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友達の距離感 その2

 それから数日。

 鍋底神社の境内にも屋台骨が組まれ、いよいよお祭りがはじまるんだなという雰囲気になってきた。

 分社からやってきた巫女や宮司に挨拶をし、ときおり麦茶を出してあげながら、拝殿まで案内したら、そこで集まりはじめた。

 氏子の人々でつくられた祭り組合の人たちにも挨拶を済ませる。彼らも拝殿の端のほうで集まって寄り合いにするらしい。

 普段は拝殿はお供え以外は閑散としているが、今日に限っては賑やかだ。

 しゃんしゃんと音を鳴らしながら神楽のリハーサルをしている巫女たちを眺めながら、琴子は階段を降りていった。

 社務所のほうに来て欲しいとは言っておいたが、例の祈祷の客は来るだろうか。あちこちに慌ただしく連絡している敷島を尻目に、琴子は自分も水分補給と麦茶を傾ける。

 電話が終わった敷島に、琴子は声をかける。


「敷島さん、今日が予約の日ですけど。本当に祈祷大丈夫ですか?」

「できますよ。説明はしてくれたんでしょう? 神楽の練習場でいいと」

「ええ、一応は」


 祈祷できるようにと片付けて、それっぽい飾りは付けたものの、プレハブ小屋っぽさを打ち消すことは不可能だった。木造の拝殿を見てからだとがっかり具合がひどいが、できる場所がここしかない以上仕方がない。

 琴子がなんとも言えない顔をしている中で、敷島は麦茶に手を伸ばしながら口を開く。


「渡辺さんこと、大丈夫ですか? あなた意外と顔に出やすいですから」

「えっ? 私、なにか出てましたか?」

「この数日。ずいぶんと浮かない顔をしていますが。自分では縁は見えませんが、なにかありましたか?」


 この捉えどころのない宮司は、言っていることが薄情な割には人のことをよく見ている。それに観念した琴子は、ぽつんと言ってみる。


「……大学時代の友達から、結婚式の招待状が届いたんですよ」

「よかったじゃないですか」

「ええ、めでたい話なんですが……私、その子と気まずくなってから一度も連絡取ってなかったので、いったいどうしたんだろうと」

「自分には結婚式に参加する資格がないと?」

「そこまでは思ってないんですけど……ただなんで? と思っています。そろそろ出欠出さないとまずいんですが」


 彼女のことは今でも嫌いではない。どちらかというと裏切られたという思いのほうが強く、もし大丈夫なら結婚式には参加したい。でも向こうの気持ちはちっともわからないのだ。いくら縁が見える琴子でも、招待状から縁を読み解くことはできない。

 琴子の言葉に敷島は「そうですねえ」とひと言置いてから、麦茶を傾け、続ける。


「縁は育てないと枯れますから。構い過ぎてもいずれ腐り落ちますが、どんなに繋がっている縁も大切にしなければいずれ枯れ落ちます。一度距離を置いてから、自分の気持ちに耳を傾けることも大切かと思いますよ」

「……ずいぶんと、哲学的ですね?」

「そうでもありませんよ。渡辺さんは、そのご友人の結婚式に出る出ないで迷っていますが。根本的な問題として、そのご友人にもう一度会いたいのか会いたくないのかで考えればいいと思いますよ。まずは出欠をさっさと決める。そのあとに連絡を取りたいか取りたくないかで充分です」


 そうすっぱりと言われてしまい、琴子は目をぱしぱしとさせる。

 この薄情な宮司は、ときどき情がずいぶんと深く見えるのだから、未だに底が見えない。

 そう言っている間に、再び電話が鳴り響いた。敷島は再び電話であれこれとやり取りをしはじめたため、琴子も問題の祈祷依頼の人が来るのを待つことにしたら。

 階段を降りてくる足音に気付いて、社務所から顔を出す。

 地元の高校のロゴの入ったTシャツに、学校制定の体操服のハーフパンツ。伸びている脚は引き締まっていて、筋肉質な少女の瞳は勝気そうな釣り目だ。


「すみません、社務所ってここですよね!?」


 元気な甲高い声には聞き覚えがあり、琴子は立ち上がる。


「はい、すみません。拝殿から離れた場所で。上のほうもバタバタしてて」

「いえ。雷落ちて大変だったって聞きましたから!」


 いちいち快活に返事をする子だ。思わず琴子は笑ったところで、なにげなく彼女の頭を見てみる。少女はロゴTシャツから察するに運動部なんだろうが、そのせいか身長が高いので、ついつい見上げてしまう。

