第6話:おかしな一日の夜
今の時刻は十一時五十九分。ちょうど、日付が変わる一分前だ。
今日もいつも通りで十二時になったら寝るか。
予定を立てておきながらも、自分の部屋のテレビでワイドショーを観ている。別に好きなわけではなく、ただ単にテレビをつけたらそれがやっていただけだという話だ。チラッと時計を見たらちょうど十二時になっていたので寝ようと思いテレビを消すが、すぐに目が覚める出来事が起きてしまう。
とても非常識なことにこんな時間に誰かがインターホンを鳴らしたのだ。
「出てちょうだい!」
「わかりました! チッ! なんで俺が行かないといけないんだよ。全くふざけるなよ」
ぶつぶつと愚痴りながらも一階に下りてすぐに玄関にたどり着く。
「どちら様でしょうか? なっ!?」
扉を開けてインターホンを押した張本人の姿を見た瞬間に絶句をしてしまう。いや、誰でも当たり前に絶句するだろう。
「夜分遅くにすみません。一日だけこの家に泊めさせていただけないでしょうか?」
「ついて行ってやるから家に帰れ」
即答をするが、インターホンを押した本人の燕野陽海理が首を横に振る。
「家の鍵を失くしてしまって家に入れなくて。こんな時に限ってお母さんが夜勤なので、帰ってこないのです」
「それでも俺の家以外で行けるところあるだろう? それにどうして俺の家を知っているんだ?」
「泊めてもらえるような家がなくて困り果てている時に歩いていると海空流谷という名前を見つけたので」
「はあ。わかった。おじさんとおばさんに聞いてみる。だから、ちょっと待ってろ。もちろん、外だと危ないから玄関でな」
「わかりました」
燕野が玄関に入ってきたのをちゃんと確認してから、おじさんとおばさんがいるリビングに向かう。リビングに入った瞬間に「誰だった?」と聞かれたので俺は頭を下げる。
「ごめんなさい! 知り合いが泊まりに来ることを伝えるの忘れてました! ですけど、知り合いを泊めてよろしいでしょうか?」
俺の言葉を聞くと「いいよ」おじさんとおばさんが二人同時に許可をくれたので「ありがとうございます」とお礼を言ってから燕野が待つ玄関に向かう。
「いいって。部屋とか服はおばさんに聞いてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「二人が寝る前にリビングにいるからちゃんと聞いとけよ。それじゃあ俺は」
寝るわと言おうとした瞬間に服の袖を掴まれた。その手は震えている。
もしかして、人見知りする奴なのか?
「はあ、わかったよ。よく考えたらさっき俺が行ったとしてもリビングの場所を知らないだろうしな。ついて来い」
袖を掴んでいた手を掴み、軽く引っ張りながらも、リビングに向かうが、妙に歩く速度が遅かったので、背後を見るとまるで足を庇うかのようにして歩いている燕野がいた。
「もしかして、歩きすぎて怪我でもしたのか? 風呂上がりに治療するから風呂を出たら呼んでくれよ。それで肩を貸さなくても歩けるか?」
「大丈夫です」
全然大丈夫そうに見えないんだけどな。仕方ないか。
「これで普通に歩けるだろ」
「あ、ありがとうございます」
肩を貸してやってから、俺達はリビングに向かう。
玄関からは普通なら五秒くらいしかかからないが、怪我人がいるせいで二十秒くらいかかりようやくたどり着く。
この様子だと歩くだけでも痛そうだな。
「おばさん。こいつはどこの部屋で寝かせればいいですか?」
「あなたの部屋で一緒に寝れば?」
「それは困ります」
「なら、無いわね」
「じゃあ、俺が廊下で寝るので余っている布団を貸してください」
「わかったわ。どうやら服も無いようね。なら、あの子が大人になったら着る予定だった服しかないね」
「そうですか……。なら、それを貸してやってください」
「わかったわ。それに怪我しているようだから、わたしが一緒に入るわ」
「ありがとうございます。こいつをお願いしますね」
会話を交わし終えてから、燕野をおばさんに託して、そのままリビングに残る。代わりにおばさんと燕野がリビングを出て行く。二人がリビング出て行ってから、一分くらい経ったところでおじさんが口を開く。
「また、いつものか?」
「そうです。いつものです」
「でも、こんな時期に珍しいな」
「そうですね。それに俺とあいつは知り合ってまだ二日程度しか経っていませんから」
「二日か。最短記録更新だな。それで彼女の名前はなんていうんだ?」
「燕野陽海理です」
「燕野? 聞いたことのない苗字だな」
「そりゃあそうですよ。学校の近くに最近引っ越してきたようですから。いくら、交友関係が広いおじさんでも知りませんよ」
「そうか。仕方ないな。それで、母親は可愛いのか?」
「おばさんに殺されますよ」
「はは、確かにそうだな」
苦笑しながらそう答えるが笑い事じゃないんだよな。おばさんなら本気で殺りかねない。
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わたしは今、あの人の母親であろう人に肩を貸してもらいながら、二階へと上り終えた。
