第8話:海空家の現状
気がつくといつの間にか正午になっていたので、昼食を食べてから誰にもバレないように気配を消して玄関から外に出て、前を向いた瞬間に閉めた。
なんで、燕野がいんだよ!? いや、理由は知っているけどいつの間に出てたんだよ。怖いわ。俺以上に気配を消すのが上手いんじゃないかな?
燕野がいたことに驚きながらも、玄関から入ってすぐに真横の通路を通った先にある庭に向かう。庭はただの草花が咲いているだけの場所だ。庭に入る前に家の中から庭の様子を隠れながらも確かめられる場所があるのでそこから庭の様子を確かめる。
幸いなことに今は庭には誰もいない。これ以上のチャンスはないので、足音を殺し、気配を消しながら、塀をよじ登って家の敷地外に出る。出てすぐに家から徒歩で一、二分程度しかかからないバス停に向かう。
坂島って、島のくせに公共交通機関が充実しているよな。どうしてかは知らないけど。そもそも坂島で日本の本島の人からして有名なものといったらスカイオーシャンしかない気がするんだけどな。まあ、坂島はスカイオーシャンだけではないけどな。十六年間ずっと坂島に住み続けている俺が保証する。坂島のいいところは島民の心優しさや島民の仲良さなどがある。って、どうして地元自慢をしてるんだよ俺は。
適当にそんなことを考えていると目的のバス停にたどり着いた。しかも、タイミングよくバスもちょうど止まってくれた。バスの液晶に書かれている行き先を確認してすぐに乗る。
バス内は俺と運転手以外は誰一人としていない。そのため座る場所も自由に選べるので、なんとなく一番後ろに座る。持ってきた小さなカバンの中身を探り、財布とバスの回数券が入っていることを確認し終えるとすることがなくなったので、出発までまだ少しだけ時間があるのでボーとする。
突然、誰かが慌ててバス内に乗ってきたので少しバスが揺れる。少しイラッとしたので誰が乗ってきたか確認をする。
「……マジでついてきやがった。有言実行なんだな燕野は。こういうことに関しては有言実行して欲しくないんだけどな」
かなりの小声で呟いたのに燕野は俺がいることを知ったのかこちらに向かってきて俺の横に座るとバスは動き始める。
「…………はあ……はあ……はあ……はあ……はあ…酷いですよ! 置いてかないでください!」
「付いてくるように一言も言ってないのにどうして待たないといかないといけないんだ? むしろ、付いてくるなと言ったはずだけど?」
「やっぱり、人間のクズですね」
「ありがとう」
「褒めてません!」
「よく考えたら犯罪者である俺が人間のクズじゃない方がおかしくないか?」
「うっ! やっぱりそうですよね」
「話を変えるけどさ。燕野ってどうしてスカイオーシャンをやりたいと思ったんだ?」
「人間がまだ未踏の部分もある空と海にずっと憧れを抱いていますから」
「それでスカイオーシャンをやりたいと?」
「はい!」
頷きながら元気よく返事を返してくれた。
ふっ。憧れを抱いていたか……。まるでスカイオーシャンを始めた頃の俺だな。あの時は純粋に好きでやっていたんだったな。でも、今考えればスカイオーシャンさえ始めなかったら俺はずっと平和で幸せで退屈な暮らしをしていただろうな。でも、そんな暮らしはもう二度と俺にはできない。どう足掻いたって、スカイオーシャンをやっていた過去は消せないんだから。しかも、俺の場合はスカイオーシャンの歴史で一番大きい事件を起こした犯人なんだし。ちゃんと就職とかできるかな?
