28 LEVEL UP
さて、ウォンがいるのは、彼女たちのいる17階層の47階層も下である64階層。
だが、ウォンがそんな事を知る由もなかった。
ただ、彼の立場を一言で言ってしまえば「危険」とだけ言ってしまおう。
「来ない・・・」
そう、あれからこのサウナのような場所でウォンは汗を、全身の数パーセントの水分を失っていた。
「来ない・・・」
あの「良い事を思いついたから、さっさと来いよ」と笑ってしまった事を今更後悔してしまう。
「来ない・・・」
札も今にこの汗ばんだ手で字も消えてしまわないかと心配してしまう。
だから、壁の出っ張った岩にそれを置いた。意外と安定した場所でしばらくここに置いておこうと思った。
「来ない・・・」
そういえば、火竜というドラゴンだが、もしかした奴もいるんじゃないかと心配していしまう反面、いたらどのくらいすごいんだろうかという興奮混じりの期待もあった。
「来ない・・・」
来ない・・・来ない来ない・・・来ない来ない来ない・・・来ない来ない来ない来ない来ない来ない来ない来ない来ない来ない来ない―――!!!
「何で来ないんだ?!?!」
とうとう苛立ちが到達してしまった。
その苛立ちは、この暑さが大半となかなか来ない火竜のせいだ。
ウォンは、この何十度あるかも分からない地面にあぐらを掻いて座り、このグツグツと煮えたぎるマグマを凝視する。
目を細くし、火竜が潜って行ったマグマを見るが、ただ、気泡なの大きくなった風船のようにおおきくなり破裂を繰り返すそれをただただ見る。
次はこいつが壊れるのか。
小さい物は、まだ赤ん坊か、または子供。
中くらいの物は、青年か、俺と同じ歳だろう。
そして、破裂を寿命と例えると、人間の一生もあっという間、一瞬なモノなのだろうと思ってしまう。
ならば、この中くらいの奴よりも小さく、このマグマの中から浮き出てきた小さい物よりかは大きい物は、何だろうな。
「貧民街のガキ共か・・・」
それとは限らないかもしれない。
馬車に轢かれて死亡なんてことも可能性として考えてみればありえるかもしれない。
いくら裕福でも、病気に、呪いに人は勝てない。
いや、呪いでも解く方法はある。病気にだって特効薬や治す方法はある。彼らは抗わなかったんだ。
「運命に・・・」
『運命には逆らえない事を分かってくれ』
ふと、あの声だけの男の言葉を思い出した。
今更考えてみれば、死んでいる奴が何を言っているんだと笑ってしまう。
『運命には逆らえない事を分かってくれ』
グールのあの糞弟に勝てたのは、運命に抗えた結果なのか?結局はこれも運命のすじ道なのか?
オレの人生と言う本からは、突然文脈が変わってしまうのが俺が望んだことなのか?
ならば裏を返せば、俺は死ぬことを望んでいた事になるかもしれない。
違う、俺はそんなことなど望んでなどいない。
だったら、俺それ否定するために、死なないために、生きるために、この地獄の瓶の様な場所から逃げるために、有りもしない本に忠実に生きれば良いのだろう。
まあ、その本が何百何千ものページを誇るのだとしたらなのだが。
仮に、ここから出る方法があるのだとしたら、ここにいるあの火竜をぶっ殺す必要がある。
ぶっ殺せば、ここから逃げることが出来るうえ、経験値も多く手に入る事ができる。一石二鳥だ。
「とりあえず、あの化けモンが首を出さないと話は進まないんだが・・・」
そう、話も状況も何もかも進まない。いや、進むとしたら俺のライフアウトのカウントダウンが0になるくらいか。
それは、ウォンにとっては最悪な事でしかなく、それだけは阻止しなければならないものだ。
ウォンは、この熱い空気を吸いながら、大きく深呼吸をする。
次に、大きくため息をすると、両頬をビシリッと叩いた。これは、熱にやられないためであり、自我を保つためであった。
「いや、逆なのかも。今がチャンス・・・」
ウォンは、消えていく汗を顔から拭きとると、天井付近にある入り口らしき大穴を見つめる。
そして、覚悟を決めると、また灼熱の壁へと手を伸ばす。
この状況にもう幸いもクソもないだろう。
ウォンの上半身は、変わらず裸で、腰には服が巻きつけてあった。その服もほとんど汗で滲んでいる。
どうせ、右腕の袖がないのだから服は買おうと思っていた所だった。別に後悔はなかった。
「ただ、・・・この作戦で行けたなら!・・・俺の勝利!・・・」
そうだ、このまま行けたなら、俺の勝利だ。だが、そのチャンスも一瞬で決まる。いや、一瞬で決めなければならない。
さらに、手を、肩を、足を、持ち上げていく。
体力は、この熱いながらもなんとか回復し、左肩の痛みも少しながら減った。
だが、やはり左腕は骨折していたらしく、骨の一部が砕けていた。
しかし、今回はあの石があると、それをポケットから取り出した。だが、効果はなかった。違うな、厳密に言えば、腕の修復が出来なかった。
「やっぱ、イテーな。・・・だがな・・・」
真下のマグマにも注意しながら、出来るだけ右腕を使い、せいぜい左腕はバランスを整える程度に使い、昇って行く。
俺は、途中で弾けてはならない。病に侵されたはいけない。呪いにもかかってはならない。
運命から逃れることが出来ないのなら、俺にできる事は一つだ。
俺のこの手で、この頭で、この体で、命を繋いでいく。
それが、どれだけ薄く首の皮が繋いでいようと、繋いでいる物は繋いでいる。
生きる。それが俺に出来るただ一つの事だ。
「そうだよな!?えーー?!」
奴は、目の前にいた。
ウォンは、体を火竜に向ける。その目は、確かにウォンを見ていた。
種族の違う2体の生き物は、多分同じことを考えていたのだろう。
「「こいつを、殺さなければ!!」」
火竜の閉じかけている口から、微かに炎が見えた。
だが、まだウォンは動かなかった。
火竜の口はまだ開かない。まだその時ではなかったからだ。
しかし、ウォンは不思議に思っていた。
どうして、体当たりでもしてこれば良い物を、なぜして来ないんだ?
