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裏野ハイツの住人

作者: 月華  雫

公園のベンチに座っていると、父親と母親の真ん中で、両親の手にぶら下がり嬉しそうにはしゃいでいる2、3才位の男の子がいた。


「くそっ!俺は何をやってんだ!」

そんなことを呟くのは、大堂(だいどう) 健吾(けんご)だった。


健吾はたった今、離婚届けを提出してきた所だった。

健吾には3才になる男の子がいた。だが、その息子の親権も母親の方へいき、今では独り身となってしまった。


「取り敢えず、住むところを探さないと・・・・」


不動産屋へ行こうとしたが、公園を出た所に電柱があり、ふと目に留まった張り紙があった。



裏野ハイツ=【木造・2階建て・1ルーム・敷金礼金0円】

【 駅より徒歩7分、10分以内にコインランドリー、コンビニ、郵便局あり】


「49000円・・・これ安いなぁーーーー」


「何々・・・・しかも、大家さんはこの裏野ハイツにいるので、直接来てください。201号室、田崎」


健吾はさっそく行ってみることにした。煩わしい不動産屋との話もしなくていいみたいだった。


(駅から近いって言うのもいいな)


歩いて近くにあった。ボストンバッグ一つ下げた健吾は、裏野ハイツまで来た。


「築30年の割りには綺麗じゃないか・・・・でも静かだなぁ?そっか、俺はリストラされて職がないけど、たいていの人は働いている時間だな」


(201号室ーーーー田崎?表札は出てないな)


ピンポーン!ピンポーン!

「すみませーん!」

「はいはい、今開けますよ」

ガチャッ!

「なんのご用ですかね?」


ニコニコと笑いながら優しそうな老人が出てきた。


「あっ、いえ、その、ここに空き室があるとチラシを見て・・・・」

「ああ、あれね、一室空いてるよ!一人かい?部屋は見てみるかい?」

「ええ・・・・」

2階の空き部屋へ案内してくれた。

「なかなか一人で生活するにはいいですね」

「そうだね、ここの住民も皆いい人だよ」

「あのぅ、すぐに入居とか大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫だよ、ちょっとまっとくれね、申込用紙を持ってくるからね。このままこの部屋にいるかい?」

「いいですか?」


西側の窓を開けてみた。心地のいい風が入ってきた。

景色は抜群だった。森のように、新緑が綺麗だった。


「はいはい、これね、ここにサインしておくれ」

「はい、あの、家賃はーーー」

「いつでもある時でいいさ」

「えっ、それでいいんですか?」

「ああ、いいさ、ほらっ、これは部屋の鍵だよ。何かあったらいつでも部屋に訪ねてきておくれ」

「はい、よろしくお願いします」

「ちょいとお兄さん、これね、私の孫なんだよ、可愛いだろ?!」

色褪せた写真を健吾に見せる。

(余程可愛くて持ち歩いてるんだろうなぁ)

「ええ、とても可愛いですね」

大家さんは、写真を見せた事に満足げな顔をして部屋を出た。



誰もいないかもしれないが、一件でもいればと思い、ご近所へ挨拶をしに行く事にした。


【101号室】

ピンポーン!ピンポーン!


ガチャリ!


「ほーい!」

(いた!)

「あっ、すみません!203号室に引っ越してきた大堂です」

「ああ、私は戸畑です。よろしくお願いしますね」

50才くらいの感じのいい男の人だった。

「よろしくお願いします。あのぅ、失礼ですがお一人ですか?」

「いや・・・彼女がいるんだけどね、仕事が忙がしい子でね・・・」

頭をかきながら、照れくさそうに答える。

「不躾に聞いてしまいすみません!それでは彼女様にもよろしくお伝えください」

「はいはい、よろしく」


(俺よりかは上だな・・・・50才は過ぎてるだろう・・・彼女って・・・・結婚してないんだな)


【102号室】

ピンポーン!ピンポーン!


