第17話:歯車の心変わり
気がつくと俺はさっきまで試合を見ていた場所にいた。ちょうど一回戦の全てが終わって、休憩時間に入っていた。
今さらながら、北野さんのあの言葉は絶対にワザとだ。あの人はああいうイタイところを突くのが上手かったな。なんか、キツイ言葉を言い残したし、次に会ったら謝罪でもしておこう。
そんなことを思っていると突然、少し離れたところから「ギャー!!」という声が聞こえてきた。その声はドンドン俺の方に近づいてくる。声が聞こえた方に振り向くとそこには西山先生に追いかけられている北野さんがいた。
「懐かしいな。あの光景。昔もよくやっていたな。俺が空と海を駆け抜けている時にふと、そちらへ振り向くと今と同じことをやっていたし」
思い出に浸るために目を瞑るが、すぐに目を開けることになった。
『休憩時間はおしまいです。これより二回戦の事前試合を開始します。ジャンルは今の二回戦進出者によりパフォーマンスです』
そう言うと二人だけではなく十人近くいるであろう人が空に現れた。そして、残りの十人近い人は海に現れた。
『セット!! レッツダンシング!!』
審判の明らかにふざけているようなちゃんとした合図で、二十人もの人が華麗に舞い始める。
ちなみにグリュグルーと屋島さんと鷲木は空。部長と河野さんと百舌は海だ。
見てみるとすぐに部長とグリュグルーに目がいった。理由は簡単だ。二人が一番大きく華麗に舞っているからだ。いや、華麗に見せているといった方が正しいだろう。
なぜなら、二人のSMSの袖の部分にひらひらが付いているからだ。明らかにパフォーマンス専用だ。二人以外は完全に試合のSMS。その時点で優位に立てている。
二人共、余程二回戦に進出できる自信があったんだろうな。まぁ、二人とも昔の俺なんかと比べても有能な選手だけどな。でも、さすがにアレは使えないか。まぁ、誰も教えてないし、教わっても中々できないけどな。
俺はアレを練習して、試合で使っているところを見たことある鷲木と百舌はこの程度か残念そうな顔をしている。
気がつくと突然、グリュグルーが海に向かっていきギリギリのところで飛行をしている。その下にはタイミングがあったのか、部長もいる。二人はとてつもないほどの水しぶきを噴き上げている。その水は空から射している太陽の光に照らされて、虹になっている。水しぶきになっていない水はキラキラと光っている。
そのせいか二人だけの舞台かと勘違いしてしまうほど輝いていると、何を思ってか二人は空と海を逆にする。しかも、着水や離水のやり方も演目の一部かと思うくらい華麗だ。そして、二人のステージが変わって舞う。
あまりの華麗さに観客のほとんどが技をする度に拍手をしている。しかし、俺は拍手をせずにジッと二人の技の細かい点などを見ている。無言でそんなことをしているので、きっと不気味に思うだろうが、そんなの関係ない。そもそも不気味と思われるのは犯罪者として軽蔑されるよりも幾分も気が楽だ。
「あっ」
空で部長と他の選手のSMSがかすった。そのせいで二人とも青白い雷を生み出しながら、吹き飛ばされる。その状態は審査員からしたら、大幅減点の対象だ。正直、ぶつかったがそのまま進出した人は今まで見たことがない。つまり、部長はここで終わる。と思ったが、驚くことに部長はその青白い雷すら自分のステージに引き入れた。
スゲェ。普通はできないぞあんなこと。そもそも、ぶつかったら諦めるのが基本だし。まるでパフォーマンスSONのプロだな。
「今、まるでパフォーマンスSONのプロだなと思いましたよね?」
「そんなこと思っていない」
「いいえ、思いました」
「どこからその確証が来るんだよ」
「わたしもそう思ってましたから」
「つまり、『自分も思ったから海空君も思っているでしょ』とでも言いたいのか?」
「まぁ、ほんの少しだけはその感情がありました」
