二つの雲の出会い
さて、メイン作品とは外れて不定期更新のお話です。更新については時間があれば、というところですので、長い目でみてください。比較的短めに終わる予定です。
--いつからだろう。俺が剣を打ち始めたのは。
そしていつまで打ち続けるんだろう。先祖代々生業としてきた鍛冶の技術を幼少より叩き込まれ、何の疑いもなく槌を振るってきた。
ついに剣を打つこと以外に趣味もなく、特別な友人もなく、既に十五年の月日が流れ、俺も二十歳となった。
既に親はなく、恋人もなく、このイシュタの街で時折注文の入る魔物を、人を殺す武器を作り続けてきた。その人生に疑いを持たなかったわけではないが、だからといって今更他にやることもない。いずれ何かがどうにかなるだろう。
そう思考を逸らしながら、今月何本目かの剣を打つ。冒険者の間ではそこそこ評判になっている俺の剣だが、やっていることは何かを殺すことの手伝いのようなものだ。かといって俺が剣を打たなくても他の誰かが打った剣が誰かの命を奪う。だったら俺は剣の持ち主が殺されないように、少しでも良い剣を打つだけだ。
それが俺という存在がいたことを証明する。ただ一つの価値故に。
などと考えて頭を振る。また悪い癖が出てしまったようだ。一息つくことにしよう。
「ふう、どうしても作業に没頭すると余計なことまで考えてしまうな。」
独りごちて腰を上げる。もはや慣れた作業なのでそれほど疲れは感じないが、それでも同じ姿勢をとり続けると身体が固まってしまったような錯覚を受けてしまう。
背伸びしながら外に出て、井戸から水を汲んで顔を洗う。冷たい水が火照った顔に染みて気持ちがいい。
工房に戻ってみると、鉄の在庫が僅かになっていることに気付いた。そろそろ買い出しに行かなくては。
イシュタの街から少し離れたカナルの街へ買い出しに出るべく準備をする。とは言ってもそれほど離れてはいないから、今から出れば夜にはつくだろう。一泊宿をとって明日には帰ってくるつもりで簡単な装備にした。
自作のアイアンソードと材料を買うための金、それと念のための食料を持ち、工房を後にする。
よく晴れた日だ。工房に篭もってると天気すら分からなくなるな。もう少し外に出る様にした方がいいだろうか。
などと考えつつ、街を歩く。街中を歩いていると、見知った顔から挨拶され、右手を上げて軽く挨拶を返す。特に立ち話をするような間柄でもない。お互いすれ違い様の挨拶をするだけで終わってしまう。
街から出て、街道をただただ歩く。陽気のおかげか、先刻つまらないことを考えていたことも忘れ、明日の天気やカナルの街で何を食べようかなど考えながら数時間。少し疲れてきたのでいったん休憩をとることにした。
街道から少し外れて水辺を見つける。座り心地の良さそうな場所に腰を下ろし、食事をとることにした。
パンに燻製肉を挟んだだけの簡単な食事。連れもなく一人で黙々と食べていた時だった。
「すまないが私にも食事を分けてくれないか?」
「あん? ひょっほまっへくへ。」
口に物を入れた状態で喋ったので伝わったか怪しかったが、恐らく伝わったのだろう。俺に声をかけてきた男はそのまま俺が口の中の物を飲み込むまで待っていた。
「ふう、すまない。ちょうど食べ始めたばかりだったからな。」
「いや、むしろ急に声をかけた私が悪いんだ。申し訳なかった。」
随分丁寧な言葉遣いだ。その割には冒険者のような格好をしているが、その服装は今まで目にしたことがなかった。恐らくは珍しい服なんだろう。
「アンタ冒険者か? 随分珍しい格好をしているな。」
「あぁこれか、よく言われるよ。私の故郷では誰もが、というわけではないが珍しいわけでもないのだがね。」
ふむ。遠方から来たのだろうか。しかしこんな何もないところに?