「ここがあの子の部屋よ。自由に使って」
「自由にですか……?」
あの人の部屋を自由にしていいってことよね。ということは変な物を探すために部屋を物色しても問題がないということよね。
殺風景な部屋を眺めながら思っていると、母親であろう人がひょっこりと顔を出す。
「残念なことにこの子の部屋はエッチな類の本や雑貨がないから」
「どうして知っているんですか?」
「たまに物色するからね」
「親なのにですか?」
「まぁ……うん」
あの人の母親であろう人が言い残してからこの部屋を出て行った。
さっきの空白はなんだったんだろう? 親という言葉に違和感でもあるのかな? まぁ、髪や瞳も全く似てないし遠い親戚というかもしれないな。あの人の親が二人とも忙しくて、家に帰ってこないから引き取っているだけというかもしれないしね。それにあんなことを言われたら、物色するのに少し抵抗が出てくるな。
あの人の母親であろう人は今はこの部屋にいないけど、すぐに戻ってきそうなので部屋を物色することができないな。
自分に言い訳をしているとまるで図っていたかのようにすぐに戻ってきた。
「お待たせ。お風呂入りたい時に」
「今すぐ入りたいです」
「そう。なら、入りましょうか」
あの人の今の母親であろう人の質問に対して即答して、また肩を貸してもらいながら一階に下りる。
一階に下りるとすぐに玄関があったので今回はリビングの方にだが、一つ前の扉に入る。
扉の先には小綺麗な脱衣所があった。
音とか聞こえたらどうしよう?
「大丈夫よ。安心して。この部屋とプライベート部屋と浴室は防音だから」
もしかして、口に出てた!?
「でてないよ安心して。でも、考えがすぐに顔に出てるからそこは気をつけないとね」
「そうですか。以後気をつけます」
「そう言えば今回、この家に来た理由ってあの子のプライベートの詮索でしょ」
「っ!? ど、どうしてそれを!?」
「あの子は勘違いをされやすい子だから、そういう人はよく来るんだよね。本人は多分、自分を悪者にしているけど周りの海奈ちゃんたちがいい人だって言っているんでしょう?」
「そ、その通りです」
この人は義理の息子のことよくわかっているな。よし、今がチャンスだし聞いてみよう。これを聞かないとプライベートの詮索なんてできないしね。
「あなた達とあの人って目も髪も違う色ですけど、親戚かなにかですか?」
「ううん。親戚じゃないよ。ただの赤の他人だから」
「えっ?」
どういうこと? あの人の家族はもしかして?
「安心して。ちゃんと生きているよ」
「それじゃあどういう状況なのですか?」
「それは明日……いや、今日一日中あの子についていたらわかるよ」
「わかりました。そもそも元からそのつもりなので」
「よし。それじゃあ、お風呂に入ろ!」
服を脱ぎながらあの人の義母の人にそう言われたので、一緒にお風呂に入る。だけど、やはり足が痛くて肩を貸してもらえないと歩けない。わたし達はお風呂場に入った。お風呂場は二人でも十分すぎるほど入れる広さ。
とりあえずわたしはシャワーで汚れなどを表面上だけ落としてから、床を這い浴槽の取っ手に手をかけて這い上がり、ゆっくりと浴槽に浸かる。
浴槽も二人でも余裕を持って入れるほどの広さがある。それなのにあの人の義母はシャワーを浴びずに浴槽にも浸からない。バスタオルで体を隠しながらニコニコと楽しそうにわたしを見ているだけ。
「あなたは入らないのですか?」
「もう、入ったからね。わたしはそれほどお風呂が好きってわけではないしね」
「ご迷惑とお手数をおかけして申し訳ありません」
「ううん。気にしないで」
「あなたは優しいですね」
「そうかな?」
「そうですよ」
「例えそうだとしてもわたしよりもあの子のほうが優しいよ。それも可哀想なくらいに」
「あの人がですか?」
「うん。これも今日一日中あの子についていたらわかることだよ」
結局、今日か。でも、そうだもんね。わたしはそのために来たんだから。これでもし、あの人の本性がみんなが言っている通りの人だったら仲良くできるかな? きっとできる。そう信じたい。
「それじゃあ、浴槽から出てきて」
「はい、わかりました」
あの人の義母の指示に従い、浴槽を出る。
もちろん、わたしは浴槽に浸かっていたのでバスタオルなど巻いてなくて裸だ。でも、ここには女性しかいてないから当たり前のように全然恥ずかしくない。
「とりあえずは頭を洗おうか」
「大丈夫ですよ。それくらい自分でできますから」
「ダメ! 怪我人なんだからってあれ?」
「どうしました?」
「シャンプーが切れてるみたい。予備のあるからちょっと待ってて」
「わかりました」
風呂場の扉を開けたところであの人の義母の人が立ち止まる。
そして、何かを取りこちらを向く。
「あの子はこういう気配りもできる子だよ」
優しく微笑みながらそう言う彼女の手にある物は予備のシャンプーだ。しかも、わたしのところと同じ。いや、それは偶然か。
「あれ? このシャンプー見たことないね」
「えっ?」
そ、それじゃあもしかして、わたしの髪の匂い勝手に嗅いでたってこと?
