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ジキルの災難(weiss version)  作者: ケイト
1/3

01

東京都内の高級シティホテル。最上階に彼はいた。

海外の人気スターが来日した時に泊まったと、ワイドショーで報道されていたような類いのスイートルームである。

部屋を見回すと、豪華な調度品ばかりが視界に入ってきた。

もっとも、彼が部屋をすべて見回すためには、通常の人間の倍も首を回さなければならなかった。特に左側の後ろを見るのは大変だった。

黒い眼帯。左目は完全にその下に隠されている。

彼は脚を組み、大きく柔らかなソファに体を沈めた。小柄な体躯は、ソファにすっぽりとおさまってしまう。


「遅っ……。いつまで待たせんねん」


飽き飽きしたように、彼はぽつりと呟いた。

白い肌に黒い眼帯は、目立ち過ぎるほどに目立つ。前髪をすべて上げ、額もあらわにしているから尚更だ。

フロントとトップの毛をまとめ、頭のてっぺんで束ねている。毛先が大きく広がり、まるで噴水だ。烏の濡れ羽色ともいうべきその髪は、肩よりも長く伸びていた。

彼は退屈しのぎに自分の長い髪を指で摘んで捻り、枝毛を探し始めた。

その時、隣のフロアから声が響いた。


「やあ、やあ、よく来てくれたね」


身なりのいい紳士が、両手を広げながらこちらへ歩み寄ってきた。

しかしその姿は、ソファの近くに来るまで彼には見えなかった。左側から回って来られたからだ。

彼は軽く会釈をして、紳士の握手に快く応じた。


「ちわ~っす。毎度」

「待たせて悪かったね。こんなところにまで配達に来てもらって」

「いやぁ、配達料も込みやし、問題あらへんですよ」

「しかし、店主自ら配達とは」

「まあ、放出品の方の店におっても、暇なもんで」


言いながら彼は、テーブルの上に置かれた段ボール箱のガムテープを剥がした。

箱を開け、中からビニール袋に包まれた商品を取り出す。


「これ、ご注文のグッズ。えーと、まずこれが首輪。チェーン付き」


ビニール袋の上から指を差し、商品を説明する。

シャツの長い袖から白い指が覗いた。


「これ、リングを多めに付けてあるのは飾りじゃなくて、ロープとか通せるようにってことですねん。もちろんチェーンの方も、ちょっと引っ張ったぐらいじゃ取れません」

「本当かね? 別の店で買ったやつは、すぐに壊れてしまった」

「まあ、土佐犬やセントバーナードの散歩となると、自信あらへんけど」


続けて彼は、手際よく別の商品を取り出した。

今度の品も、黒いレザーと金属の輝きが包み込まれている。


「これは手枷と足枷。繋いでるフックはワンタッチで取れますんで、どういう繋ぎ方もできますで」

「前で拘束するも、後ろで拘束するも自由というわけだね」

「それぞれのフックを別の場所に取り付けることもできますから、無限のバリエーションをお楽しみいただけると」

「こっちも頑丈に作ってくれたんだろうね」

「男性相手に使われる方も多いんで、そのへんはバッチリと」

「素晴らしい」


紳士は拍手をして、ソファから身を乗り出した。

そして、目の前にいる青年の顔をじろじろと見つめる。

眼帯。一つだけ残った眼。そして、時折覗く大きな白い歯。

背も低かったが、顔も幼かった。外国に行ったら子供としか思われないだろう。


「これはみんな、君が作ったの」

「はあ、まあ」

「君はこういうのを使うことはあるの」

「いやー、そ、それは、まあ、どないでっしゃろ」


言葉を濁しながら、店主は商品の説明を続けた。

紳士はあまり聞いていないようだった。頑丈さがわかればそれでいいという態度だ。


「ほな、支払いの方ですけど…」


店主がそう切り出した時だった。

突然、奥のフロアから飛び出してきた二人の男が、彼に飛びかかった。


「はっ? ちょ、ちょ……な、何さらすねん! アホ、ボケ!」


暴れまくる店主だったが、三人の男に取り押さえられ、あっという間に両腕を捻り上げられてしまった。

彼自身が製作したグッズは、直後、彼の手首に巻き付いていた。

抵抗を試みるには、彼の体はあまりにも小さく、貧相だった。

