冒険へ
明日とか明後日を見ていない。それはわたしととてもよく似ている。その人たちは本物の革命家だ。革命を起こそうとかゆみに耐えている。けれどわたしは革命家ではない。かゆくなるバターを塗られてもいいとは思えない。わたしより一歩進んでやってくれる人が増えたらいいなと思うだけだ。豪邸に憧れようと、コンドミニアムに住もうと、それはわたしにとってどうでもいいことだ。けれどわたしが思うのは、価値観の変化を否定して自分の価値観、つまり豪邸やスポーツカーは素晴らしくて、誰もがその素晴らしさに憧れるという価値観の変化に対応できないというならば、エメラルドグリーンの沼で身体を洗い、ひげを剃り、爪を切って、谷に落ちてしまうしか進路はきっとないのだろう。
わたしは、
「じゃあ、またね」
と言ってベンチを立った。そういえばさっき、あのワンカップの男性にも、心の内で
「じゃあ、またね」
とさよならを告げた。どうしてもわたしにはまとまった過去がない。何かに触れるとはじめおぼろげに、そしてしばらくすると輪郭がはっきりと、そういう風な過去しか持っていない。だから「またね」ということでこの先に、現在を過去にしたがっているのだ。後ろから少年が声をかける。
「君は捕まらないよ」
そしてわたしはくるりと振り向き、
「わたし、どっちに行けばいいと思う?」
と尋ねると、
「あっちだね」
と少年はショッピングモール沿いの道を指さした。そしてまた少年は言う。
「そのワンピースもそのパールのチョーカーも、バッグも素敵だね」
と言い、
「俺が君を知っているのは、ワンピースとパールのチョーカーとバッグとブルーのミュール、そして一万円が欲しいということ。それだけだよ。それなのに君は俺のことをずいぶん知っているって気がするんだ」
その言葉を聞いた時、わたしは瀬戸物の小鉢を落としたような気がした。小鉢は3つに割れ、その周りに細かい破片が散らばっている。小鉢の柄は、割れてしまっているからよく分からないが、濃紺で何かの花が描かれているようにも見える。そんなはっきりとしたイメージの後に、吐き気がするようなめまいを感じた。しばらくしゃがんでいて、それがどのくらいかもわからない、けれど立ち上がって、少年の方を見ると、少年はもうわたしの視界のどこにもいなかった。