2話 神界
目が覚めると見知らぬ場所に居た。
頭にかかった靄が晴れていくかのように記憶を取り戻していく。
確か神殿で洗礼の儀を受けてそれから火が灯った蝋燭を並べてから気を失った気がする。
ん?じゃあどうしてこんな場所にいるんだ?
「やあ、ルシウス。そういえば此処で会うのは初めてだね。」
「父さん!?なんで此処に?というより此処は何処なんだ?」
「そうだね。色々と掻い摘んで簡単に説明すると、『此処ハ天界、私ハ神、君ハ神の子、下界ノ運命ヲ握リシ者。』といった感じかな。」
「…………」
この人は、一体何を言っているんだ?
もしかしてかなりあれな状態なのか?
見た目は、確かに父親なのだが、自分の中の何かが必死に現実から目を背けようとしている。
いや、ちょっと待てよ。
果たしてこれは本当に現実なのか?
俺の知っている父さんは、威厳を持ち合わせながらも家族に愛を尽くせるしっかりした人の筈だ。
何しろ俺が密かに憧れを持つ程だからな。
となると……この生命体は父さんではない。
そしてこの今起きてる現象も現実ではなく夢だ。
ふぅ。結論を出したら落ち着いてきた。
「私は本物だし、夢でなく現実だからね。それにしてもシリウス、父親をあれな状態呼ばわりするとは、なかなか失礼だな。まあこの私に憧れていると聞けたからな、それで今回は目を瞑るとしよう。」
どうやって心を読んだんだ?
プライバシーとやらはどこへ行ったんだ?
「ふふふ、愛の力は、全てを見透すのだよ。」
横暴だ。そんなものは、愛という皮を被った狂気だ。
父さんは、盲目的になりすぎている。自覚が必要だ。
「何を言っているんだ?サイコパスだという事なら既に分かっているさ。それよりシリウスこそ分かっているのか?自分がこの場にいる理由を分かっているのか?」
そういえば先程情けない棒読みで重要な事を言っていた気がする。
「父さん俺には、当事者として知る権利があると思うんだ。詳しい情報の提示そして説明責任を要求する。」
「君は、さっきから妙な言い回しを使うね。そうだね、次いでだから色々と教えておくとしよう。」
そう言って父さんは、遥か昔の神々の戦いから語り出した。
遥か昔、神界の最高神の中で対立が起こり、他の神々や天使もそれに巻き込まれ、最高神の一人とそれに従う神々が天界を追放されたそうだ。
居場所を無くした彼らは、新たに冥界を創り出しその世界で暮らしていた。
ほとぼりがが収まったかに思えたとき、上級神の一人である破壊神が配下の堕天使や悪魔達を引き連れて下界を征服しようと破壊の限りを尽くしたらしい。
それを封印したのが幸運神である母さんの呼びかけに応えた当時に父さんだった。
現人神になった父さんは、母さんと一緒になるために条件を達成して当時空席だった鍛冶神になり上級神の地位になったそうだ。
ちなみに現人神になる条件は、限りなく困難だがそれでも可能性が見える程度だったのだが、上級神になる条件を満たすのは、全く希望が見えないほどだったらしい。
それから月日が経った頃、破壊神の復活の予兆が見え始め、それに対抗するために父さんの血を引く俺を産んだらしい。
そして洗礼の儀を迎えた俺には、下界の救世主として力を身につけてもらうために天界に呼ばれたらしい。
「よし、じゃあそういう訳だから早速神界へ向かうぞ。」
そう言って問題が解決したかの様な満足げな顔を浮かべ、魔法を唱えた。
巨大な魔法陣が浮かび上がると共に転移魔法で神界へと連行された。
もうどうにでもなればいいと思い抵抗はしなかった……いや出来なかった。
神界に着いたら幾人かの人影に出迎えられた。
父さんが言うには、これだけの神が一同に揃うのは、久しぶりならしい。
