第2話:幼馴染
色々あったが、予定通り早めに学校に着いた。
校舎内は今、部活の朝練の生徒しかいないだろうから、ホームルーム教室も開いているわけがない。なので、職員室に行き2-2の教室の鍵を受け取ってから、教室の鍵を開ける。
入ってすぐに一番奥の窓側の席に向かう。思った通りに人がいなかったので、誰にも邪魔されずに席に座れた。当たり前だが俺の席だ。荷物を机の横に付いてある出っ張っているところにかける。
何もすることがないので、頬杖をつきながら、まるで寝るかのように目を閉じる。
少しすると、突然ガラッと教室の扉が開く音がしたので、目だけをそちらに向ける。
扉の先には車椅子に乗っている亜麻色の髪で藤色の目の少女がいた。少しだけ気まずく感じたので近くの窓を見ると、視界一杯に春の青空が広がっていたので、頬杖をついていた腕を折り畳み、顔を腕に埋め、完全に眠る態勢に入る。
「おはようございます」
「………」
彼女は笑顔で挨拶をしてきたが無視をする。
なぜ、わかるかというと目を少しだけ覗かせたからだ。
彼女の席は俺の横なので、確実に近くに来るのにわざわざ教室に入って早々に挨拶をしてきたのだ。きっとそんな人の言葉を無視しているところを誰かが見ていたら確実に評判がガタ落ちだろう。だが、そんなことどうでもいい。すでに低いし、これ以上は下がることはないしな。
これからありそうなことを考えていると足音──いや、車椅子の車輪の音が徐々に近づいてくる。
まぁ、隣の席だから当たり前か。
すると、案の定車輪の音が隣で止まった。
「海空君。おはようございます」
「………」
もう一度さっきと同じように笑顔で挨拶してきたが、さっきと同じく目だけをばれないように向けて無視する。
普通ならこれで終わりだが、彼女は「はは」と自虐的なかすれている笑い声を漏らす。
さすがに申し訳なく思い、反応しようと一瞬思ったが、すぐにそんな気は失せる。
なぜなら、タイミングよく扉が開く音が聞こえてきたからだ。
さっきとは違い顔を埋めたままで、そちらに目を向けない。もう既に一番会いたくない奴に会ったのだから。
ドスドスという大きな足音が近づいてくる。
数秒後に俺の机の横でその足音が止まると、突然机をバン! と強く叩かれたので、体が反射的に飛び上がり机を叩いた張本人の方を見る。
「謝って。いや、謝りなさい!」
「はっ! 誰にだ?」
「本当にわからない?」
「わからないな。教えてくださいよ。学級委員長さん」
普通に俺と同じように日本人独特の目と髪の色の少女に挑発するように言うと、まるでゴミを見るかのような目で見てくる。
「そこの鷹山綾海さんによ!!」
「あぁ、そこの媚び売り尻軽女か」
また挑発するように言うと、手が俺の頬に近づいてくるのがいつも通り見えたので、それを手で受け止める。手を掴んでいる方の手に力を入れる。
「くっ!?」
「ん? どうした? 俺に危害を加えようということは腕の一本くらい貰ってもいいってことだよな?」
自分でもわかるほどに相手をイライラさせる言い方をしながら、力を緩めると、まるで弾かれたように学級委員長が手を後ろに引く。
「この犯罪者が!! 逮捕されて死刑にされろ!!」
怒りしかこもっていない目で睨みつけられて叫ばれる。そして、学級委員長は俺から遠ざけさせるために車椅子を押して、教室を出た。鷹山はなにかを言いたそうな顔をしているが、グッと我慢していた。
「はぁ。本当に疲れるな。まぁ、俺自身が望んだ結果だし、仕方ないか」
少し自虐的に微笑みながらも、さっきの学級委員長の犯罪者という言葉を脳内で反覆させる。
