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空と海へのハウミーンズ   作者: 紙本臨夢
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第10話:試合一週間前の日

 保健室へ行くと、幸いなことに保健室の先生がいてくれた。


「俺のことはもういいから、練習に行ってこいよ」


「でも……」


「大丈夫だ。心配するな」


「わかった。行くぞみんな。練習をしなくて海空が監督とコーチになってくれなかったら本末転倒だ」


 さすがは部長だな。よくわかっている。


 部長の言葉に渋々と言った感じで、みんなついて行った。俺と保健室の先生が残された。


「親に刺されたんでしょ。早く傷口を見せて」


「さすがですね。話が早い」


「一体何年もの間、海空家と関わっていたと思うの?」


「確かにそうですね」


 彼女の名前は山本日向(やまもと ひなた)。スカイオーシャン時の風波の元専属の担当医の先生。確か、普通の医者がクビになったから保健室の先生をしている。そのため、医者の治療を無料で受けられると人気らしい。ちなみに今の彼女の手には包帯とハサミがある。近くの机には保健室には無い、塗り薬が置かれている。


「もしかして、それって」

「さすがは流谷くん。察しが早い」


「いや、俺以外でも山本先生のちゃんとした治療を受けた人は皆、この時点でわかるでしょう」


「残念。この世界にあたしのちゃんとした治療を受けた人は流谷くんと風波ちゃんしかいない」


 マジかよ……。この人医者としてちゃんと働いていなかったな。


「さあ、服を脱いで」


 なんか今日はよく脱ぐ日だな。


 苦笑して思いながらも服を脱ぐと、山本先生はキラキラした目で見てくる。


 あっ、これは完全にいつもの病気が発症したな。


「なんだいその適度についている筋肉は。完璧すぎる」


 山本先生の病気、それはちょうどいい筋肉を見て鼻血を流すことだ。ちなみに今も鼻血を流している。彼女はなぜか、筋肉が少ししか付いていないのも嫌いだし、マッチョ過ぎるのも嫌いらしい。要するに彼女は細マッチョが好きなのだ。


「流谷くん。やっぱり君はあたしが求めている最高の筋肉量だよ」


「俺的にはもう少しついて欲しいんですけど」


「絶対にダメだ! そんな芸術品を壊すなんて」


 芸術品ってマジでこの人ヤバい。


「あぁぁ、こんな筋肉が触れるなんて。幸せすぎる」


「そんなことよりも先に治療してください。貧血で倒れそうです」


「あぁ、そうね。忘れてたわ」


 治療じゃないなら俺は何のためにここに来てんだよ。山本先生に筋肉を見せに来ているのか? どんな変態だよ。


「い゛っ!! 言ってから塗れよな!! 急過ぎだよ!!」


「早くその筋肉に触れたい」


「聞いちゃいねぇ。どんだけ筋肉フェチなんだよ。さすがにここまでいくと引く。大分と前から酷かったけど、さらに悪化してるしよ。誰がこの人をここまでしたんだよ」


 聞こえてないと思いながらも、念のために小声で呟く。


 痛いが我慢するしかないか。まあ、基本は何でも我慢したら楽勝だし。


 思った瞬間に傷の手当が終わったのか包帯を巻かれた。なぜか、山本先生は残念そうな顔をしている。


「さて、いきなり真剣な話をするけど。今日は第二土曜日ということは風波ちゃんのお見舞いに行ったのでしょ。それで、風波ちゃんの容態は確認できた?」


「いや、できませんでした。する前に邪魔が入ったので」


「そう。なら、吹雪からは医薬品の状況を聞いた?」


「聞きましたけど、まだ見つかってないと」


「やっぱりね。そう簡単に見つかるわけないものね。それじゃあ、途中経過は?」


「いや、だから見つかってないんですって」


「そっちじゃないわよ。流谷くんのことよ」


「俺? 一体何のことでしょうか?」


「あたしに隠し通せるとは思わないことね」


「やっぱり、バレてましたか。経過は順調です。二週間で膝まで生えましたし」


「なら、よかった。ということは綾海ちゃんには報告したの?」


「どうしてここで鷹山の名前が出てくるんですか?」


「だから、あたしに隠し通せるとは思わないことね」


「今回は本当に何も知りませんけど」


「へぇー。とぼけるつもりなんだ。なら、あたしにも考えがあるわ」


 考えなんか無いくせによく言う。


「そう言えば今年で海音(かのん)ちゃんが亡くなってちょうど五年ね。五年前と言えば風波ちゃんが動けなくなったり、綾海ちゃんが歩けなくなったりしたね。そして、一番は流谷が犯罪者になったことね」