「あっ、なんだ。普通に安かっただけだからか」
ふぅ、よかった。
「おや? 何を安堵しているのかね?」
やっぱり、顔に出てたか。
「出てる出てる。バッチリと。まあ、そんなことは置いておいて、目をつむって」
言ったと思うとすでにあの人の義母がシャワーでお湯をかけてくる。
「ちょっ! やめてくださいよ! 突然! こういうのは普通、間をおいてですね」
「それじゃあ洗うよ」
「痛いです!! とてつもなく痛いです!!」
「気にしなーい。気にしなーい」
「気にしてくださいよ! 一応は怪我人なんですから!」
「そう言えばそうだったね」
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「夜中だというのに随分と賑やかだな」
「やっぱり、おばさんに任せるのは間違えだったか。明日、ご近所に謝りに行かないとな」
「任せた」
「任されました。それにしても、完全防音にした方がいいですね」
「あぁ、そうだな。でも、お金が貯まってからだ」
「やっぱり、バイトしましょうか?」
「いや、いい。高校生の仕事は勉強をしながら、青春を謳歌することだな。働くなんて大人がすることだ」
「はは、本当にそうですかね? その仕事ができない人の方が多いと思いますよ」
「確かに多いが、本当にさっきの通りだ」
他愛もない会話を交わしているとさっきまで騒がしかったのに急に静かになった。
どうやら、全身洗い終わったようだな。さてと、応急手当の用意をしますか。
立ち上がり、救急箱をキッチンから取ってきてリビングで燕野を待つことにすると、すぐに脱衣所の扉が開く音がする。
「……お待たせしました」
恐る恐ると疲れ切った様子の燕野が帰ってきた。彼女が今、着ている服は可愛いクマさんの服だ。
こんな服を大人になったら着る予定だったのかよ。恐ろしいな。まぁ、でもまだ中三でしかも、幼い雰囲気を残している燕野にはピッタリだな。おっと、なんかとてつもなく恐ろしい雰囲気を感じたな。よし、話を変えるか。
「どうだった? 精神的にはアトラクション並みの恐怖は?」
「お風呂で初めて疲れました」
「ご苦労様。だが、今からまた疲れることをするぞ。多分、こちらの方が疲れると思う」
治療という意味で言ったはずなのに体を前屈みになり、変態に向けるような目で見られる。
はっ? なんで? さっき言った言葉を思い出してみよう。
「………」
確かに勘違いされても仕方がない言い方だな。
「俺の言葉が悪かった。俺が言いたかったのはこれから治療するから痛みで叫ぶ状況になると思うから疲れるぞということだ」
「わわわ、わかってますよそれくらい!」
あぁ、絶対にこれはわかってなかったな。まるでわかってなかったことを証明するかのように顔を真っ赤にしているし。
「なら、治療するぞ」
「よろしければ二階の部屋でして欲しいのですが……」
「ん? そうか、わかった。なら、上に行こうか。それじゃあ、おじさんおばさん。おやすみなさい」
「わかった。治療が終わったら寝るんだな。なら、おやすみ」
「夜の営みをしてもいいのよ」
「「しません!!」」
「同時に答えるとは仲がいいね」
「よし、無視して上がろう」
「そうですね」
俺と燕野の意見が同じなので、おばさんの言葉を無視してそそくさと二階に上がり俺の部屋に入る。
「よし、念のために聞くけど痛い方の足はどっちだ?」
「左です」
「どの辺だ?」
「足首辺りです」
足首か。なら、骨折ということは無いと思うから打撲か捻挫か関節を痛めたかのどれかだな。
「症状はどんな感じだ?」
「痛いです」
「まあ、そりゃあそうか。それじゃあ、いつからだ?」
「この家に着いた瞬間からですね」
「なんか、悪い。それじゃあこの家に着く直前に何か歩いているとつまずく類のことがあったか?」
「確か誰かが後ろにいたから怖くなって少し歩く速度を上げたら坂で転びそうになりました」
