第20話:過去からの贈りもの
今から賞状授与を含めての閉会式が行われる。しかし、そんなのは俺の中ではどうでもいいので俺は誰にも言わずに帰る。
絶対に後で怒られるだろうな。まぁ、いいけど。怒られ慣れているしな。
寄り道をせずにそのまま家へと帰る。試合会場の砂浜に行った時と同じで二分程度で着いた。家に入ってすぐに「ただいま戻りました」と帰ったことを報告すると奥の方から「おかえり〜」という声が聞こえてきた。
自分の部屋だと本気ですることがないので、リビングに向かい、扉を通るとおばさんが家事が終わったのでくつろいでいた。俺はその正面に座る。
「それで楽しかった? 久々のSONは」
「…………」
「その反応を示すということは楽しかったのね」
「……はい」
なぜか、すごい敗北感を味わった。さらに心を読まれたので恥ずかしく感じる。
「なら、よかった。ちょっと待ってて。渡したいものがあるから」
「わかりました」
渡したいものってなんだろう? 靴とかそういう履物かな? それとも服とかそういう衣類系かな? まぁ多分、履物の衣類系だな。
少しすると「お待たせ〜」と言って、何か袋を持ってきた。
「はい、これ」
そう言い渡されたが、袋の色が濃すぎて中身がわからない。
何か変なものが入っていないことを確認するために袋を叩こうとすると、いつの間にかいたおじさんに腕を掴まれる。
「何も危険なものじゃないから、普通に袋を開けて」
真剣な表情でそんなことを言われたので「わかりました」と渋々、了承する。
俺は袋を止めている無地の白いテープを外して、中から何かを取り出す。
「っ!?」
袋の中身が見えた瞬間に俺は息を飲み、慌てて手を離す。
「これは何の嫌がらせですか? それとどうして今、渡すんですか?」
少し、冷たい声で言ってしまう。でも、そんなの関係ない。袋の中身は俺にとっては嫌がらせ以外の何物でもない。
「嫌がらせなんて言ってあげないで。これは昔、海音がおこづかいを貯めて、買ったSMSよ。サイズは大きくなっても使えるようにとLサイズよ。本当は誕生日プレゼントとして渡すつもりだったらしいけど、あんな不運なことがあって渡せなかったの。あそこであなたが塞ぎ込まなかったら、すぐに渡すつもりだったよ。でも、あなたは塞ぎ込んでスカイオーシャンから距離を置いた。だから、渡すタイミングが無かったのよ。そして今日、あなたはスカイオーシャンを少しだけは楽しく思い始めた。それで渡すタイミングが、今しかないと思ったのよ」
おばさんは長々と説明してくれる。
でも、俺にとってはそんな説明はいらなかった。そんな説明をされると受け取らないという逃げ道を塞がれたみたいなものだから。俺は二度とスカイオーシャンの選手になんかなれないのに。まぁ、スカイオーシャンを追放された身だから当たり前だけどな。
「わかりました。貰いはしておきます。ですが、使わない可能性がほぼ百パーセントですから」
「それでいちよ。ほぼ百パーセントということはまだ可能性があるということだしね。それに前までだったら、百パーセントと断言していたのにね。やっぱり、まだ未練があるんだね」
未練? いや、未練か。確かにな。スカイオーシャンが好きという気持ちが心の片隅に残っている。諦めずにまだ俺はできると心の奥底からそんな声が聞こえてくる。それを未練と言わずになんと言うんだろうか。
いや、でも俺があいつらを指導したら、絶対におかしな方向に転がっていく。そんな俺が選手以外をしていいのか? 絶対にダメだ。
要するに選手にも戻れないし、指導者にもなれないということはスカイオーシャンに戻る方法はない。
でも、もし今度あいつら誰が俺に指導者になってくれと頼んできたら、病院の答えが返ってこない風波に話すしかないな。そこで今後はどうするか決める。俺にはその程度しかできないから。