 この人は一体何が言いたいんだ? こんなことが考えなのか? わけがわからん。


「と世間では言われているけどおかしいよね。本当は」


「黙れ!!」


 ついつい言葉を遮るために叫んでしまった。俺のその声で一瞬ビクリとしていたが、今はニヤリと笑っている。


 これじゃあ、思うツボじゃないかよ!!


「本当に流谷くんは扱いやすくて助かるわ。それで綾海ちゃんのために事前の実験体としてあの薬を投与していることを認めるね。認めないと《禁じられた五年前の真実》を撒き散らすよ」


「ああ、わかった認めるよ。俺が鷹山のために事前の実験体として薬を投与してもらっているということをな」


 認めさせられた瞬間に日向さんの背後からピッと何かの操作音が聞こえてきた。


「今の会話を全て録音させてもらったよ。ふふふふふふ。また、流谷くんを揺すれるネタを手に入れた」


「クズ野郎め」


「ん? 何か言った?」


「いえ、何も」


 危ない危ない。危うく素の言葉が相手の耳に届くところだった。これからはこういうのが無いように気をつけないとな。それにしても鷹山のために事前の実験体になっているという言葉を俺の口から言わせるために自分の身も危険になるのによくも《禁じられた五年前の真実》を言おうとしたな。


 いや、待てよ。本当に鷹山のために事前の実験体になっているという言葉を俺の口から言わせるためだけに危険を冒すか? いや、そんなわけない。ヤベェ。これは完全に思うツボじゃねえか。……やっちまったぁ! 何も言わなければ何もなかったのに。心の片隅でもいいからそう思っておけばよかった。


「服を着たのでそろそろ出させていただきますね」


「ちょっと待って」


「なんですか? 先に言っておきますが脱ぎませんから」


「ありゃりゃ。そりゃあ残念。そうじゃなくて」


「えっ? 山本先生にそれ以外があるんですか?」


「うん。ないよ」


「ないのかよ」


「冗談に決まっているでしょ」


 マジでこの人には敵わないな。


「それで何でしょうか?」


「さっき流谷くんを連れてきた人達は確か海雲(かいうん)高校のスカイオーシャン部の子達でしょ」


「そうですね」


「また、スカイオーシャンに関わるの?」


「それはわからないです」


「そう。でも、もし関わるのなら風波ちゃんには報告してあげてね」


「元からそのつもりです」


「なら、いいのだけれど」


「話は以上ですか?」

 

 疲れるから聞いてみると頷かれたので「ありがとうございました」とお礼だけを述べ、保健室から出た。とりあえず暇なので、仕方ないからスカイオーシャン部の練習場の砂浜に向かうことにする。



 ゆっくりと歩いていたので、大分と遅めに砂浜にたどり着いたが誰一人もいない。


 もしかして、今日はこの練習場じゃないのか? まあ、そういう日もあるか。


 服を着たまま砂浜に寝転がる。服が汚れたがそんなのどうでもいい。


「俺はあの空を飛んでいたのか」


 見上げるとすぐにある雲一つない青空に手を伸ばせば届きそうなので手を伸ばすが、当然届かない。何度掴もうとしても掴めない。


 当たり前だ。空は遠く、広く。俺の手で掴めるほど小さくない。こんな広大な空を俺は飛んでいたんだ。まぁ、二度と飛ぶことがないがな。


 起き上がり次に海を見る。


「俺はあの海を泳ぎ回っていたのか」


 海もまた空と同じで掴めそうな距離にある。いや、実際に海は海水だが掴める。しかし、何度掴んだって手から流れていく。


 海水は掴めるが海は掴めない。それも当たり前だ。ちっぽけな俺から見たら空と同じほどに広大な海を俺は泳ぎ回っていたんだ。しかし、こちらも二度と泳ぎ回ることがない。


 戻れと言われても二度と俺は空と海に戻らない。それが俺への一番の罰なのだから。空と海も含めて全て掴めると思っていた傲慢な俺への罰。自らの手で空と海以外の全てを捨てた俺への罰。そして、数多くの人の空と海での自由を壊した俺への罰。


