第7話:おかしな一日の早朝
目を開けるとそこには廊下の天井が広がっている。思い出せるかと思い、額を軽く叩くと目が覚めて、燕野が深夜に家に来たことを思い出した。
あっ、そういえば燕野が俺の部屋を使ってるんだった。どうしよう。日課のランニングウェアを着ての散歩ができない。しかも、私服も取り出せない。
今、着ているのは寝巻き。
寝巻きで外に出るのはさすがに恥ずかしいな。仕方ないか。燕野が起きてくるまでの間は家でダラダラと過ごすしかないな。まあ、何もせずにしているのは落ち着かないから、適当に料理でもしとくか。
布団をキチンと畳んで、廊下の隅に置いてから一階に下りて、キッチンに向かうとすぐに着いた。
「さてと何を作ろうか……な?」
えっ? どういうことだ? えっと……時間は五時か。やっぱりな。でも、どうして?
「もう、料理が置いてあるんだ?」
もしかして、燕野が来ているからおばさんが起きたのかもしれないな。とりあえず、リビングに行くか。キッチンからリビングまでは普通の大きさの一枚の扉で区切られている。
あっ、やっぱり。扉から光が漏れているし誰かいるな。確実に。
扉を開けると人が一人だけいる。だが、予想外の人物だ。
「燕野?」
「………」
「無視かよ」
いや、違うな。
「すー………すー………すー………」
寝ているのか? いや、寝ているな。静かな寝息を立てているし。
「こんなところで寝ていたら風邪引くぞ」
燕野近くで小声でそう言うが、反応を示さない。
グッスリと熟睡してるな。はは、スゲェな。よく人の家のしかも、リビングでこんなにも熟睡できるな。俺には絶対に無理だ。燕野がここで寝ているということは俺の部屋は今、開いているのか。なら、着替えても大丈夫だな。
できる限り足音を立てずに二階に上がり自分の部屋でランニングウェアに着替える。そこであることに気づいた。
あれ? 俺の布団がない?
焦って下に降りると燕野が抱いているのを発見した。
もしかして、こいつは何かを抱いてじゃないと眠れないのか? 欲求不満かよ。まぁ、別にいっか。グッスリと眠れるなら何でも。
もう一度、自分の部屋に戻り、朝の日課から帰ってきた時に着る今日の私服もついでに取り出して、廊下にあるベットの上に置く。
「さて、日課を始めるか」
いや、その前に燕野をベットの上に寝かせないとな。グッスリ寝ているとは言え、風邪を引く可能性があるし。
できる限り足音立てずに一階に下りて、リビングに向かうとすぐに着いたので、燕野をできる限り優しく抱き上げる。お姫様抱っこになってしまったが、気にしないでおく。
それにしても軽いな。小柄だからかな? まあ、とりあえず軽い。よし、このまま行こう。
二階に上がり俺の部屋のベットにできる限り優しく寝かせて、布団を被す。ちなみに被せた布団は残念なことに俺がさっきまで使っていた布団だ。燕野には悪いことをしていると知っておきながらも風邪を引くよりはマシだろと自分に言い聞かせる。
さてと、行こう。
また、すぐに一階に下りて玄関で靴を履き、外に出る。
「すー………はー………。よし、今日も空は晴天で海は綺麗だな」
チッ! たくっ、また空と海の話をしちまったな。この考えは消えろ。消え失せろ。さてと、歩こう。
いつもとは真逆の方向……つまり、学校の反対側に歩を進める。今日は土曜日。土曜日だというのにわざわざ学校になんて行きたくない。
少し歩くと突然「にゃー」と言いながら三毛猫が近づいてきた。
「残念。俺は餌を持ってないんだ」
「にゃー」
言葉を理解したかのように泣きそうな声で鳴いたのだ。
猫が相手だけど申し訳ねぇー。今度から少しは魚を持ってこよう。もちろん、乾燥していて味が付いていないやつだけど。
俺のそんな想いを察してくれたのか猫は何も鳴かずにどこかへと去っていった。
もしかして、こちら側には猫が多いのか? だとすると、猫好きの癒しスポットになるな。まあ、俺は基本どんな動物でも好きだからどこでも癒しスポットになるしな。さてと、散歩の続きを始めよう。やっぱり、この時間帯といったら何もないな。静かすぎる。まだ、春ということもあってか薄暗いしな。さてと少し、軽く走るか。朝陽が出る前にあの場所に行きたいし。この道からでも行けるしな。
それから少しだけ間、軽く走る。
この最後の坂は、さすがに軽くじゃ間に合わないか。なら、本気で走るしかないな。
「すー………行く!」
小声で言いながら、一番急で長い坂を本気で走り抜ける。
「はあ………はあ………。はは。本当に陽が昇る前に辿り着けた。はぁぁぁぁぁぁ。疲れた。久々にまともに運動したな」
さてと、そろそろ出てくる時間だな。
「うっ!」
ま、眩しい! 当たり前だが太陽が眩しい!
