第12話:開会式
鼓膜が破れるかと思うほどの大歓声が響いたかと思うと開会式を開始するアナウンスが入った。
『繰り返します。これより春の披露試合の開会式を始めます』
よく聞くとアナウンスの声は谷村先輩だった。
へぇー。あの人が司会進行するんだ。まぁ、妥当だな。それにしても、披露試合とかまんまの名前はどうにかならないのか? まぁ、代案なんて全くないんだけどな。
『それでは初めに選手が入場します』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
谷村先輩がアナウンスを入れるとさっきと同様またはそれ以上の鼓膜が破れるかと思うほどの大歓声が響いた。
『それではまず坂島で一番古いSON部がある海雲高校が入場します』
へぇー、最初に出るんだ。完全に吊し上げるためだな。そもそも、あいつら緊張してないかな?
少し心配ながらも見るが、俺の心配とは裏腹に胸を張りながら歩いていた。
大丈夫そうだな。なら、俺は他の高校がどんなのか見るか。
『続いては唯一の女子高。私立空蘭女学院が入場します』
谷村先輩がアナウンスを入れると吹雪さんを先頭に七人の女子達が歩いてきた。ボケっと見ているとその中に見知っている顔を発見した。あちらも俺に気付いたようで「あっ!」とでも言っているかのような反応して、エメラルドグリーンの瞳で見据えてくる。そして、列から外れて瞳と同じ、さらさらの長い髪を振り乱しながら小走りで俺の方に近づいてきた。
「流谷! 久しぶり!!」
「はい? 人違いですよ」
関わると面倒くさいので白を切ると顔をグイッと近づけてくる。そして、そのまま近づけてきて「ちゅ」と右頬にキスをしてくる。
「挨拶でキスするとか外人かよ!! もうやるなと昔に言っただろ!」
「フフ。その反応やっぱり、流谷だ」
「八ッ! 誘導されちまった」
「やっぱり、流谷ってわかりやすいな」
「悪かったな。それと、そろそろ元の列に戻ろうな。司会進行の谷村先輩が次を呼べなくて困っているから。あとで話してやるからとりあえず、今は戻れ」
「流谷がそう言うなら」
そんなことを言ったが動こうとしない。
「西山先生!! ちゃんと百舌稜海の手綱をちゃんと握っててくれ!」
「ごめんごめん」
絶対に申し訳ないと毛頭も思っていないな。謝り方が適当過ぎる。まぁ、その方が吹雪さんらしいけどな。
百舌が戻ってからようやく開会式が進んだ。
しばらく見ていたが、他は名前は知っているが関わっていない人たちしかいなかったので、平和に過ぎ去っていた。
『さて、最後になりました。最後は強豪校候補に躍り出た、私立深星学園が入場します』
アナウンサーが言うと戸西さんを先頭に一人の男子と六人の女子達が列を作っていた。百舌以降は選手の中に知り合いがいるかもしれないと警戒している。そのおかげですぐさま先頭の男子が誰か理解できた。
「ははは。まさか、あいつもいるとはな」
かすれた声で言いながらも苦笑いが漏れた。すると、そいつと目が合った。そいつの目は完全に俺を見ている。しかも、恨みで。
「あ、あの人は?」
聞いてくる鷹山の声が俺以上にかすれている。
まぁ、当たり前か。あいつの俺に対する恨みは周りにいる人間にも感じ取れるほど密度が濃い。
「あいつの名前は鷲木海斗。犯罪者だとしても俺はあいつの肉親に何かしたわけではない。むしろお前は知らないだろうが、俺の後ろをまるで金魚の糞みたいに俺の行く先々に付いてきていた。でも、今となってはあれだ」
「海空君はあの人と戦ったことがあるのですか?」
「いや、全くない。そもそも今のあいつと戦ったら俺はほぼ確実に殺される。それほど危険だ。昔の俺のように」
鷹山との会話を終えるとあいつは俺から目をそらしていてくれた。つまり、恨みを消している。
私立深星学園の連中が地べたに座ると谷村先輩がマイクを手に持っている音が聞こえた。
『選手入場はこれにて終了です。続いて島長の挨拶です』
『はい、皆さんおはようございます。いきなりですが、今日は何の日か知っていますか?』
突然、言ったが誰も答えようとしない。いや、誰も答えられないんだろうな。俺は忘れたくても忘れられない。忘れることなど絶対にない。それほど今日は大切な日なんだ。
『今日は烏川 海音さんと海空風波さんの誕生日です。五年前の事件で亡くなった少女と植物人間状態になった少女の誕生日です』
島長がそう言うとこの場にいる観客、選手を含めて全員の視線が俺に向く。
テレビ局も来ているのにそんなこと言うのかよ。公開処刑じゃないか。てかっ、それよりも海音は今日、誕生日というわけではないんだけどな。あいつの誕生日はまだまだ先だし。
「お前が流谷を犯罪者にしたくせに」
何か、横から低い声で聞こえてくるんだけど。怖いんだけど。てかっ、俺の今いる場所は観客席の一番端だから、俺の横っていったら鷹山しかいないんだけど、あいつってあんなにも低い声出せたのか? 驚きだわ。
『しかし、今日この場所でSONは生まれ変わります。SONは安全です! それではこれより第一回披露試合を開催します!』
島長がそう宣言すると俺と鷹山以外の観客が大きな歓声を上げた。
