26 LEVEL8-5
「おいおいおいおいおいおいおい・・・ここ何階層なんだよ!?」
ようやく、今自分の置かれている危険に気が付いた。
ウォンは、そのマグマから現れた、巨大な化け物を、目を丸にして見る。
だが、その目の奥には、なぜか恐怖の中に「憧れ」が混じっていた事に彼は気が付いているだろうか。自分では気が付かないことだってある。
今の彼には、その巨大な魔物が、羨ましく思えた。
「火竜」
火竜・・・またの名をファイアードラゴン。
いるとは思っていたが、これほど巨大なモノとは思わなかった。
その紅色の鱗に纏われたその魔物は、ウォンの2~3倍の大きさで、彼を見下ろすかのような目でウォンを見る。
「デカすぎる・・・こんなモノ。俺が勝てるのかよ?!」
絶対ここが20~30階層の魔物ではない事は確かだった。
「グオオオオォォオオォオオオ!!!」
鳴き声だけで、耳がイカレテしまいそうな勢いだ。
ウォンは、すぐさま耳を閉じた。だが、目だけはしっかりとその火竜を見ていた。
「訳が分かんねー・・・」
太ったその胴体からは、翼が隠れており、真っ赤な溶岩の保護色で見にくい。
しかし、頭部は思ったよりも小さく、地竜を思わせる容姿をしている。
見惚れている場合ではないと、ウォンは我に返り、出口を必死に探す。
「くっそ!何処に在んだよ!」
まさか、こいつの裏にあって、見えないのか?
ウォンはそう思うと、すぐに行動に出た。
幸い、足元の溶岩は固まり、まだ熱い物の歩ける程度には冷めた。
魔物の周りを走るように、裏にあるであろう出口に向かう。
「そんでも、難しいな」
まるで、一回でも失敗したら死亡のバランスゲームだ。その上、移動しなければ、どちらにしろ死んでしまう。
急がなくちゃ!この魔物が俺に気付いていないうちに!!
だが、出口に向かって走る彼を余所に、その魔物は気が付いていた。この人間は危険であると。
しかし、火竜はまだ行動に出なかった。
こいつは、まだ泳がせておこうと。今はまだ手に掛けない方がいいと。
「あってくれ!頼む!」
だが、現実は彼をこの魔物との戦闘を見てがっているようだ。
ウォンの表情は青く染まっていく。皮肉にもここは熱いマグマの傍だと言うのに、これのおかげで涼しく感じてしまった。
「なんで・・・じゃぁ、どこに・・・」
なかった。入口があるのだから出口もある。そんな安易な気持ちを打ち砕かれた。
こうやって息ができるのだから、通気口くらいの穴はあるモンだと思っていた。
「じゃあ、俺はこの化け物と、逃げるか戦わなきゃいけないのか・・・」
仮にそうだとして・・・いや、そうなると俺はこいつからどうやって逃げればいいんだ?
ウォンは、火竜を見る。大丈夫。首が四方八方に動いている以外、体は動いていない。
だが、いつ動き出すか分からない。
「どうする俺!この逃げ道のない世界でどうやって戦えというんだ!?・・・あ」
彼らも同じ気持ちだったのか?
貧民街と呼ばれる、見えない牢屋は彼らを逃がさなかった。
なぜか彼らは戻ってくる。金を盗んでも、人を殺しても、奴隷商が来ても、彼らは逃げ出さなかった。・・・いや、逃げることが出来なかったのだろう。
それが、「見えない牢屋」だ。
「見えない世界」と呼んでもいいのかもしれない。それが、自分の意志で残ろうとしてしまったのか、それとも知らないうちに、自分の逃げ道を言い訳を作ってしまったのか、生きてきた世界が違うウォンには分からない。
「グウウゥゥウウオオオォォォオオオォォ」
突然、火竜がそう唸る。驚いて、ウォンは身構えるが、それは思い違いだったらしく、火竜はマグマの中に消えていく。
だが、その目だけはこちらに向いていることにウォンは、初めて気が付いた。
二度目の寒気がした。さらに身の危険を感じ、ウォンは壁に目を見張る。
「どこかに・・・どこかにこの状況を打開する方法はないのか?」
ウォンは、壁に沿って上を見る。
天井の傍の壁に一つの穴があった。そして、その天井には岩盤がゴツゴツと凹凸に出ており、今のも落ちてしまうんじゃなあかと思わせる。
「とりあえず出口らしきモンは見つけた。・・・今は、何も起こらないよな?」
先ほど火竜がいた場所を見た。今の所、出てくる気配はしないが、いつ又、出て来るかなど分からない。
今の内に、ここから上にある出口に向かわなければ。
ウォンは上半身の汗を拭くと、先ほど脱いだ服を腰に巻いた。
「熱くない・・・熱くないから!」
そう自分に言い聞かせながら、ウォンは壁の掴める岩に、しがみ付き、右手・・・左手・・・右手・・・左手と足にも体重をかけ、よじ登る。
無駄な荷物がなかったのは良かった。
やはり、レベル8は違うと、身に染みて思う。
今までとは、腕力も体力も違う。
「いける、今までの俺とは違うんだ!」
そして、また腕をあの出口まで伸ばす。出口は二人分の大きさがあり、場所が天井付近にある事から、逆にあれは入り口なのではないかと思わせる大きさだ。
希望はまだある。
「こんな所で死んでられるか!」
死ぬ運命なんていらねー!、生きる運命だ!俺に生きる運命を寄こせ!
