第11話:開会式前
結局はあれ以降は気が向かなかったので、練習も見に行かずに普通の日常が過ぎていき、二十六日、つまり、試合当日になった。
朝、早めに起きてすぐに日課を問題なくこなして、テレビをつけた瞬間にニュース番組で今日の試合のことを大々的に宣伝していた。
アナウンサーが試合会場に行ったり、コメンテーターがスカイオーシャンについて解説したりと本当に朝からスカイオーシャン尽くしになっていた。そのため忘れてたから行かないということができない。
はぁ。……行くしかないのか。メンド。
一気に朝からやる気を失いながらも適当にチャンネルを回すが、全てスカイオーシャンの話だった。
まさか、新聞もスカイオーシャンということはないよな?
少し不安になりながらも、外のポストから朝刊を取ってチラッと表紙だけを見ると一面にスカイオーシャンについての記事が書いてあった。
どうして坂島だけの試合なのにこんなにも、あちらこちらで話題になっているんだ?
疑問に思っているとニュース番組でゲストとして来ている芸人が俺の疑問と同じことを聞いていた。
『それはですね、SONでの有名人が坂島には二人もいますから』
『それは誰でしょうか?』
『西山吹雪選手と海空流谷容疑者ですよ』
わぁお。まだ未成年なのに実名出しちゃうんだ。まあ、当たり前か。大きすぎる事件なんだし。それにしても確実なのにまだ、容疑者なんだな。扱いが。
『今日の試合はいつから始まるんでしょうか?』
『三十分後の七時に開会式です』
『なるほど。なら、今からでも間に合いますね』
『確かにそうですね』
へぇー。七時からか。仕方ないか。ちゃんと開会式も行っといてやらないとな。
練習を全く見に行ってなかったからか、そう思ったので簡易的な朝食を作り終えてから、すぐに朝食を摂り、身支度をする。
身支度を終えたので、一応は見に行くことを書置きして、家を出て、すぐにスマホを取り出して試合会場を見る。
「まさかのここから少し進んだところにある広い浜辺かよ。近すぎだろ」
ちなみに家を出たのは六時五十分。会場の浜辺は徒歩で二分。
どうせ家にいてもすることはないし、早く行っとくか。
歩いて試合会場に向かった。
案の定二分で着いた。しかし、予想外なことに既に満員だ。
ほへぇー。すごい、熱気だな。まあ、遠くで涼しみながら見とけばいっか。
「あれ? りゅうちゃん先輩?」
この声……。
「どうも! 海雲高校新聞部のルーキー新橋菜堀です!」
「あれ? お前うちの高校にいたっけ?」
「はい! りゅうちゃん先輩のあとについてきました!」
「そんな冗談はいらないから」
「冗談じゃないですよ!」
海雲高校の一年の制服を着ている俺の小学校からの騒がしい後輩がいる。
てかっ、メンドくさ!!
