第4話:歯車の微動
午前中の授業を全て終えた俺は昨日見つけた、いい隠れ場所にパンとジュースが入っているビニール袋を持ちながら向かう。
すると、放送が入る時の音が鳴る。
『2-2海空。2-2海空。至急職員室に来い』
西山先生がそうとだけ言うと放送が終わる時の音が鳴る。
マジかよ……。面倒臭さ! しかも、至急だから絶対に行かないとダメじゃ無いか!
「クソッ……。俺の大事な昼飯の時間が……」
恨めしそうに呟いてから、少し歩くと職員室にたどり着く。コンコンとノックをしてから無礼と知っていながらも、返事を待たずに「失礼します」と言い職員室の扉を開ける。
「2-2海空です。放送で呼ばれたから来ました」
「おう! 来たか。てかっ、不貞腐れてるな」
あんたのせいだよ!
「それで、要件はなんですか? 西山先生」
「燕野の学校案内を頼む」
「失礼しました」
即答して扉を閉める。
「いや、待てよ!」
西山先生が閉めようとしている扉の間に飛びついてきて、手を突っ込んできて無理矢理開けようとしている。
意地でも閉めてやる!
力を入れると、俺の力と西山先生の力のせいか扉がギシギシと音を立てている。
よし! 今だっ!
扉から手を離して全力疾走で逃げる。
ふっ! 逃げるが勝ちなんだよ!
「おいっ! 流谷!」
背後から呼ぶ声が聞こえてきたが、そんなの知るかよ。
西山先生から逃げて昨日見つけた、いい隠れ場所に辿り着いた。
「はぁ……。疲れた」
呟きながらも、袋からパンとジュースを取り出す。
パンはもちろんサトウパン。サトウパンはパン祭りとかいってお皿などをくれるありがたい会社だ。
そして、ジュースはもちろん雪山のコーヒー牛乳。雪山のコーヒー牛乳は山子とかいって最近萌え系の絵を描いている。
「てかっ、なんで俺は会社紹介してんだ?」
まあ、それはさておき。なんか放送でまた俺の名前を呼ばれている気がする。いや、正確に言うと放送が薄っすらとだが聞こえてるんだよな。
まあ、俺には関係のないことだしな。それにしてもはじめて買ったけどこの菓子パン美味いな。
ゆっくりと食べたので十分程度かかったが、食べ終わったので昨日の二の舞を回避するためにそろそろ校内に戻ったほうがいいと思い、戻る。
校舎内に入るとまた、俺を呼び出す放送がかかっていた。
いかないから、電気代の無駄だぞー。
ホームルーム教室に戻る途中で今は会いたくない奴に会ってしまった。気づかれていないかもしれないので、そのまますれ違おうとするが「あっ!」という声が横から聞こえてきたのでそちらを見ると完全に俺を見ていた。
「げっ!」
気づいていたがわざと聞こえるように言い、ダッシュで逃げる。その後に燕野がついてくる。
走るの速いな。自分で言うのもなんだが、俺は運動神経は良い方だ。だから、走るのも速い。なのにその後に燕野はついてきているのだ。しかも、徐々に距離を詰めてくる。
一直線の廊下を走っているのでもちろん、終わりがある。だから、今も終わりが近づいてきている。でも、それよりも困ったことがある。目の前にはカラーコンタクトで両目を青にしているこの学校の生徒会長の鷺縄海奈が廊下の突き当たりにいるのだ。このままだと鷺縄に衝突する。だからといって止まったら燕野に追いつかれる。
正に万事休すという状態になっているな。
現実逃避をするために走りながらだが、窓の外を眺める。外では陽気な風が吹いていて地面に植えられている草が風に揺られている。そして、その風がこの学校に入ってきている……ん?
地面から生えている草が見えるってことはここは一階か。そして、外から校舎内に風が入り込んでいるということは窓が開いている。
この窮地を脱する方法が見つかった!
鷺縄にぶつかる前に横にある壁を平手で殴り方向転換をして、そのままの勢いで外に飛び出る。
無事に怪我もなく着地でき、燕野は俺がどこに行ったか気づいていない。
「よっしゃー!!」
あまりの嬉しさに叫んでしまう。そのせいで燕野に居場所がバレてしまう。
「燕野さん。マネしたらダメですよ」
鷺縄が燕野に注意をしてくれる。
ナイスだ! 鷺縄!