中で歩く音がかすかに聞こえた。


「あのー、すみません!誰かいませんか?」


ーーーーーーーーーーーーー

「あのー!」


ガチャリ!


「は・・・・い」

青白い顔をした40才くらいの男が、戸口を少し開け、顔を覗かせた。部屋からの明かりがない。カーテンも開けていない部屋だった。


「えっと・・・・・203号室に越してきた大堂と言います。よろしくお願いします」

頭を下げている間にドアは閉まっていた。

(うそっ!まあ、突然来たんだから仕方ないよなーーーそれにしても蒼白い顔だったなぁ)


【103号室】

ガチャリ!


内側から先に鍵が開いた。


「お買い物ーーー嬉しいなぁー!」

3才くらいの男の子が飛び出してきた。

「ちょっと待って!危ないから」

男の子は走って道路まで行った。

「あらっ、どちら様ですか?」

男の子の母親と思われる30才くらいの女性が聞いてくる。

「あ、ああーーーすみません、203号室に引っ越してきた、大堂といいます。よろしくお願いします」

「あら、そうなの、よろしくね、ごめんなさいね、あの子一人で行っちゃったから・・・・・」

そう言い残し去っていった。

ドアが開き、中から感じの良さそうな30才くらいの男の人が現れた。

「203号室に越してきたんですか?」

「これはすみません、はい、わたくし大堂と言います。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

ニコニコしながら、他に話す事なくドアを閉めた。


(さて、201号室は大家さんだから、とばして、202号室だな)


【202号室】

ピンポーン!ピンポーン!


(いないかな?)

ピンポーン!ピンポーン!


諦めかけて自分の部屋へ戻ろうとしたーーーーその時


ガチャリ!


「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


扉を開けたのは、御坊さんの格好をした80才は過ぎてると思われる男の人だった。


「あの・・・・・えっ?この辺のお寺の方でしょうか?」

数珠を片手にお経を唱え出した。


「・・・・・・・・」

身体が硬直した。

(何かヤバイ!)

お経で大堂の身体がピーンと張りつめている。


「私は万天寺の和尚だ!」

お経を止めると大堂の身体は楽になった。まるで縄に縛られているようだった。


「わたくし、今度、隣の203号室に越してきた大堂と言います。よろしくお願いします」


「何も話さなくてよい!全て解る!」

怖い顔をして言った。


「そっ、それでは失礼します」


隣にある部屋へ急いで入った。


部屋へ入るなり、玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン!ピンポーン!


大堂は肩が上がり、目をくりくりさせた。


「だっ、誰ですか?」


(私には訊ねてくる人なんかいない、だがこのアパートの住民かもしれない)


ガチャリ!


「はい」

「大家だがね、ちょっと開けとくれ」

「あっ、大家さん、今開けますね」

「ちょっといいかね?」

「ええ」

大家さんは部屋へつかつかと上り入ってきた。


「実はね・・・・もうアパートは回ったかい?」

「ええ・・・・」

「御坊さん、いただろ?」

「ええ、それが?」

「あの人には気を付けるんだよ」

「あの人は誰なのですか?」

「・・・・・また今度話してあげるよ」

大家さんはつかつか入ってきて、さっさと出ていった。


大家さんの言ったことはさほど気にならない様子の健吾だった。


「さてと、飯でも食うか。って言うか俺2、3日何も食べてないような・・・・・?まあ色々あったから食欲もなかったしな」

(腹が空いてない)


健吾は食欲もなかったので散歩にでることにした。


階段を下りていくと、さっきいた御坊さんが立っていた。


「さっきはどうも」

「君、このアパートの住民に会ったのか?」

「えっ・・・・まあ、挨拶程度ですが」

(偉そうなお坊さんだなーーー)