歓声が止んでから谷村先輩が進行を続けた。
『続いては坂島SON協会の会長の亜尾伊勢様より試合の進行とルールを説明させていただきます』
亜尾伊勢って聞いたことがない名前だな。
『皆様、初めまして。先程ご説明頂いた亜尾伊勢と申します。以後お見知りおきを』
この声ってスカイオーシャンの春菊という有名メーカーの社長じゃないかよ。よくも五年前にクビにならなかったな。それにしても春菊か。確か内の高校の選手全員のスュールマンススーツが色はバラバラだけど春菊の薔薇だったな。
なら、五年前みたいなことが起きないだろうな。それにしても春菊ってまだあったんだな。まぁ、春菊のスュールマンススーツは安定性があるし、オールラウンダー向けだから、少し調整したら攻撃型にも防御型にも速度型にもできるもんな。
『それでは先に進行のご説明を致します。今回の進行の仕方はトーナメント形式を取ります。ジャンルは空と海をを五百メートルずつの一キロメートル走と五分間のパフォーマンスショーと五分間のバトルロワイアルをランダムで選択して試合開始直前に公表します』
新人もいるのにバトルロワイアルがあるのかよ。あんな危険なジャンルは新人にはキツいだろ。まぁ、でも棄権は出来るだろうし安全だろうな。
『それではルールの説明を致します。全てのジャンルは一対一で行います。SMSの調整はいつでも可能です。審判は私共、SON協会の役員が勤めます』
まぁ、当たり前だな。そもそも高校生でマトモに審判を勤めれるのは限られた者だけだしな。
『そして、最後に一番重要なことをご説明致します』
審判よりも重要なことってあるか?
『今試合では原則棄権は不可能です』
「はっ?」
『以上で説明を終了致します』
「おい! ちょっと待てよ!!」
『何ですか?』
「棄権は不可能とかおかしいだろ!! ちゃんと納得出来るように説明しろよ!」
俺がそう叫ぶとうんうんと観客全員が頷く。
よかった。ここでそんなのどうでもいいだろと言うやつがいなくて。そんなやつがいたらさすがにボコボコにしてしまうし。
『SONが安全だと全国に公表するためです。海空流谷みたいな選手はSONにはいないと公表するためです。五年前にあなたが起こした事件はもう二度と起きないと公表するためです。ですから、今回の棄権不可能はあなたのせいですよ。ですから、今回死傷者が万が一……いえ、兆が一出たら全て、あなたのせいですよ』
「ふ」
鷹山が叫ぼうとしていたので手を前に出して止めると、不思議そうな目線を向けられる。
「そうか。もう高校生だし、今度こそ牢屋行きか。わかった。試合の進行を止めて申し訳ないです」
謝罪をすると、亜尾会長はマイクを谷村先輩に渡した。
『選手の皆様はトーナメント表の組み合わせを各自で確認しておいてください。これにて第一回披露試合の開会式を終了します』
谷村先輩が宣言すると選手も観客も全員がそれぞれの場所に向かっていった。今、この場所に残っているのは俺と鷲木以外の俺の知り合いだけだ。つまり、選手もコーチも監督も混ざっている。
俺の知り合いの選手とコーチと監督と報道系の部員が全員俺の方に向かって駆けてくる。
待って。サイが突進してきてる並みに怖いんだけど……。サイ突進してきたことは無いけど、されたら多分、これくらいかこれ以上だろうな。てかっ、それにしてもどうしてみんなこっちに来るんだ?
『流谷大丈夫?』
「「流谷先輩! 大丈夫ですか?」」
「海空大丈夫か?」
「海空さん! 大丈夫ですか?」
「海空君! 大丈夫?」
「海空くん! 大丈夫?」
みんな言い方違うけどなぜか俺に大丈夫かと聞いてきた。その中にはなぜか、鷹山も混ざっている。
何か心配されるようなことをあったか? いや、絶対にないな。なら、どうしてみんな心配そうなんだ?
「あんなのが日本のSONのトップなんて認めない」
グリュグルーさん。素が出てますよ。それにしても、みんなが心配していたことってあのことか。何も心配されるようなことではないのに。
「あの人が言っていたことは当たり前だろ。俺は殺人を犯した重罪人なのにむしろ今まで、牢屋に入ってなくて普通に日常生活を送れていたことすらおかしいだろ」
「流谷。もう、無理するな。お前にその演技は向いてない」
「はい? 俺には西山先生が何を言っているのかよくわかりません。俺が何の演技をしているんですか? 事実を述べているだけでしょう?」
「その事実はもう、歪まされている!!」
「何一つ歪まされていませんよ。それでは少しその辺りを散歩してきます」
「逃げるのか?」
「当たり前ですよ。これ以上、隠している事実を言ってすぐさま捕まりたくないですから。俺がまだ、幸せになっていないので」
少し自虐的に思いながら、みんなに背を向ける。
「お前の幸せはいつ訪れるんだ?」
「さぁ? 未来予知を出来るわけがないのでわかりませんよ。それじゃあ、みんな頑張ってくれ。一応は応援してるから」
背を向け、手を少し上げながら言い足を前に進める。
「……流谷」
誰かが寂しそうな声で、俺の名を呼んでいるのがわかるが反応などせずに、向かっている先も試合会場内だが、本当にその場を去った。