 彼女からは枯れかけている縁もなければ、腐り落ちそうになっている縁も見つからないので、思わず琴子は「あれ?」となる。


「どうかしましたか?」

「いえ……祈祷でしたね。宮司にお伝えしてきますので少々お待ちください。ああ、名前と住所をいただかないと駄目なんですが、よろしいですか?」

「わかりました!」


 相変わらず元気な返事をもらって、琴子は渡した用紙にさらさらと記入する少女を尻目に、社務所に戻っていった。

 各方面への電話がようやく終わったらしい敷島は、ようやくひと息ついて麦茶を傾けていた。


「お疲れ様です、敷島さん。祈祷の予約のお客さんが来られました」

「おや、来られたんですね。暑い中ご苦労様です」


 そう言いながら、敷島が眼鏡の縁を持ち上げる中、琴子は「あの……」とおずおずと口を開く。


「あの子、なにも悪い縁が見えないんですけれど……それでも祈祷されるんですか?」

「渡辺さんの目でも、見えないんですか?」

「はい……」


 少女は「書けましたー!」と用紙を記入し終えたので声を上げるから、琴子は「ありがとうございます」と受け取り、祈祷料もいただく。名前は【真壁日名子まかべひなこ】と書かれている。

 日名子の頭を見るが、やっぱり明らかに悪い縁は見当たらない。だとしたら、なにも困ってないんじゃ……とついつい思ってしまったのだ。敷島はひとつの縁だけを狙って切ることはできない。根元が近かったらそれも一緒に切ってしまうことは、ここで働いていて見てきたことだからだ。

 敷島はそれに「そうですねえ」と声を上げる。


「気にする必要はないと思いますよ。それは、お客様が決めることですから」

「ええ? でも……お金もらうんですよね?」


 いくらなんでもお金を取ってそんな滅茶苦茶な縁切りをしていいものかと、琴子がひるむが、敷島は淡々とした様子を崩さない。そしてメガネ越しにじっと琴子を見てきた。


「渡辺さん、あなたの目は素晴らしい。縁を見ることができて、上手く使えば良縁を残して悪縁だけ切ることも可能でしょう。ただし」


 唐突に琴子の目を褒められて、琴子は目を白黒とさせながら敷島の次の句を待つ。


「あなたが見なきゃいけないのは、縁だけですか?」


 いきなりの謎かけだ。

 敷島は唐突に謎かけを仕掛けてくるのだから、本当に困ってしまうと琴子は思わず息を吐いた。そして、用紙を敷島に預けてから「少しだけお話してきますね」と社務所から出て行った。


「見えるからこそ、見えないものもありますよ」


 そう敷島のぽつんとした声に、琴子は返事はできなかった。


****


 琴子は麦茶を入れてから、そのコップを持って社務所の前のベンチに座っている日名子に声をかける。


「暑いでしょう? 祈祷がはじまるまでのお茶を飲んで」

「ありがとうございます!」


 そう屈託なく笑う日名子に、思わず琴子も釣られて笑う。自分が高校時代のときは、こんなに屈託なく笑えたかなと、少しだけ頭に掠めた。日名子がおいしそうに麦茶を傾けるのを見ながら、段上のほうを仰ぐ。祭りの準備もラストスパートに入って、人の出入りが増えてきている。明日には全部用意が終わるはずだ。


「明日はお祭りがあるけれど、遊びに来るかな?」


 琴子がなにげなく聞いてみると、日名子は一瞬麦茶を飲む手が止まる。


「……あたし、今友達と気まずいんで、一緒に行ってくれるかわからないんですよ」

「あら? ごめんなさい。そうなの?」

「はい……でも祈祷が終わったら、全部終わりますから。スマホで知りました。ここって、縁切りの神社なんですよね? 有名な神社ばっかり載ってる中で、こんな近所の神社が縁切り神社だと思ってませんでした」

「友達と喧嘩したのに……縁を切りたいんですか?」


 友達と喧嘩して、縁切りをすればすっきりする。話が見えなくって、琴子は思わず口にする。

 ようやく麦茶を全部飲み干した日名子は、「ご馳走様!」と言ってコップをベンチに置いた。


「中学の友達のせいで、高校の友達と喧嘩しちゃったんですよ。中学の友達、高校はうちの県を離れて寮生活を送ってて。久しぶりにうちの地元に来たから、一緒に遊んでたんですよ……あたしも友達も、同じ部活に入って、どっちも大会に残ったから、一緒に大会に出れたらいいよねって」