「私の力だけでは足りないかもしれない」

「あのう・・・・何かお手伝いしましょうか?どうせ暇ですから」

お坊さんは、急に悲し気な顔をした。

「・・・・・101号室だが、男性がいただろう、彼はもうこの世にはいないーーーー」

「えっ?!いないって・・・・・」

「彼女がいるっていってただろ、彼女は生きている」

「ど、どういう事か説明して下さい・・・」

「101号室、あの男は彼女に振られて自殺してしまったんだ・・・・あの部屋で、そして魂だけはずっと帰らない彼女を待っているんだ」

「・・・・・・・・・」


「そして、102号室ーーーー彼ももうこの世のものではない!彼も強い無念をもっていて、どうしてもあの世へいけないのだ」

「そっ、そんな・・・・・」

「彼は田舎からでてきていたのだが、何をやっても旨くいかず、やっと任された仕事ができてな・・・今年こそはお正月に実家へ帰れると喜んでいたんだ、それが・・・・事故にあってしまったんだよ、現場で足を踏み外してしまってな・・・・」

「それは、さぞ無念だったでしょう」

「だから毎年、年末には霊だけは実家に帰っているんだ」

「・・・・・可愛そうですね」


「103号室の親子三人もそうだ!彼らも肉体なき魂だけなのだ」

「・・・・・・・・」もう言葉にならなかった。

「彼らは本当に哀れだったんだ、あの子が病気にさえならなければ・・・・・」

「病気?」

「そう、まだ、たった三年しか生きていないのに、余命を宣告されたーーーーー母親はからだが弱く、子供はこの子一人だった、父親と母親はいっそうの事三人であの世へと・・・・・命をたってしまったんだよ・・・・・」

「まさか・・・・・あんなに楽しそうに過ごしている家族が・・・・なんてことなんだ!」


「201号室も同じだ」

「嘘だろ・・・・・嘘だよな・・・・あの親切な大家さんまで・・・・・」

「古ぼけた孫の写真をずっと持ち歩いているには訳があってなーーーー婆さんには一人息子がいてな、実はその息子が病気で亡くなったんだ・・・・それまでは良く息子さん夫婦で孫を連れて遊びに来ていたんだが、少しずつ孫も来なくなってしまってな・・・・・婆さんも、仕方ないと解ってはいたんだが、やはり孫の事はどうしても無念だったようだ」

「あまりにも悲しすぎますよね」



「・・・・・・・・」

「あの・・・・・」

坊さんが数珠を片手にお経を唱え始めた。

また健吾の身体が締め付けられてきた。

「なんで・・・なんでこんなことをす・る・の・で・・・すか?」



「なんでだと!」

「く・・・苦しい・・・・」

「何があった!!苦しかったなら吐き出せ!」

「お・・・・・お・れ・が?」

「早く吐き出すんだ!」

「・・・・・・?」

「苦しかったんだろ!悲しかったんだろ?!」

「・・・・・・」


健吾、思い出す。

「あの時、あの時俺は・・・・・家族を失いたく無かった!子供を手放したくなかったんだ!くそっ!だから・・・・あいつを・・・・・この手で・・・・」

「苦しかっただろ!自分のしたことをしっかり見るんだ!そうでないとお前の魂はここにいる住民たちのように、ずっと上には上がれなくなってしまうんだ!」

「うっうー!俺は何て事を・・・・あの子は一人になってしまったんだ!あれから俺は、俺はビルから飛んだ!」



三日前からお腹が空かなかった・・・・



































読んで下さってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。お久しぶりです。 「お坊さんには気をつけるんだよ」の一言にはすっかり騙されてしまいました。まさかそういう意味での「気をつけるんだよ」だったとは。 霊は主人公の方だったのですね。
[良い点] 頑張ってると感じる作品でした。 [気になる点] ちょっと展開が急すぎる節は見受けられます。 キャラクターや設定を急ぎ足で処理してしまって勿体無い。 メリハリを意識し、各キャラクターの出番や…
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