「さっ、りゅうちゃん先輩。ルーキーについてきてください」
「いや、俺はここから見ているだけでいいから」
事実を言うとさっきまでふざけていた菜堀が急に真面目な顔をする。
「すー……はー……」
何か緊張しているのか深呼吸をしている。
「海空流谷!! こっちについて……むご」
「おい! でかい声で俺の名前を呼ぶな!」
小声で菜堀に注意するが、既に手遅れだった。観客全員の視線が俺に向いている。さすがにそういう視線を一気に向けられるのは久しぶりなので、戸惑ってしまう。
戸惑っていると一番、試合が観えやすい場所から一人の車椅子に乗った少女が現れた。そして、俺に近づいてきている。相手はもちろん鷹山綾海。てかっ、そもそも、俺に話しかけてこようとする相手なんて限られている。
「海空君。ついてきてください」
「いや、遠慮しておく。俺を連れて行こうとするならこいつを連れて行ってやれ。新聞部の自称ルーキーだし取材しやすい方がいいだろ」
「そうですね。なら、遠慮なく」
「わかりました。この子を連れて行けばいいんですね」
「あぁ」
俺は近くの防波堤に腰掛ける。鷹山と菜堀は試合が一番見えやすいところにいる。
「よかったぁ。ちゃんと来たのね」
背後から海奈の声が聞こえてきたので、振り向くとそこには予想通りの人物達がいた。海奈の声だから当たり前だが、海雲高校の制服を着ているスカイオーシャン部の部員全員だ。
「はっ? なんでいんだよ? 確か七時に開会式だろ?」
「時間を見てください」
燕野に言われたので、一応は持ってきている腕時計を見る。
時刻は午前七時。
「あれ? 開会式は?」
「あの時間の情報はデマですよ」
「はぁ!?」
「本当の開会式は八時からだけどね」
「よし、一旦家に帰ろう」
言った瞬間に腕をガッシリと部長に掴まれた。少し目を細めながら手を弾く。
「海空。この試合結果によっては監督兼コーチになってくれるんだな?」
「はい、それは守ります。自分で言ったことですし」
「ならいい」
俺の言葉を聞いて安堵している部長は俺から離れていった。女子達は部長のあとについていく。
「女子達はあっち」
親指で部長が向かった方と逆方向を差しながら言うと忘れてたのか、グリュグルー以外の者は皆、顔を赤らめながら、俺が指差した方向へと向かっていった。
どうしよう? 呆れの感情しか湧いてこない。
少し額を押さえていると背後から誰かにぶつかられた。子供だろうと思いながらも、そちらを見るとまさかの大人の男達が喧嘩をしていた。
「ふざけんなよ!! 殺してやる!!」
「殺れるもんならやってみろ! その前にこっちが殺すけどな!!」
ふっ。殺すか……。どうせ誰も殺したことないくせに口だけはよく動く。
なんとなく辺りを見回すとみんな迷惑そうな顔をしている。かくいう俺も迷惑している。
なら、選択肢は一つだけか。
喧嘩している二人の間に割って入る。
「誰だテメェ!!」
「邪魔すんな!!」
「はは。邪魔か。こんなところで喧嘩しているお前らの方がよっぽど邪魔だろ」
「「あぁん!!」」
仲良いな。声を揃えて。
「そいつを殺す前にお前を殺してやる!」
「嫌だか同感だ。そいつを殺す前にお前を殺してやる!」
「殺したこともないくせによく言う」
「テメェこそ殺したことないだろ!」
「そうだそうだ!」
「いや、俺は殺したことあるぞ。そういえば名前を言ってなかったな。俺の名前は海空流谷だ。これでお前らの足りない頭でもわかるだろ」
「「っ!?」」
二人とも俺の名前を聞いた瞬間に一気に青ざめていく。そして、二人とも頭が冷えたのか逃げていく。
やっぱり、俺は有名人だな。まぁ、テレビで名前が出るくらいだし有名人か。
「海空。どうだ? この格好」
まるで待っていたかのように突然、部長が女子みたいなことを聞いてきた。
部長のスュールスマンススーツの色の大半は黒色だが、側面には黄色と青色と赤色の緑色のラインが入っている。
「どうだと言われましても、なんとも言えませんが。そもそも感想を述べれるほど似合っているというわけでもないので」
「うっ! オブラートに包まず言ってくるな」
「わざとです」
「わざとなのか!?」
「さて、こんな会話は置いておいて女子の更衣室の近くには行ったらダメですよ」
「なぜだ?」
「いや、当たり前でしょ。更衣室の近くに男がいたら怪しすぎますから。まあ、中の女子達はイケメンの部長なら喜ぶでしょうけど」
「そうとも限らん。主に海雲高校のSON部の連中は嫌がる」
「へぇー。そうなんですか……って、もしかして、女子が着替えているのに近くにいたんですか!?」
あまりにも驚きすぎて、少し大きめの声で言ってしまうが、そんな俺とは裏腹に部長は無言で頷く。
てかっ、それって犯罪にならないのか? 犯罪者の俺が言うのもなんだが、大丈夫なんだろうか?