「紹介するよ。こちらから順に最高神の創造神様、全能神様、全知神様、そして上級神の武神と魔法神だ。」
なんでもない事言う様な淡々とした口調で神々を紹介してきた。
おそらくこの場に立っている俺をこの場に居ない人々からしたらかなりの幸運の持ち主として称するだろう。
神殿の神父なんかは、この場に来れたからくりを根掘り葉掘りとしつこく聞いてきそうだ。
しかしながら、今の俺の気持ちからすると代わってもらえるなら是非そうして貰いたい。
周りを神々に囲まれた俺はひしひしとプレッシャーを感じていた。
あの性格魔王な姉さんとの特訓の時でさえも今は屁のように感じる。
「ほほ、久しいのう、シリウス。」
創造神が声を掛けてきた。
神殿で聞こえた声と重なる。
どうやらあの時の声の持ち主のようだ。
「え、えっと、は、初めて会うと思うんですが。」
緊張を隠せず、思わず声が震える。
「そうか、覚えておらんか。実は、小さい頃に何回か会っとるんじゃがのう。」
少し寂しそうに老人は言う。
「そんな事よりもじゃ、お主は、力を得てどうしたいんじゃ。」
物静かな口調とは裏腹に、誤魔化しは聞かないとまっすぐにこちらを見つめる瞳が物語っている。
「英雄になりたい。」
恐る恐るもしかし、真摯に、そして愚直なまでに正直に胸の内に秘めた思いを語る。
こういう所でやっぱり、自分は、父さんの子だと改めて思う。
「ほほほ、そうかそうか、何処かの誰かさんと一緒じゃのう。」
俺と父さんを順に見てはニヤニヤとしている。
かなり恥ずかしいからやめて欲しい。
あの目は、分かっててニヤニヤしていやがる。
「創造神様、何時もの悪戯は程々にして下さいとあれ程。」
父さんが堪らずそう言った。
「すまんすまん。お主ら一家は、暇潰しに最適じゃからのう。ついつい度が過ぎてしまうんじゃ。」
「ゼラルト、もうその辺んでお終い。この子に玩具あげるから、そこどいて。」
悪びれる様子のない創造神を全知神の少女が格好良く追い出してくれた。
言葉に抑揚がなく機械音の様に聞こえるその声と人形の様に造形が取れている綺麗な顔立ちを持ちながらも全く変化の無いその表情に何故だか大きな魅力を感じる。
危うくこの可憐な少女に恋をする所だった。
いやもしかしたらもう手遅れかもしれない。
「これあげる。大事にしてくれたら加護も付けてあげる。」
そう言って大きな水晶玉のような物を差し出してきた。
少し早まる鼓動を感じながらもそれを受け取る。
心なしか少女の頬がほんのりと桃色に染まった様な気もするが気のせいだろう。
なんだかよく分からない物だったがこの少女の為に大事にしようと俺は誓った。
なにやら視線を感じて目を向けるとまた創造神がニヤニヤしていた。
イラっときたので不機嫌な思いで視線を送る。
「ゴホン。じゃあ、お主にステータス魔法授けるとしよう。『主の理をここに示したまえ』。」
詠唱が終わると確かに自分の中に魔法が流れ込んだのが分かる。
早速使ってみようとするが上手く発動しない。
もしかして俺には才能が無いのうだろうかと思いながら焦ってもう一度試そうとする。
「此処は結界が張られておるからお主じゃ発動せんが、下界に戻ればちゃんと発動するから安心せい。」
それ聞いてほっと胸を撫で下ろす。
「シリウス、ステータス魔法を受けたなら、母さんの所に行くぞ。会わせたい子達もいるしな。」
父さんが転移魔法を使ってまた俺を連行していく。
どうやら俺の了承は取る気がないらしい。
父さんに身体を預けると強大な魔法陣と共に魔力の粒子身体を包み込む。
ほんのりと暖かい様な感触を確かめていると突然ふわっと身体が空中に投げ出される。
どうやら魔法が行使されていってようだ。