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不毛な恋の忘れ方 その1

 固定休ではなく、休みは不定期。その代わり通勤手当てはあり、時間外手当てはあり。

 これは年末年始や縁日など、神社特有の行事によるものだろうと、琴子は納得する。行事や観光客の問い合わせが増える土日はともかく、平日は本当にやることがないくらいに暇なのだから、ブラック企業で心身ともに参ってしまっていた琴子は充分納得ができるものだった。

 白衣に緋袴という、わかりやすい巫女装束で鍋底神社で働きはじめて、既に一週間が経過していた。大学で茶道部に入っていたおかげで、着付けにそこまで苦労することもない。

 休日になったら、神社が好きな人が参拝に来たりすることもあるが、平日は暇だ。

 元々閑静な町なため、バスに乗って山方面まで走らなかったら観光地もないし、電車だって各駅停車しか停まらないから、土日や祝日でもない限り観光客もやってこない。

 神社がもっと混んでいるものだと思っているのは、それは観光地の中にある神社だとか、縁日や初詣などの行事にちなんでなんだろうと、琴子は思うことにした。

 それにしても。


「すみませーん、絵馬くださーい」


 社務所のほうに、ときどき絵馬を買いに客が訪れることがある。あの階段の昇り降りがつらいせいで、やってくるのは大概は若い客だ。今日は地元の高校の制服を着ている子たちだ。琴子はちらっと高校生たちの頭を見る。若く白い根っこが伸びているが、まだ黒ずんでも枯れてもいない。人間関係は良好なんだろうと分析する。

 琴子は「はい」と支払いを済ませ、絵馬をかけられる場所を手で教える。彼女たちは絵馬にさらさらと文字を書いて、それを引っかけて帰っていった。

 神社にかけた絵馬って、多くなったらどうするんだろうとか、神社にあるものって燃えるゴミに出していいもんなんだろうかとかそう思っていたけれど、ここの宮司の敷島があっさりと教えてくれた。

 宮司のやることってなんだろうと思っていたら、朝と夕方に拝殿の掃除をして、神饌しんせんを供える。ときどきここで願いを叶えてもらった人たちがお礼参りでお供えを持って来ることもあるから、それらも供える。あとときどき氏子となにやら話し合いをしているというのが、彼の仕事であるらしい。

 高校生たちが帰っていったあとも、敷島は境内の掃除をしながら、絵馬を眺めていた。


「ああ、これは年末にお焚き上げするんです。そのときに燃やすんですよ」

「燃やしても大丈夫なもんだったんですか、これ?」

「最近は環境問題でいろいろうるさいでしょ。ですから、神社のほうも燃えても問題ない素材でつくっているんですよ。絵馬も同じです」


 そういえば年末になったら、神社から煙が出ていることがある。今でもこんな行事を普通にやっていたんだなと思いつつも、年に一度しかお焚き上げがないんだったら、それまで絵馬をどうしておくべきなんだろうか。


「それまでは、どうしておくんですか……?」

「量が増えて、これ以上かける場所がなくなった場合は、絵馬を引っかける紐を外して、年末のお焚き上げまで蔵にしまっておくんです。祭りのシーズンになったらどうしても量が増えてしまいますから、軽い内にしまっておいたほうがいいですよ」

「わかりました」


 絵馬を引っかけている場所も、今はかかっている絵馬はまばらだ。お祭りになったらかける場所がなくなってしまうんだったら、早め早めに片付けたほうがいいんだろうと、何気なく絵馬を見て、思わず琴子は手が止まる。


