27 LEVEL8-6
一応、魔物避けは飲んだ。小一時間はもつだろう。
「とりあえず、20階層までは行くよ!」
サクラのその小さな手を握ると、走り出した。
冷たいが、普通の人間の物だ。
この手が・・・この手の持ち主のこの少女が、あんなに強いなんて・・・。
エルナは、サクラの手を横目で見つめる。
走っている間、サクラは、途中エルナを嫌そうな目で見てきた。
それに気が付いていたが、その理由が分からなかった。どうせ、さっきの飲み物を飲ませたエルナに、また警戒しちゃったのかと思った。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫・・・」
同じ言葉で返答するものの、その目には「怯え」という物が分かった。
今の所、スライムの一匹も見えないのは、正直不思議であった。
まぁ、不戦無傷に越したことはない。
「おに・・・おねーさんは誰を探してるの?」
「命の恩人。それで私が認めた唯一の護衛・・・」
エルナの目をサクラは見ることは見なかった。なぜなら、その声から見る必要などないと分かったからである。
それじゃあ、私のおとーさんは私の世界でただ一人の勇者なのね。
サクラは、クスッと笑ってしまった。
勇者とは程遠い姿なのに、勇者と重ねてしまった自分がおかしくてならなかった。
「この先には、魔物がいます、遠回りして行きましょうか?」
すると、洞窟の奥で、魔物の気配が漂ってきた。その気配は少なくとも強くはないが、この人の薬に効いていないようだった。
「目標まで、距離とか分かる?」
敵に向ける目にエルナは変えた。だが、レベルの低いエルナには敵がどのような種族なのか分からなかった。
「分かりません。ですが、こちらに気が付いてないみたいです。」
その年に合わないほどの冷静さは、先程とは別人と思ってしまうほどだった。
とりあえず、エルナは、静かに頷いた。
そして、二人はサクラに手を引かれ、見えない敵に気付かれないように階層を下りていた。
逃げている最中、エルナはサクラの顔を見ていた。
敵の正体までは分からないが、この子は誰に育てられたのかの方も気がかりだった。
この子が言うには、親は、移動魔法の範囲は広い。そもそも子供本人でさえ分からない場所でさえ、分かってしまったのだから驚きだ。
その親も、自分を国に差し出せば、大量の金が手に入るはずだ。
あんな子供でも、「ブレイク」だなんて初歩な破壊魔法で岩を砂に変えてしまうなんて聞いた事がない。
どうして、黙っていたのか、どうして・・・
「おねーさん、どうしたの?」
「ん?」
「ん?じゃないですよ、怖い顔で私の顔を見てきたら、私何かしちゃったんじゃないかって」
泣きそうになるサクラを急いで、止める。
誤解だ。考え事をしていただの。普遍な言葉を何個も投げつける。
嘘ではないが、全部が嘘ではないのが、エルナの罪悪感を少しばかり苦しめる。
「おねーさんって、いい人なの?」
唐突の、その質問にエルナは驚いた。
その質問の、サクラの声は何か冷めている気がしたからであった。
「大丈夫、私はあなたの味方よ。ただ、私はあなたの―――」
「いろんな人が来たの、私を・・・とーさんを・・・かーさんを騙して利用しようとした人がいたの」
エルナは生唾を飲んだ。
サクラは話を続ける。
「皆、私たちを奴隷にしようとしたの、一人は、『国に貢献しろ』って言って、兵士みたいな人が私を攫おうとしたの、おとーさんに殺されたわ。一人は、『家族の弱みを握った』って言って押し寄せてきたの。おとーさんに殺されたわ」
「ねー。・・・何を言いたいの?」
「おねーさんは、私を奴隷にしようとか国に連れて帰ろうとか思わないよね?」
「そんなことないわよ!」
エルナは、先程考えていたことを掻き消そうと、しながら、サクラに訴える。あんなことが出来た。きっと人の考えている事を読み取る事くらい容易いはずだ。
「それならいいんだけど・・・」
サクラは一つ深呼吸した。そして、胸に手を添えると自分に何か言い聞かせた。そこまでは分からなかったけど、多分自分を安心させる何かだろうと、逆にエルナは自分に言い聞かせた。
「ごめんね!私は信じてるから!」
エルナには、サクラのその笑顔が本物かどうか分からなくなってしまった。エルナの目はもう疑いの目しかなかった。
サクラに、悟られないように気が付かれないように、自分を騙すしかない。
そんな事を考えながら歩き続けると、場所は17階層まで来ていた。
「おねーさんのおかげで、魔物にあたらなかったよ」
「よかったね!・・・いやいや、よかったのは私なのか・・・」
あれ?よかったって私じゃなくて、ウォンで、違う違う。・・・そう、今の状況に『よかった』は合わない。
汗一つも集中していたため、思考が混乱している事にエルナは気が付いていなかった。
サクラのキョトンとした顔を見るや、今さっきの努力は無駄だったと後悔してしまう。
「よかったじゃない・・・」
その言葉に、サクラは、さらに首を傾ける。
「ねぇ、ウォンは!生きてるの?相手は何のなの?!」
