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祭囃子の隠し事 その2

 少し日が傾いてきて、あちこちにかけられている提灯に明かりが入ってきた。

 シャンシャンシャンと鈴の音が続いている。

 からからと回るのはかき氷を削る音。ソースの匂いはたこ焼き以外にもイカ焼き、お好み焼きに焼きそばの匂いだろう。その香ばしい匂いに、たこ焼きを食べ終えたばかりだというのに、琴子のお腹も自然とキューと鳴る。

 稲穂の親切で交替してもらったんだから、彼女にお土産を買っていったほうがいいだろうと、琴子は屋台を見て回っていると、金魚の帯の子供たちがパタパタと横切って行ったのが見えた。

 普段は鍋底神社にはこんなに人が集まらない。お祭りだからという理由だけでも、こんなに人が来るものなんだな。そう琴子がありがたい気分になりながら見送っていたところで、「敷島さんも一杯どうですか?」と野太い声が聞こえてきた。

 振り返ってみれば、氏子たちは拝殿の端っこに祭りの運営委員をつくって、そこで座って缶ビールを飲んでいた。ちょっとした飲み会だ。それに敷島はいつもの笑顔で軽く手を振っています。


「今は仕事中ですから。皆さんでいただいでください」

「そうかい? しかし、拝殿も修繕が終わったし、ずっと後回しにしていた社務所もそろそろ手を付けたほうがいいと思うけど」

「ありがとうございます。でも、予算を考えたら、まだこのままでもかまいませんよ」


 その話を聞いて、琴子ははてと思って、拝殿を見上げた。

 拝殿では神楽を踊る巫女たちが見え、酒樽が何個もお供えとして積まれているのが見える。その拝殿は木造で古めかしく見えていたが、建て替えていたのかと今更気が付いた。

 氏子のおじさんがしみじみした声で、ビールを傾けながら続ける。


「雷が落ちて大変だったからねえ、あのときは」

「ええ……本当に申し訳ありません。修繕できて本当によかったです」

「ここの神社も歴史だけは古いからねえ。氏子が皆こぞってお布施をしてくれてよかったよかった。祭りの準備でどうしても後回しになっていたけれど、そろそろプレハブ小屋な社務所もみすぼらしいからねえ」


 そういう話を聞いていて、琴子は「あれ?」と考え込む。

 たしか、社務所がプレハブ小屋なのは、雷が落ちたせいだと聞いたような。そして、実は拝殿も建て替えていたなんて、はじめて聞いた。神社自体が相当古いとは、敷島や稲穂からも聞いていたが。

 敷島はそれに困ったように目尻を下げたように笑う。普段はなにを考えているのかわからない人ではあるが、年下扱いされればあんな顔をするんだなと琴子は意外に思いながら見ていたら、彼の口が動いた。


「いえ……雷が落ちたことを忘れないように、しばらくはこのままでもいいかと思います」

「天罰、だっけねえ……あれはまあ……ひどい事件だったからね」

「こら。その話はその辺で」


 ……天罰? 神社が焼け落ちることが?

 敷島は困ったような顔をしていたところで、別社の巫女がやってきて、なにやら敷島に話しかけた。それに彼は頷いたあと、氏子たちに「すみません、ちょっとこちらを離れますね。楽しんでいってください」と言い残して、巫女たちのほうへと行ってしまった。

 それに琴子は呆然とする。

 稲穂はなにやら自分に伝えたがっていたが、これは自分が知ってしまってもいいことなんだろうか。彼女が口で伝えようとしないのは、恐らくは敷島に対する遠慮なのだろうが。それとも。これ以上知ろうとするなという、彼女なりの警告なのだろうか。

 琴子はぐるんと、頭の中で今まで知ったことをかき混ぜる。

 敷島はなにかが原因で、布山と鍋底神社の縁を切ってしまった。その辺りに、神社が一度焼け落ちてしまったことが関係しているらしい。でも、氏子はそれを「天罰」だと称していた。

 だとしたら、それは敷島に対する罰なのか。それとも布山に対するものなのか。パズルのピースだけは次々と浮上するものの、まだそれを埋めたら浮かび上がる絵が足りない。

 氏子たちはこれ以上は「天罰」に関する話をすることもなく、皆で思い思いビールを傾けて、今年も無事にお祭りができた話やら、孫の運動会の話やらで盛り上がってしまったから、聞くに聞けない。

 ……仕方がない。今は変わってくれた稲穂にお土産を買って帰ろう。天狐の彼女がお気に召すものってなんなんだろうと考えながら屋台を回っているとき。


 ちりん


「え……?」


 風鈴の音が耳に入り、思わず琴子は辺りを見回した。鈴を鳴らして拝殿に祈りを捧げる参拝客や、鈴を鳴らして神楽を踊る巫女たちはいるが、風鈴なんてものはどこにも……社務所にだって……かけていなかったはずだ。

 思わず琴子はきょろきょろと辺りを見回したとき。背筋をぴんと伸ばした青い浴衣を着ている人が目に留まった。白く抜かれた茨の模様が入ったそれはずいぶんとハイカラな雰囲気で、黄色い帯も相まってずいぶんと美しく見える。彼女の髪をお団子にまとめ上げている簪に、風鈴の鈴があしらわれていることに気が付いた。