少し部長のことを内心で心配しているとなぜか、少し微笑んでから部長は離れていった。
どうしたんだ急に? もしかして、何かあったのか?
さらに心配になっていると突然、肩を軽く叩かれる。肩を叩いた手が伸びてきた方を見ると鷺縄が気持ち悪いほどの笑顔で俺を見ていた。格好はなぜかバスタオルを巻いている。
「じゃーん!」
笑顔のままバスタオルを取ると鷺縄のスュールマンススーツが姿を現した。
鷺縄のスュールマンススーツは側面が灰色でそれ以外は紫色だった。
「どう?」
「紫と灰色とか優柔不断の象徴みたいだ。確かに目立つけどな」
「それって褒めているか貶しているかどっちなの?」
「貶しているつもりだが」
「ひっどい!」
「さてと、どこかでアップでもして来い」
俺と話していて試合に負けるんだったら、なんとなく後味悪いしな。
文句を言いながらも、鷺縄はいなくなった。そして、まるで鷺縄がいなくなるのを待っていたかのようにいなくなった瞬間に残りの連中がやってきた。
見ると鶴如以外はちゃんとしているが、鶴如は借りてきた猫のようにおとなしかった。
なんか鶴如が、少し先に鷺縄がいるのに大人しいと不気味だな。
それにしても……。
「二色で統一しているのか?」
「部長以外はそうですね」
「へぇー」
答えてくれた燕野のスュールマンススーツは赤色と黒色の縦縞だ。
グリュグルーのスュールマンススーツは黒色が主だが、肩と膝の部分だけは黄緑色に塗り潰されている。
そして、鶴如のスュールマンススーツは白色が主だが、腕だけが朱色で塗り潰されてている。
「お前らもどこかでアップしてこい」
鷺縄と同じように言うと普通に頷いてくれて、鷺縄が向かっていった方へと行ってくれた。全然不満などはなさそうだ。
「りゅうちゃん先輩」
「海空くん」
見事に被ったな。
菜堀と谷村先輩はお互いに睨み合う。
報道部と新聞部は俺からしたら同じはずなのに、なぜか、競い合っている。そのためか俺は大きなネタだろうから、二人同時に聞いてきたんだな。
「久しぶりだな流谷。ちょっといいか?」
この声は……。
「放送部二年の矢木根津だ」
「出会い頭に自己紹介するのが最近の流行りなのか?」
「いや、なんとなくだ。なんとなく」
紺色が主で、黄色が所々混ざっている私立深聖学園の制服を着ている俺の中学校の頃に唯一俺のことを知っても、友達になってくれた根津がいる。
ていうかスカイオーシャンに関わってなくても、案外いるんだな。まるで坂島の一大行事みたいだな。
「いるのは三人だけど、どうせ聞きたいのは一つだろ? 俺が海雲高校の今回の成績次第では監督兼コーチをするのが本当か聞きたいのだろ。答えはイエスだ。まあ、でも部員は全員勘違いしているようだけどな。さて、選手も増えてきたことだし、そっちを取材してこい」
『はい』
俺の言葉にメモを取ってから、バラバラに向かった。
「さて、話は終わったようですね。海空君。なら、一緒に観戦しましょう」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「へーい」
「多少は変わっている気がしますが、まあ、いいでしょう」
そうして俺は鷹山と観戦することになった。
「そういえば先週はありがとうございます」
「気にするな。せめてもの罪滅ぼしだと思っていてくれたら助かる」
「罪滅ぼし……」
「何か言いたそうだな」
「いえ、なにも」
絶対に嘘だな。まあ、でも別にいっか。何を言いたいかは大体はわかっているから、言われない方が俺としては助かるし。
結局その後はどちらも話さなかった。