彼女の言う通りで俺は犯罪者だ。それも重罪の。幼馴染を殺した殺人犯。隣に座っている少女──鷹山綾海を歩けなくさせた張本人。さらに実の妹を植物人間にした張本人でもある。
そんな犯罪者がこの俺だ。しかし、あるスポーツの運営と警察によるお情けで、今も平然と生きているとされている。そんな人間が俺の正体だ。
この言い合いがあってから、三十分ほどの間に一人になっていたはずの教室には何十人もの人間が入ってきたが、犯罪者でクラスメイトを歩けなくさせた人間に話しかけてくるような物好きはいるはずもない。
しかし、そんな中このクラスではなぜか自分を歩けなくさせた張本人の俺に鷹山は無駄に関わろうとしてくるが、誰も俺に近づかせないし、もし、そういうのをかいくぐって、関わろうとしてきても俺は無視をするのみ。
時間が経ち、午前中の退屈な授業が終わり昼休みの時間になった。今回は珍しく本当に地理のテストがあった。それもついさっき。テストの出来が悪かった。点数がわからないが、ギリギリボーダーラインだと思う。
さてといつもの場所に行くか。
誰もが気分よく、昼食を食べれるように本当は校則違反だが、学校の敷地から出てすぐにある洞窟で一人で昼食を食べに向かう。それがいつも通りのことだから。しかし、今日は違った。
学校の敷地から出てすぐにある洞窟に着いたところまではいいのだが、校則違反なのに先客がいたのだ。
だから、その先客に気を使って洞窟を出ようとしたのだが「待って」と知っている声で止められたのだ。
知っている声とは鷺縄海奈だ。つまり、小学六年生から関係を一方的に俺から絶った元幼馴染だ。
無視してどこかに行くことはできるのだが、今日は不幸なことに聞きたいことがあるのだ。だから、俺と鷺縄は光がかなり差し込んでくる洞窟の中で二人で昼食を摂ることになったのだ。
ちなみに彼女の髪色は純日本人だということがわかる黒色で大和撫子のように髪が長い。目は左が赤、右が青。虹彩異色症──つまり、オッドアイというやつだ。
普通なら人間にこれが現れるのは珍しいらしい。今ならカラーコンタクトと思われるが、赤ちゃんの頃から左右の目の色が違うらしいのだ。その原因は未だに不明。とりあえず、俺はそんな少し特別な目の色の鷺縄と一緒なのだ。
「なぁ」
「………」
いつもの俺と同じように無視される。
「なぁって!!」
「名前で呼んでくれないと返事しない」
強めに言うと鷺縄は軽い口調でそっぽ向きながら、言ってきたので、名前で呼んでやることにする。
「なぁ、鷺縄」
「………」
「鷺縄さぁん」
「………」
俺並み……いや、俺以上のスルースキルだ。スゲェな。さすが生徒会長だわ。尊敬するわ。
「名前で呼んでくれないと返事しないって言ったでしょ」
「だから、名前で呼んでるじゃないか」
「苗字じゃなくて、下の名前」
うわぁ。相変わらず面倒くせぇ。でも、そうしないと反応してくれないようだな。はぁ……仕方ないか。
「なぁ、海奈」
「どうしたの?」
おっ、ようやく反応してくれた。これで反応してくれなかったらどうしようかと思った。
「二つあるんだが、両方聞いてもいいか? まぁ、一つ目はどうでもいいことだけど」
「いいよ」
鷺縄……いや、海奈は頷きながら反応してくれた。
「一つ目はお前、優等生だろ? それに生徒会長」
言った通りで海奈は俺とは真逆の優等生でさっきも言った通りに海雲高校の生徒会長という誰もが憧れる素晴らしい存在なのだ。
「そんなお前が校則を破ってこんなところにいていいのか?」
「大丈夫だよ。流君と」
「誰が流君だ」
「冗談よ許して。ちゃんと言い直すから。あたしは、りゅう君と一緒にいられるなら別に校則だって破りまくるし」
勘違いするようなこと言うなよな。本当に。