「なんじゃそりゃ。そういえば鷹山はパフォーマンスSONってなんなのか知っているのか?」
「はい。SONの中でのパフォーマンスというジャンルだけを集中的に練習して、世界のいろんな場所で飛んでいる集団ですよね?」
「正解。よく知っているな」
「悔しかったので、一応は調べてましたから」
「そうか。なら、いいんだ」
それで会話は終わった。結局は二人で空と海での華麗な舞いを眺めるだけになる。
鷹山とこうしているのって久々だな。まぁ、あの日からずっと、関わりを絶ってきたから当たり前か。
そんなことを思っていると背中に衝撃を感じる。そして、ズボンが何かで濡れる。
「あぁ!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! 今すぐ拭きますから許してください!!」
「いえ、気にしないでください」
背後に振り向くと何度も何度も頭を下げている人がいたので、そう返す。
「いえいえ、そんな拭きま……す…………」
マジっすか。ここでまさか会うのかよ。運がなさすぎだろ。
何度も何度も頭を下げていた人が顔を上げたので、目が合い相手が誰か、すぐに理解できた。
彼女は俺のクラスの学級委員長の堂島りな。俺と犬猿の仲以上に仲が悪い相手だ。
「もっと、かければよかったね。犯罪者さん」
完全にケンカを売る言い方をしながら、頭から水をかけてきた。そのおかげでスカイオーシャンへの熱が冷めた。しかし、今日はケンカを買う気分じゃないので無視をすることにする。
「ププ。何も言い返せないんだ。まぁ、だって事実だもんね? ようやく自分を犯罪者と認めたのね。よかった。これで二度とあんたの面を拝まなくて済むわ」
一回だけ、本気で殴ってやろうかな? いや、やめておこう。
「犯罪者さん。早く死んで。生きていても害悪しか生まないんだし、いなくなった方が幸せだよ」
「…………」
「無視するんだー。ふーん。まぁ、あたしが言ったことはほとんどの人が思っていることだしね」
はぁ。もしかして、構って欲しい悲しい人かな? だとしたら、無視するのが得策だな。
「ねぇ。鷹山さん。鷹山さんもそう思うでしょ?」
「そ」
「…………」
反論しようとしていた鷹山に目を向けるとそれだけで、俺が何を言いたいのか理解したのか少し辛そうな顔をしながら頷く。
「そうですね。わたしを歩けなくした人ですから本当にそう思います」
そう言う鷹山の声はなぜか、辛そうだ。
「だよねー! さぁ、鷹山さんあたしと一緒に試合を観戦しよ」
学級委員長はまるで俺に勝ち誇ったような笑みを見せてきて、わざと横を通る。
「流谷。ごめんなさい」
すれ違いざまに鷹山のそんな声が聞こえてくる。俺は気にするなという意思表示で軽く肩を叩くと「っ!?」と息を飲む音が聞こえてきた。その飲み方はまるで、涙をこらえているようだった。
さてと、俺はどうするかな? このまま試合を観戦するか、もう帰るか。
「なぁ、流谷」
「なんですか?」
心配しているような北野さんの声が聞こえてくるが、さっきのこともあり冷たい声で反応してしまう。
「辛くないか?」
「いえ、全然これっぽっちも辛くありませんよ。むしろ、気が楽です」
「無理するな!」
「なんの話ですか? 色んな人にも言っている通り俺は無理なんかしていませんよ。むしろ、素ですよ」
「なら、どうしてそんなにも辛そうな顔をしているんだい?」
「はっ? 何を言っているんですか? 全く辛そうな顔なんて」
続きを言おうとしたらどこから取り出したのか、鏡に俺の顔を写らせた。
「これでも無理していないとでも言うのかい?」
鏡に写っていた俺の顔は本当に辛そうだった。つまり、周りのみんなが言っていたことは本当だったということになる。
ふっ。ざまぁねぇ、顔だな。そんなにも無理していたのか。なんか、そう思うとドッと疲れてきたな。でも、みんなの試合は見届けないとな。
