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「見える」目と「切れる」ひと その1

 騒がしい繁華街から私鉄に乗って、各駅停車で三駅。

 パチンコのけたたましい音も聞こえなければ、ちかちかとするネオンの光も見当たらない閑静な町に辿り着いた。今は真昼なせいか、駅の周りの人通りは乏しい。

 琴子ことこは辺りを見回し、周辺地図に目を留める。


「ええっと……目的の神社は……あれ?」


 スマホのサイトによれば、駅から徒歩五分と出ていたものの、駅前の看板には神社の位置は載っていなかった。

 周りにある表札には、【姫宮動物園行きバスはあちら】などと書かれているものの、琴子の目的地の場所は書いていない。一応スマホで地図も確認してみるが、表示されない。

 広告掲載を拒否しているのかな。地図に頼るのは諦めるとして、徒歩五分とあるんだから、歩き回れば見つかるだろうと、駅の周りを散策してみることにした。

 緩やかな坂道を昇っていけば、幾何学的なデザインの建物も見つかるし、美術館への案内の表札も見つかる。少し駅から離れただけで、こんなに文化的な場所に出るのかと感心しながら見て回っている琴子は、坂をひとつ昇ったところで、「あ」と呟いた。

 明らかにこんもりと木が盛り上がっているのが見つかったのである。梢は葉っぱをたくさん付けてずしりと重そうに石垣からこぼれている。それを見て、琴子は思わず走り寄った。彼女が乱雑に束ねた黒い髪が、彼女の走るのと一緒に揺れる。

 石垣に沿って走り、ようやく石垣が途切れている場所を見つけた。

 そこを通っていくと、こぽこぽと水の音が耳に滑り込んできて、手水舎が目に入る。左奥には古めかしい木造の拝殿もあり、多分ここが目的の場所だとわかるが……琴子は思わず首を捻った。


「……鳥居がない?」


 神社にはあるはずの鳥居が、入り口らしいここにはない。どう見ても神社に見えるが、象徴的なものがないのは何故だろう。それともここは神社っぽいだけで、公園かなにかだったんだろうか。琴子は誰に向かって言っている訳でもない言葉をぽろりと呟いたところで。


「ああ、鳥居はあちらですよ」


 その声を拾い上げた人物がいたことに、思わず琴子は両手で口を覆った。そして恐る恐る振り返ると、穏やかそうな男性と目が合った。白衣に浅葱色の袴を合わせた、宮司の格好をした男性。思わず琴子は男性の頭上に視線を移す。そこからは木の根のような太い線が伸びているように見え、その線はたしかにこの神社に定着しているように見えた。

 思わずまじまじと見てしまったが、「どうかなさいましたか?」という不思議そうな声を上げられるので、思わず琴子は「う、ええ……!」と素っ頓狂な声を上げる。丸眼鏡をつけて、眼鏡越しからこちらを穏やかな視線を向けているのに、思わず琴子はぴくんと肩を跳ねさせて、恐る恐る男性の指摘したほうに視線を向ける。


「ああ……」


 そちらには長い階段があり、その下にはたしかに鳥居が存在していた。男性はにこにこと笑いながら続ける。


「驚かれたでしょう? 駅からですと、あちらの階段に気付かずにこちらの石垣の間から来る人が多いんです。ですが足腰が悪い方だと階段を使わないほうが返ってこちらを訪れられますから、石垣の間を舗装したんです」

「そ、そうだったんですね……」

「こちらに、なにかご用がございましたか?」


 そう聞かれ、思わず琴子は視線をさまよわせる。そしてもうひとつ気が付いた。

 神社だとよく見かけるお守りや絵馬を売っている場所、社務所までないということに。琴子が思わず止まっているので、宮司は階段の下を指さした。


「申し訳ありません。社務所は階段の下なんですよ。もし欲しいものがありましたら、私がすぐに取りに行きますが……」

「え、ええっと! お祓い!」

「はい?」

「お祓いがしたいんですけれど、お祓いの受付ってどこでしょうか!?」


 琴子はそう声を張り上げるのに、宮司は目をぱちりとさせる。二回目の素っ頓狂な発言で、琴子はどっと顔から汗が噴き出るのを感じていたら、男性はゆったりと口元に弧を描いた。


「受付も下で行っていますよ。本日の祈祷の時間もまだですし、よろしかったら下でお伺いしましょうか」

「あ、ありがとうございます!」


 そう琴子が九十度のお辞儀をした途端、宮司はくつりと喉を鳴らした。


****


 階段を降りて、鳥居をくぐる。先程の拝殿や手水舎の近くには名前はなかったものの、たしかに石碑には【鍋底神社なべぞこじんじゃ】と書かれていた。

「こちらですよ」と宮司に社務所に案内されてそちらに視線を移したとき、思わず琴子は目を剥いてしまった。

 段上の手水舎や拝殿は古い趣の木造だったから、てっきり社務所もそんなものだろうと思っていたのだが、階段の近くにたたずんでいたのは、トタン屋根にぺらぺらとした壁のプレハブ小屋だったのである。それに宮司は「申し訳ありません」と苦笑する。