エルナの、突拍子のない大声の剣幕にサクラは急いで、手を地面に置いた。
「・・・・・・・・・まだ、生きてる。けど・・・え?」
「どうしたの?」
サクラの驚いた顔に、エルナは「どうしたの?」としか聞くことが出来なかった。
その顔は、何やら、ただ事ではない事が起きていることを伝えていた。
「今、その人は、今武器とか持ってますか?」
「うん、札を持たせてるんだけど」
ウォンに持たせた札の事を思い出した。
「そのおかげね。まだ生きてるけど、・・・時間はあまりないでしょうね」
サクラは、静かにそう言った。
その言葉の意味をエルナはしっかりと分かっていた。
今の自分には、ここにはいない、自分の真下にいるその人を助けることはできない。
それは一番、自分が分かっていた。
「クルスがここにいたなら・・・」
あの宿屋で、あのベットで、意識を失っている人物に助けをお求めても意味がない。
「クルスって?」
サクラは目を瞑ったまま、こちらに質問を送る。
「私の部下」
エルナが答えると、サクラは子供らしく「ふーん」とだけ返事した。
「64階層まで、100メートルくらい」
「100メートル・・・あと44階層くらいか・・・魔力を使っても足りないか、以前の私なら行けたかもしれないのに」
札を用いれば、何とかなるかもしれない。だが、今の私のレベル3では全然足りないわ。
それに、レベル10まで行けば、魔法も使えるかもしれないけど・・・
サクラは未だ、「ライフサーチ」を続けている。
次は何を探しているのだろうか?、とエルナは見つめるが、後で聞こうと、ただ松明を辺りにかざしていた。
と、次の瞬間、サクラが目を開き叫んだ。
「おねーさん!後ろ!」
エルナはサクラに言われるがままに後ろを振り返った。だが、その時には遅かった。
「キャッ!」
強い衝撃と痛みが彼女を襲う。
勢いよく飛ばされ、サクラと衝突してしまった。
「ッ・・・な、何・・・?」
エルナとサクラはその方向を見た。だが、そこには何もいなかった。
立ち上ると、松明をさらに慎重にあたりをかざす。
「透明な奴なの?」
隠れているのか、その正体は分からなかった。
土を踏みにじり、いつでも攻撃が出来るようにする。
「そういえば、ここ・・・」
サクラが、呟いた。
「なに?何か知ってるの?!」
エルナは、無我夢中で叫んだ。
レベルの低い冒険者と、強いとはいえ少女が二人。相手は不明だ。この状況でいつ襲ってくるかも分からない。
叫んでしまっても仕方ない。
「ここで、気が付いたの」
ここはまだ、17階層だ。
「でも・・・違う気がする。ここじゃない気がする」
どっちなの?と、突っ込みたくなるが、エルナの視線と意識はサクラではない別の方向に向いている。
『これは、*@#¥*%$&の命令だ』
何これ・・・
『汝は@$を持って&*の償いをすべし』
へ・・・?、償う・・・?、何を・・・?
ここに来て、二つの言葉が頭の中を過る。
一つ目は、誰の命令なのか、誰が誰に対する何をする命令なのか分からなかった。
二つ目は、言葉そもそもが分からなかった。ただ、その意味が怖い物なのかだけが分かった。
でもどうして、今なのかは分からなかった。
キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
「痛い・・・」
頭痛が彼女を襲った。サクラはその場に崩れ、手で頭を押さえる。
それは、人生で数少ない経験で、その痛みは彼女を困惑させる。
そして、それを見ていたエルナも困惑した。
魔物が襲ってきているかもしれないこの状況下で、幼い少女が頭痛を訴える。
「かもしれない」というのも。あれ以来、襲撃が来ていない。
エルナは、周りに集中しながら、サクラに「大丈夫?」と心配をかける。
だが、サクラは「痛い」と、何やらモゴモゴと呟いている。
その、雀の涙ほどの声は、ただただ、エルナにとっては恐ろしく思えてしまった。
「ねー!ホントに大丈夫?!」
エルナは、恐怖交じりのセリフで、サクラに問う。
が・・・、しばらくするとサクラの頭痛も収まった。
「大丈夫・・・ごめんなさい」
手を頭から落とすように膝に置いた。だが、その表情はボケーと遠くを見つめているかのように目の焦点が合っていなかった。
どう見ても、大丈夫じゃないその姿に、エルナは強張った表情になる。
「とーさんは・・・どこに居るの?」
涙が、頬に細い線を伝う。
いつまでたっても来ない気がした。
いつまで経っても、どれだけ経っても、このまま時が経っても、あの愛しい人は来ない気がする。
どうしてだろうか、これまでは信じていれば、来てくれる信じていたのに。
あの言葉が、あの二つの言葉が、「信じても来ない」「奴はお前を捨てた」と言っているような気がした。
意味など分からない。分かりたくない。
「違う、とーさんは来てくれる。そーだよ、来てくれる」
彼女は、彼女の父親を生きているよう信じた。
だが、それとは真逆に世間は、彼女の生など望まなかった。
それが、彼女がこの洞窟に飛ばされた理由であり、彼らがこの場所で出会う理由であった。
彼女が愛するその父親の名前は「運命」。