「仲がいいんですね」

「あたしもそう思ってましたけど……一緒に部活の話をしてたとき、さりげなく。本当にさりげなーく、うちの部の弱点を聞き出されちゃったんです」

「それは……」


 寮生活を送っているくらいの学校なんだから、それなりに強かったのだろう。そもそも寮生活を送っている子が、そう簡単に地元に戻ってこられるのかという点もある。

 琴子は思わず日名子を見ていたら、日名子は唇を噛んでいる。


「あたしが部を引っ張らないといけないのに、負けちゃったんです。研究されちゃったから」

「でも、それってもしかしたら……かもしれないんでしょう?」

「うち、そこまで強豪校じゃないし、今回のスタメンだって名前が売れている子はいませんでした。ネットでだってうちの試合の動画はほとんど流れてませんから」


 日名子が友達としゃべっているときに、部活の話をした。そこしか心当たりがないから、そこで友達と縁を切ろうとしている。でも……。

 琴子は部活の勝ち負けというのがよくわからない。でもそれが原因で高校の友達のために、中学の友達を切り捨てようとしている。それがいいこととはいまいち思えなかった。だって日名子の縁に腐っている縁も、放っておいても枯れる縁も見当たらないのだから。もし不倫のときみたいに、ただの依存や利用しているだけの縁だったら、こんなに綺麗なままの縁にはならない。その中学時代の友達だって、本気で悪気もなかったのではないだろうか。


「でも……本当にそれでいいんですか?」

「なにがですか?」

「だってその友達も、悪気がなかったのかもしれないですよ?」

「……悪気がなかったら、うちの部の情報を引き抜いてもいいんですか?」

「それは……」


 まさか、悪気がないんだろうという証明が、縁が綺麗だからなんて琴子も説明できない。日名子の怒気に、思わず琴子はしどろもどろになる。


「ほら、あなたの思い込みかもしれないし」

「思い込みだったら、うちの部の情報が抜かれてもよかったんですか? 負けてもよかったんですか?」

「だから、そうじゃなくって……」


 日名子はどんな部に入っているのかはわからないが、体育会系の娘だ。どうしても負けん気が強くなり、怒気を孕んだ口調にはどうしても人をひるませるような気迫が入ってしまう。それに圧されて、琴子がひるんでしまったら、そのまま立ち上がった。


「もういいです! あたし、帰ります!」

「えっ!? ちょっと待って……」

「あたしはただ! 今の部の状況が最悪だから、どうにかしたかっただけです!!」


 そのまま走り出してしまった。それに琴子はぽかんとしてから、顔を青褪めさせる。

 高校生には、ましてや部活をやっていてバイトしている暇のない子には高過ぎる額の初穂料だ。それを払ったまま帰ってしまった日名子にどうすればいいんだと、彼女は「初穂料!!」と声を上げる。

 電話が終わったらしい敷島は「声が大きいですよ、渡辺さん」と注意してから出てきた。


「どうしましょう……私、怒らせてしまって……」

「いずれそうなるとは思っていましたけどねえ」

「あの、私はただ。本当にあの子の縁は綺麗だから、縁を切る以外の方法を探して欲しかっただけなんです」


 琴子はおろおろとしながら、既にいなくなってしまった日名子の帰った方向を見る。

 敷島はちらっと日名子の書いた用紙をめくって、琴子に差し出す。


「渡辺さん。あなたの縁が見える目。それは素晴らしいものだと思いますよ。それを利用して、悪縁だけ切り、良縁は残しておく。素晴らしいことだと思います。ただ」


 敷島はどこか遠くを見た。

 段上では相変わらず祭りの準備が行われている。屋台骨が次々と組まれていき、明日は無事祭りが執り行えるだろう。


「あなたが見なければいけないのは、縁だけですか? もし人を見ずに縁だけを見たら、それは縁を見ずに人だけ見て縁を切るよりもよっぽど悲しい結末を迎えますよ」

「私は……ごめんなさい」

「謝るのは自分にではなくて、帰っていった真壁さんにでしょう? 用紙には住所も書かれています。もし嘘をついていないんでしたら、彼女の自宅はここでしょう?」

「……私、初穂料払い戻してきます」

「この格好では走れないでしょう。服は着替えてから行ってくださいね」

「はいっ!」


 神楽の音が響く。巫女たちが拝殿でリハーサルを行っているらしい。その音を耳にしながら、琴子は慌てて日名子を追いかけるために着替えに行った。

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