鷺縄に向けて親指を立てて突き出すが、鷺縄も窓から飛び出したいのかうずうずしているように見える。
「ははははは……」
やっぱり、逃げるが勝ち!
別の場所にダッシュする。ちなみにどうでも良いが俺の靴は上履きだ。正直に言うと上履きで校舎内以外に出るのは校則で禁止されている。
だから、生徒会長がそれを見過ごすわけもないから、後でみっちりと怒られるだろうし覚悟するしかないな。さて、どこから校舎内に入るか。
「ん?」
「あっ」
俺と少女は目があう。
「鷺縄はさっきまでそこの廊下で歩いていたぞ」
「さすが先輩です。言わずともわかるのですね」
「お前はそれしか考えていないだろうからな」
「失礼ですよ! わたしでもちゃんと別のことも考えています!」
「そうかそうか。でも、今は鷺縄に会いにいってやれ」
「もしかして、海奈先輩が会いたがっているんですか!?」
「まあ、そうだな」
「わかりました! 今すぐ行きますよ! 海奈先輩!」
空に叫んでから鶴如海風は走って鷺縄の元に向かった。
悪いな。鷺縄。だが、これも俺が逃げるためだ。
また、校舎内に入るための通路に向かって走る。一分も経たない間に校舎内に入るための通路に辿り着い
た。そこでもまた会いたくない奴に会ってしまう。
本っ当に今日は運がない。
「海空流谷」
「今度はお前かよ。ユズメール・グリュグルー」
「スカイオーシャンに戻って」
「絶対に嫌だね」
「どうして」
「個人的な理由だからお前に話す義理はない」
「ある」
「どこにあるんだ?」
「私がスカイオーシャンを始めた理由があなただから」
「そんなの知るかよ。お前が勝手にやったことだろう」
「あなたが私をこんな風にした。だから、責任取って」
「俺には関係がない。だから、もう、お願いだから関わらないでくれ」
「えっ?」
驚いている声が聞こえたのは目の前からではなく背後からだ。確認のためにそちらを振り向くと、そこには驚きのあまりか口を手で押さえている燕野陽海理がいた。
「最低です。やっぱり、犯罪者ですね」
そうとだけ言い残し立ち去っていった。
「はぁ?」
わけがわからない。どういうことだ? 今の会話でやっぱり、犯罪者だと思うところがあったか? いや、ないだろう。まあ、これで二度と関わってくることは無いだろうし、嬉しい限りだな。
「お前も関わらないようになったら、俺はハッピーな学校生活を送れるんだが」
「私があなたと関わらないようになるのは絶対にありえない」
「どうして、そこまで俺にこだわる? スカイオーシャンについてのことだったら、俺なんかよりも西山先生の方がいいぞ。世界王者なんだから」
「私は強さではなくあの立ち振る舞いに憧れを抱いた」
「立ち振る舞い?」
「殺傷事件を起こした時のあの立ち振る舞い」
「あの立ち振る舞いに憧れるところがあるか? ただ単に気持ちをそのままぶつけただけだし」
「知ってる。私があなたから教わりたいのは気持ちを表に出して、それを誰かにぶつける方法」
「そうか。なら、俺が教えるよりもそんなに日本語を話せるのなら文字も読めるだろうから日本で発売されているそういう類の本を読んだ方が実践に移しやすいぞ」
「わかった。やってみる」
頷きながら言うとグリュグルーは離れていった。
さて、教室に戻るか……って、ん? あれ? 気のせいかな? グリュグルーは授業が始まるかもしれないのにホームルーム教室とは真逆に行った気がしたが……。どうやら気のせいじゃないようだったな。
「グリュグルー!」
少し大きめな声で呼ぶとこちらに戻ってくる。
「教える気になった」
「その気は全くない。今はスカイオーシャンのことよりも授業だ」
「わかった。あなたの言う通りにする」
グリュグルーがまた、頷きながら言うとホームルーム教室の方にへと歩いて行った。俺は大分と離れた位置で観察しながらついて行く。
最初から気づいていたが、やっぱり感情の起伏が薄いな。薄いというかあるのか? 驚いた時とか疑問に思った時でも、淡々と言っているだけだしさ。待て。本当に感情の起伏があるのか? もし、感情の起伏がなかったら人間関係を構築することが難しいだろうな。どうしようか? 関わるなとか自分で言っておきながらも気になってきてしまった。仕方ない。少し観察してみるか。例えスカイオーシャン部に行くことになったとしてもついて行くしかない。