考えても無駄だと、ウォンは頭を振った。
火竜はまだ、炎を吐いて来る気配はまだない。気配はないが、これがいつまで続くとは思えない。
そろそろ、右腕も限界が近づいてきている。
「なあ、お前は俺をどんな風に殺すかなんて分かってるけどな・・・」
ウォンは左ポケットに手を突っ込んだ。
火竜もそれを見逃さなかった。そして、次の瞬間、ウォンが手を下す前に炎を吐き出す。
だが、ウォンは右の手を岩から離した。
「お前は!俺の考えてることなんて分かってねーだろ!!」
さっき考えてたことは全消しだ!。
背中を地面に、腹を火竜に向け、落ちていく。
ウォンは、ただ不敵な笑みで火竜を見る。そしてウォンは叫んだ。
「スイッチ!」
ウォンが叫ぶとともに、飛竜の目の前にある岩が爆発し、ウォンの背中に強い爆風が起こる。
何とか、落ちるまでの衝撃を和らげることが出来、痛みを抑えることができた。
だが、それでは終わらない。
真上から岩が大岩小岩問わず落ちてくる。
それらが、落ちてくる前にそそくさと落ちてくることはないだろう反対に回る。その際、しっかりと箱も手にとっていた。
「ざまーみろ!!」
そんなことを言っている暇があるなら早く逃げろと言われそうだが、今まさにウォンにはその余裕、この火竜に勝てる兆しが見えてきたのである。
ウォンは翼を広げ、その大きな図体を持ち上げ飛ばしている火竜を見上げる。
土埃が火竜を囲い、どのような有様になっているか分からない。
火竜の顔を拝めなく残念に思いながら、顔をマグマに向けた・・・。
「何だこれ・・・」
小さな気泡の弾ける音が聞こえた。
ウォンの目には、何体と言う火竜の幼体が浮いていた。
どれも紅い鱗が並んでいるが、熱耐性を優先したせいか、打撃にはかなり弱かったようだ。
その綺麗な体には打撃痕が残っており、痛々しさが伝わってくる。
「こいつらも・・・家族持ちだったのか?」
『俺が死んだら、ねーちゃんだけが残っちまう!』
『弟を助けて!お願い!私の家族はこいつだけなの!!』
あの人殺し兄弟の言葉が胸を締め付ける。
違う・・・俺は!・・・そうだ!俺じゃない!
自分を正当化しようと自分の頭を両手で掴む。
でも、どう考えても、自分が、この状況の引き金としか見れなかった。
自分が、この場所で、この札を使わなければこの化け物たちも現れなかった。
「グルァアアアアアアララアアアァアアア!!!」
火竜のけたたましい咆哮が聞こえた。
声のする方向にウォンは恐る恐る顔を向けた。
「ちがっ!俺じゃぁッ―――」
だが、このタイミングであれは起きてしまった。
体の芯からジワジワと来る痛み。それは次第に体全体へと広がる。
「あぁ・・・あああああぁぁあああぁあああ・・・ムグッ!!」
こいつに刺激してはいけない、そう思った瞬間ウォンは自分の口を噤んだ。
痛みと言うより、ひどい痺れが体全体に伝わる。頭にまで来るのだから厄介だ。
火竜をその痛みの中、何とか見る。
今のウォンを見て、ドン引きしているのか、それとももうすぐ死ぬなら苦しんで死ねとでも思っているのか、どちらにしろ火竜は何もしないままウォンを見下ろしていた。
だが、その痛みも終わり、レベルアップは終了した。
それを悟られぬように、ウォンは這いずり回りながら移動をする。が、俺はあまりにも火竜の事を見くびっていたようだ。
次の瞬間、ウォンの目の前に恐ろしい顔で睨みつける火竜の姿があった。
「俺・・・のせいなのか?・・・」
先ほどの余裕など消えて無くなっていた。それどころか、ウォンの頭の中には「後悔」「懺悔」「恐怖」この3つの言葉がぐしゃぐしゃに回っていた。
ぐしゃぐしゃ・・・愚者愚者・・・
誰か、俺の事を「愚か者」と馬鹿にしてくれ。蔑んでくれ!軽蔑してくれ!。
俺がしたかった事は、こんな事をするためじゃない。
これじゃあ、まるであの奴隷商の奴らと一緒じゃないか・・・。
ウォンは、ただ、後ろに後退を続けるしかなかった。
ウォンが一歩後退すれば、火竜はそれに合わせて一歩前進しウォンに近づいて行く。
この「逃げたい」という逃避感たる気持ちも、このままでは「殺してくれ」という罪悪感に変わってしまう。
自分でも分かっていた。この火竜の顔からその目から背けなければならないと分かっていた。だができなかった。
薄汚れた、その火竜の顔の、その目は、復讐を叫んでいたからだ。子供を殺された親の気持ち。聞いた事のある、悲痛の叫びがまた頭を掛ける。
『殺してやる・・・』
『私の・・・最後の心の支えを・・・!ぶち殺してやる!!!』
あの母親の声が・・・、俺に向いているはずじゃないはずの声が、まるで、俺に向いているようで、怖い。
初めてだった。ここまでの罪悪感は初めてだった。
なにが、運命だ。なにが抗えだ。
今、俺にできる事は一つだけだった。
それは、「復讐される」それだけだ。