「流谷。正直言うけど僕も吹雪も君にはスカイオーシャンに戻って欲しくないんだ」
「……えっ? その理由は?」
「直接言うのは恥ずかしいが、流谷にはもうあんな思いをして欲しくないんだ。僕達に誰かが流谷をスカイオーシャンに戻るよう説得してくれと言っても、僕達は全力で拒否する。僕達の思いはそうだ」
どうやら、俺は勘違いしていたようだ。みんなが揃って俺にスカイオーシャンに戻れと言っていると思っていた。でも、少なくとも二人は俺に戻って欲しくないんだ。
それがわかると言い表し難い物が湧き出てきた。それを俺は知っている。ここ五年間、ずっと無理矢理抑えていたものなのだから。どんなことがあったって、表には出さなかった物を俺は五年ぶりに出す。
「うっ……うぅぅ」
これは嬉しさで生み出される涙。その涙を五年ぶりに表に出した。しかし、今は試合中なのにできる限り押し殺してだ。
俺にもまだ、ちゃんとした味方がいてくれたんだ。
「「流谷」」
吹雪さんと金剛さんの声が合わさった。
「流谷。泣きたい時は泣け。あの子達が泣けなくなった分も」
「そんなの……ただの……泣き虫じゃないですか…………」
「あたしの前では泣き虫でもいい」
「あっ、ついでに僕の前でもね」
「ありがとう……ございます。でも、これからは風波が目覚めるまでは泣きません。絶対に」
「ふっ。いつもの流谷に戻ったな」
「だな」
「お二人のおかげです。本当にありがとうございます!」
涙を拭いてから、勢いよく頭を下げてお礼を言う。
「き、気にするな! なっ? 金剛」
「おや? 吹雪がテンパっているぞ?」
「ですね」
「いつもの流谷に戻ってきたら、金剛と一緒にあたしをイジってくるんだったー!!」
吹雪さんは頭を押さえながら、叫んでいた。
「金剛流谷。再結成だな!」
「あれ? そんなグループ作ってましたっけ?」
「つ、作ってたさ。覚えてないか?」
「いや、絶対に作ってないですよ。そもそも作っていたらそんなダサい名前にしないし」
「だ、ダサいだと!? 僕が即興で作ったグループ名をダサいと言ったな!」
「今、即興で作ったグループ名って言ってましたよね?」
「ギクッ!?」
久々に人をおちょくったな。ここ五年間は全て挑発だったし。中々、他人をおちょくるのって楽しいな。
そう思うと五分間のパフォーマンスが終わった。
「見るの忘れてたー!!」
久々に大きな声で叫んだ。
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水平線上にある空と海で、少女──音が少年──谷と仲良く話している。もちろん、彼らの会話はほとんど作り話。知っての通り彼らには記憶がないからだ。
「ねぇ。谷」
「ん?」
「谷って心変わりしたことある?」
「ん? 記憶がないからわからないけど」
「うん。知っている。けど、代わりに何か感じる?」
「心変わりか。わからないな」
「一応言っておくけど、心変わりしているの知っているよ」
「えっ? どういうこと? どうして音が知っているの?」
「だって、この世界で心変わりしているの感じれていたもの」
「嘘!? どんな状況で?」
「だって、言葉数増えているじゃない。最初は警戒して言葉数少なかったし」
「言われてみればそうだね。心変わりって意図的にでだったらできないけど、気がついたらできているものだね」
「そうだね。きっと今の彼も……」
「…………」
最後の方の言葉がきちんと谷にも聞こえていた。おかげで音の記憶が薄っすらとだけど戻っていることもわかった。そこまでは普通だけど、今、彼は感じたこともないような……いや、もしかしたら感じていたかもしれない気持ちがある。
音の言葉を聞いた瞬間に安堵というものを感じた。
(もしかして、音とどこかで?)
思うが、結局は結論が出なかったのでうわの空状態になった。




