女神と初対面
起きてる女神様に初めて会った。
女神様が目覚めたのは実に53年振り。前任の神官長は起きてる姿を見なかった。羨ましい…。
女神の座に気怠そうに腰掛ける美女。
光り輝く黒髪は緩くウェーブして床に届き、眠ってる時にも見た長い睫毛は目覚めてもその美しいカーブで茶褐色の瞳を彩る。血色のいい頬、淡い紅色の唇、スタイルももちろん美の女神と称されるまま、すらりと延びた足先まで文句の付けようがない。
『ここに来るのは神官長じゃなかったかしら?』
片膝を着いて深く礼をした俺に、美しいが冷ややかな声がかかった。
頭を下げたまま、若輩者であることを詫びる。左袖を軽く捲って神官長の証を女神様に見せる。
16で神官長の腕輪に選ばれてから幾度となく浴びせられていたので慣れていたつもりだった。しかし当の女神様からのは効いた。
前任の神官長が30代で選ばれた時にも陰日向に批判があったと言う。その彼が亡くなった時、まだ16で神官見習いだった俺。腕輪は無情にも俺を選び、女神様に対する代々の神官長の記憶を押し付けやがった。
前神官長の拾い子である俺が選ばれたことで疑われもした。不正なぞできるわけもないのに。
神官長はその証である腕輪が選ぶ。代替わりの時、前任者の腕から消え、後任に嵌まる。基本的には利き手の反対側だ。利き手に嵌めていたのは『隻腕の神官長』ただ一人。彼も『暴漢』に襲われる前は左腕に嵌めていたらしい。切断され持ち去られた腕から、いつの間にか残された右に移動した腕輪。人の手で外すことも嵌めることも不可能な神官長の証。
それが俺の人生計画を狂わした。神官見習いから神官になる18で神殿とはおさらばして、貯めたお金で行商人になるつもりだった。
次の神官長候補がいるかどうかだけはわかる。らしい。それが誰かはわからないらしいけれど。
今はまだ居ない。だから引退も出来ない。既に計画は2年も遅れている。
疎まれて神官長をやるくらいならさっさと引退したい。神官長には定年はない。ほとんどは最期までやっている。神官長を退くとその期間中の記憶は腕輪に移るからだ。人脈も経験も失われる。女神様の秘密は保たれる。しかし、その後の人生は?
神官長の腕輪は嫌いだ。これを欲しがる奴の気が知れない。