一日目
煉瓦造りの水道橋が地平線の彼方まで伸びている。
ここは砂漠、水道橋は陽の沈む、地平線まで続いている。
太陽が作り出す、水道橋の影に隠れながら、砂虫を手綱で命令した。
ゆっくりと停止させて、砂虫がこちらを向く、今朝であったばかりだが、のへーんとした顔で、無視と言う割には哺乳類のような手触りと大きさで、平らな馬と言ったところだろう。
食事を与える前に餌の中身を調べると、乾燥した粉末だった。蝗の後ろ脚が入っている。砂漠の中の都市なので動物には昆虫を食べさせるのだろうが、バッタの後ろ脚は棘状になっているので、腸の内側を傷つける恐れがあるので一掬いとって脚を見つけては捨てた。
しばらくとっていると、砂虫が、
ぼえー、
と声を出したので、粉末を皮袋へ入れて腰帯に結びつけ、桶を持って外へ出て、鍵縄を水道橋の上へ投げて引っ掛けた。引っ張って確かめてから、力任せに上った。橋の上につく頃には息切れした。水道橋に耳を当てると、水の音がした。預かっていた鍵を取り出して、蓋の鍵を開錠した。溝にちろちろと美しい水が流れていた。桶で水を掬い、
「すなむしー」
砂虫が上を向いて口を開けたので、二度水を落とした。粉を取り出して、水で捏ねて、砂虫の口へ投げ込んだ。満足したようでソッポを向いた。
ジョゼは麺麭と塩漬けの魚を食べてから、荷台で転がり、床に地図を広げた。
地図の真ん中に大きな都市があり水道橋が東西南北と伸びている。
ジョゼは都市から出発して、ひたすら西へと目指していた。後ろを振り向くと眩しいばかりの太陽と、世界樹の都市が聳え立っている。西側の水道橋、その離れた場所に×印が書いてあった。
紫磨金の地図でも、鬱金香の咲き誇る楽園の目印でもない、×印の場所には珍しい顔料が取れる鉱山があった。顔料といっても絵に使う訳ではない、その鉱物には色をつける以外にも薬の役割があった。
世界樹では三日前から流行り病で都市が死んだように静まり返っていた。流行の原因は分かっていなかったが、頼みの綱の冒険者たちは一ヶ月前から魔物の旅団と戦闘を行っており、流行り病に聞くとされた鉱物を取りにいくことができなかった。
そんな時、白羽の矢がたったのがジョゼだった。
世界樹では異邦人であるジョゼは子どもの時に(今でも子どもだが)すでに病にかかっており、世界樹の中で一人だけ元気百倍で街中を歩いていた。子どもながらに一人で生活をして、世界樹に来る時も一人で旅をしてきたこともあり、はるか西の鉱山への旅を依頼されたのだ。
夜。砂漠に泥炭を置き、火起こし器に枯れ草を入れて五度打ち合わせて火花を作った。泥炭に着火させて、鍋に入れた水を沸騰させた。持ってきた干し肉を入れて、魚醤で味を調えた。もう少し手を加えたかったが、遠くから獣の吼え声が響いた。
もしかしたら匂いに誘われているのかもしれない。
そう思うと怖かったので未完成のスープのまま飲んだ。砂虫には悪いが、水道橋の上の安全地帯で毛布を被って寝ることにした。毛布の中には古びた銃が入っている。魔物に対しての威嚇にしか使ったことがないが、お守り代わりに触っていたからか滑々として手触りが良かった。
一度獣が吼えたので威嚇で曇り一つない空に撃つと、砂虫がぼえーと鳴いた。朝まで獣が近づいてくることはなかった。