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ひとりぼっちの神様へ その2

 琴子は家に帰る途中、ショッピングモールに寄ることにした。光海に結婚祝いのプレゼントを買いに行くからである。

 ビール好きの彼女が新居で旦那と飲めるようにと、好きな銘柄のビールを頼んでいるとき、「ちょっと、聞いてるの!?」と甲高い声が聞こえて、思わず振り返った。

 ひどい剣幕を上げているのは、ひと組の男女であった。まだ就職していないんだろう、明るい茶色に染めた女性が、同じく明るい茶色の頭をした男性に食ってかかっている。


「あのアプリの女子、誰!? 本当信じらんない!」

「ちょっと待てったら、これは違……」

「じゃああの女誰よ、何度聞いても教えないんだから! さっきもメッセージ入ってたし!」

「だから、マジで違うんだってば!!」


 男性が必死で説得しようとしても、女性の血の気がますます荒くなるばかりで、治まる気配がない。琴子は何気なくふたりの頭を見上げてみた。

 綺麗な結びつきだと思う。このところ、ずいぶんとすさんだ縁ばかり見ていたせいで、どす黒く根腐れを起こしてしまった縁や、乾いていつ枯れてしまってもおかしくない縁ばかり見ていたせいで、こんなに鮮やかな緑色で結びついた縁は久しぶりに見たと思う。

 でも……彼女が声を荒げるたびに、縁がだんだんと色がくすんできてしまっているのがわかる。

 縁を大切にしなければ、どんなに強く結びついていても、いずれは腐るか枯れるというのは、こういうことなのかと琴子は思う。

 でも。色がどんどんとくすんでいっているのは女性のほうだけで、男性のほうは綺麗な薄緑の縁のままなのが気になった。

 腐れ縁は、自力で切ることができる。これはつまりは……。

 琴子は配送の用紙の記入と支払いを済ませてから、注意深くふたりを見比べた。


「本当に……最近ずっとスマホばっかり気にして、アプリの返事が来るたびに部屋に引っ込んでって……別れたいなら、早く言えばいいでしょう?」

「だから、本当に違うんだったら……!!」


 ふたりが声を荒げている中、このカップルがいる場所を見回した。

 輸入食品のチェーン店で、アイスクリームやコーヒーなどを買ったら食べられるようにとベンチやテーブルが置いてあるはずなのに、それらを店員たちがきびきびと運んでいっているのが見える。

 まだ店じまいには早すぎるのに。

 それに気が付き、どんどんエキサイトしていく彼女の前に、琴子は支払い皿をわざと引っ繰り返して、小銭をぶちまけた。女性は驚いた顔で、男性から視線を逸らしてしゃがみ込む。


「すみません! お釣りを引っ繰り返して……」

「いえ、こっちこそ恥ずかしいもの見せてすみませんでした」


 彼女も悪い子ではないのだろう。こんな場所で大声を上げてしまったから、耳を赤くして一緒に小銭を拾ってくれる。

 琴子は小さく「おめでとうございます」と言った。


「え?」


 本気でわかっていない彼女。

 琴子が気を引いている間に、いつの間にやら男性は片付けられた飲食コーナーに躍り出ていた。そして、下手くそなタップダンスをはじめる。

 流れてくるのは、最近流行りの結婚ソング。それに合わせて、今まで客だと思っていた人たちが、一斉にリズムを刻みはじめた。

 フラッシュモブ。テレビで見たことはあっても、実際に見たことははじめてだった。

 琴子だって、男性の縁があまりに綺麗じゃなかったら気付かなかっただろう。だからこそ、エキサイトして別れ話を切り出しそうになる彼女の気を引く必要があったわけで。

 ポカンとして一生懸命踊っている男性を見ている彼女の縁を琴子は見上げた。くすみかけていた縁に、だんだんと色が戻ってきている。

 バックダンサーを背に、男性は女性の元に跪くと、ダンサーのひとりがひとつの箱を渡した。女性は驚いた顔でダンサーを見守っていた。大方、フラッシュモブの打ち合わせをしていた浮気相手疑惑をかけられていたのは、彼女なんだろう。打ち合わせを綿密にしなかったら、こんな平日の夕方に、こんな鮮やかに踊れる訳がない。それが女性の誤解を招いてしまったのは不幸なことだったが。

