第13話:第一回戦第一試合燕野VS鷲木
今、俺は試合会場から少し離れたところにいる。理由はこの感情を隠すため。
ダメだ。スカイオーシャンに関わったら、様々な記憶が思い出されスカイオーシャンをまた、やりたくなってしまう。ダメだ。俺は二度とスカイオーシャンに関わったらダメなんだ。それにもう、俺がやっている時のスカイオーシャンとは違い安全なんだ。亜尾さんも言っていた。
あの人は多分、スカイオーシャンを心から愛しているんだ。そんな安全なところに俺が入ったらまた、犯罪が起きる。俺のせいで起きる。絶対に起こさせない。起こしてはダメなんだ。あんな思い誰にもして欲しくないから。
『第一回戦一試合目、海雲高校、燕野陽海理VS鷲木海斗のタイムアタックを開始します』
燕野はついてないな。まさかの鷲木ととか。あいつは正直言って強いぞ。さて、どうするんだ?
近くの大きなモニターに映し出された試合中継を見る。ちゃんと音も入るし、気圧、風圧、水圧にも耐える高性能カメラを使用しているようだ。
「よろしくお願いします」
燕野が礼儀正しく頭を下げながら挨拶をするが、無視する。
ふっ。本当に変わったな。昔はウザいほど挨拶をしてきたのに。
「構え!! ゴー!!」
審判が指示を出した瞬間に燕野の姿がカメラの視界から消えた。それほど鷲木の速度が速いということだ。
相変わらずのスピード系で相手が初心者だろうと容赦がないな。さて、何秒を叩き出すかな?
少し鷲木の記録を気になりながらも、別のカメラで映し出されている燕野の方を見る。直線で飛行することすらできていなくて、蛇行している。
「こんな奴を試合に出すとかスカイオーシャンのキャプテンはあんな顔をしているくせに鬼かよ」
独り言を言うと燕野に通信が入ったようだ。
『落ち着いていけ。そもそも俺達はここで負けるわけにはいかないんだからな。あいつに監督やコーチをやってもらうためにも』
部長に言われて思い出したようだ。
「そうだよ。わたしは負けられない!」
燕野は叫びながら、鷲木と距離を詰める。そして、追い越す。ということはなかった。しかし、追い越すんじゃなくてわざと衝突すると、二人の間で雷が青白く光ったと思うと二人共吹き飛ばされた。
その機能はあるんだな。いや、消せないんだろうな。消したら特殊な元素が消えてしまうだろうから。まぁ、でも今のってラフプレイギリギリだろ。よくそんな無茶をしようと思うわ。燕野の思考って案外怖いのかもな。
『おおっと! 決まっていたように見えた試合の行方がわからなくなったぞ!』
いや、これは燕野の負けだな。経験の差が違いすぎる。
俺がそう推測したのにも訳がある。それは鷲木の体勢が崩れたように見えたが、一瞬で立て直して燕野に近づいてくからだ。そして、追い抜かすと思っていた。しかし、まるで頭にきたかのように腕を振るい燕野を弾け飛ばす。
タイムアタックではなくバトルロワイアルになってしまっている。しかも、かなり理不尽なバトルロワイアルだ。やはり、一番理不尽なのは経験の差。これは埋めようにも中々埋められない。それでも、燕野は埋めようと必死に抗い、戦い続ける。そして、燕野が鷲木を吹き飛ばす。
そしてまた、鷲木が。次に燕野が。鷲木が。燕野が──。
お互いに吹き飛ばし合う。普通ならここで試合は中止になるのだが、今回に限りそういうことはないらしい。
タイムアタックをすると思っていた、会場にいる俺と亜尾さん以外の全員が唖然している。
『すごい……』
マイクが入っていることを忘れているのか、谷村先輩はそんなことを呟いていた。
もう、やめろ。燕野。
心の中では言えるものの声が出ない。いや、出さない。
出したら燕野のデビュー戦を邪魔することになる。そもそも、声に出しても燕野が従うわけがない。それに今回の試合は俺のせいで棄権が禁止なので、棄権させれない。
鷲木が突っ込んでいく。
あぁ、また弾け飛ばされるな。
何度も繰り返されている光景なので自信を持ってそう思うが、今回だけは違った。
「なっ!?」
スカイオーシャンでは鍛えないとできないバク宙をあんまり鍛えてない燕野がした。それには流石の鷲木でも驚いている。
「ハハ、マジかよ。あいつ、経験の差を才能で埋めやがった」
自分ではわからないが、きっと今の俺は笑っているだろう。
ヤバいな。スカイオーシャンから離れているのにワクワクしてきた。戦いたいと思ってしまっている。
そんなことを思っていると踵落としをしようと思っているのか、燕野が足を上げている。
「燕野!! それはダメだ!!」
ついつい、叫んでしまうが燕野には声が届かない。距離があるのに届くはずもない。しかし、まるで聞こえたかのように動きが止まる。それをチャンスだと思った鷲木は燕野の横に移動して、まるでゴミを払うかのように手を振ると燕野は青白い雷が光ったかと思うとかなりの距離吹き飛んでいた。
『燕野!?』
部長が驚いているのが、液晶越しに聞こえる。