「そうか、俺もそれほど見聞があるわけじゃないからな。無知ですまない。」
「とんでもない。確かにこっちでは同じ格好をしている人は見たことがないからね。無理もないことだ。ところでその……非常に言いづらいのだが、少しでいいから食料を分けてくれないか? もちろん代金は支払う。」
あ、そうだった。確か最初にもそう声をかけられたんだったな。
「すまんすまん、食料だったな。俺が作った簡単な物しかないが、良かったら食べるか? 念のためにと少し多めに用意していたが、道中特に何もなさそうだから余りそうだったんだ。金もいらんよ。」
「本当か? それはありがたい。恩に着る。」
「随分変わった言い回しだな。やっぱり遠くの方から来たのか?」
少し目の前の男に興味が沸き、質問してみる。食事の礼、というわけではないが、それくらい聞いてもバチはあたらないだろう。
「そうだね、とても、とても遠いところから来たんだ。いつか帰りたいとは思うのだけども。」
「そうか、色々事情がありそうだな。詮索するわけじゃなかったんだ。すまない。」
「いや、私は気にしていないよ。」
どうしてかこの男とは会話が続く。考えてみれば最近人と話してなかったことに気がついた。
「ところでこの辺には何しに?」
「ああ、刀を打てる鍛冶師を探して旅をしているんだ。剣もいいんだが、どうしてもそっちの方がしっくり来るんでね。」
「刀? 俺も鍛冶師だが、あいにく刀という物は聞いたことがない。」
「貴方は鍛冶師だったのか。刀というのは剣の一種、と言えばいいのかな? 私が腰から提げているこれがそうだよ。」
と言って腰から一振りの剣を抜く。
なるほど、確かに剣だ。だが片刃だし、何より刃の部分にこう、なんというか波のような模様があって美しく見える。随分使い込まれた物のようで、余り実戦には耐えないだろうことは見てとれた。
「これが刀か。かなり傷んでるようだが……なんというか美しさすら感じるな。」
「分かるかい!? そうなんだよ。特にこの刃紋のところが……」
急に子供のようにはしゃぎだした。
「落ち着け。そういきり立たなくても話は聞くよ。」
「おっと、私としたことが失礼した。」
言ってからまた佇まいを戻す男、なんか変な奴だな。
「それにしても刀、か。俺もこういう芸術性を持った剣を打ってみたいもんだ。」
「興味があるのかい? もし、もし貴方さえよければ一度刀を打ってみてくれないか? もちろんサンプルとしてこの刀は貴方に差し上げよう。」
物凄く食いついてきた。
「貴方って言われるのはなんかむず痒いな。お前とかでいいよ。で、他のところでは打ってもらえなかったのか?」
「なら名前を教えてくれないか?」
「そうだったな。俺の名前はクラウドだ。せっかくだからお前の名前も教えてくれないか?」
「なんと奇遇な! 私の名前はムラクモという。それで他のところで打ってもらえないのかという話だが、一度は皆興味を持つのだが、どうしても製法が読み取れずに断念してしまうのだよ。」
奇遇? 何がだろうか。
「なるほど、確かにただ片刃の剣を打てばいいというものでもなさそうだな。ムラクモは製法を知らないのか? それと奇遇と言ったが、何が奇遇なんだ?」
「製法については私も聞きかじった程度でしかないから正しく伝えられる自信がなくてね。奇遇というのは、私の故郷では雲の事を他国語でクラウドと言うから、ついね。」
なるほど、名前の一部が同じってことだったか。
「そうか、俺の名前はムラクモの故郷では雲を意味するのか。」
「そう、皆に親しまれている言葉だと思うよ。それで、刀を打って貰う話はどうかな? もちろんこれは食料を分けてもらった件とは関係なく、依頼としてお願いしたい。」
どうしようか、確かに今は急ぎの依頼もないし、仕事だと考えれば悪い話ではない。
「良いだろう。その話受けよう。だが期待はするなよ? 他の鍛冶師が出来なかったというなら、俺に出来ない可能性も十分ある。それで良ければ、だが。」
「その時は仕方ない。私自身製法をある程度伝えるだけで刀を打ってもらおうと言うのだからね。当然出来なかったとしてもクラウドを恨むようなことはないさ。」
「分かった。それなら俺と一緒に来るといい。俺はあっちのイシュタの街から来たが、剣の材料となる鉄の在庫が心許なくてな。ここを真っ直ぐいったカナルの街に買い出しに行く途中だから、早くても明日以降に始めることになる。」
「邪魔にならないかい? なら私も連れて行ってくれ。」
「いいだろう。行っとくがさっきの食事でもう手持ちはないからな。夜が更ける前に宿を手配しなきゃいけないから、少し急ぐぞ。」
「任せてくれ。身体を動かすことは得意だ。」
本当だろうか? どちらかというと細身に見えて心許ないが……
「分かった。それじゃこれを食ったら出発するぞ。」
「承知した。よろしく頼むよ。クラウド。」
「ああ、短い間だろうがよろしくな。ムラクモ。」
こうして俺とムラクモは出会った。それが俺の長い旅路の始まりだとは、その時はまだ、知る由もない。
転生+召喚=出戻り? を既に読んでいる方も、そうでない方も楽しんでいただければと思います。