「それは警察に行こうな。でも、だとしたら一番可能性が高いのは捻挫だな。ということはRICE処置か」
「RICE処置とは?」
「飛び級したのにそんなことも知らないのか?」
「知っていますよ!」
「本当か? なんか怪しいから実践しながら教える。スカイオーシャンをやるにはこれは必須だからな。まずRICEの『R』は安静」
「Restですね」
「発音いいな。まるで英語圏の人みたいだ。まあ、とりあえず安静にするためにベットに寝転がってくれ」
「わかりました」
指示通りにベットに寝転がってくれる。
「次はRICEの『I』。少し待っててくれ。色々と用意がいるからな」
ベットに寝転がっている燕野を放置して、部屋を出て慌てて一階からいらない雑誌とラップに氷を敷き詰めて氷袋を作り、すぐに二階に戻る。
「『I』は冷却」
「Icingですね」
「本当に発音いいな。日本人か?」
冗談交じりの会話を交わしながら、氷袋を左足首に乗せる。
「生まれも育ちも日本です……んっ!」
「悪いな急ぎすぎたな。でも、冷めたいだろうが我慢してくれ」
「わかり……ました」
「なら、次だ。次はRICEの『C』は圧迫」
「|Compressionですね」
「そんな発音いいならもう英語圏内に行っちゃいなよ」
また、冗談交じりに言いながらも、氷袋が乗せられている左足首を救急箱の中にある包帯で取れないが、強くもなく圧迫する。
「うっ!」
「我慢してくれ」
「頑張り……ます」
「なら、これで最後だ。RICEの『E』は挙上」
「Elevationですね」
「もう、すごすぎて何も言えない」
咄嗟に考えつくことがなかったので適当なことを言ってから、少し左足を上げると生まれた隙間に積み重なった雑誌をガムテープでまとめる。それを隙間に入れる。
「高くないか?」
「大丈夫です。これくらいなら」
「柔軟だな」
「でも、少し寒いです」
「まあ、まだ四月中旬だしな。治すために我慢してくれ」
「わかりました」
彼女の左足は布団の外に少し高めに出ていて、氷袋をつけたまま包帯で圧迫している。
「あぁ、そうそう冷えすぎて足の感覚がなくなる前に氷を取りそのまま放置しろよ。怪我を治すとか言って壊死したら元も子もないからな」
「そうですね。わかりました」
「その返事よろしい。なら、おやすみ」
「おやすみなさい」
挨拶をしてから、俺は廊下に出る。
ふぅ、とりあえずは燕野の目的を少しは達成できただろうな。
「さてと、俺も寝るか」
独り言を呟きながら廊下の突き当たりの方に行く。そこに敷かれている布団に入り、目を瞑る。いつもならここから湧き出てこない睡魔との戦いが始まるが、今日は運がいいことにすぐに睡魔が湧き出てきて、意識がまどろみの中に消えていく。
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「寝れない」
あの人が出て行って三十分程度経ったが、全然眠れる気がしない。
どうして今日に限って睡魔が湧き出てこないんだろう? もしかして、いつもとは違う部屋だからかな? それともこのベットからいい匂いがしてくるからかな? どっちにしたって自業自得なんだけどね。あの人は今のところはグリュグルーさんを孕ませるような人じゃない。でも、明日は土曜日。学校が休みの日。休日が一番、人の生活が出てくるしね。とりあえず明日に備えてもう寝ないとな。
数十分後。まだ眠れない。
うぅー。クマ彦ちゃんが欲しい。あの子を抱いてないとここまで寝れないなんて。あの人の部屋にクマ彦ちゃんがいるわけもないし。どうしよう? てかっ、この部屋。物が少なすぎじゃない? あるのは机とベットと本棚のみ。おかしい。絶対におかしい。あの人の年齢だともっと多いはずだよ。もう、こうなったらあの人の匂いが付いている布団を抱いて眠るしかない! 絶対に眠れないけど!