鷲木はいきなり速度を上げて、空のレーンを駆け抜けて水のレーンに入る。それを見た燕野は空のレーンを一気に駆け抜けて、海のレーンに入る。
映像は空中から水中に変わった。
さすがに水中で雷は危なすぎるから、水中でバトルロワイアルはしないだろうな。
安堵していると全く見当違いだということがすぐにわかる。
「あいつはバカか!!」
映像で燕野が鷲木に突っ込んでいく。そして、衝突した。あまりに悲惨な光景が広がるだろうから咄嗟に目を覆ったが、会場はごく普通だ。
「えっ?」
会場の反応の薄さに声を上げて映像を見ると燕野も鷲木もどちらも無傷で戦っていた。
「なっ!?」
その光景を見て驚いた。
どうやら本当に安全になったんだな。でも、遅すぎる。五年前もその性能が付いていたら誰も被害者にならずに済んだのに。
少し安堵していたが、その安堵はすぐになくなることになる。
深くまで潜ったところでSMSが少し破れる。
「っ!? 燕野!!」
俺は海に向かって走る。会場の誰もが何をしたいのかわかっていないだろう。だって、破けたのはほんの少しだからだ。でも、そのほんの少しでも破れたらSMSは効果がなくなるのだ。いくら、発展したとしても、たった五年でこの欠点がなくなるわけない。
破れたことは会場内は俺以外は気づいていない。燕野本人も例外ではない。勘違いと思われるかもしれないが、映像を見ていると燕野は沈んでいっている。そして、ようやく燕野も息ができないことを気付いたようで、水面に出るためにもがいている。しかし、逆効果になり沈んでいく。
燕野。粘れ。
俺は服を着ていることなんてお構いなしに潜って行く。
間に合え! 間に合え間に合え!!
水をかいて潜る。息はできる限りは消耗しないように気を使う。
燕野は手を伸ばしながら、死を覚悟しているかのような目をしている。
助けて欲しいならそんな目をするな! 絶対に助けてやる。今度こそ絶対に!
意思を強く持つと燕野が沈むよりも早く潜れる。そして、手に届いたので掴み、引き上げる。
くっ! 人一人を水面に上げるのはなかなかキツイ! でも、やるしかない!
そう思うと不思議なことに力が湧き出てくる。それに少し驚いたが、力を利用する。ついに水面に出れた。
「プハッ! はぁはぁはぁ」
「どうして助けたんですか?」
「おっ! 意識があるのか上出来上出来」
「質問に答えてください」
「俺は助けない方に疑問を感じるんだけど」
「性格変わってますよ」
「…………」
実際にそうだ。自分でもそんなことはわかっている。でも、そうしないと五年前に三人をどうして助けれなかったんだと、自分に嫌気がしてくる。こんな時くらいはその気分を消したい。なんて、説明できないもんな。
「答えてくれないなら別にいいです。それで試合結果は?」
「さぁ?」
「えっ?」
「俺も知らん。でも、普通なら棄権扱いになってお前の負けだな」
そんな会話をしているとカメラが俺らを捉えた。
『見つけましたー!! どうやら無事のようですね!』
突然、カメラからそんな声が聞こえてきた。
どうやら探してくれていたようだ。
『なるほど。これで二人は惹かれ始めるわけですね。キャッ! 素敵!』
「「そんなのは未来永劫あり得ない」」
俺と燕野の声は見事に重なると、まるで待っていたかのようにボートの音が聞こえてきた。そちらへ振り向くとボートの上には海雲高校SON部の連中とボートの運転手が乗っていた。
「さぁ、これに掴まれ!」
部長がそう言い二人分の浮き輪を投げつけてきた。
「掴んでも、俺はそのまま水に浸けたままにしておいてくださいね」
一応はそう言い、燕野だけを引き上げてもらった。
俺はそのまま引きずられていき、海岸まで身をもってボートの速度を体験した。
海岸に着くと燕野だけが快く受け入れられた。俺はというと犯罪者という汚名があるために俺が何かを仕組んだのだと思われている。しかし、本当にそう思っているのはパッと見た感じは一部だけ。その他は周りの空気に合わせている感がある。
さすがにその状況には苦笑がもれるが、すぐに消してまた、別のところに行った。試合会場内でも人目に滅多につかないことだ。
「うぅぅ。寒。さすがに春に海に飛び込むものじゃないな。燕野はSMSを着ていたからなんともないけど、もしSMSを着ていなかったら死ぬぞ」
誰もいないのでつぶやきながら、体を震わせると突然背後から包まれるような温かみが現れた。その温かみを確認するために背後に向くとそこにはグリュグルーがいた。
ん? 背後にグリュグルーがいて温かみを感じる?
ある推測が頭に浮かんだので、その推測が間違っていると証明するために完全に背後を見る。
俺の推測はあっけなく間違っていないことを証明されてしまった。
「試合再開される」
「誰VS誰だ?」
「鷲木VS燕野」
「へぇー。再戦するんだ。まぁ、結果はわかっているんだけどな」
そう言うと本当に始まりあっけなく終わった。
やっぱりな。応急処置をしているSMSで勝てるわけない。




