1話 洗礼の儀
遂にこの時がやってきた。
遥か昔、人の身でありながら神々と互角に戦った英雄ラルティス。
魔法の真理を極め、ありとあらゆる現象を作り出した魔道士ニルファーナ。
数々の豪傑と戦いその頂に達した狂戦士ガルゴ。
その鋭い剣筋は、次元までも斬り裂くと称された剣聖ロックス。
どの英雄も通ってきた洗礼の儀をやっと受ける事が出来る。
洗礼の儀とは、子供が十歳に、日々の成長に感謝を捧げ、これから歩んでいく道を照らしてくれるように神々に祈りを捧げる儀式の事だ。
また、この際に自分の能力を示すステータス魔法をはじめ、スキルや加護の恩恵を受けることができるとされている。
ちなみに余談になるのだが、神々の暇つぶしから人間に干渉するようになったのが洗礼の儀が始まったとされる所以だといういう事を当時の俺は知る由もなかったのだが、それはまた別のお話にするとしよう。
「あら、今日は随分と早いのねルシウス。そんなに私と特訓したいの?」
「バーカ、誰がお前みたいな脳筋との特訓を楽しむんだよ。そんなんだからまな板で絶壁なんだよ。」
そう言っていつもの如く兄弟喧嘩を始めたのは、長女のエイナと長男のリュークだ。
まぁ、大体これくらいの時間が経つと…………ドゴ ボキャ グチャリ といったかなり不穏な擬音語が流れてきて決着が付く。
それにしてもグチャリって聞こえちゃいけない音だと思うんだが、深く考えるのはよしておこう。
パンドラの箱は、開けてはならないものだ。
ちなみに勝者は、言うまでもないだろう。
圧倒的な腕力もとい、解明不可能な謎の力で俺たち兄弟に圧政を敷いているのは、姉さんだ。
正直怖い、本当に怖い。
おっと、膝が震えてきた。
俺は、あの性格魔王の独裁者に再度忠誠を誓うことになった。
「皆様、御両親が教会にてお待ちしておられます。お出かけの支度を致しましょう。」
執事のその声と共に大勢のメイドが正装用の衣装を持ってくる。
一見すると地味に見えるそれは、見る人が見ればその価値が分かる素晴らしいものだった。
なにやら父親の貴族としての地位が男爵と最も低いものの、裏の顔として国家特別顧問といって緊急時に国としての方針を決める際には、大公に匹敵するほど多大な権力を持つため男爵とは思えないほどの財力を持っているからだ。
貴族の地位は上から順に大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっており、父親がいかにして大公程の権力を持ったのか上級貴族の間では七不思議の一つとして未だに謎にされている。
早速メイドにされるがままに袖が衣装に通されていく。
メイドの技量の高さに感心しながらも支度を終え、馬車に乗り込む。
「あら、ルシウスそれ結構似合うじゃない。そのまま小さくなってお人形さんにしたいわね。」
おっと、魔王様が御乱心の様だ。
救いを求めてリューク兄さんの方へと眼差しを送る。
届けこの想い!!
目がかち合う。ふぅ、どうやら想いが無事に届いたようだ。
いったいどれ位このやり取りを繰り返してきただろうか。
魔王に対抗するには団結しなければならない。
かつての勇者がそう唱え続けてきた。まさにその通りだと思う。
「そんなに人形が欲しいなら騎士団のとこからそこそこ見た目の良い奴を募集してみればいいじゃないか。相当数の団員が集まると思うぞ。」
「確かに集まってくるわね。でもあんたんとこの魔術師団と一緒で特殊なのが多過ぎるのよ。正直、背筋が凍るような事はしたくないわ。」
「そうだったな、悪かったよ。確かにあれは、もう味わいたくない程酷かった。」
「そう、いいのよ皆まで言わなくても。もう忘れましょう。」
「ああそうだな。」
そう言って二人とも遠いどこかを虚ろな目で見ている。
まるで覇気を感じられないその姿は、魂の入っていない空っぽな抜け殻の様だ。
二人がここまでどんよりした空気を作り出している元凶が気になって話を聞きだしてみると、ようやく重い口を開いて語りだしてくれた。
なにやら二人は、それぞれ騎士団、魔術師団の試験をトップで合格して順調に功績を挙げて行って副団長の座にまで登りつめ、その美貌も相まってか師団を超えて圧倒的な人気を誇っていたそうだ。
ここまでだったら良かったのだが、大勢いるファンの中から一部の少し特殊な・・・いや言葉を濁さずに言うとかなりアウトローなド変態共が裏ファン倶楽部設立したそうだ。
