第21話:グリュグルーの家(?)
目を開けるとまだ薄暗い空からの光が、目に差し込んできた。いつもならその程度、眩しいと感じるはずないのになぜか、今回は妙に眩しく感じる。
何事かと思いカーテンを開けて外を覗いて見るとどういう仕組みかわからないが、窓にへばり付いてスマホを持っていて、ライト機能を使っている部長がいた。
「…………」
反応に困ったので、とりあえず無言でカーテンを閉めて服を寝巻きからジャージに着替える。その瞬間に昨日、おばさんから渡された過去からの贈り物のことを思い出して、部長が窓にへばり付いている仕組みがわかった。
あれはへばり付いているのじゃなくて、へばり付いているように見えるほど近くでSMSを使い、飛んでいるということか。懐かしいな。昔に俺もここまで酷くはなかったが、よく似たことをしたな。完全な若気の至りだな。
このままいられると面倒くさいことになりそうなので、カーテンを開けてライトを無視して、部長の目を見る。
「とりあえずはちゃんと外に出るので、玄関前で待っていてください」
「あぁ、わかった」
部長の返事を聞いてからすぐにできるだけ早く下の階に降りて玄関の引き戸を開けると、人の顔が視界に飛び込んできたので、大きく飛び退いてしまう。
「不法侵入で逮捕」
玄関を出てすぐに目の前にいた部長の腕を鷲掴みにして、連行する。ちなみに連行したのは昨日はSONの試合が行われていた会場であった近くの海岸だ。
「それで、一体何のようですか? まぁ、大体は予想が付いてますけどね」
部長の腕を離して言う。
「海雲高校SON部のコーチ兼監督になってくれ! 頼む!!」
部長は頭を下げて、予想通りのことを言ってくる。しかし、俺は自分でもわかるほどの笑みを浮かべてしまう。
「条件を満たしていないじゃないですか?」
「はっ? 何を言っているんだ? ちゃんと俺は準優勝でグリュグルーは優勝だっただろ? 何が満たしていないんだ?」
「俺は試合結果次第と言ったでしょう。その後に負けてもと言った。つまりはそういうことです」
「ん? どういうことだ?」
マジかよ。理解力低いな。よくこんな人が部長になれたな。
「俺は決して良い成績の方とは言っていません。つまりは悪い成績の方だったら、俺は引き受けていました。そのため実力者がいるのにどうして俺がやらないといけないのですか? 明らかにそれだとおかしいでしょう?」
「そんなの無茶苦茶だ」
「確かに無茶苦茶ですが、筋は通ります。部長たちが勝手に勘違いをしていただけでしょう?」
「…………」
確実に正論なので部長は一言も喋らない。
「まぁ、そういうことなので」
話を終わらせて、毎朝の日課のランニングを始める。
どうして俺にあんなにもスカイオーシャンに関わって欲しそうなんだろう? もしかして、そんな顔でもしていたのか? 確かにその可能性は一理あるな。でも、俺にはスカイオーシャンに関わる権利なんてない。さらに俺がスカイオーシャンに戻るときっとまた、危険なスポーツだと国に判断されて、規制されるだろう。
俺は別にそれでもいいんだが、周りの人には迷惑をかけたくない。だって今、スカイオーシャンをしている人はほとんどの人が何も悪いことをせずに真っ当に生きている人間だ。そんな人たちに俺は迷惑をかけたくないだけ。
例え選手じゃないとしても俺がスカイオーシャンに戻ったらダメなんだ。さっきの通りに権利なんて剥奪されている。むしろ、少年院に連れて行かれなかっただけで、俺は幸せだ。
スカイオーシャンに殺傷事件という泥を塗ったのにだ。普通なら名誉毀損と殺傷事件で、罪に問われる状態なのにだ。
「はは。まるでスカイオーシャンに未練を持っているみたいじゃないか」
未練を持っていないことを否定してみるが、スカイオーシャンに未練がある心情が変わらない。
てかっ、今更だが、どうして俺はのうのうと生きているんだ? もっと、葛藤とかあるものじゃないか普通は。もしかして、俺は自分さえ生きていれば周りは死んでもいいとでも思っているのか? その可能性は高そうだな。よし。自殺しようとしたら体がどんな反応を示すか試さないとな。
その方法を使えば自分がどんな人間かわかりそうなので、自殺できるようなスポットが近くにあるか確かめるために辺りをキョロキョロと見回す。気がつけば俺は坂島で一番長くて急な坂の頂上にいることに気づいた。
「ちょうどよさそうだな」
呟き、自分が今いる場所がどういう地形がわかった。坂島で一番高い崖の上だ。そして、その崖の下には広大な海が広がっている。高さが百メートル程度は最低でもある。そんな崖の上から下を覗いてみると、崖が全然凸凹していない。
これはちょうどよさそうな崖だな。それにやっぱり、自分さえ生きておけばいいと思っているんだろうな。足がガクガクしている。つまり、恐怖を抱いている。
「さてどうしようかな? 飛び降りるか飛び降りないか」
(迷うな)
「そもそもこの恐怖に勝てるか負けるか」
(迷うな)
「でも、やっぱり死ぬ覚悟があるかないかだな」
(迷うな)
「うーん……」
(迷うな)
「よし! 決めた。俺は……」
「飛び降りる!」
(死を覚悟する!)