「先日雷が落ちて燃えてしまいまして。それからはプレハブ小屋で仮の社務所としています」

「そ、そうだったんですね……ええっと、お疲れ様です?」

「お気遣いなく。さて、祈祷ですか」

「はい! ええっと……ここが縁切り神社だと聞いて来たんですけれど……」


 そう琴子がおずおずと男性に尋ねると、宮司はのんびりと「うち、別にそういう風に名乗ったことはないんですけどねえ」とぼやくので、思わず琴子は頭を下げる。


「ええっと、私。目が変なんで、それをお祓いでどうにかしてもらえればいいなあと思ったんですが! それって、できないんでしょうか?」

「病院に行かれましたか?」

「行きました! 両目とも2.0で今時近視乱視もなしなんてすごいって病院で褒められました!」

「なら問題ないと思いますが。視力や病気ではないとすれば?」

「ええっとぉ……お祓いする場合、言わないと駄目でしょうか……?」


 おずおずと琴子は男性を上目遣いで見やる。男性は相変わらずの穏やかな表情のまま、首を振る。


「言いたくなければ、別にかまいませんよ。もちろん言ってくださってもよろしいんですが。ただ、祈祷前には住所と本名を書いていただかないといけないんですが、よろしいですか?」

「あ、はい……!」


 彼女は社務所の前で出されたペンと用紙に、せっせと住所と名前を書く。最近越してきたばかりであまり馴染みのない住所だけれど、それをスマホを見ながらどうにかして書き起こす。


「それではたしかにお預かりしました。それでは料金なんですが」

「あ、はい!」


 慌てて琴子は鞄に手を突っ込んで、財布を取り出そうとし。すかっと手が滑ったことに気付いた。


「あ、あれ?」

「どうかされましたか?」

「す、すみません! 財布が見つからなくって……!」


 思わず鞄を大きく開いて、中に入っているものを積みはじめる。手帳、化粧ポーチ、薬用アルコールのペットボトル、定期入りのカードフォルダー……。仕事に使う物はいくらでも出てきたものの、肝心の財布だけは見つからなかった。

 これじゃあせっかく書いた用紙が役立たずだ。思わず琴子はしゅんと肩を落としてしまう。久々の休みだからようやくここに来られたのに。

 そんな琴子に男性は「おやおや」と言うと、緩やかに笑う。


「今日じゃなければ難しかったですか?」

「ええっと……今日、くらいしか休みがなかったんで。今日来られたのはたまたまでして……」


 とは言っても、タダで祈祷はさすがに駄目だろうと、琴子は諦めることにした。


「すみません。また今度、機会があれば」

「まあたしかに祈祷はできませんが。祈祷の見学くらいならかまいませんよ」

「あれ?」


 それに琴子は目をぱちんとさせる。

 男性はちらっと社務所のほうを見ると微笑む。


「もう少ししたらお待たせしていた方の祈祷をしますので」

「はあ……」


 見学させてもらえると言ってもなあと、琴子は思う。見学で琴子の目がどうにかなる訳でもあるまい。「そろそろ時間ですよ」と男性が声をかけたら、社務所のドアがガラリと開いた。それを見て、思わず琴子はぎょっと目を見開いた。

 出てきたのは、女性である。顔色はお世辞にもよくない上に、目に隈が出てしまっている。おまけに、彼女の髪はところどころ白く光っていた。それに。

 琴子は彼女の頭上を見て、思わず喉を鳴らしてしまった。彼女からは男性と同じく木の根っこみたいなものが出ているが、それは明らかに黒いしどろどろしている。水栽培のヒヤシンスの水を取り替えなかったら、根は黒く変色して腐敗する。ちょうどそれを連想させた。

 琴子が思わず凝視してしまっていると、男性が「おや?」と声をかける。


「お知り合いでしたか? ずっと見てらっしゃいますが」

「あっ! すみません! じろじろ見たりして!」


 我に返って、慌てて琴子は女性に謝る。女性は生気のない顔でちらっと琴子を見たあと、か細い声で「いえ……」と言っただけだった。

 それにほっとしつつ、琴子は唇を尖らせる。

 昔からなのだ。昔から、人の頭の上には線が見えていた。

 最初はふしぎに思って、親や友達に「あれなあに?」と聞いていたんだが、それは誰にも見えなかったのだ。

 彼女の地元では、人の頭から出ている線は太く真っ直ぐだったから、気にはなったものの害はないと思って放っておいたが。就職して都会に出てきた途端どうだろうか。

 今目の前の女性みたいにドロドロした根に絡みつかれている人や、線にがんじ絡めになっている人を大量に見るようになって、いつしか琴子はくたびれてしまった。別に自分に害がある訳でもない。だが、グロテスクなものを毎日見て神経がすり減らないほど、図太い人間でもなかったのだ。

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