第30話:怖くない人
秘密基地からだと普通なら十数分で着く学校に一時間というとても長い時間をかけて着いた。しかし、未だに足の痛みは消えない。むしろ、泣き叫びたくなるほどの激痛になっている。ようやく体育館前に着いたから、痛みなんてないように装うことにした。さらに絶対に向けられる殺意の視線と罵詈雑言を覚悟するために深呼吸を二、三度繰り返す。
さて、どう対応するかな? やっぱり、ずっと笑っておく方がいいだろう。その方が反省していない風に見えるだろうな。さらに怒りも買いやすいだろう。
意を決して、体育館のスライド扉に手をかけて開けた。すると案の定、中にいる者たちの視線が一斉にこちらへ向く。見回すと鶴如がいたので、安心した。さて、どんなことを言われるだろうな。
中へ入っていくと海奈が近寄ってきた。しかも、完全に怒っている。
「最低!」
はは。やっぱりな。これだ。これでいいんだ。
「まぁまぁ、そんなに怒らないで上げような」
どういうわけか近づいてきて、部長が海奈をなだめる。しかし、すぐに真面目な表情になりこちらを見てきた。
「でも、さすがに今回は流谷が悪」
「あぁ、知ってる」
「なら、言うことがあるよな?」
「ないな」
「流谷ならそう言うと思った。まさかこんなことになるなんて、予想していなかっただろうからな。流谷はそう言う人間だ」
「俺がどういう人間だって?」
「自分を卑下する人間」
「はっ? ……えっ?」
あまりの予想外の回答に思わず聞いてしまう。でも、仕方ないことだろう。今回は完全に俺が悪いのに卑下する人間なんて言われたからな。
「まさか一時間経っても来ないのだならな。さすがに心配になる。何かあったんじゃないかっては。でも、見た限りじゃ何もなくてよかった。あとでお礼を言わないとな。特に鶴如に」
「えっ? 鶴如に?」
「一番心配していたからな」
一体どういうことだ? どうして鶴如が心配しているんだ? 普通は一番どうでもいいと思うだろ? あんなことされたんだから。
「パッと見たらいじょーないですけど、いじょーがありますよ」
「えっ? グリュグルーどういうことだ?」
おい! まさか!
「彼は左足を引きずってます」
「さらばだ!」
『起動!!』
おいおい全員SMSを起動しやがった! しかも、同じ起動キーで! それよりも、こいつら中にSMSを着ていたのか。今度からはちゃんと確認させてもらおう。
俺は走って外に出るがすぐに追いつかれる。しかし、運がいいことに引っかかり転んだため、全員が急停止できなくて行き過ぎる。さらに運がいいことにかなり体育館が近いため慌てて入り、扉を押さえる。
扉は防音のため外の音は聞こえないが、バンバン!! という扉を叩く音が響く。幸いなことに体育館には今、俺以外誰一人としていないため迷惑にはならない。そう。今、館内には俺一人しかしない。つまり、やりたい放題だ。そんな状態なのに、この扉を叩いている奴らのせいで別のことができない。
「ねぇ」
「どわぁあ!!?」
「えっ? 何その反応?」
「び、びっくりした。心臓止まるかと思ったぞ」
「そ、そんなに?」
「そりゃあ誰もいないと思っていたら、背後から突然肩を叩かれて、しかも耳元で突然声がしたら誰でもこうなるわ! 全部お前のせいだからな! 海奈!」
「でも、今回は逃げた流谷が悪いんだから」
「まぁ、そりゃあそうだけどさ!」
「それで足を痛めているってどういうことなのですか?」
「そりゃあ、扉を押さえてなかったら入ってくるわな……」
「何か言いましたか?」
「いいんや。何も」
「なら、いいのですが……。それで、わたしの質問に対する返答は?」
「答えないといけないか?」
「当たり前です!」
「なら、まず燕野とグリュグルーと海奈は知っているだろうけど、俺は今、商品化もされていない試作段階の新薬を完全になくなっている左足に投与している。結果は良好だ」
仕方ないので左足を取り外して、本物の足を見せる。俺も確認のため見ると膝まで再生していた。俺の足を見て「っ!?」と息を飲んでいる音が何個も聞こえる。
まぁ、そりゃあそうなるよな。正常だと思っていた足が実は偽物で本物は膝までしかないのだし。
「スゴい」
海奈が声を漏らした。海奈とは一応幼馴染だから、俺が左足を完全に無くしていることを知っている。しかし、この状態とは知らなかっただろう。完全に無いと思っていたはずだ。
「いや、本当にスゴイぞ。あの新薬。ちゃんと神経も血管も復活しているしよ。完全に自分の足としか思わない」
「そんなことよりも一つわかったことがある」
グリュグルーが突然、言った。何がわかったのだろう? それにあの口調は俺との会話の時と変わらないだろうな。
「あなたはそんな足なのに周りにバレないように普通に振舞っていた。でも、本当は膝より先の感覚がないはず。なのにどうして」
「普通に振舞えているのかってか? 感覚だよ感覚。SONをする時と同じだ。全て感覚」
「なら、どうして転ばない」
「それも感覚……と言いたいところだけど、残念ながら感覚ではない。そういう造りなんだ。転ばないようにという造り」
「なら、どうして本気で走れている」
「転ばない造りだから、例えぎこちなくても走れるんだよ。まぁ、大分と速度は落ちるがな」
「あれで落ちている」
「あぁ。多分、普通だと五十メートルくらいなら六秒前半で走れると思う」
「六秒前半!?」
「そんなに驚くことか? 陸上の選手ならこれくらいだろ? 別に人間の限界ではないしな。世界大会などの人だと四秒後半で走れるだろ?」