百歩譲ってここで終わってくれたら二人もまだ黙認出来たのだが、恐ろしい事にこの裏ファン倶楽部の活動記録をたまたま入手し読んでみた結果二人は、一週間ずっと寝込み、一ヶ月間仕事の話以外誰とも口をきかず、人間不信の状態で過ごしたそうだ。
後に偶然二人の裏ファン倶楽部の活動記録読む機会があったが、本当に凄まじかった。
具体的にいうと当事者で無いのにも関わらず、俺も二日は寝込んだし、一週間は人間不信に陥った。
ついでにその例の二人の裏ファン倶楽部の活動記録の一部を紹介しよう。
『エイナ様の僕による裏ファン倶楽部専用活動記録』
126日目
今日もエイナ様は美しい。
燃えるような赤い髪に切れ長の瞳、柔らかそうな真紅の唇をもち、程よく筋肉のついた引き締まった体に何よりも大事なのが、小さく小ぶりなおっぱい!!我が同胞達は私も含めて皆、小さく小ぶりなそのおっぱい通称ちっぱい!!が大好物な強者が揃っている。
はぁはぁはぁ、貪り尽くしたぁぁぁぁい。・・・はぁはぁふがぁ。
いかんいかん愛する気持ちを抑えきれずついつい書き記してしまった。
筆を動かしている合間にエイナ様が昼食を食べ終わり席を離れた。
すかさずその席へ向かい戦利品が落ちていないか確認をする。
赤い毛髪様を一本発見した。直ちに回収し、片付かれた食器へと急ぎ足で向かう。
周囲の目を確認して用意しておいた新品の食器と取り替えエイナ様が使われた食器も回収する。
訓練が終わり皆疲れた様子で帰り支度をしている中、私はかすかな異変に気がついた。
エイナ様のちっぱい!!の様子がおかしいのだ。
怪訝に思い暫く観察していると、エイナ様が一瞬自分の胸元に詰め物のような物の位置を整えるようにして手を動かしたではないか。
この情報は、皆に伝えなければならない。
そう思った私は、第53回目の裏ファン倶楽部幹部会議を行うことを決めた。
〈戦利品〉エイナ様の毛髪 エイナ様の食器
『リューク様の僕による裏ファン倶楽部専用活動記録』
234日目
今日もリューク様は凛々しい。
藍色の長い髪に少し生やしている髭、力の込もった瞳そして、女の私よりも綺麗な白い肌を持つ。
悔しいよぉ。
どうやってお手入れしてるのよ。
もぉぉぉ抱いてぇぇぇぇぇぇ。
こほん、私としたことが少々愛を抑えきれませんでしたわね。
今日は、私が順番の日なので、例の物を作ってきた。
〈レシピ〉
私の髪
私の爪を煎じた物
私の血
消臭草
無味化液 (原液)
リューク様が研究室に入り何時ものように成果を尋ねてくる。
ここぞとばかりに例の物を渡す。
ゴクゴクと飲まれていくそれを見ている私の気持ちを書き表すのは、難しいだろう。
ただ一つ言える事は、あまりにも幸せすぎて、その場で失神した私は、今でも薬品を扱う時は、必ず下着の替えを用意することを忘れない。
追記 研究成果の方もしっかり飲んでもらいましたわ。
こんなのが永遠と書かれていのだもう何もいうことは無いだろう。
そうこうしている内に結構な時間が経ったのか馬車が止まった。
どうやら神殿についたようだ。
馬車を降り教会の敷居をまたいで中に入ると神父が声をかけてきた。
「シリウス デ ニルフィール様お待ちしておりました。早速、洗礼の儀を始めます。此方へどうぞ。」
案内されるがままに後をついて行く。
不思議なことに神殿に入ってからなぜだか気分が良い。
聖なる領域とは、こういう所を言うのだろう。
神父の足が止まる。
周りを見渡すと祭壇があり、大きな柱が一本、その前に四本、さらにその前に十二本の柱、そして手前にたくさんの小さな蝋燭達がが神秘的な光を放ち続けている。
なんでも柱にそれぞれ神が祀られているのだそうだ。
「洗礼の儀を行います。私の言う言葉を復唱して下さい。」
頷いて肯定の意を示す。
「私、シリウス デ ニルフィールは」
『私、シリウス デ ニルフィールは』
「神々の名の下に力の主として相応しい振る舞いをここに誓う。」
『神々の名の下に力の主として相応しい振る舞いをここに誓う。』
「では此方の蝋燭をお持ちください。」
差し出された蝋燭を持つ。
「神々の加護があらんことを。」
すると蝋燭に火が灯る。それを柱の前に置く。
「久しいのう、シリウス。」
かすかに聞こえる声と共に突然意識が切れた。
ちなみに、後にシリウスの裏ファン倶楽部もしかり設立され、その活動記録も同様に読んでしまうのだがそれはまた機会があれば話すとしよう。
活動記録書のくだりを書くのすごい楽しかったです笑