第24話:流谷の力
制服の下に着てたら、やっぱり違和感があるな。まぁでも、上に着ていたらすぐにバレるし没収される可能性も出てくる。
昨日、部長が飛んで逃げてくれたおかげで逃げられる可能性が浮かんだ。その可能性を翌日の今、実践している。ちなみに俺は授業を受けている。
自分で言うのもなんだが、ちゃんと寝たらどこかに行ったりせずに授業を受けているのが珍しい。ちなみに俺は先生の大半にも避けられているため、当てられることがない。さらにたまに気を使って、わざと当てない先生もいる。つまり、俺は確実に授業中は当てられることがないのだ。
先生たちもやっぱり同世代にしか見えないが、五十を過ぎている人はさすがに三十くらいには見える。まぁ、でも実年齢と比べて若く見られるということはよくあることだ。
それにしても、運がいいのか悪いのか今日は午前中に授業が終わる。今はその最後の授業のはずだったが、自習になっている。この時間が自習になることを事前からわかっていたようで別の人が来ている。しかし、その人はこの海雲高校の先生ではないし、おそらくは出身でもない。
「──みなさんから質問を受け付けます。何か質問がある方は挙手を」
代わりの人──亜尾伊勢は語りかけるようにしてみんなに質問をする。
これって完全に嫌がらせだよな? ていうか、なんでこの人が来ているんだっけ?
不思議に思い、彼が話す前に言った言葉を思い出す。
『みなさんはじめまして。亜尾伊勢と申します。以後お見知りおきを。さて、突然ですが本題に入ります。知っての通り私はスカイオーシャン──通称SONのここ、坂島にある支部でSON協会の会長を勤めさせていただいております。先日、坂島でスカイオーシャンの試合が行われたのはご存知の通りです。ですが、まだSONは安全じゃないと思っている方たちに私は安全性を説明しているのです。そして、今日。ここ海雲高校で一クラスだけですが、その安全性を説明させるお時間をいただけましたので参りました。長いですが、真剣に聞いてくださると幸運です』
確かこんなことを言ってたよな。てかっ、一度聞いただけなのに暗唱できる俺が怖ぇ。
「おや? 誰もいないようですね。でしたら、私の方から一人指名をさせていただきます。……そうですね。海空流谷くん。君に決めます」
「はっ? どうして俺?」
「ちょうど目に入りましたから」
全く話を聞いてなかったんだけど。というか、絶対に仕組んでるな。なら、いつも通りにするか。
「答える義理はない。それに答えたからって俺に得することなんか一つもない。そもそも、お前の話なんて聞く価値もないから、聞き流していた。だから、質問なんて一切ない」
「そうですか。それは残念ですね」
「海空流谷!! ふざけるなよ! わざわざ来てくださっているんだ。なのに聞く価値もないだと?」
「だって、俺に聞いて得することなんてないし、そもそも聞いていたとしても無意味なんだよ。俺がスカイオーシャンは危険だって、わざわざ表してやったんだよ。感謝しろ!」
「黙れ!」
「おー。怖い怖い。それともアレか? 好きな人がスカイオーシャンをしているから、俺に八つ当たりか? まぁ、そいつにも感謝してほしいさ!」
「な、なんで、あたしが好きな人がいると思っているの? バカなの? 死ぬの?」
「えっ? 逆にバレてないと思ってたのか? 誰から見てもバレバレだったぞ」
今回ばかりはいつもは関わろうとしない人たちも俺の言葉にウンウンとうなずいている。それほど委員長の反応がわかりやすいのだ。
「嘘……」
バレてないと思っているのはおそらくは委員長だけ。しかも、相手までこのクラスのみんなには特定されているだろう。だって、部長がこの教室に来るたびに委員長が顔を赤くしているからだ。
てかっ、話が脱線した。
挑発するような笑みをわざと浮かべながら、亜尾伊勢を見ると彼は微笑ましそうに見ていた。
すると、本日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「本日はお聞きくださりありがとうございます。まぁ、最後の方は私は関係なかったですけどね」
亜尾伊勢が苦笑しながら言ったので、みんなを代表して委員長が謝罪をしながらペコペコと何度も頭を下げている。
十数分後に終礼が終わった。反射的に扉を見る。
いつも部長は終礼が終わるとすぐに扉から入って来るが、今日はどういうわけか姿形もなかった。
とうとう諦めてくれたのかな? まぁ、可能性が低いがな。
「海空!!」
