3 LEVEL1-3
何が、『見たか!少年!』かよ。こっちの楽しみを終わらせやがって。
ウォンは立ち上ると、尻についた砂を叩き落とした。
「ちょっと!そこにいてなんで助けてくれないの!」
ウォンの事を『少年』と呼ぶこの女は、崖からはい出ようとしているが腕の力が足りないのか、なかなか昇ってこない。
さすがに見かねたウォンは、女の腕を掴むと上に引っ張った。
「とりあえず、あんたは何のもんですか?」
ウォンは先ほどの罠を見ながら、女に問いかける。
見た目からは村人のような役職としか見受けられないんだが、ここから一番近い村だと3キロ近くはある。こんな身なりで魔物に襲われることなくここにいる理由はなんだ?
女は、その短い髪を耳に掛け、森を見渡している。そして、ウォンを見ると名を名乗ろうとした。
「私の名は、・・・・・・いえ、知らない方が身のためでしょう」
「は?あんたは何様のつまりなんだ?」
突然、何かを悟ったように女は自分の名を明かすのを躊躇った。
何か後ろめたい事でもあるのだろうか?
「自分の名前もいえれない訳か?いっさ、俺の名はウォンだ。ウォン・シャルディックだ。ほら、先に名乗ってやったんだ。言ってみな?」
ウォンは女に自己紹介の見本を見せてやると言わんばかりにそう言うと、女の名前を聞いた。
「ですが・・・・・・きっと信じないと思いますよ、だって・・・」
女がもじもじと言おうか言わまいかしていたその時、
「グルッルルルウウウウウゥゥゥゥウ・・・」
大きな棍棒が女の顔目がけて飛んできた。女はそれを何とか避けることができたが、その拍子にウォンに倒れてしまった。
この声には聴き覚えがあった。これはゴブリンの声だ。
「何でここで現れんだよ!お前らの生息地域違げーだろ!」
そんな事を言っても、種族の違う物には言葉が合うはずがない。そもそも知能が高いゴブリンがここに居る時点でおかしい。だいたいこの山は、冒険者の狩場になっている。中級者になってくると、経験値もスライムよりましなゴブリンも討伐しようと押しかけてくるはずだ。だが、こいつらの頭なら、それが分かっているはずだ。何が狙いなんだ?
「クソ!邪魔だって!どけよ村人A!」
「村人Aって何よそれ!」
ウォンは、女を押しのけるとタガーを右手に持った。
ゴブリンは2体。正直頭が悪そうな容姿をしているのだが、先入観という物は本当に厄介な物らしい。それで死んだ奴も少なくない。
「おい、村人A逃げるぞ!俺のレベルじゃ、どうにもならん。お前だって死にたくないはずだ!」
不本意ではあるが、こいつと一緒に山を下りるのが先決だ。人を信じるなとは言ったが、人を見殺しにしろとまでは言っていない。
「嫌だね。少年よ、私の事本当に知らないんだね」
「知らねーよ!」
しかし、そんな会話をさせてくれるほど、ゴブリンは優しくはない。自分の獲物に罠の餌を食い尽くされるまでまつ狩人なんていないだろう。ゴブリンは、女の返事が来る前に持っていた棍棒でウォンの横腹に一発入れようとする。
低い体勢をとり、何とか避けたが、棍棒の怖い所はそこではない。
その遠心力で、次は脳天を食らわせてきた。
「何をやっているんだ!それでも冒険者だろ!」
女は、ゴブリンにタックルして、ウォンを守った。ゴブリンは体勢を崩すが、すぐさま体勢を元に戻す。だが、こちらもそちらとは同じで、その時間ももったいないのだ。
ウォンは、ゴブリンの後ろに回る時にタガーで足の腱を切りつけた。しかし残念だが左足しか切りつけることはできなかった。
ゴブリンは、左足で足りあがる事が出来なくなり、右足でバランスをとり片足で足り上がった。
「ざまーみろ!おい!村人Aどうだ?」
「こっちはだいじょ・・・やっぱ助けて!」
あんた、さっき意味深な事を言ってたろ!めっちゃ弱えーじゃん!
女はゴブリンに追いかけられて、半泣き状態で逃げていた。ゴブリンが棍棒で叩かれそうになっても、なんとか避けて走ってくる。
「何が『本当に私の事知らないんだね』だ!ったく・・・」
さっき助けられた借りもある。仕方がない助けるしかないだろう。
ウォンは、すぐ近くで片足で立っているゴブリンを見た。
今のこいつに、棍棒を持つことはもう無理だろう。これだけの武器を持つには両足で腰を支える必要がある。だが、こいつにはもう左足は使い物にはならない。
ゴブリンは、棍棒を杖代わりにしてウォンを睨んだ。しかし、棍棒が地面から滑ったその時。
「すまんな、俺の経験値にでもなってくれ!」
ウォンは、体勢を崩し体が倒れかけているゴブリンの首筋にダガーの刃を押し付けた。
そして、力を入れ勢いよく切りつけると、ゴブリンは首から大量の血が飛び散り絶命した。
金とドロップアイテムを拾うと、女の姿を探す。未だゴブリンに追いかけられる女の差型があり、苦笑してしまう。
「こっちは何とか片付いた。そっちはどうだ!」
「何で攻撃が効かないの?おかしいでしょ!」
「全然おかしかねーよ!あんた村人だろ!ステータス考えろ!」
ウォンはそう言うと、女のもとに走り、もう一匹のゴブリンが棍棒を振り出そうとするのをなんとか避けた。
女は依然、弱弱しい感じで、なぜだか自分が村人だと理解出来ないらしい。
「もういい!あんた逃げるぞ!村人なんだから自分の命だけ考えろ!」
武器も持たない人に向かって、さすがに戦えとは言えない。だが、ゴブリンを一匹倒せただけでも十分の収穫だ。
「嫌だ!私は戦える!」
「戦えるって、あんた逃げてばっかりじゃん!」
無理やり女の手首を握ると、ゴブリンを置いて逃げて行った。正直言えば、早くこの場から逃げたかった。
ウォンにとって自分の戦果より、自分の命なのだから。