第9話:歯車の動き出し
どうでもいいが、本当にどうでもいい話をしている最中に腹部を治療してもらった俺は、左足を小西先生に向ける。それだけで俺が言いたいことがわかったらしく「ちょっと待っててね」と言いながら立ち上がり、診察室の奥へと入っていった。
「それで新薬とはどんな効果があるんですか?」
どうしてそれでになるかわからない。でも、燕野が質問してきたが無言を貫き通す。
「お待たせ」
数分後に小西先生はそう言い、戻ってきた。
「それじゃあまずは外すね」
小西先生はそう言いながらも左足を引っ張り外した。姿を現したのは膝の部分までしか無い左足だ。
「おぉ。効果覿面だね」
「本当ですね。たった二週間でここまで治るなんて」
「おや? 焼けた痕があるね」
あっ。バレてしまった。
恐る恐る小西先生を見ると問い詰めるような目を向けてきている。その目には耐えられないので、素直に焼けた原因となった出来事を白状する。
「はぁ。君は本当に治す気あるのかな? 幼馴染から逃げるためだけに本気出して、オーバーヒートしたとか本当に治す気があるのか疑いたくなるよ」
小西先生が額に手を当てて呆れながら言ってくるが、すぐに手を離してイタズラっ子みたいな顔をする。
あっ。もしかして……。
「と普通の先生なら言うわね。でも、流谷の性格を知っている私にとっては仕方が無いとしか言いようがないね」
やっぱり、はめられていたか。この人本当にわかりにくいわ。
「それじゃあ、新しいのを入れるね」
小西先生は楽しそうに言いながら、太ももに注射をしてくる。痛みを感じたが、チクリ程度なのであまり痛くはなかった。薬を注入し終えた後はすぐにさっきとは逆で義足を押してはめた。
正直注射よりもこっちの方が痛い。
「さてと最後は何か聞きたいことがあるかしら?」
「あの新薬をあいつに使えそうですか?」
「んー。それはやってみないとわからない。もしかしたら、流谷だけに効果覿面なのかもしれないし」
「なら、一応はこの病院の小西陸奥先生の元へと来るように伝えておきますね。それともうひとつ、あいつの容態はどうですか?」
「今のままだと安全圏。でも、少しでも変化するとすぐに危険になる」
「そう……ですか。なら、投与して治せそうな薬はありますか?」
「いや、今のところはないよ。あり得ないけど自然回復を待つしかないわね」
「やはりそうですか。それでは本日はありがとうございました」
「お大事に。次はまた二週間後ね。忘れずにね」
「善処します」
椅子から立ち上がり、診察室から出ると燕野も後から付いてきた。扉が完全に閉まる前に一礼をしてその場から離れた。
「あの!」
「聞くことは一つだけだ。その一つには正直に答えよう」
「一つだけ? えっと……えっと……それじゃあ、あの足は何なのですか?」
「昔に大きな事故に遭い無くなったんだ。幸い左足だけだったから義足で今も普通に生活できているんだけどな」
「その事故とは?」
こいつ、人の話を聞いていたのか?