気がつくと俺は自室のベットに寝転がっていた。カーテンを閉めていないので、水平線に沈む太陽の光が何一つ邪魔なく入ってくる。その眩しさに耐えられずに目を細める。そんな俺の手には今日、おじさんとおばさんに……いや、過去の海音から渡されたSMSを抱きしめていた。
不思議なことに海音が亡くなってから、ちゃんと寝れていなかったのに今は目がスッキリしている。
やっぱり、海音はこんな俺でも死んでもなお守ってくれるんだな。なのに俺は海音の生前にその優しさと大切さに気付けなかった。なのに海音がいなくなってから、あいつの優しさと大切さに気付き始めた。
あの時、代わりに俺が死んでいたら全てが平和に解決していたのに。どうして、俺はあの時、海音が海に落ちるまで微動だにできなかったんだ。俺があの時、ちゃんと動けてさえいれば助けれたのに。あんな過去は変えれるなら変えたい。でも、そんなのできないことが当たり前だ。
って、何が助けれたのにだよ。自分で殺したくせに。完全に馬鹿も休み休み言えだな。
人がいなかったことが幸いしたが、もし人がいたら不気味に思うほど自虐的な笑みを浮かべていただろう。まぁ、個人的には避けられた方が好都合だけどな。
そもそも俺は何を大事にSMSを抱きかかえているんだよ。ガキかよ。俺は。まぁ、ガキだけどな。自分が犯した罪の重さに気付かずに飄々と日常生活を送っているんだもんな。これをガキと言わずに何をガキと呼ぶんだよ。俺なんていてもいなくても、世界は変わらない。でも、あいつらがいたら世界はもっと幸福な方に転んだだろう。
生き残るのが俺ではなく二人なら良かったのに。俺なんかはいない方が世界は幸福な方に転ぶ。なんとなくだが、そのことがわかる。
一瞬だけ頭に映像が流れる。それは俺がついさっき、望んでいた俺がいない、もしもの世界。俺はその世界を英語読みにしてイフワールドと呼んでいる。
イフワールドを最近は見ていなかったが、頻繁に見ている。そのイフワールドは俺にとっては幸せでしかない世界だ。
まるで厨二病みたいだが、別に俺は厨二病ではない。いや、もしかしたら少しだけ厨二病の気が入っているかもしれない。
てかっ、イフワールドってただの幻覚だろ。何、そんな世界があるかもしれないと思っているんだよ俺は。ていうか、どうして俺はやり直したいと思っているんだよ。もしも、イフワールドが本当に実在していても、俺はその世界には行けない。別の世界の俺が過ごしているんだから。イフワールドの俺は俺じゃない。
そんなことを思っているとどういうわけか、SMSが入っている袋を無性に開けたくなったので、開けて広げてみる。
確かにサイズが今の俺でも余裕で入るほどの大きさだ。色も黒と赤と青なので俺が好きな色トップ三位に入る。そして、模様はほとんど黒色だが、ところどころに赤と青の線が入っている。それも俺の好きな模様だ。
少し疑っていたが、ここまで合っていると本当にこれは生前に海音が買ってくれたSMSなんだな。色はともかく、俺がこの模様を好きだということを知っているのは海音しかいないしな。
そんなことを考えていると脳内に海音の顔が浮かんできた。
海音は左目が紫色で右目が灰色のオッドアイだ。そのためやはり、海奈と一緒で周りから避けられていた。あの頃の俺はどうして、避けているのか全くわからなかった。今、思い出すと俺はあいつと仲が良かったのだ。多分、同い年の中では一番。そのため海音にしか好きな模様を教えなかった。
あの頃はどうしてそんなことを聞いてくるか、わからなかったがまさかこのためだったとはな。
色々と海音のことを思い出していると、どうしてかわからないが目から涙が流れてきていた。
「あ……れ? ど、どうして? 俺が……殺したのに……」
なんだよこれ。こういう時に限ってあの時のことを思い出して。俺はあの時に犯罪者として生きると決めたのに……!