覚悟を決めながら、ホームルーム教室にへと向かった。
今日の授業が全て終わりは最後のホームルームも無事に終わった。変わったことといえば、燕野が俺の席から離れたところに行ったことだ。それはかなり嬉しいことだったが、その喜びを表情に出さずにグリュグルーの観察を授業中もした。
やはり、予想通りに感情の起伏がなかった。当てられた時も。答えが外れた時も。逆に当たった時も。周りから話しかけられた時も。
現時点では起伏がないという結論しかないな。だけど、もう少し観察してみるか。
グリュグルーは教室を前の扉から出たので俺もその後について行こうと後ろの扉から出ようとする。
「流谷」
だが、西山先生に呼び止められたために出れなかった。
「何があった?」
西山先生の質問の意味がわからない。
「どういう意味ですか?」
こういう時は疑問をそのまま口に出した方がいいと思ったので、西山先生に聞く。
「燕野が突然、お前とは関わりたくないと言い出したのだ」
「いいことじゃないですか」
「いや、全然いいことではないがな。それよりもお前はどうして昼休みの後からグリュグルーをあんなにも授業中も休み時間もジッと見ていたんだ?」
「バレてました?」
「バレバレだ」
言われるほどに大っぴらにやったわけではないが、そんなにわかりやすかったのか? もしかしたら、みんなにもバレているかもしれないな。
「それでどうしてだ?」
「昼休みに話す機会があったので話していると彼女に感情の起伏がないかもしれないという答えになったので、人間関係とか大丈夫かと不安になりましたので、それで少し観察をと思ったので」
「流谷らしいな」
「何か言いました?」
「いや、なにも」
絶対に小声で何か言っただろ。何を言ったかはわからなかったがな。
「それじゃあ、グリュグルーを少し観察しないといけないので失礼します」
「グリュグルーはスカイオーシャン部だ」
「やっぱりか」
「それでもお前は行くのか?」
「はい」
「そうか。なら、あたしは止めない。だけど……いや、なんでもない。忘れてくれ」
何かを言おうとしてそこで止めるか? 普通? 気になるじゃねぇか! まぁ、だからと言って、続きを言ってくれるわけないけどな。西山先生だったら特に。だが、どういう類のことを言おうとしたか、なんとなく俺にはわかる。
「大丈夫ですよ。安心してください。吹雪さん」
「っ!? りゅ……りゅうやぁ」
「そんな泣きそうな声を出さないでくださいよ。スカイオーシャンに戻るわけではないですから」
自分で言っておきながらも心では少し安堵してしまっている。
俺のためにまだ、感情を変化してくれるんですね。
「それではさようなら」
「うん。バイバイ」
少し女っぽい……いや、子供っぽい返答をしたので苦笑をしながら教室から出る。
スカイオーシャン部が活動しているある場所に向かう。活動している場所は当時、スカイオーシャンの選手だった俺の練習場所でもある。
なんか、想像するだけで懐かしさを感じるな。てかっ、ちゃんと鮮明に想像……いや、覚えているんだな。まあ、それが当たり前か。あそこにはスカイオーシャンに対する様々な正の感情を置いてきているんだしな。そんな場所を忘れるわけないか。
「さぁ、懐かしのあの地に行こう!」
誰にも聞かせるつもりはないので、かなりの小声でそう呟くと心が少し踊った。
この時近くに、ある存在がいることに俺は気付きもしなかった。
♦︎
「何? アレ?」
水平線に空と海が広がっているどこかで、輪郭と顔のパーツと体のみがある少女がいる。彼女には髪もない。そんな少女が錆びれた歯車が微かに動き始めたのを見て、呟く。
彼女の瞳は空に浮かぶ雲のように白い。そのため白目と一体化している。それに彼女と歯車は水平線に広がっている海の上にいる(ある)。
「一体ここはどこなの?」
普通なら慌てるところだが、少女は妙に落ち着いている。彼女の声は穏やかだ。しかし、そんな声に答えるモノなどどこにもいない。いるはずもない。なぜなら、この世界に存在しているのは少女と歯車のみだからだ。