「でも、それが綺麗だ」
ポツリと言ってから陽の出を眺める。
やっぱり、年始の陽の出じゃなくても見とれてしまうほどに綺麗だな。こういう時だけは坂島に生まれてよかったと思うな。まあ、これで前みたいなことが起きなければ今日は最高の一日になるんだけどな。よく考えれば今日は第三土曜日か。なら、生活は第一、第三土曜日のいつも通りの生活だな。
「さてと、そろそろ家に帰ろう」
呟いてから、坂島で一番標高が場所から下り始める。
しばらく歩くと俺の家が見えてきた。横目で流し見ながらも、通り過ぎる。
まだ、残ってたんだな。早く解体すればいいのに。まあ、お金がかかるから仕方ないか。
俺の家から少し離れたところにおじさん達の家が見えてきたので、そこに入る。
やっぱり、誰もいなかったな。まあ、土曜日だから仕方ないか。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「ちょうど起きたのか? タイミング良いのか悪いのか」
ていうか、扉を開けた瞬間に燕野がいたから家を間違えたのかと思い、一瞬だけ焦ったわ。
燕野はリビングに向かって行ったが、俺は二階に上がり私服を取り、また下りてきて風呂場に向かう。
脱衣所でランニングウェアを脱ぎ、裸になってからシャワーを浴びる。さっと、汗を流すだけなので、すぐに脱衣所に置いてあるタオルで体を拭いてから私服に着替える。
一応は最近の流行の服だ。そういう服を着ていないと、あいつらに申し訳なく感じるからな。とりあえず、私服に着替えてなんとなくリビングに向かう。
リビングに入ると燕野だけが座っていて、起きた時に見つけた料理が置いてある。
机に置いてある料理の前になぜか燕野はドヤ顔をして座っている。
褒めて欲しいのか? まあ、仕方ないし知らなかったことにしておいて褒めてやるか。
「どうしたんだ? その料理は?」
「朝早くに起きて作らせていただきました。まぁ、眠れなかったから夜中に作っただけですけどね」
「えっ? マジかよ!? スゲェな! ありがとう。助かった」
わざと笑顔を浮かべながら、頭を撫でてやる。
最後に微かだけど聞こえてきた眠れなかったうんぬんの話はきっと気のせいだ。
「エヘヘ」
なんか、嬉しそうだな。まあ、それならよかったんだがな。
「それでしたら、食べてください」
「いいのか? 俺が最初で」
「本当は他の人に食べて欲しかったですが、そこは妥協します」
「それなら俺は別にいい。一食分抜いたくらいで死ぬことはないし」
頭の回転が悪くなるがな。それに健康にも悪い。まあ、その程度で死ぬことは滅多にないがな。さてと、朝食を食べる時間がなくなったから、暇になった時間をどうやって潰そうかな?