ちなみにりゅう君というのは俺が認めた唯一のニックネームだ。流君は完全に認めてない。
さて、話を戻すが、生徒会長がそんなんでいいのか少しだけ、心配になるな。まっ、もしバレたとしてこいつが怒られるようなことになったら、俺が無理矢理呼びつけたと言ったらこいつには被害ないし、万事解決だ。教師も嬉しいことにそういうところだけは俺の言葉を信じてくれるしな。
「それで、もう一つは?」
「どうしてスカイオーシャン部に入部したんだ?」
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。俺には関係の無いことだし。だから、別に答えたくなければ答えなくてもいい。だが、一つだけ言わせてもらうと少しでも命が危ないと思ったらすぐにやめろ」
「わかった」
「それじゃあ、話は終わったし俺はもう教室に戻る」
「待って」
戻ろうとすると海奈に上着の袖を掴まれた。
「こんな真っ暗なところに女の子を一人で置いていくの?」
「いや、普通に明るいから」
とりあえず、海奈にそうツッコミを入れる。ここは洞窟という割にはかなり明るい。そのため、暗闇に恐怖を感じる俺でも、来れるため重宝している。あっ、そういえば……。
「一つ頼みがあるんだが」
「にゃに?」
始まったか。面倒くさい口調が。
「もう、俺に二度と関わらないでくれ。その方が二人とも幸せだ」
「絶対ににゃだ」
「なら、俺は無視し続けるから」
「あたしは関わり続けるにゃ」
「最後に一つだけ言わせてもらうが、その面倒くさい口調はやめておいた方がいいぞ」
「この口調で話しかけるのは流谷だけにゃ」
「それでも、もし他の生徒に見つかるようなところではやるなよ。生徒会長としての威厳が無くなるから」
「にゃーにゃお」
「日本語でオーケー」
「了ー解」
「なら、今度こそじゃあな」
片手をひらひら振りながら、そう言い残し立ち去ろうとした瞬間にガシッ! とまるで獲物を見つけた猫のような反応速度で俺の襟を掴まれた。
「ぐえぇ!? 締まってる! 締まってるから!!」
「一人飯が寂しいから一緒にいてほしいにゃ」
「人の話を聞いてくれ! それにお前は友達百人以上いるだろ」
「本当に心を許せるのはごく一部だけにゃ」
「なら、そのごく一部と食べろよ。」
ちなみに緩めるだけではなく完全に解放してくれ。
「嫌にゃ! 飽きたにゃ!」
マジで離してくれ。頼むから
「やめたれよ。みんな泣くぞ。特に鶴如は」
「あぁー。海風とは一緒に食べたことが無いにゃ」
ふぅ。よかった。通じたのか解放してくれた。これで普通に会話ができる。まぁ、首をさすりながらも息を必要以上に吸いながらだけど。
「可愛そう過ぎだろ!? まぁ、どうせお前が断っているんだろ」
「正解にゃ」
「そうか。なら、俺もここにいるのを断るわ。じゃあな」
そう言い残して、さっきと同じように片手を少し上げて走り去ろうとするが「流谷に拒否権はないにゃ」と言いながら、強く袖を引っ張られる。
「やめろ! 服が伸びる! それに突然、普通に呼ぶなよ!」
「ならこれからずっと、どこでもなりふり構わずに流谷って呼ぶにゃ」
「やめてくれると助かる」
「恥ずかしいのかにゃ?」
「い、いや、恥ずかしくないね」
「嘘だにゃ」
「嘘じゃねよ」
どうでもいい会話を交わしている間に服が伸びると言ったことを気にしてか、袖を持たれていない。
なら、今が逃げるチャンスか。
勝手に解釈して、俺はすぐに走る。今度も上着の袖を掴まれそうになったが、もう今ので三度目なので、なんとか避けれた。
ふぅ、よかった。これで俺の昼休みはいつも通りに戻れる。いつも通りって、最高だ!