【次は坂が丘病院前。坂が丘病院前】
坂が丘病院前という言葉が聞こえた瞬間に降車ボタンを押すと燕野も慌てて押す。慌てた様子の燕野を無視して、止まった瞬間に回数券とお金を透明の箱に入れて、すぐに降りた。
少しだけ気になり、歩きながらもバス内をチラ見すると燕野が慌てていた。
あぁあ。財布落としちまったか。あぁ、お金が。運転手さんすみません。
迷惑をかけている燕野を見て、心の中で運転手に向けて謝罪の言葉を述べる。
まあ、原因は俺なんだしな。
ようやくお金を払い終わり、バスを降りたのを見た瞬間に少し歩を早める。だが、燕野はそれに追いつこうとしてくる。
そういえば燕野って俺と同等かそれ以上に運動神経よかったもんな。まあ、追いつかれたら追いつかれたらで諦めたらいいだけの話だしな。
院内に入って目的地に着くといつの間にか燕野が横にいた。
……はあ。仕方ないな。院内は走ったらダメだし、逃げようにも逃げられないな。まあ、ならさっき考えた通りに諦めるか。
「燕野ついてくるのはいいが」
「なんでしょうか?」
「俺がどこかの部屋に入ったら絶対に入ってくるな。入ってきたら手加減をせずに本気で顔面を殴るから。顔が悪い方向に整形されたくなければ従え」
「……わかりました」
「本当にわかったのか?」
少し不安になりながらも俺の一番近くにある病室の入院患者の名前の欄を見ると、前に来た時と同じところに目的の名前があった。
「絶対に入ってくるなよ」
釘をさしておかないとついてきそうだったので釘をさし、俺一人で病室の扉を開くだけで入らずに立ち止まる。
目の前にある病室は一人部屋だ。その部屋にはこの坂が丘病院で今、入院している中で一番長い間入院している少女がいる。
彼女の名は海空風波。そう俺が五年前に植物人間状態にした実妹だ。
今の彼女の黒髪は五年分あるためかなり長い。
一日の必要最低限よりも少し多くの栄養をプラスティック製の管で毎日摂取しているので、きちんと身体全身も成長している。
ちなみに俺が病室に入らずに扉を開けただけで立ち止まっているのにはちゃんとした理由がある。
両親が病室にいるのだ。第三土曜日のはずなのに。
「すー…………はー…………」
深呼吸を一度だけして病室に足を踏み入れて病室の奥に入っていく。
「おや?」
まるでいることを知らなかった風に装い、両親を見た瞬間に意外そうな声を上げる。
「へぇー……。仕事をサボってそんな奴のために病院に来ているんだ。ご苦労様です。さあ帰れ帰れ! 俺はそいつに用があるんだよ。お前らには用はないから、邪魔だし帰れ」
言った瞬間に心がチクリと痛んだ。
この程度……どうってことない。そもそも心が痛むなんて俺にはまだこの人達に対して未練があるということか。我ながら女々しいな。
「あれれ? いついなくなってくれるんだ? お前らには用がないから帰れと言ったよな? なら、俺の言葉に従って帰れよ。まあ、帰らなければうらやましいことにずっと、眠っていられることにしてやる。大丈夫だ。安心しろ。殺しはしない。死んでいるのと同じ状態にするだけだ」
「あぁぁぁぁ!!」
「おっと、危ない危ない」
「うぉぉぉぉ!!」
「はさみ打ちとかセコイ。てかっ、包丁を二人して振り回していたら眠らせられないじゃないか!」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐっ!?」
「「死ね!! 消えろ!! お前みたいな害悪はいらないんだよ!! 国のために世界のためにさっさと死ね!!」」
「い・や・だ! まだ死にたくないんだよ。俺が幸せになってないからな! まあ、俺の幸せのために尽力してくれ。まっ、今日はここで退散させてもらうけどな!」
「「二度と来るな!! ここがどこだろうと関係ない! 次に来たらお前を殺す!」」
「できるといいね」
挑発するように言ってから風波の病室を出るとそこには燕野がいた。
「やっぱり、あなたは最低な人間です」
「ふっ。元からわかっていることだろう」
「でも、みなさんがあなたはいい人だと言ったから、確かめてみましたけど時間の無駄でしたね」
「そうか。なら、その時間を取り戻せるように頑張れよ」
避けられると思いながらも、すれ違いざまに肩を軽く叩いてやり、その場から少しずつ離れる。
悪いな燕野。綺麗な白色の服を汚しちまった。汚れが取れることを祈っているぞ。まあ、これで燕野はきっと今後一切、俺に関わらなくなるだろうな。まあ、その方が今後、お互いにいい方向に行くだろうな。
俺はスカイオーシャンに関わらなくなれて、燕野は俺に関わらなく済むし、自分の言葉が正しいことがわかる。悪いがあいつらに俺が最低な人間だと教えてやってくれ。
「っ!? 流谷さん! 待ってください!」
「しー! ここ病院」
ここを病院と忘れてか大きな声で名前を呼んできたので、静かにするように小声で指示すると頷き、俺の方に足音をあんまり立てずに近寄ってきた。
「それで、俺の名前を呼んでどうした?」
「手を離してください」
両脇腹を隠している手を見てか、小声で言ってくる。
「どうしてだ?」