ほら、やっぱり。
窓から下を眺めるとグリュグルーがいた。
下からも逃げさせないつもりか。でも、詰めが甘かったようだな。いや、俺にこの選択肢があると誰も予想にしていなかったのか。それは好都合だな。でも、教室から逃げられるならそれに越したことはないんだけどな。
部長が入って来た前の扉ではなく後ろの扉を見るとそこには燕野がいた。
ははは。やっぱり、隠し球を使うしかないな。
俺は窓を勢いよく開け放つ。
「行かせるか! グリュグルー! 警戒しろ! さぁ、観念しろ! 海空!」
「ざーんねん。隠し球があるのでね!」
語尾のみを力強く言い、窓から飛ぶ。このままだと落下して、下手したら死に至る。それもいいが、俺にはまだやり残したことがあるから、死ぬことは選択肢に存在しない。
「いくぞ! 飛翔!!」
叫ぶと制服の下に着ている隠し球のSMSが起動する。すぐに飛行態勢を維持して、自由奔放に飛べるようになったので、前に進む。
確認のため背後を見ると全校生徒…………いや、校内にいる俺が見える範囲での全員が目を見開いている。しかし、グリュグルーだけは目を見開いたまま近づいて来る。それも凄まじい速度で。
「おっと。危ねぇ!」
一瞬にしてグリュグルーに捕まりかけたが、体を大きくひねると縦に大きく弧を描いて、彼女の背後につく。
『おぉお!』と言う感嘆の声が複数重なって聞こえる。空にいる俺のところまで届くということはかなり大きめの声だ。
グリュグルーがその後、何度も俺を捕まえようと挑戦するが全て軽くいなす。それほど動きが単調だ。しかし、グリュグルーは俺を捕まえないといけないはずなのにすごく楽しそうにしている。その証拠に微かに笑っているのだ。
きっと今まで、互角に戦える相手がいなかったのだろう。ナルシストみたいだが、俺はスカイオーシャンはうまい。子供の頃に賞を何度も貰っていたので、これで下手と言ったり、そこそこと言ったら戦って負けてしまった相手に申し訳ない。だから、スカイオーシャンに限ってはうまいと宣言しておく。
てっ、そういえば俺の目的ってこいつと遊ぶことじゃねぇや。逃げるためだった。
「グリュグルー。じゃあな」
「行かせない」
「いや、行かせてもらう」
「グリュグルーだけだと思うなよ」
「げっ!? 俺一人相手に海雲高校SON部が総出かよ」
「そうしないとお前は止められないからな」
「過剰ですよ。俺はそこまで強くない」
「どうやら!」
語尾だけを強く部長が言うと一斉攻撃と言わんばかりに一気に俺にものすごい速度で近づいてきた。
はぁ。アレを使うか。さすがに使ったら誰も追いつけない。でも、久々すぎて成功するか不安だな。まぁ、やるだけやってみるか。
肩甲骨の辺りに力を入れる。そして、肩甲骨の辺り以外の全身の力は抜く。
「アウト」
呟くと俺の体は落ちていく。
おうおう。全員目を丸くしているな。でも、残念。
「モードチェンジ! バードウイング!」
叫ぶと肩甲骨辺りから白鳥の翼が一対生える。しかし、大きさは余裕で白鳥よりも大きい。そんな翼を鳥のように羽ばたかせるとそれだけで周りには風が生まれる。その状態のまま背後を見るとさっきとは別の意味で全員が目を丸くしている。
「じゃあな」
一言だけ言い、その場から離れる。速度は通常SMSでは出せないほどの速度。もちろん、そんな速度で飛んだら体全体に凄まじいほどGがかかるが、SMSを包んでいる薄い膜を改造して、薄いままさらに頑丈にしている。俺の今の速度に耐えれるほど。
ちなみに今の俺の速度は新幹線の最高時速並みの速度だ。改造なしのSMSは最高でも時速百キロメートルくらいしか出ない。比例してその速度に耐えられるほどの膜しかない。
SMSの改造の仕方はいたって簡単。首の後ろに専用機器のコンセントが刺さるほどの小さな穴がある。その機器は一般でも普通に販売されているが、売れていない。SMSの小さな穴はミジンコくらいなので、ほとんどの人はあることを知らないのだ。しかし、俺は吹雪さんに教えてもらったので、穴のことは知っている。
ちなみに俺のSMSのバードウイングモードは改造のついでに吹雪さんに教えてもらった。バードウイングモード自体を教えてもらったわけではない。オリジナルの力の作り方を教えてもらっただけだ。あの頃の俺は厨二病気味だったのであんな物を作ってしまったのだ。
まぁ、今になっては役に立っているからいいんだけどな。
海雲高校SON部の面々を置き去りして、ある場所に向かいながら苦笑を浮かべた。