 でも彼女を見ていて、おかしいことに気付いた。彼女が歩いても風鈴は奏でるのに、彼女の下駄が音を出さないのだ。いや、彼女みたいに涼やかな美人が歩いていたら、一瞬だって誰かが目に留めそうなものの、誰も彼女を見ていないのだ。

 なによりも驚いたのは、彼女の頭を見ても、琴子にはなにも見えないということだ。ドロドロになってしまっている黒い縁や乾ききった縁はもちろんのこと、綺麗な緑色の縁すらも、彼女からは伸びていなかった。

 この人……。琴子は彼女を見ていて、ようやく気が付く。

 彼女は既に死んだ人だ。だからこそ、縁が切れてしまっているし、誰も見えない。


「金魚すくい!」

「一位は綿あめ買ってもいい!」

「ずるい!」


 子供たちがビニールサンダルでパタパタと走っていくのを、彼女は和やかな顔で見送っていたが、見送られた子供たちは誰ひとりとして彼女に目を留めなかった。

 鍋底神社は黄泉と現世の間にある社だとは、稲穂がたびたび教えてくれた。加えてお祭りとは、本来ならお祀り。神に祈りや願いを捧げるイベントだ。だからこそ、死んだ彼女も現れたんだろうか。

 琴子は元々霊感なんてあってないようなものだが、稲穂いわく鍋底神社は場所が場所だから、彼女の目の力も若干強まっているらしいから、死者の彼女も見えたのだろうと、ひとりで納得する。

 納得したところで、砂利を踏んだ音がこちらに響いてきたことに気付き、琴子は振り返る。

 敷島である。


「おや、渡辺さん? 社務所のほうは?」

「あ、すみません。稲穂さんが「お祭りだから屋台のほうにも顔出しなさい」とおっしゃって交替してくれたんです。もうそろそろお土産を買って戻ろうと思っていたんですけど」

「すみません。今日は本当に大変だったでしょう? アルバイトも募集したんですが、時期が時期のせいかなかなか集まってくれませんでしたし」


 大学生は今の時期は試験前だし、高校生も公立校は未だにバイト禁止のところも多いから、なかなか人が集まらないらしい。それに琴子は笑って首を振る。


「普段は楽させてもらっていますから、今日くらいは頑張りますよ」

「すみませんね、本当に」


 珍しく敷島から気を遣われているのにくすぐったく思っていたら、女性がじっとこちらを見ていることに気付き、琴子は敷島のほうを見る。敷島は不思議に思って、琴子を見返す。


「渡辺さん、どうかされましたか?」

「いえ……あのう、先程から女性が見えるんですけれど。私、幽霊が見えるのって、今までなかったので……別に悪さをするわけでもなく、ただいるだけなんですけれど……」

「ああ」


 敷島はそれに納得したように、琴子の後ろを見る。どうも彼には幽霊の女性が見えないらしく、ただ彼女の後ろをちらりと見ただけだった。


「お盆ですからね、それで帰ってきたのかもしれません」

「ええっと……お盆って、八月ですよね?」


 七月がお盆のところもあるが、この辺りは八月が基本のはずだ。琴子は思わず振り返って女性を見ながら、首を捻っていたら、敷島はやんわりと教えてくれる。


「明治時代に、暦を新暦に改めたときに、日本の行事のほとんども新暦に置き換えられたのですよ。旧暦で行われていた行事は新暦に置き換えられたために、お盆の季節も新暦七月で行われるようになったんです。もっとも、縁起のために未だに旧暦七月……つまりは新暦の八月に行われているところが多いだけで、どちらも間違ってはいません」

「そうだったんですね……じゃあ、七月にあの世から人が来てもおかしくないと」

「そうなりますね。おまけにここは黄泉の通い路。未練があればやってくることもあります。悪さをしないのなら、帰っていきますから、そのまま見逃してあげなさい」

「わかりました」


 もう一度琴子はちらりと女性を見る。

 女性はじっと敷島を見ていて、少しだけ切なそうに目尻を下げる。その顔をどこかで見たことあるのが気になり、琴子はよくよく彼女を見ていて、気が付いた。

 敷島がときどき見せる、どこか遠くを見る顔。それと彼女が敷島を見つめる顔が、本当によく似ているのだ。

 聞いてみていいものだろうか。それとも、なかったことにするべきだろうか。琴子はそれに答えを出せずに、ただ敷島に尋ねてみた。


「あの、替わってくれた稲穂さんに、お土産を買って帰りたいんですが、彼女はなにでしたら召し上がりますか?」

「彼女は雑食ですよ。熱過ぎなかったらなんでも食べます。甘いものも辛いものも好きですから」

「ああ、そうなんですね」


 それでどうにか自分の気持ちをごまかして、琴子はリンゴ飴を買いに行くことにする。

 最後に琴子は女性をちらりと見た。

 女性は本当に敷島をよく見ている。敷島は再び別社の宮司となにやら話し込みはじめたが、その背中を凝視する様はまるで。

 心配しているようだ。

 どうして敷島の関係者らしき女性が、彼の前に現れたのだろう。稲穂はこの人のことを知っているのだろうか。それとも稲穂は、最初から彼女と琴子を引き合わせることが目的だったんだろうか。

 敷島、布山、謎の女性。

 縁切りの行われている神社で、どうにも不可思議な符号が浮かんでいる。これらがすべてカチリと当てはまったときどうなってしまうのか、今の琴子にはちっとも想像することができなかった。

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