「答えるのは一つだけと言ったはずだが」
「えっ? これもカウントされるの?」
心の声が丸聞こえなんですけど。てかっ、当たり前にカウントするだろ。そもそも一つと言ったんだから、最初のあの質問で終わりだ。
俺達はトコトコと歩きながら、病院の外に出た。俺はすぐにスマホを取り出して登録している連絡先に電話をかけるとコール音が一度鳴っただけで、電話を取られる。
「もしもし、海空流谷ですけど」
『あっ、流谷くん? 一体どうしたの?』
「もしかしたら、娘さんのあの怪我を治せるかもしれない新薬があるのです」
『詳しく』
「俺も投与しているんですが、俺の場合は効果覿面で二週間で膝まで治りました」
『嘘でしょ? 本当に見つかったの?』
「はい、本当に見つかりました。ちなみにその薬を投与したのは俺が初めてです。そのため効果の保証はありませんがどうします?」
『そんなの投与させるに決まっている』
「そうですか。なら、坂が丘病院の小西陸奥先生を訪ねてみてください。俺の元専属の担当医でスカイオーシャンを辞めた今も担当医の先生ですから安心です」
『わかったわ。行ってみる』
電話先の女性は慌てた様子で電話を切る。
これでちゃんと効果覿面だったらいいんだけどな。
「どちらに電話されていたのですか?」
「ん? いや、ちょっとな」
「言えない相手ですか?」
「いや、自分の命が危ない時に言えと言われたら言える相手なんだけどな。できる限りは言いたくないな」
「そうですか。なら、聞かないです」
「それじゃあお前は帰れ」
「あれ? 帰らないのですか?」
「あぁ、少し学校に用があるからな」
「学校にですか?」
「知り合いに呼ばれているんだよ。ほれ」
スマホの中に入っている無料通話アプリの友達リストで呼び出してきた本人の名前を探して、そいつが送ってきたメッセージを燕野に証拠だと言わんばかりに見せる。
証拠を提示されるとさすがに何も言えないので燕野は来ていたバスに乗り帰って行った。
さてと、ここから学校までは確か徒歩で二十分くらいだな。
俺は歩きながらさっき燕野に見せたメッセージを見る。
『海空くん! ビックニュース!! ビックニュース!! 証拠を見せた方が早いから学校の報道部の部室に来て!!』と書いてある。
知り合いの名前は谷村礁子。報道部の現部長。つまり、三年生。
谷村先輩からのメッセージは全て既読無視をしていたが、今回は初めて返事を「わかりました」とだけだが返した。
それにしても俺に言ってくるということは俺も関わりがあるビックニュースなんだろうな。学校に休みの時に行きたくはないけどさすがに無視できない。
少し学校に向かう速度が上がってしまった。
「はあはあはあはあ」
最終的には怪我をしているのに普通に走ってしまい十分で着いてしまう。
それほど俺はビックニュースという単語が気になっていたんだろうな。きっと何か胸騒ぎがしたからだ。
とりあえず私服だが校舎の三階にある報道部部室に向かう。一分もかからずに着いたのでとりあえず部室の扉をコンコンと二回ノックすると、中から谷村先輩の声で許可をくれたので入る。
「あっ! 海空くん! 本当に来てくれたの!?」
「そんな挨拶はいいですから、早速ビックニュースとやらを教えてください」
「わかったわ」
谷村先輩が頷き、見せてくれたのはパソコンの記事と雑誌の記事と報道部の人達が取材をして手にした痕跡。
全てに共通して書かれていたのは
「突然、坂島で複数の高校でSON部が設部。どの部にも選手・監督・コーチ問わずに実力者多数」
確かに坂島にできた、どの高校のスカイオーシャン部にも必ずどこかには俺が小さい頃に見たことがある名前がある。
「っ!? 戸西大和!?」
選手・監督・コーチの名簿を見ていくと戸西さんの名前を発見した。戸西さんをコーチとしている学校の名前を見ると私立深星学園と書いてある。そして、さらに目を疑う名前を見つけた。
「そんな…………西山吹雪!?」
吹雪さんの名前が書いてある学校の名前を見ると私立空蘭女学院と書いてある。吹雪さんも戸西さんと同じでコーチと記されている。
気になり海雲高校と書いてあるところの名簿を見る。選手登録をされているのは多分、全員。しかし、監督・コーチどちらを見ても無記入。つまり、顧問はいるから部として成り立っているけど、監督とコーチがいないから勝てる見込みがゼロということか。
「それを見て何か思うことは?」
「海雲高校SON部は廃部にした方がいいです。そうしないと選手達の精神が壊されます」
「へぇーそれ以外に思うことは?」
「ありませんけど」
何の前触れもなく突然、報道部の扉が開け放たれる。そして、入ってきたのは俺が知っているSON部の部員全員。つまり、SON部の部長。燕野陽海理。鷺縄海奈。鶴如海風。ユズメール・グリュグルー。
