをするんだろうか。あの宮司は訳がわからない性格をしているとは琴子も思うが、彼が連絡を取ろうとしているだけの人間を無下に扱うのは、ちょっと想像が付かなかった。
それに男性は坂の上を見ながら、溜息をついた。
「せめて彼に謝りたいと思いましたが、エゴなのかもしれません。今日は、失礼しますね」
言いたいことだけ言って、うだつの上がらない男性が駅に向かおうとするのに、琴子は「待ってください!」と声をかける。
「あの、せめて敷島さんに用がありましたよと、お伝えくらいはできると思います。お名前を教えてもらってもよろしいですか?」
そう琴子が言うと、男性は困り顔のままこちらに振り返る。
「……布山と言いますが、敷島くんには自分の名前は伝えないほうがいいと思いますよ。ただ、あなたが神社に来てくれてよかった」
「はい……?」
「彼は思い詰めたら、人の話をちっとも聞きませんから……。彼を傷付けた自分が言う話ではないんですが」
そう言って笑う布山に、琴子はどう返事をするべきなのかと迷う。
どうしてこの人のよさそうな人が、あの取りつく島もない人を怒らせてしまったのか、いまいちわからないのだ。
結局は琴子は男性と一緒に駅まで向かい、そこで別れた。
電車でガタンゴトンと揺れながら、今日の出来事を反芻して考えてみたが、やっぱり琴子には敷島のことも、布山の事情も、察するには材料が足りな過ぎて、上手くピースがはまらない。そのはまらないピースを彼女は持て余すこととなったのだ。