【先生と縁が切れますように】


 さっきの高校生たちなんだろうか、と琴子は思う。

 他にかかっている絵馬も、過激なことがかかれている。


【勇作さんと別れてくれますように】

【あの嫁が別れてくれますように】

【由貴子と別れろ】


 敷島は否定しているが、これも縁切り神社と呼ばれているせいなんだろうか。誰かと縁を切りたい、もしくは縁が切れろと言っているような絵馬が大半だった。

 琴子がその絵馬を片付けるのに躊躇していたら、敷島のほうがひょいと顔を覗かせてきた。


「おや、まだ片付けるには早くありませんか?」

「敷島さん……あの、これって」

「ああ。うちが縁切り神社って言われているせいで、こういう願いは多いんですよね」


 敷島は気にすることもなくあっさりと言ってのけるのに、琴子は悲鳴を上げる。


「これって、呪いじゃないですか! せめて噂くらいは否定したほうがよくないですか!?」

「そうは言われましてもねえ……祈祷すれば縁が切れるのは本当ですし、わざわざ否定するのも、遠方から来るお客様にも失礼ですし」

「あぁん、せめて人の悪口を絵馬に書くの、どうにかしませんか!? 見てて気持ちがいいもんでもありませんよ! 願いを隠すとか!」


 最近は願いをシールを貼って隠す絵馬もあるらしいから、思わず口にしてみる琴子。でも敷島は間延びしたように「そうは言われましてもねえ」と言う。


「人を呪わば穴ふたつとも言いますし。放っておきなさい」

「そうなんですけど……」

「そもそも絵馬に書かれているものなんて、そこまで責任が伴うものじゃないですから。もっとも……祈祷に参られるんでしたら、話は変わって来るんですが」


 そうさらりと言う敷島に、思わず琴子は言葉を詰まらせる。基本的に物腰が柔らかい敷島だが、ときどき何故か怖いことを言い出す。

 そんな中、社務所のほうから電話の音が聞こえたので、慌てて琴子は受話器を取る。


「はい、鍋底神社です」

『すみません、祈祷の相談に伺いました』


 鍋底神社は、平日だと一回、土日や祝日だと三回、祈祷が行われている。琴子は祈祷の日時の説明をすると、彼女は明後日やってくると聞き、思わず琴子は目を剥く。

 祈祷は以前琴子がやったように飛び入りもできるが、わざわざ予約を入れてまで祈祷にやってくるとは。そう思いながらも、時間の説明をしてから、琴子はメモしたことを敷島に伝えに行く。


「あの、敷島さん。祈祷の予約が入ったんですが。明後日です」

「おやおや。急ですね。わかりました」

「あの……」


 敷島は変わらぬ態度で、敷地内の掃除をする。既に拝殿の掃除も終わってしまったし、神饌しんせんも滞りなく供え終わったので、参拝客でも来ない限りは目についた場所を箒で掃くくらいしかやることがない。

 琴子はおずおずと敷島に口を開いた。


「今回の祈祷も、縁切りでしょうか?」

「さあ、どうでしょうね。こればかりは祈祷のお客さんが来ないことには」

「そうですね……」


 どうにも琴子はもやもやと考えてしまうのは、嫌いだから、好きじゃないからという理由だけで、気軽に絵馬を書いてしまう客たちのことだった。

 敷島は「放っておきなさい」とは言っているものの、いまいち琴子にはそれがいいことには思えなかったのだ。縁が見えてしまうのだから、余計に綺麗な縁をわざわざ切れるようにと考えてしまうのには、納得ができない。

 彼女がもやもやしているのが顔に出てしまったのか、敷島はふっと息を吐く。


「渡辺さんは、気にしすぎですよ。絵馬に書いたからといって、それで縁は切れません。よっぽど切れやすいものじゃない限りは」

「ですけど……敷島さんって、縁を切れますよね?」

「切れますよ。でも自分は、祈祷に来た人以外の縁は、切るつもりはありません」


 そうはっきりと言われてしまい、琴子は思わず眉を潜めてしまった。

 これは仕事だ。お金を支払って物を買うのと一緒で、祈祷料を支払って縁を切る。それだけの話なのだが。

 でもそれでいいんだろうかと思ってしまうのは、やはり自分が縁を見えてしまう弊害なんだろうかと、琴子はついつい考え込んでしまった。

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