「海空頼む! SON部に入ってくれ! このままだとSON部は廃部にさせられてしまう! どこの高校にも勝てないんだ! だから、頼む! SON部に入って俺達を勝利へと導いてくれ!」
部長は勢いよく頭を下げてくる。
「頭を上げてください」
部長の行動に少しだけ度肝を抜かれたが、すぐにできる限りの笑顔を見せながらそう言うと部長は顔を上げる。
「い、いいのか?」
「えっ? 嫌です」
『へっ?』
「どうして俺がまたスカイオーシャンと関わらないといけないんですか? そもそも俺にとってはSON部が廃部になっても別に困りませんし」
「そ、そんな……! そこを何とか!」
「なら、次の試合結果でやるかやらないか判断させてもらいます。幸いなことに次の試合は公式戦じゃありませんから、負けてもどうということはありません。ちなみに確認してると思いますが、次の試合は四月二十六日です。急に色んな高校で設部されたせいで色んな試合が急遽追加されてますから。ちなみに試合会場は坂島の南側にある海岸ですよ」
「わかった。努力してみる」
部長が言うと鷺縄以外が部屋を出て行った。
「どうした? 行かないのか?」
「流谷にもついてきてもらうよ」
「俺はいいからお前だけで行け」
「海空くん……それはないと思うな。女の子を一人で行かせるの?」
「夜じゃないんだし、何も危なくないでしょう」
「へぇー。なるほどなるほど。海空くんはわたしと一緒にいたいんだね。なるほどね。鍵を閉めたら完全密室状態になる。そんな状態の場所で二人っきりというシチュエーションにしたいんだね。ということはもうやることは一つしかないね。生徒会長さん。ごめんなさい。彼はわたしと過ちを犯したいらしいよ」
「話が飛躍しすぎて頭が痛い」
「ん? 小声でぶつぶつとどうしたの?」
谷村先輩はわざと誘惑するかのように自分の身体を艶かしく見せる。
なるほどな。この誘惑で男共から色んな情報を引き出しているんだな。そして、女の取材に行く時は別の報道部員のイケメンで誘惑して、色んな情報を引き出しているんだな。報道部。恐ろしい。仕方ない。谷村先輩の手のひらの上で転がされているようで癪だけど鷺縄について行くしかないな。
「わかった。ついて行く」
「なら、早く行きましょ」
鷺縄にそう言われたかと思うと腕を引っ張られた。
「谷村先輩。ビックニュースを無償で教えていただきありがとうございました」
「大丈夫。その内また、何か払ってもらうから」
「はは、そうですか。まあ、報道部が無償で情報を提供するわけないですもんね。それならまた今度。次からはちゃんと返信するから安心してください」
「うん。わかった。それじゃあごゆっくり〜」
ゆっくりできるわけねぇよと心の中でツッコミを入れてから扉を開けて、俺達の身体がでた瞬間に扉を閉める。
扉が閉まる瞬間に谷村先輩の悲しそうな顔が見えた気がした。
「それで、俺はどこまで引っ張られればいいんだ?」
「練習場まで」
「はいはい」
「そういえばりゅうくん」
りゅうくんと呼んできたということは個人的なことか。
「四月二十六日って確か……」
「あぁ、風波の誕生日だ」
「やっぱりそうだったのね。ごめん」
「気にするな。俺から言ったことだしな。それにどうせ来週は風波の病室に行けないし。行ったら会っちゃうからな」
「そういえば今日はもう行ってきたの?」
「当たり前だ。でも、面倒なことに今日はいた」
「えっ? それじゃあ何かあったの?」
「ん? 両脇腹を二人に刺されたくらいだが?」
「それって大事じゃないの!?」
鷺縄が叫ぶと立ち止まる。
「ねぇ、大丈夫? どこも怪我はない?」
「刺されたんだし怪我くらいある」
「見せて」
手を放してすぐに両手で上の服を捲り上げる。そのせいで刺された場所にある手当の痕が見つかった。いや、そもそも包帯を巻かれているのだから誰でも見つけれる。
「触ったら痛い?」
「当たり前だ。……ぐっ!?」
「あ、ごめん」
「な……ら……触るのをやめろ!」
「嫌。りゅうくんが痛がっているところ滅多に見られないし」
完全なるドSがここにいる。てかっ、俺はそんなに痛がらないか? いや、絶対に痛がっている。まあ、隠れてだがな。
「なあ、そろそろやめたほうがいいぞ。いや、やめてくれ」
「どうして? 誰も見ていないのに」
俺は後ろを見てみろという意思表示で首をくいっくいっと振ると通じてくれたのか鷺縄は後ろを向く。そこにはこちらに向けてバッファローのごとく走ってきている鶴如がいる。その目は完全に獣だ。
鶴如は何を思ってか鷺縄に突っ込もうとしているが、当たるギリギリのところで鷺縄は避けた。避けてしまった。
ちょっ!? 避けないでくれよ!