「ま、まぁ、そうですけどね」
それにしても、ホントにグリュグルーは言葉に強弱ないな。まぁ、外人だからといえばそれまでなんだけど。日本語に慣れていないだろうし。
「あっ、そういえば流谷」
「どうした?」
「明日からゴールデンウィークだけど何か予定あるの?」
「あぁ、そういえば明日からか。予定は特にないな。普通に練習しか」
「流谷!!」
吹雪さんがどういうわけかこちらへ走ってくる。そして、俺の前で立ち止まったかと思うと肩を上下に揺らしながら息を切らしていた。少し待って落ち着いてから、話すことにした。
「一体どうしたのですか? 確か風波のお見舞いに行ったはずじゃ」
「いや、言い忘れていたことがあってね」
「ほう。一体なんでしょうか?」
「明日から始まるゴールデンウィークの間、海運高校と私立空蘭女学院が合同合宿することになったから。ちなみに合宿する場所は空蘭女学院だから」
「えっ……? ちょ、ちょっと待ってください。空蘭女学院といえばこの坂島でも超が付くほどのお嬢様学校ですよね。そんなところと俺たちが合宿ですか? しかも、空蘭女学院で。確かあそこって全寮制ですよね? そんなところに男である俺と部長が行っていいのですか?」
「普通なら男子禁制だからダメだけど、今回は特別よ。学院長に許可を得たし、大スクープとして学院内全体に知れ渡っているよ」
「マジか……」
これは断れないな。部長だけが、行くとなっているだろうけど、多分こいつらのことだし俺だけは行かないと断ったら絶対に全員行かないだろうな。
「わかりましたよ。それで集合場所は知っていますけど、集合時間は何時ですか?」
「うーん。できれば朝の八時くらいかな。ちょうど朝食が食べ終わったところだし」
「いや、ちょっと待ってください。八時ですか? 確か空蘭女学院って海を渡ったところにありますよね?」
「えっ? そうなのですか?」
「あぁ、空蘭女学院の敷地は広すぎるから坂島には入らないんだ。だから、海を渡ったところにあるけど、一番近い無人島を買い取ったんだ。確かそんな理由で空蘭女学院は全寮制になったはずだ。それらのおかげで空蘭女学院は全国的にも有名な学校で、ガチのボンボンのお嬢様方が通っているらしい」
説明してから燕野の耳元に口を近づける。
「だから、お前のじいちゃんの知り合いの孫に会うかもな」
「それはないです。わたしはそういう場に出たことないですから」
「そうかよ」
俺は燕野から離れる。周りからは怪しそうな目つきで見られるが気にしてはいられない。
「そんな場所に八時に集合ですか。一体何時に出発すれば」
「七時で行けるよ。どうせ船なんか使わずにSMSで行くんでしょ。船なんかより断然早いし」
「まぁ、そうですけど初心者の奴らはどうするんですか?」
「それなら簡単よ。初心者四で経験者三だから流谷が二人を引っ張り、他の二人が一人ずつ引っ張れば余裕だよ」
「ま、まぁ、そうですね。わかりました。八時に集合ですね」
「うん。それじゃあ風波ちゃんのお見舞いに行ってくる」
「早く行かないと面会できなくなりますよ」
「わかっているよ。それぐらい。じゃあね」
吹雪さんはそう言い、外に出るとSMSを使い飛び去った。
「ということだから。今日の練習はおしまい。各自ゆっくり休んでくれ。ちゃんと寝ろよ。特に海奈」
「うっ」
「じゃあ、解散。あっ、鶴如だけ残ってくれ」
鶴如に聞きたいことがあるので残すとあとは全員帰って行った。すると案の定、静寂が訪れる。
「早速で悪いがお前に何個か聞きたいことがある」
「どうぞ」
「まずはどうして俺を怖がらない。普通に接している?」
「演技だということがひしひしと伝わってきたからです。本気ならもっといやらしい目つきと表情をしているはずですし、すぐに脱ぐからです。それに服を着せた時点でおかしいと思いました」
「やっぱり、アレが悪かったか」
「いいえ。一番悪かったのはあの申し訳なさそうな表情です。いくら作っていても、漏れ出していましたよ」
「マジか……」
「他に質問は?」
「どうしてチクらなかった?」
「先ほどと同じ理由です」
「そうか。なら、質問は終わりだ。次は頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「明日、海奈を五時くらいに起こしてくれ」
「五時ですか?」
「あぁ、さすがに初めて行くから迷う可能性があるし、念のためにな」
「わかりました。それに海奈先輩を起こすのはお安いご用ですし、望むところです」
「はは。そうか。あいつが一番起きるか心配だからな」
「確かに。朝弱いですからね」
結局嫌われることには失敗したな。まぁ、合宿があるんだし、今から嫌われようとは思えないけどな。まぁ、自然に嫌われるのを待つとするか。
「それじゃあお疲れ」
「お疲れ様です」
鶴如は帰ろうとしたが、突然立ち止まってこちらに振り返った。
「気軽に海風と呼んでください」
「どうしてまた?」
「どういうわけかあなたのことはあんまり怖いと思わないので」
「そ、そうなのか? 犯罪者なのにか?」
「そうですね。どうしてかわかりませんけど」
「はは。そうかよ」
「それと嘘でも海奈先輩を貶さないでくださいね」
「善処する。それじゃあな。海奈を頼むぞ」
「お任せください」
鶴如……いや、海風は笑顔で言いこの場を去った。
はは。それにしても嘘だとバレてたか。まぁ、演技だとバレたしそれは当たり前か。さて、明日からは面倒臭いだろうな。