しかし、そんなことを思えども涙は止まらない。むしろ、さらに量が増えている。誰もいないが、なんとなく恥ずかしく思ったので俺は手に持っている、海音から貰ったSMSで目を覆い、泣いているのを隠す。
それから数分間は涙が止まらなかったが、ようやく止まったので顔を上げる。泣いていたことがバレたくないので、どれくらい目が赤くなっているか部屋にある鏡で見る。目が赤くなっているよりも顔がやつれている方に目がいってしまう。
はは。別に体調不良でもないのにやつれてるしよ。さすがにこれはなんか心労があるとバレバレだな。それによく見なくても目が赤くなっているし、大体はどういう状況か理解できるな。とりあえずは寝てみよう。それで、治らなかったら諦める。よし、これでいこう。
心の中でつぶやいてから、さっきまでいたのにもう一度だけ布団に入ると、勝手に瞼が落ちてきた。面倒くさいから諦めると、瞼が完全に落ちて、上瞼と下瞼がくっついた。
目を開けるとさっきまで夕日が差し込んでいたのに、もう既に外が真っ暗になっていた。
ガチで寝ちまったな。まぁ、いっか。とりあえずは下で夕飯を食べて、風呂に入ろう。
俺はその後、本当に考えた通りの行動をして三度布団の中に入る。しかし、当たり前のように眠気が現れない。
眠気が起きるかもしれないので、上から上着を軽く羽織り外に出て、すぐに空を見上げる。
本当にこの島は星空が綺麗だよな。SMSがあったら星が掴めそうだ。まぁ、星なんて宇宙にあるものだから実際は掴めないんだけどな。
そのことを知っておきながらもSMSすら着ずに満点な星空に手をかざす。そして、握る。やはり、空気しか掴めない。
「さて、少々歩くか」
独り言をつぶやきながら、俺は家から離れる。気がつくと朝のランニングのコースに入っていた。
横にある養鶏場を見て、初めてそれに気づく。養鶏場のところは幸い、近くに街灯があるので養鶏場の中がちゃんと見える。養鶏場には珍しいことに鶏がいる。
その鶏の中で起きているやつが一斉にこちらに向いてくる。その鶏たちの目を見ると少し悲しそうだったので「ふっ」と軽く笑ってしまう。
でも、当たり前か。俺はこいつらを食べているんだし、卵も食べているんだし。そりゃあ、そんな目を向けられる理由に納得がいくわ。でも、俺に訴えるよりもご主人様に訴えろよ。俺はお前らに何もできないんだからな。
「あれ? りゅうくん?」
「その声とその呼び方は鷺縄か?」
「鷺縄じゃないよ。海奈だよ」
「どっちでも一緒ねぇか」
「一緒じゃないよ。海奈の方が親しく感じる」
「俺なんかと親しくしていたら、不幸しか起きないぞ」
「それでも!!」
「はいはい。それで海奈はここで何をしているんだ?」
「多分、りゅうくんと一緒だよ」
「つまり、眠れないんだな」
「正解。昼の試合で疲労がたまっているはずなのに目が冴えているんだよね」
「そうか。俺は昔のことを思い出していてな」
「「………………」」
俺の言葉に俺と海奈は無言になる。
海奈も俺の昔の思い出をほぼ共有しているものだし、どういうことかわかったんだろうな。
俺がどういうわけかわからないけど、思いつめているということを海奈はわかったんだろうな。
「ねぇ、りゅうくん」
「なんだ?」
「一度、海雲高校スカイオーシャン部に入ってみれば?」
「いや、入らない」
「やっぱり、元々は強いから?」
「ふっ。どうやらわかったようだな。無駄なことをしていたということを」
「家に帰って少しワクワクが治ってからだけどね」
「だとしても気づけたんだから、よかったな」
「いいの? スカイオーシャン部のみんなにこのことを言わなくて。りゅうくんが悪役になるよ」
「悪役は慣れている。元々、俺自体が悪役みたいな存在なんだしな」
「流谷」
海奈が真剣は表情で見てくる。そして、呼び方も普通に名前呼びなのでどうやら、大事なことを話すらしい。海奈は昔から、こんなキャラだったもんな。
「もう、あの時のことを思い出したらダメ。心が壊れるよ。今でもやつれている顔をしているんだし」
「っ!?」
マジか……。やつれていたか。やらかしたな。
「海奈。そんなことを言った方が忘れなくなるぞ。逆に思い出さずにずっと浮かんでいるという状況になるかもしれないぞ」
俺の言葉を聞いて海奈はハッとしたが、少し怪しく思い出しているのが、表情でわかる。俺が本当にそんな状況になっているのかと完全に怪しんでいる。
海奈のそんな表情に少し驚く。海奈がそんな表情をしたからではない。海奈をそんな表情にさせれるほど何ともないように見せれている、自分の演技力でだ。
自分で言うのもなんだが、俺って完全に演技力が上手くなっているな。よし、ならこのまま続けられるよう努力しないと
「どうやら本当にずっと頭に浮かんでいるということは本当のようね」
俺の決意を返せよ。まぁ、それは冗談としてまだその程度の演技力しか持っていない俺自身を恨め。
「「ふわぁぁぁぁ」」
俺と海奈のあくびが見事に揃った。
「これ以上、養鶏場の前で長話するのもアレだし家に帰って寝るか。お互いに眠くなったことだし。それじゃあな。また、明日」
「待って!」
「どうした?」
後ろを振り向かずに返事をする。
「もう一度だけ聞くけど、今のところはスカイオーシャンに戻る気はないのね?」
今のところという部分に少し引っかかったが、頷く。
「そう。なら、また明日学校で」
「あぁ、学校でな」
幼馴染だが、家が近いというわけではないのでそれぞれの帰路、つまり真逆の道を俺たちは歩いて帰る。そして、その後は軽くシャワーを浴びてから、布団に入ると勝手に眠気が訪れたので、眠気に身を委ねてそのまま眠りについた。