質問すると燕野は無言でさっき俺が軽く叩いた右肩を指差す。
どうやらバレたみたいだな。まあ、そりゃあバレるか。完璧にミスった。どうして、あそこで燕野の肩を軽く叩いてしまったんだろんか、自分でもわからん。
ちなみに燕野の右肩には赤い手形が付いている。完全なる俺自身のミスだったので、お手上げだと伝えるために両手を上げる。その手のひらにはべっとりとまるで血塗りみたいに本物の血が付着している。
「どうして隠していたんですか?」
「俺自身の罪の証だから」
「罪の証?」
「あぁ。実妹を植物人間状態にして、今のクラスメイトの鷹山綾海を歩けなくして、幼馴染を殺した俺の罪。さらに今回は親を煽りに煽りまくって怒らせた罪も入ってくる。まあ、とりあえず俺は両親と実妹に対してひどいことを言ったから俺が怪我をしてもいいんだ。むしろ、このまま出血多量で死にたいよ」
罪の証について説明している間に傷口を押さえずにいると床に血だまりができていた。
「とりあえずは病院に行きましょう」
「安心しろ。ここが病院だ」
「あっ、そっか。なら、診察室に行きましょう」
「元からそのつもりだが」
「ということは元から怪我をするつもりだったのですか?」
「いや、違う。左足全体に実用化されていない新薬を投与しているからそれの定期検診だ」
「えっ? その新薬って大丈夫なんですか?」
「さぁ? 俺は知らん」
「知らない? それじゃあまるで……」
「まるで実験動物か? 俺はそれでもいいと思っている。実験動物とは死んでも結局は色んな役に立てるんだからな。死んでも世の役に立てるって案外幸せだと俺は思う」
「あれは動物だからやるんですし、人間でやったら犯罪ですよ」
「果たしてそれはどうかな?」
「どういうことですか?」
「…………」
「あの?」
「…………」
「もしもーし」
「…………」
「ダメだこりゃ」
燕野が何か話しかけてきているようだが、何の話をしているかはわからない。今はそれよりも両脇腹が痛い。痛すぎてそちらに集中してしまっている。
気がつくと目的地を素通りしかけた。しかし、何とか止まることができた。燕野も立ち止まる。痛みを我慢しながらも診察室の扉をノックすると中から指をパチン! と鳴らす音が聞こえてくる。それがどうぞという意味で使われていることを知っている俺は診察室に入る。
「失礼します」
「久しぶり」
「お久しぶりです。先生」
彼女の名は小西陸奥。
髪は紫色で後ろであまり目立たない紐で一つに結っている。瞳も髪と同じで紫色。しかし、目つきはかなり優しい。そして、やはり見た目は同い年にしか見えない。
小西先生と俺は古い付き合いだ。なぜなら、小西先生は俺の──スカイオーシャン選手としての俺の専属の担当医の先生なのだ。
スカイオーシャンには基本一人の選手に一人の担当医が付いている。その担当医の仕事は選手の体調管理とモチベーション維持をメインにスカイオーシャンに関する他のこともしてくれる。そんなスカイオーシャンの選手としての俺の担当医は小西先生ということになる。
ちなみに新薬を俺の左足に投与をすることを勧めてきたのは小西先生だ。そのため、定期検診などは小西先生の役目。一応はスカイオーシャンに関わることらしい。
「それで今日は定期検診以外に何か用がありそうだけど……」
「さすがですね。小西先生の言う通りで、もう一つお願いがあります」
「それは何? 私にできそうなことなら何でもするよ」
「できるかわかりませんがこの傷を治していただけないでしょうか?」
痛みを我慢しながらも上の服を脱ぎ、小西先生に両脇腹を見せる。
「なるほど。もしかして、風波ちゃんの部屋に行ったら両親と遭遇して今の流谷の悪い癖が出ちゃった?」
「さすがですね。察しがいい。それで、治せそうですか?」
「これくらいなら」
「それでしたら、お願いします」
これくらいとか言っていたけど、素人の俺からしたらこれでも十分にハードなんだけどな。まあ、そこはさすがプロとしか言いようがない。
突然ゆっくりと扉が開く。そして、扉の隙間からこちらを見ている燕野と目があった。
「あぁ、悪い。ここは別に入ってもいいから」
言い忘れていたことを伝えると燕野は「そうでしたか」と安堵した声を出しながら、パソコンと机と椅子くらいしか置いていない診察室……いや、自称診察室に入ってきた。
入ってきてすぐに燕野を見た小西先生は少しだけ驚いて、すぐに俺の方を妙に気持ち悪い笑顔を向けてきた。
「なんですかその笑顔は? 普通に気持ち悪いです」
「うっ! やっぱり流谷はオブラートに包まずに言ってくるね」
ははは。多分、わざとですよ。とりあえずごめんなさい。
「それで、その子は流谷のガールフレ」
「なわけないでしょう。俺の今の状況を知っているくせに」
「そうだね。確かに今、流谷は付き合ったりできる状況じゃないものね」
「そういうことです」
「ん? どういうことですか?」
今、この場で唯一わかっていないのは燕野しかいない。
だからと言って話すほど俺は甘くないぞ。まぁ、俺が話さずとも小西先生が話してしまう可能性があるけどな。