歓喜に震えていると俺を追いかけてきている足音が聞こえてきた。気になりチラッと後ろを見るが、誰もいなかった。
よかった。気のせいか。
安堵したのも束の間、もう一度だけ前を向くと、さっきと同じように足音が聞こえてきている。
「まさか!?」
ある考えが思いついたので背後の洞窟の上の部分を見ると、案の定、海奈は──いや、鷺縄は洞窟の天井を走っていた。
「忍者かよ!?」
驚愕のあまりそう言ってしまい、さらに走る速度を速めてしまう。
うっ!? クソッ!! ミスった! 半分しか力を出したらいけないんだった! だが、今は我慢だ! あと少しだ。あと少しで追いかけてこれなくなる。
頭が狂いそうなほどの痛みを無視して、七割の力で走る。
十数秒後にようやく洞窟から脱出できたが、脱力感と疲労感が突然と現れる。気がつくと左足からはまるでオーバーヒートしている機械のように湯気があちらこちらから出している。
あまりにも激しい痛みを感じているので、洞窟の横の森で、誰にもバレないように休憩しようと思いつく。
休憩しようと思っている場所に着くのは大分と時間がかかるだろうな。普段は二分で着けるところも今じゃ、その倍か倍以上かかるだろうし。絶対に今の俺は苦笑しているだろうな。
四分くらい経つとようやく目的地に着くとすぐに力が抜けたので、その場所に座り込むと学校の方から授業始まりのチャイムの音が聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」
よかった。この森は俺の呼吸音しか聞こえてこないな。なら、追いかけてきていないということだしとりあえずは左足がちゃんと動かせるか確認しないとな。
左足を軽く動かしてみると、我慢できるほどの痛みではあるが普通に動かせているようだ。筋肉を揉みほぐそうと思って、左足に利き手の右手で触れる。
「熱っ!!」
触った瞬間にびっくりするくらい熱かった。
完全にこれはオーバーヒートしているな。まぁ、そりゃあ出していい最大値を超えたらそうなるのは当たり前か。これで治りそうだったのに悪化しちまったな。だるいな。
「それにしても」
この場所は初めて来たのにすごく落ち着くな。次から昼食を取るときはここで食べよう。今までこんないい場所があるなんて知る由もなかったな。ここなら落ち着けそうだ。
落ち着けると思いながらも落ち着きなく辺りを見回してみると、少し離れたところに誰かが昔に作ったような道がある。その道は森の奥へと続いている。
まさか、進んだ先に大麻を栽培していたり遺体を破棄していたりしないよな。この島は歴史が古いし、暗い話くらいありそうだな。
この時に少し恐怖を感じていたのに数分後には心が落ち着いた。なので申し訳ないが、五時間目を丸々サボるためにちょうど枕サイズくらいの木の幹を頭に敷き軽く眠ることにした。
眩しさで目を開ける。
久々に空を見上げたな…………てっ!!
「もう、夕方じゃねぇか!?」
さっきまで青かったはずの空が茜色に染まっていたのでついついそんな声を上げてしまう。五時間目だけではなく午後の授業を全てサボったことになる。
まぁ、いっか。一日くらい。いや、ダメだダメだ! この甘えがサボり癖をつけてしまうことになる。それだけは御免被りたい。だって、おじさんとおばさんに何て言われるか。考えるだけでも恐ろしい。
「二人に迷惑をかけないようにも職員室に謝りに行くか」
決意を声に出しながら立ち上がる。
確か五時間目は日本史で六時間目が英語か。片方は怖いって噂の先生でもう片方は確実に怒ったら怖い先生なんだよな。まぁ、自業自得だし仕方ないか。
少し不安になりながらも、足取り重く、校舎の方へと向かう。歩く時に足が痛くなかったことに気づいたが、今は気にしないでおく。気にしていたら、夜になってしまう可能性が現れるからだ。
五分程度歩くとすぐに学校の敷地内に入る。そこから二階にある職員室に行くために階段を上る。職員室は二階の今、俺が上っている階段を上ってすぐのところにある。
まだ、担当の先生がいてくれるといいけどな。いなかったら、どうすることもできないし。
少し不安になりながらも職員室の扉を二回ノックをして扉を開ける。