 そんな罰も今、壊されそうになっている。あいつらの手で。でも、罰が無くなった俺には何が残るんだ? 友人との関係を断ち、家族との関係を断ち、そして、大事な人がいなくなった俺には何が残るんだ? 一体俺はあいつらに何をさせたいんだ? 何を求めているんだ? 何を渡せるんだ? 空と海は俺から遠ざかっている。それをいきなり引き寄せたら一体どうなるんだ?


「俺は一体……」


 呟くと一瞬で空と海が夕焼け色に染まっていた。


「デシャヴだな。てかっ、最近意識が急に飛び過ぎだろ。もしかして、薬の副作用か? その可能性が一番高いな」


『あっ!』


「あぁ?」


 複数人の声が重なり聞こえてきた方を見るとそこにはスカイオーシャンの俺が知っている限りの全員がいた。


 意外なことにもその中で一番早く降りてきたのはグリュグルーだった。


「教える気になった」


「今のところはその気は無い」


「なら、どうしてここにいるの」


「練習を見に来いといってきたのはそっちだろ」


「私は言ってない」


「うん。確かにお前は言ってないな。でも、鷺縄に言われたんだ。チームワークは一応は必要だし、仲間が言ったことには責任を持たないとな」


「鷺縄サン。ドウシテアノ人ヲ呼ンダノデスカ?」


 普通に会話できているみたいだな。


「えっ? ちょっ? えっ?」


 お前の方が無理なんかい! 一応は生徒会長だしよく話しているだろうに。誰かコミュニケーション能力をスカイオーシャン部の連中に教えて欲しいわ。ちなみに俺は極端に人との関わり合いを避けてきたから絶対に無理。


「多分、どれだけ酷い練習をしているか俺に教えたかったんだろ」


「えっ? 俺ってそんなに酷い練習をさせているか?」


 部長が心配そうにみんなに聞く。全員が首を横に振るが、燕野と鷺縄が何かに気づいたのかハッとした顔をする。


「だからって、監督やコーチは絶対にやらないとか言いませんよね?」


「流谷。それはあんまりだよ」


「信頼のなさに泣けてくる。まあ、でも実際にそう考えていたんだけどな」


 言った瞬間に部長と鶴如が明らかにえっ!? と驚いている顔をしている。そんな中でもグリュグルーはいつも通り無表情。


 ちなみに今は皆、明らかに練習着だということがわかる。


 なぜなら、一色しかないからだ。試合着は少なくとも二色は入っている。


 練習着は一着千円もしないが、試合着は安くても一着五千円。練習着では試合に出ることができないので、少なくともスュ(シュ)ールスマンススーツは一人、三着は持っている。つまり、安くても七千円近くはする。

 だから、今回のスカイオーシャンフィーバーはスュ(シュ)ールスマンススーツを販売している会社にしたら稼ぎ時ということになる。


 基本は目立ちたいからという理由で一万円は優に超えるスュ(シュ)ールスマンススーツをほとんどの人間が買う。


 それにしても坂島民ってそんなのを買うということはかなり金持ちだな。お金の巡りに一番貢献しているな。


「もう、満足したし俺は帰られせてもらう」


「えっ? 何も見てないんじゃないの?」


「それでも満足したから帰る」


「そう。わかったよ。じゃあね流谷」


「あぁ、気が向いたら明日も来るわ」


「絶対に向かないでしょ」


「まあ、そうだろうな」


 他愛もない会話を鷺縄と交わしてから、家に帰った。

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