第5話:おかしな一日の前日
スカイオーシャン部が練習しているであろう砂浜に向かっている。
あそこには本当に久々に行くな。何も変わってなければいいけど。
少し歩くと砂がギリギリ見える砂浜への道に辿り着いた。
おぉ、やってるやってる。
「てっ、マジかよ!?」
まだ、四月なのにそんな場所で空練と海練するか普通! おいおいそれだったら、プレイヤーの死亡率が格段と上がるぞ! 普通なら春は低空とあまり深くないところでやるんだけどな。あれ? 見学が一人いるな……ってうわぁ。燕野かよ。面倒くさい奴がいるな。って俺は何わかりきったことを。俺の記事を見てからのあいつの反応でここにいるってことはわかるだろ。わかっててきたんだ。
出来る限りバレないようにしないとな。さてと、グリュグルーはどこだろうな。
辺りを見回すとグリュグルーは空にいた。空で男性相手に善戦している。
どうやら、デュエル方式の練習のようだな。
「あの練習は何の練習ですか?」
「デュエル方式の練習のようですね。デュエルとは一対一でどちらが先に海に落とされるかという種目ですね。ちなみにあの練習は一点集中型の練習ではなく、総合的な練習ですね。要するに練習試合です」
「そうですか、やはり詳しいですね。さすがは子供頃には既にプロに行けると言われていた海空流谷さんですね」
今、俺の名前を呼んだよな。てっ、マジかよ……。
「どうしてここにマスコミの人が来ているのですか?」
「そりゃあ、もちろん坂島でSON部がある唯一の学校ですから。この海雲高校は」
「そうなんですか?」
「知らないでこの学校に入ったんですか?」
「はい」
「それは本当ですか!? わたしはてっきり知っててかと思ってましたけど」
「知ってたら、絶対にこの高校に来ませんよ」
「どうしてですか?」
「もう、スカイオーシャンには関わりたくないですから」
「それなのにここにいるんですか?」
「個人的な事情がありますので」
「離れたくても離れられない。さすがは【空と海の天災】ですね」
「まあ、そうですね」
「嫌味のつもりで言ったのですが」
「いや、事実でしょ。俺が【空と海の天災】なのは」
「あの時は新聞記事でよく【天才が天災になった!!】とか書かれてましたよね」
「そうですね。でも、元々の俺は天才ではなく天災ですよ」
「わたし、あなたが事件を起こした現場にいました」
「っ!? そこから先は言わないでください!」
「そうですね。それでは一緒に行きましょうか」
「それはできません」
「どうしてでしょうか?」
「俺は部員じゃないので」
「なるほど。わかりました。それではまたいつか」
本当にわかってかはわからないが、マスコミの人が俺から離れていった。
もう、いいか。マスコミの人が来たんだし俺は立ち去るとしようか。どうせここにいても邪魔にしかならないんだし。……だけど、もう少しだけ見ていこうかな?
二分くらい経つともう。飽きてきたので、砂浜に背を向ける。
もう、ワクワクもないみたいだな。どうやら、見るだけで満足したようだな。俺は。よし、帰るか。って……ん? どうしてこんなにも視線を感じるんだ?
視線を感じてきた背後を見て絶句をしてしまう。
なんで、全員がこっちを向いてんだよ。まさか!?
「マスコミめ! 俺がいること言いやがったな!!」
マスコミの連中に毒づきながらも言い残して、その場を立ち去ろうとする。
「行かせない」
「げっ!」
ここでくるかよグリュグルーさん。それにしても移動が早いな。確か、さっきまで砂浜にいたはずなのにスュールマンススーツを着ているとはいえ、こんなに早く移動できるとはすごいな。多分、スピード系にしているんだろうな。なら、横から行けば。
「大体流谷の行動は読み取れるから」
「本当にそうですよ。バレバレですよ先輩」
くっ! ここで鷺縄と鶴如かよ!
なら、いったん後退して
「行かせるか!!」
この男で俺よりも長身の奴は誰だよ! いや、多分この部活の部長か。まあ、それならいてもおかしくないか。逆にいない方がおかしいな。さて、今はこの包囲網を抜けるのが先決だな。まあ、もうすでに抜ける方法は思い浮かんでいるんだけどな。
ゆっくりと人と人の間を歩いていく。もちろん、逃さないために一番近い者がそれに反応する。
正しい反応だな。でも、残念。それが狙いだ!
「まさか!!」
部長さんは俺の狙いに気づいたようだな。でも、気づくのが少し遅い!
右足で地面を蹴り横跳びをして、着地してすぐに前に走る。
「行かせないって言った」
「なら、これならどうだ?」
ニヤリと笑いながらそう言い、もう一度右足で地面を蹴り横跳びをする。これで完全に追えなくなった。
なぜなら、森に逃げ込んだからだ。そして、そのまま走り続ける。
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「グリュグルー。完敗だ。さすがは海空流谷。一筋縄ではいかないな」
「ドウイウコトデスカ? ブチョー」
「あいつはSMSの弱点を知っている。森に逃げ込まれさえすればSMSを着ていても、どうすることもできない」
「どういうことですか?」
部長の言っている意味がよくわからなかったのであたしはそう聞く。
「SMSが地に潜れないことは知っているだろう?」
どうしてそんな当たり前のことを聞いてくるのだろう?