あと、半分も距離はない。だが、熱という物は上に上がって来る物で、さらにウォンの汗は皮膚と言う皮膚から湧き出て来る。
歯を食いしばり、汗が入っても目を閉じず、このまま・・・このままでよじ登る。
体力が熱にやられる。これはサウナよりも熱いんじゃないか?
「だが、これもあと数分で終わる・・・。お前とはおさらばだな」
俺はこの時、気が付くべきだった。
今憶え場、この「壁をよじ登る」という行動は、あの化け物に「さぁ、どうぞ殺してください」と言ってるものだ。
音が聞こえなかった。マグマから奴が出て来る音を・・・。それは熱で耳がヤラれたとかじゃない。
「グオオオアォォォオアアアァァアア」
だって、鳴き声が聞こえたんだから・・・。
ほんの一瞬のことだって、見逃してはいけない。奴には翼があったんだ。翼があって、獲物があって、それを逃がすバカはどこにいる?
少なくとも俺はバカじゃないから、その格好の獲物を逃がさないつもりだ。
つまりこの火竜も馬鹿じゃない、ちゃんとした知識を持ち合わせたんだ。
「ふざけんな!なんでこのタイミングで!」
大きく体の体勢が崩れる。そして落ちる寸前、ウォンの目線には壁があるはずだった。いや、あって欲しかった。だが、違った。
その目線の先には、口を大きく開け、こちらを睨む火竜がいた。その喉の奥には炎が見え、今に吹き出そうとしていた。
「くっそ、こんな所で!」
ウォンは、落ちる瞬間に急いで、札を取り出す。
「風」の何でもいい。ダメージが小さくなれば・・・。
だが、ウォンの手にあるのは、「風」ではなく「木」と「擬」の札だった。
「こんな物使い物に・・・あ!」
時間は彼に考える暇など与えない。ウォンが気付いた頃には、地面に叩きつけられる寸前だった。
打ったのが左腕で良かった。痛いが、利き腕がこの前のように使えなくなるよりまだマシだ。しかし・・・
「イッテーーー!!!」
痛いだけではない。血管が締め付けらる感覚。内出血、骨折、打撲・・・。
この前のように、腕が無くなったから、血を失い意識が朦朧するのではない、意識がある上で痛いのだ。
何とか、立つことが出来たが、この痛さに一日も耐える自信などウォンにはなかった。
熱気が一定の間隔で、襲い掛かる。
それの正体はすぐに分かった。
火竜は、またもや口を開ける。その行動は炎を吐くのだろう。
ウォンは、左腕を押さえながら、その場から走って移動する。
予想通り、炎がウォンのいた場所を燃やし尽くす。だが、安心してはいけない。火竜はそのまま首をウォンのいる場所まで回す。
「ちょっと待てって!」
待てと言われて待つものなどいない。そもそも知識くらいあるのなら、言葉くらい通じてくれよと願うが、種族が違うのだ。通じる訳でもなく炎は吐かれ続ける。
炎から逃げる異例の鬼ごっこ。捕まったら死というオプション付きだが。
戦うための武器もない。逃げるための体力も怪しい。
どうする・・・このまま死ぬのか?
『弱い奴が強い奴に殺される運命なんて、まるで強い奴が悪者みたいじゃないか。それなら僕は弱いままでいいや』
自分で言ったじゃないか。
強い奴は弱い奴を殺すのが当たり前なら、このまま俺は・・・。
『ママを助けて』
ふと、あのガキの事を思い出した。
もうすぐ死にそうな自分より母親を助けようとしたあのガキ。
父親に蹴られても母親の体の心配。理由は一つじゃないんだろけど、少なくともあのガキは自分の支えが無くなる事を恐れたのだろう。
支えで、思い出したが、エルナはどうした?
「・・・いや、それより俺のことだってーーーー!!!」
すると、火竜からの攻撃が止み、こちらの動きを伺っている。
次は何を仕掛けて来るか分からない。
しばらく、両方何もすることなく、その場にいたが、突然火竜はまたマグマの中に消えて行った。
ここから逃がさないと言いたいのだろうか、それとも逃げれるものなら逃げてみろとでも言いたいのか、ウォンには分からない。
願わくば、このままマグマに溶かされてしまわないか?と思ったが、火竜の鱗はマグマの熱などでは溶けないようになっている。
硬く、それでもって熱耐性もある。厄介にも程がある。
「そもそも、レベル8の俺に何が出来んだよ?!」
今、火竜が何もしてこない間に休憩を取る。
しかし、水を取る事ができない、砂漠よりも熱い場所で、汗だけが失われていく。熱中症になってもしょうがない。
「考えろ・・・火竜は何が苦手なんだ?」
水か?だが、水などここにはない。じゃぁ風か?風であの炎を口の中に吹き返せば・・・。
いや、いける保証はない。
だが、喉の奥が内臓で出来ているのならば、可能性がないわけでもないだろう。
ウォンは、熱くなった金属の箱に服の手袋で掴むと、ひっくり返す。
使えそうな場面など考える暇などない、札、主に「風」と書かれた物を全て取り出し、他はもとに入れた。
後は、タイミングだ。
頼むから、俺が死ぬ前に来てくれよ!