自分の心の声を参考にしながらも、結論付けた。後は早かった。
俺は助走をつけるために下がる。そして、崖下に向かって走る。端まで辿り着くのが体感時間的には一瞬だったので、すぐにジャンプをした。
最初は勢いが付いていたが、徐々に緩まっていき、完全に失速すると走っていた時よりも速いスピードで海に向かって落ちていく。
「くはっ!」
笑いがこみ上げてくる。
「あはは!」
笑いが堪えられなくなる。
「あははははははははははははははははははははは!!」
盛大に笑う。
なぜか今、五年もの長き時間の中で一番充実を感じる。生と死の間なのに一番楽しくなる。それはまるでスカイオーシャンをやっていた時のように。どうしてかはわからない。だけど、そう感じてしまったのだから仕方がない。
「死ねたらいいな。できれば苦しまずに。そうすると、何一つ苦なんてなく全てを終わりにさせれる」
(それだと逃げているだけじゃないか)
また俺の心の声が聞こえてくる。しかし、今回の心の声は普通に本体である俺と会話できそうだ。
「あぁ、逃げているだけさ」
(わかっているならどうして逃げる?)
「逃げないといけない気がするからだ」
(はっ? わけがわからん)
「安心しろ。言っている俺自身もわけがわからん」
(なんだよそれは)
「まぁ、でもどうせ海に落ちたら人喰いのサメとかいるし、喰われて死ぬだろ」
(あぁ、そうだな)
それ以降はいくら話しかけても、心の声が聞こえなかった。それとほぼ同時に俺は海に叩きつけられて、あまりの衝撃に気を失った。
目を開けるとどこかの洞窟らしき場所にいた。
「はは……。結局は死ねなかったな」
勝手に口が言った瞬間にボンヤリとしていた意識が通常時に戻ってくる。そのために全身のすごい痛みに死にそうになる。しかし、声が出ない。いや、正確に言うと誰かに口を押さえられて、出させてもらえなかった。その手の先に目線を向けるとあの時の空と同じ色の瞳を持っている少女ユズメール・グリュグルーが下着だけ付けているという半裸の格好でいた。
「っ!?」
痛みとは別の意味で言葉に詰まり、顔を背ける。きっと頬が赤くなっているだろうが、さっきからパチパチと鳴っている焚き火のおかげで表情が隠される。
「海空流谷。なにがあったか説明して」
「ちょっ!?」
口から手を離されたが、いきなりグリュグルーに両頬を持たれて、無理矢理、首を自分の方へと固定される。そして、なぜか目を覗き込まれる。
「瞳の動きから推測して、言いたくないと判断した。なら、別にいい」
ふぅ。よかった。追求されなくて。どう説明すればいいか自分でもわからないし。
「でも、その代わりにスカイオーシャンに」
「い・や・だ!」
「……まだ言ってない」
「はは。そういえば初めて会った時もこんな会話をしたな」
「確かに。ねぇ、海空くん。いや、流谷くん」
「お前が流谷くんと呼ぶの初めてだな。それで何のようだ?」
「一つ頼みがある。ここのことを誰にも教えないで欲しい」
「別にいいけど。どうして?」
「ここが私たちの家だから」
「へぇー、そうなんだ。……って、はっ?」
「お願い。私にできることなら何でも言うこと聞くから」
「いやいや、別にそんなこといいから。とりあえず秘密にしておけばいいんだろう?」
「どうして? どうして、事情を聞かない?」
「言いたくなさそうだったから、別にいいかなって」
「流谷くんって優しい」
「俺が優しかったら、世界中の誰もが優しいことになるぞ」
「ううん。そんなことない。色々と調べて流谷くんが優しいことがわかったから。その代表が《五年前の真実》」
「っ!? 一応言っておくが、この坂島じゃそれの名前は《禁じられた五年前の真実》だぞ。つまり、喋った時点でこの坂島から追い出されることになる」
「わかった。気をつける」
ふぅ、よかった。それにしても、このグリュグルーの家(?)は奥も行けるようだし、中々広そうだな。
「それで流谷くん。私は何をすればいい?」
「いや、だから別にいいって」
「それだと私の気が済まない」