「はい、もちろん。坂島に住んでいる人達にしたら誰でも知っている常識ですよ。SMSは空と海専用です」
「つまり、そういうことだ」
どういうこと? それとどうして流谷が森に逃げ込んだことが関係しているの?
……あっ。そういうことか。
「つまり、森に逃げ込まれたら草木が邪魔で空から見つけられないということですね。さらに運動神経が抜群な流谷はもう走っているので、あたし達はSMSを使わないと追いつけないということですね」
「運動神経うんぬんは知らないが、そういうことだ」
あたし達がそんな会話を交わしていると「はあ…はあ…はあ」と息を切らしている燕野さんが砂浜の方から近づいてきた。
「みなさん……。どうして、あの人のこと……そんなにも必死なんですか?」
燕野さんの言葉にあたしではなく部長が反応する。
「彼は全く悪者ではないからだ」
部長は言ってから、しまったという顔をしている。
「はっ? どういうことですか?」
「いや、犯罪者ではあるが、殺傷以外興味がないというかなんというか」
「殺傷に興味がある時点で悪者な気がしますが」
「とりあえずは、燕野が昼に聞いたという会話は絶対にないということだ」
「本当にそうですかね?」
「そうだと俺は思う。聞いた話じゃグリュグルーもそんな話していないと言ってるしな」
「単純に口封じさせられているだけかもしれませんよ」
二人はそんな会話をしている。あたしにはなんのことか全くわからない。でも、聞いた限りじゃあ、流谷とグリュグルーさんの間に何かあったらしい。
「一体何の話をしているんですか?」
二人に聞いたが、燕野さんが反応してくれた。
「あの人がグリュグルーさんを孕ませたって話です」
えっ? 今なんて?
「さっきの言葉をもう一度お願い」
「ですから、あの人がグリュグルーさんを孕ませたって話です」
「は! …はは! ……はら! …はら!」
全く耐性がない海風がこんなにも反応しているようだし、どうやら聞き間違いじゃないようね。
「流谷はそんなことしないと思うけどな。あたしは」
「わたしもそう思います。そもそも、あの人にはら……度胸なんて無いと思いますし」
やっぱり、その言葉に抵抗があるんだ。まぁ、海風だもんね。
「うぅー。そこまで言うなら明日一日は部活をお休みにさせていただきます!」
何か意を決して言ったみたいな雰囲気だけど、どういうことなの?
「明日一日中、あの人を付け回してみます! 幸いなことに明日は休日なので」
えっ? 今この子何て言ったの?
「もう一度言って」
「明日一日中部活を休み、あの人を付け回してみます! 幸いなことに明日は土曜日なので」
本当にどうしよう。あたしの耳がおかしくなったのかな? 付け回してみるって聞こえてた気がしたんだけどな。
「お願い。もう一度」
「ですから、明日一日中部活を休み、あの人をトイレとお風呂以外は付け回してみます! もちろん家にも隠れて侵入します! それで本当にあの人はグリュグルーさんを孕ませるような人ではないかと確かめてみます!」
「それって、もう犯罪じゃない! 不法侵入とストーカー! それはやったら絶対にダメよ!」
「なら、あの人の家に親御さんの許可を得て入り、家以外の場所では付け回してみます!」
「わかった。それで承諾な。それと燕野。色んな準備がいるだろうし、今日はもう帰れ」
「わかりました。それではお疲れ様でした」
燕野さんが言うと、もう一度砂浜の方に向かっていった。
「部長!」
「あれ以上言ったらお前との関係が悪くなる。だから、あそこで止めさせてもらった。それに家に入ることも付け回すことも許可を得れたら合法だ。それに許可が得れなくても普通に話をするだけでも、あいつがどういう奴かわかるだろうしな」
その通りよ。部長の言う通り。話をするだけでも、流谷がどういう人間かわかる。それなのにあたしはどうして、流谷が中に入れて変なことをすると思ったんだろう。あたしこそ流谷を信じてあげれてないじゃない。あの時と同じで……。
今の苦しそうな流谷をもしかしたら、あたしが作り上げたものかもしれない。本当にバカだ。あたしは。今回は流谷をきちんと信じてあげないと。海音に託されたんだから。
あれ? そういえば
「部長はどうしてそんなにも流谷を信じてられているのですか?」
「ん? 簡単な話だ。俺とあいつは親友だからな。あいつは色々ありすぎて俺のことを覚えてないだろうが、俺はあいつのことを覚えている。だから、親友だと俺はそう思っている」
部長がそ話しながらも、遠い目をしている。
部長の表情から思うに本当に知り合いだったんだ。そんなの流谷から聞いてないな。やっぱり、流谷は自分のことを全然他人に話さないね。少しは誰かに頼ってもいいんだよ。待ってるから。思っているだけで何も言えてない自分が情けないな。
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全く、どうしてみんなあの人のことをあんなにも信じれるんだろう? 犯罪者なんだよ。そんな人間をわたしは信じられないな。
「でも、あんなエッチな格好をしていたわたしを無意識だろうけど、周りから見えないように隠しながら家まで連れて行ってくれたし、あんな人だと信じたい」
それなのにわたしって一体何をやっているんだろう? どうして信じてないんだろう?
「はぁ」
とりあえず、家に戻ろう。戻ってから、有言実行しないとね。
自分の家に向けて歩を進めた。
これであの人のことを確かめれる。例えそれがどんな真相でもわたしは受け入れる。