「失礼します。二年二組の海空で……す……?」
変な感じに言ってしまったのには理由がある。それは、職員達の驚きと安堵の視線を感じたからだ。職員室に入ったから驚きはなんとなくわかるが、安堵がよくわからない。
「流谷!? 無事だったのか!?」
「はっ? 無事? えっ?」
「誰かにいじめられて崖から自殺したのかと思ったんだぞ!!」
「その程度の弱い人間に見えますか? この俺が」
「いや、お前はいじめられても隠し通して自分に対する罰だと思っているようなドM人間だもんな」
「ドMじゃねぇよ!」
「まぁ、でもとりあえず無事でよかった」
俺がさっきから会話をしているのは西山吹雪先生だ。男のような口調だが、れっきとした女だ。
西山先生って俺のクラスの担当の英語の先生だったな。いや、見た目からして英語の教師っぽい見た目だけどな。西山先生の髪は金色で目は水色なのだ。つまり、すごく見た目から外人っぽい先生だ。そして、俺の多分、一番親しい先生だ。ちなみにれっきとした日本人。
「授業をサボって申し訳ありませんでした!」
勢いよく頭を五秒くらい下げながら、謝罪を口すると職員が皆、目を丸くしているのが感じ取れるので、気まずくなったから顔をそらして「失礼しました」と言い、職員室から逃げるようにして離れた。
「流谷」
背後から西山先生に呼び止められたので、振り向くと、どういうわけか少しずつ近づいてくる。本能的に後ずさりしてしまう。
「なんですか?」
恥ずかしい! 声が上ずってしまった! 絶対に今の俺の顔って赤面してるよな!
「辛くなったらいつでも相談してくれよな」
「………なにで辛くなるんですか?」
「今、少し言葉を迷ったな」
「………」
「悪いな。でも、あたしも流谷をおも」
「そういうのいいですから。それではさよなら」
自分でもわかるほど冷たくそう答えてその場を去った。
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「流谷……」
西山先生が普段の彼女からは想像できないような辛そうな声を漏らしている。
「先生。ごめんなさい」
あたしが悪いのは明白だから、素直に謝った。
「っ!? なんだ、鷺縄か」
「突然、声をかけて申し訳ないです」
「いや、気にしなくていい。それで、どうして謝る?」
「あたしのせいで先生に辛い思いをさせてしまいましたから」
「いいんだ。今回は完全に今の流谷のことをちゃんとわかっていないあたしが悪いんだからな」
「あたし、流谷に酷いことをしてしまいました」
「酷いこととはスカイオーシャン部に入ったことか?」
図星だったので言葉に詰まったが、あたしは素直に頷く。
「きっと流谷はもう、二度とあんなことに巻き込まれたくないんです。それなのにあたしは」
「例え巻き込まれたくなくても、誰かのためなら自分がどんな役目になろうとも流谷は自分から巻き込まれにいく。それが流谷の性格だからな」
「先生は随分と流谷のことに詳しいですね。まあ、当たり前でしょうけど」
あたしがそう言うと先生は遠い目をする。全くそんなつもりはなかったが、あたしも同じような遠い目をしてしまう。今の流谷は全てに興味をなくし、努力もせずに諦めている。
自分のことを棚に上げているように見えるけど、ちゃんと苦しんでいる。いや……流谷の場合は苦しんでいるなんて言葉で片付けられない。親しかった二人を一気に失い、もう一人の親しかった人物と遊べなくなった。
流谷は何一つ悪くないのに真相を全く知らない無能な人たちは流谷を虐めている。物理的ではなく精神的に。それは遠くから見ているあたしでもわかる。流谷の心を救うためにあたしは生徒会長になり、前と同じように流谷と接している。そんなのを必要としていないのはずっと前から知っている。でも、そうしないと真相を知っている人たちの心が救われない。自分たちのせいで流谷がこんな扱いになっているんだから。
せめて誰かが前と変わらないように接しないといけない。運がいいことにあたしには変わらないように接する義務がある。あの時、何もできなかったから。それに海音から流谷を託されているから。犠牲者である海音自身から。