 男性は手乗りサイズの箱を彼女の前で開いた。中には、ダイヤの輝く指輪が乗っている。


「結婚しよう」


 途端に女性は泣き出してしまった。

 琴子はそれに黙って手を叩いていた。見守っていた輸入食品屋の店員たちや、他の店舗の人々、本気で知らなかった客も拍手を送る。

 ふたりの縁が再び鮮やかな緑に戻ったことにほっとしながら、琴子を後にしようとして、気まずい顔で女性に声をかけた。


「あの、すみません……拾ってもらった小銭……」

「ごめんなさい! 返しますね!」


 せっかくのムードに水を差してしまうのもご愛敬だ。


****


 ショッピングモール帰りに布山に会えたのは、僥倖なのか不運なのか。

 布山は琴子を見かけると「お久しぶりです」と会釈をしてきたので、琴子もそれを返す。


「どうかしましたか? 顔色が優れませんが」

「ええっと……稲穂さんから、事情は全部伺いました。鍋底神社になにがあったのかも、布山さんと敷島さんの確執の原因も」

「……そうですか」


 布山は心底申し訳なさそうな顔をしている。


「自分は、敷島くんに対して、まだなにも教えられていないのに。ここの神社で働いている内に、会って話がしたかったんですが……彼からは拒絶されていますからね」

「布山さんの働いている神社は?」

「ええ……」


 教えてくれた神社は、鍋底神社よりも寂れた……いや古めかしい神社だった。だからこそ布山も二足のわらじで働いているのだろうと納得する。

 布山は言葉を続ける。


「彼のお姉さんには、本当に悪いことをしました。命だけはどうあがいても、我々ではどうすることもできませんから。ですが、縁を切るっていうのは縁を守ることなんですよ。敷島くんはそれをわかっているのか、いささか不安でした。もう彼もいい年ですのに、いつまでも先輩面するなとは、言われてしまいそうですけどね」

「……敷島さんは、本当にひどい人ですよ」


 琴子はぽつんと言ってみる。

 彼と出会ってから、ずっと引きずり回されているような感覚がある。でも。


「前に不倫相手とその奥さんの縁を切りたいという方が来られました。私が止めなかったら、敷島さんきっと彼女の本当の運命の相手ごと、彼女の良縁を全部切る気でした」

「ああ、敷島くん。本当に変わってないですね」

「でも……その祈祷客の方と話をしていて、少し思ったんです。敷島さんは、彼女の願いを最初からわかっていたから、良縁ごと切ろうとしていたのではないかと」


 布山はじっと琴子を見る。

 敷島の考え方は、たしかによろしくない。縁が見えてしまう琴子はどうしても彼を百パーセント擁護する気にはなれないが。稲穂の話を聞いてから、少しだけ考え方が変わった。


「彼女は楽になりたいと思ったから、不倫相手に依存していた。楽になりたいが本当の願いなら、さっさと会社も不倫相手も捨てて実家に帰ればよかったんです。ただいろんなしがらみや思い込みがあったから帰れなかっただけで」


 きっと不倫相手との縁も運命の相手との縁も切れてしまったら、彼女は泣きながら実家に帰るしかなかっただろう。たしかに、彼女の願いは叶っているのだ。

 なんでそんな薄情なことを言うのか、最初は琴子もわからなかったが。


「あの人は、ただ。人の願いを早く叶えたいだけなんだと思います。助けるのに一分一秒でも躊躇していたら、後悔する人もいるから。でも、アフターケアなんて全然考えていません」


 間御門もあのまま帰っていたら、しばらくは立ち直れなかっただろう。幸い、彼女は自力で縁を切ったおかげで、良縁は残っているが。

 敷島が何度も何度も言っていた「縁を見ずに人を見ろ」の意味が、ようやくわかった気がする。

 ……もちろん、彼の縁の滅多斬りは、琴子は未だに反対ではあるが。


「私をあの人は助けてくれました。今だったら、少し思うんです。あの人は、私にあの人の代わりになって欲しかったのかなと」

「敷島くんの、代わりですか?」

「はい。あの人が祈祷客の皆さんの願いを取りこぼさないよう、良心として……それは、おこがましいでしょうか?」


 琴子は少しだけ悪戯っぽく笑った。

 布山は、人のことを考えすぎるあまりに、助けないといけない人間を取りこぼしてしまった。

 敷島は、人の願いを叶えることばかり考えて、大事なものをいつも取りこぼしてしまっている。

 琴子は、そもそも縁を見る以外になんの力もない娘だ。でも、縁は見ることができる。

 ……取りこぼしちゃいけないものが、ちゃんと見えている。


「布山さん。敷島さんのことは、私に任せてください。だからどうか、あの人のことはもうそっとしておいてください」


 そう言って、琴子は頭を下げる。

 布山は少しだけ驚いて、琴子のつむじを眺める。そして、ふっと息を吐いた。


「普通の女性だと思っていましたが、君だったら大丈夫そうですね。敷島くんのこと、よろしくお願いします」

「はい!」


 琴子は少しだけ微笑んだ。

 いらないからといろんなものを断ち切ってしまっている敷島を、可哀想と思うのはきっと失礼だろう。

 ただ、琴子は伝えたかった。

 彼を心配している人たちとの縁は、簡単に手放してはいけないものだと。

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