なぜなら、勢いを殺さずに鶴如は俺のしかも脇腹に突進してきた。
「がっ!!」
吹き飛びはしなかったものの傷が開いた。そのせいで包帯を超えて血がポタポタと廊下に落ちる。
できる限りの汚さないように必死で手で押さえる。それを見て鶴如は目を見開く。
「そ、そんなに強かったですか!?」
「強さはなかったが、場所が悪い」
「流谷先輩!? 大丈夫ですか!?」
予想外なことに一番最初に心配してきたのが燕野だった。
「何があったんだ?」
「親に刺されたんです」
「おい! 言うなよ!!」
「結局はわかることですし別にいいじゃないですか」
えっ? 結局はわかることだったのか?
不思議に思いみんなを見るとやっぱりかという顔をしている。
何がやっぱりなのかさっぱりわからない。いや鶴如は驚いているようだな。
「なら、練習よりも今は病院か保健室に連れて行かないとな」
「なら、保健室でお願いします」
「どうしてだ?」
「多分、病院には今、知り合いがいるかもしれないですから」
「そうか。わかった。なら、保健室に行こうか」
部長が言うとみんなが無言で頷く。そして、俺は血が付くから申し訳ないと思い断ったがあまりにもしつこかったので諦めて今は部長の背に担がれている。その状態のまま保健室に運んでもらった。
♦︎
水平線上にある空と海の上で動き出した歯車が動き出した。詳しく言うと回り始めたばかりの歯車が移動を始めた。この世界にいる少女はもちろん、そのことに驚き目を見開く。
「えっ?」
歯車を見ているとそんな声を出して、さらに少女はこれでもかというくらい目を見開く。
少女の前で歯車が吹き飛ばされて、中から一人の少年が出てきた。少年の年齢は見た目だけだと少女と全く変わらない。
少年は少女とは違い、ちゃんと髪や瞳もある。代わりに顔しかない。彼の髪や瞳は共に銀色。そんな彼を見た少女の脳には歯車の化身という言葉が浮かんできた。
「君の名前はなんていうの?」
「わからない」
「なら、わたしの名前はなんていうの?」
わかるはずがないと思いながら、イタズラで彼に名前を聞く。
「音」
「音?」
彼に名前を呼ばれて、心が温かくなる。おかげで彼女自身の名前もわかった。
「名前を押してくれた代わりに君に名前をつけてあげるよ。名前がないと呼びにくいしね」
少女の言葉を聞いて、少年はコクリと頷く。
「なら、君の名前は谷」
「谷?」
「うん。谷って感じがしたから」
「谷。わかった」
どうして、谷という名前が浮かんだのか少女自身もわかっていない。どちらかというと彼の名前はギアの方が良かったかな? と少し疑問に思う。
「谷。気に入った」
「そう? なら、良かった」
どうやら気に入ってくれたので後悔はない。
「それじゃあ、これからよろしくね。谷」
「音。よろしく」
二人がお互いに笑顔で言い合うと歯車が再生して、また回り始めた。しかし、少年が出てきたからか少しだけ小さくなっていた。