「わかったよ。なら、少し考えるから待っていてくれ」
「うん」
何でもいいということはあんなことやこんなこともしてもいいということになるな。いやいやいや、さすがにそれはダメだ。好きでもない相手とするのは可愛そうだし。なら、あそこを突く、くらいはいいよな。って、ダメだ! ダメだ! さすが思春期だな。何でもかんでもエロい系に進もうとする。なら、アレにしようかな。
「悪いけどその願い三つにしてくれないか?」
「わかった」
「なら、まずは服を着てくれ。そして、次に俺の服を返してくれ。そして、最後に二度と俺をスカイオーシャンに戻そうとするような言葉を言うな」
「……わかった」
渋々といった感じだが、コクリと頷く。
それにしてもグリュグルーには恥じらいというものがないのか? 同い年の異性同士が、お互いに下着姿だけでいることに。
グリュグルーは奥に行き、戻ってきたかと思うとすぐに海雲高校の制服に身を包む。そして、海雲高校の制服と一緒に持ってきてくれていた、朝練用のジャージを返してくれたので、すぐさま俺も着る。
「そういえば今、何時だ? そして、ここはどこだ?」
「今は五時半。そして、ここは坂島の中で一番長くて、高い位置までいく坂の下にある洞窟。ちなみに外を出るとすぐに海。上を向くと崖。ここから濡れずに出る方法は数少ない。飛ぶか、船を使うかしかない」
こいつめ。遠廻しからスュールマンススーツのことを言ってやがる。
「あれ? ユメ。お客さん?」
奥から女性の声が聞こえたかと思うと、奥からグリュグルーと同じ、艶がある銀髪で快晴の空と同じほど青い瞳の少し、華奢に見える女性が出てきた。髪の長さは短いのでグリュグルーとごちゃ混ぜにならない。
ちなみにそんな彼女もなぜか、下着なので目をそらす。その女性はグリュグルーよりもさらに大きそうな双丘を持っている。しかし、そんな彼女の目をよく見ると光がない。つまり、目が見えていないのだ。
「うん、紹介する。私の憧れの黒髪黒目の優しい同級生の海空流谷くん」
「どうも。海空流谷です。よろしくお願いします」
「これはどうもご丁寧に。わたしの名前はユリカーレ・グリュグルー。ユメ……ユズメール・グリュグルーの母です。ちなみに歳は三十六歳」
「さ、三十六歳でグリュグルーの母!? 全くそうは見えませんでした。双子かなと思ったくらいです」
「ふふ。お上手ね。お世辞でも嬉しいよ」
「いやいや、お世辞なんてとんでもない」
また、見た目がかなり若い親が出てきたな。やっぱり、坂島に住み始めた人とかでも見た目よりも歳をとっている人が多いな。そういう時代なのか?
「そういえば朝食は食べた?」
「いや、まだ」
「なら、私たちと一緒に食べない?」
「今回のところは悪い。家で俺が料理作らないとおじさんもおばさんも二人して、何も食べれないから」
「そう。残念。なら、また今度いらっしゃい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
ユリカーレさんが、優しい微笑みを浮かべながら優しい口調で優しく言ってくれたので、お礼を言う。
「ユメ。流谷くんを送ってあげて」
「うん、わかった。流谷くん。早速で申し訳ないんだけど、私の手を掴んで」
指示に従い、優しく包む。しかし、不服なのか全く動こうとしないので、仕方なく強く握ってあげる。すると、飛んでくれる。それも強く掴んでいなきゃ、振り落とされそうなほどの速度で。
なるほどな。アレは安全のために強く掴めということだったのか。
「なぁ、グリュグルー。ややこしいから、これからユズメールと呼んでいいか?」
「いいよ。私も流谷くんと呼んでいるし」
その後は何一つ会話がなかったので、そこで完全に途切れた。気がつくと俺の家の前に着いていた。
「はい。到着」
「ありがとう。色々と助かった。また、今日学校で」
俺の言葉が合図だったのかのように言った瞬間に飛び去った。
ん? あいつに家を教えてないのにどうして知っているんだ?
少し、寒気を感じながら家に入った。