今日の予定の時間を脳内で書き換えていると「あの!」と燕野に呼ばれた。
「なんだ?」
「ごめんなさい。わたしが悪いです。食べてください。食べなかったら健康に悪いですよ」
「いや、そっちが断ったんだし別にいいさ。俺の健康なんて気にするな。俺は死んだ方がいい人間なんだしな」
「えっ? 最後なんて言いました? 声が小さくて聞こえませんでした」
「気にするな」
「わかりました。ですが、その代わりに朝食は食べてくださいね」
「いや、遠慮して」
「食べてください!」
あっ、これは食べると言うまでしつこく言ってくるパターンだ。面倒臭いな。
「わかった。そこまで言うなら食べさせてもらう」
「どうぞ、召し上がれ」
ニコッと微笑みながら、燕野がそう言ってくる。
はあ……。こういう人間の相手って疲れるわ。
「それじゃあ、いただきます」
「どうぞ。召し上がれ」
挨拶をし終えた後にまずは何があるかを確かめる。
えっ……と。サバの塩焼きにトマトに豆腐の味噌汁に白ご飯にぶどうとたくあんか。案外健康にも良さそうな物ばかりだな。なら、まずはサバの塩焼きからいただこうか。
お箸でいい感じに身だけを取り、口に運ぶ。
さて、どうだ?
もぐ…もぐ…もぐ……。あっ、普通にうまいな。市販のやつかな? なら、次は味噌汁だ。おばさんなら味噌汁は基本、まずい。どう作るのかわからないが、普通にまずくなる。これがうまかったら別にいいんだけどな。
味噌汁を飲む。
普通にうまいな。よかったぁ。おばさんとは違うみたいだ。あとは失敗するような物がないので、用意されてる分を黙々と食べた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です。それで、お味の方はどうでしたか?」
「普通にうまかった。ちなみに俺はお世辞が下手だからな。それをおじさんかおばさんに聞いたらよくわかる」
「そうですか。なら、よかった。普通に人に出せるなら安心ですね」
「そうだな。人に出せないような味でも人に出す人がいるからな」
苦笑しながら言うと頭におばさんの顔が浮かんでしまう。
「それで、今日一日の予定は?」
「お前に教える義理はない」
「そうですけど、どこかに行くならついていきたいのです」
「なるほどな。やっぱりか。お前は俺のプライバシーと本性の詮索に来たんだな。だが、残念。学校でのアレがほとんど本性だ」
「それは見てみないとわかりません。ですから、今日一日中、あなたについて行くのです」
「そうか。だが、今回は絶対に教えないし断る」
「そうですか。なら、勝手についていきます」
「警察に通報するぞ」
「いいえ、させません。例え、どんな手を使ってでも」
「なるほどな。通報したら権力で警察に圧力をかけるんだな。そして、俺を口封じさせるんだな」
「っ!? どうしてそれを!?」
「やっぱりか。昨晩、適当にネットを見てたら、偶然に見つけた。お前の母方の祖父は偉い偉い政治家なんだな。孫の不祥事くらい権力で圧力をかけるんだろうと思っていたよ。なあ、䳄鷆陽海理。確か祖父の名前は䳄鷆相羅だったな。今も現役バリバリのやり手だそうだな」
「どうしてそこまで!」
「顔が似ているが関係ないと思っていたが、さっきのお前の言葉で繋がった」
「くっ!!」
俺の最後の手札を切ったし、これでもう関わって来なくなるだろうな。その方が気楽だしいいことだ。だけど、これでも俺に関わって来ようとすると俺にはもう、逃げることしかできないけどな。
「くっ! うっ!」
何か迷っているような顔をしながら呻いているな。
何も迷うことないだろ。俺に関わらなければいいだけの話なのに。
「ですが、わたしはあなたについていきます!」
うわぁ。最悪。もう、逃げるしか手立てがなくなっちまったな。
「……はぁ」
自分でもわかるほどに俺は深いため息を吐いているな。ここ三日ほどは本当にため息が増えたな。まぁ、ため息なんて良くすることだしな。それに燕野がしつこい性格だとわかっただけで、スカイオーシャンでの戦い方がわかった。って、また俺の脳は勝手にスカイオーシャンに繋げやがったな。マジで、スカイオーシャン脳は消えて欲しいわ。どんな脳が残るかわからないけどな。