彼は籐のチェアーに座らされた姿勢で、両手は背中で繋がれ、足は椅子の脚に拘束された。

どんなに頑張ってみても、拘束具はびくともしなかった。大の男でも引きちぎれないレザーである。それを作ったのは本人だ。


「何やねんっ! 殺すぞお前らっ!」

「ずいぶんと暴れてくれたね」


先ほどまで紳士だった男が、頬につけられた引っ掻き傷をさすりながら言った。

笑顔は消え、蛇のような目つきで彼を見つめている。


「ボケ! カス! 早よ金払えやおっさん!」

「まさか一人でノコノコやってくるとは」

「ワシでこんなん試してどないすんねん! ここにおる奴らに使えや!」

「元気のいいことだ。まだ我々が普通の客だと思っているのかね?」

「何やとー?」


店主は口をとがらせ、男たちを睨み付けた。

よく見れば、その顔は日本人ではなかった。そう言えば、先ほどから言葉がたどたどしいような気がした。


「お前ら、日本人やあらへんやろ」

「ふっふっふ。我々はチャイニーズマフィアだ」

「ほな、話は別や。カード払いでもええ思てたけど、現金や現金! 現金で払え!」

「まだシラを切る気か?」


スイートルームに、渇いた平手打ちの音が響いた。


「いっ……」


頬を張られた青年は、ジロリと男たちを見上げた。

元・紳士のマフィアは、にやにやと口元を歪めながら、ゆっくりと喋り始めた。


「ある時は革職人。またある時は米軍放出品店の店主。だがその実体は……」


緊張が走る。手下らしい二人の男も、固唾を飲んで次の言葉を待っていた。

しかし、すぐに緊迫した空気は、被害者本人によって乱された。


「ちょう、待て。パンクファッションデザイナーが抜けとる」

「どうでもいいだろう、そんなことは」

「あかんがな。そこ一番大事なとこやん。ダントツで儲かっとんねん」

「またある時はパンクファッションデザイナー。だがその実体は」

「いや待てよ。最近は、併設したゴスロリのコーナーの方が売り上げええなあ」

「ゴスロリって何だ?」

「ゴシックロリータやん。黒くてゴージャスな、ドレスみたいな服やがな」

「ふむ。じゃ、まとめて服飾デザイナーってことでいいかな」

「あ、ダルメシアンのブリーダーもやってた。それも入れといて」

「またある時はダルメシアンの……って、話が進まんだろうっ!」

「過去の話やが……。あの子は元気でおるやろか……」


かつて可愛がっていたダルメシアンに思いを馳せ、青年は遠い目で窓の外を見つめた。

気を取り直してマフィアは話を進めた。


「ある時はSMグッズ職人。またある時はミリタリーショップの店長、またある時は服飾デザイナー、さらにある時は犬のブリーダー! しかしその実体はっ!」

「愛の戦士」

「キューティー…って、違ーうっ!」

「ハニーは知ってても、多羅尾伴内を知ってる奴は少ないやろなあ」

「ある時片目の運転手」

「ある時アラブの大富豪」

「ピンクレディーと混じってるぞ。……って、そんな話はどうでもいいっ!」

「からぁっぽーよー♪ うーつーろーよー♪」

「ケ…ケイちゃんパート。やるなお前」

「ワシ、ケイちゃん好っきやねん」

「キャンディーズは誰が好きだ」

「解散した時、ワシ、子供やもん。よう知らんわ」

「ピンクレディーもその頃だろう」

「ピンクレディーは再結成したやんか」

「まさか、再結成してからのファンなのか」

「うん♪」

「年増好みか……」

「あ、あの~、兄貴……」

「何だ?」

「な、何だと言われても」


話の盛り上がりを止めに入った手下が、目を白黒させた。

その表情に、ハッと男は我に帰った。


「ま…またこいつのペースに……」

「兄貴! 気をしっかり持って」

「大丈夫です! 兄貴! ファイト!」


手下二人の声援を一身に受け、マフィアの幹部は大きく深呼吸をした。

そしてゆっくりと、指先を黒い眼帯へと向け、青年の顔を指差しながら言った。


「武器密売人ジキル。我々に協力したまえ」


ジキルは目を細め、笑った。

一つしかない薄緑色の瞳がキラリと光った。

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