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第六話 「奴隷を取り戻して王国から脱出する話」

 ケイオスの奴隷であるレミ達を(さら)ったのは、この国の高位貴族、エピメテウス公爵家の長男カリオンである可能性が高かった。公爵家に手を出せばただでは済まないことはケイオスも分かっている。ケイオスはクジャンに屋敷を売り払い、食料や魔導具を買いあさって準備を整えた。パン・ドーラ家からの情報で、エピメテウス公爵家が持つ屋敷を特定し、片っぱしから潜入していったのだった。


「ここも外れか」


 ケイオスはリストにバツを書き入れると次の目標に向かった。本家の屋敷に囚われていれば話は早かったのだが、どうやら別の場所にいるようだ。いっそカリオン本人を締め上げようかと思ったが、それは最後の手段としたい。こっそり連れ出せればそれが一番良い。幸いケイオスはスライム体なので家捜(やさが)しは得意だ。体を薄く伸ばせば誰にも見つからず、隙間ひとつ見逃すこともなく、隠し部屋も漏らさず見つけることができた。


 エピメテウス家が持つ屋敷を全て探してみたが、レミ達は見つからなかった。どうやら別の場所に囚われているようだ。

 ケイオスはカリオンの動きに注目していたのだが、公爵家が所有する屋敷を中心に探っていたので、それ以外の場所は後回しになっていた。これだけ探しても見つからない以上は、カリオンにピッタリとくっついていくしかないようである。


 ケイオスはカリオンをマークして潜入を繰り返していたが、ようやくレミ達を見つけることができた。カリオンが中々その場所を訪れず、予想以上に時間がかかってしまったのだ。場所は、王都テティスにある劇場の地下、貴族専用の一角にある隠し部屋の一つだった。夜、人が居なくなるのを見計らい潜入することにした。


**


 隠し通路は魔導具の明かりで照らされている。部屋を幾つか抜けると、大きな牢にレミ達が閉じ込められているのを発見した。ボロを(まと)い、薄汚れ、痩せてはいるが、全員無事のようだ。

 ケイオスはスライム状になり、牢の隙間からスルリと入り込むと、姿を現した。


「レミ! ウル! ツバキ! イーリス!」

「ケイオス……ケイオス!」


 レミが真っ先にケイオスを見つけて飛びついた。腰にしがみついて、声を上げて泣き出した。

 ケイオスがレミの髪を撫でてやっていると他のみんなも飛びついてきた。


「う、ひっく……ケイオス……待ったんだから……ずっと待ってたんだから」

「えっぐ、えっぐ……ごしゅじんさま……おそいのだ」

「必ず助けに来てくれるって信じてました。ご主人様!」

(わらわ)も信じてたのじゃ!」

「待たせて悪かった。もう大丈夫だ」


 ケイオスは皆を抱きしめて、その嬉しさに涙を流すのだった。


「よし、落ち着いたな。これから脱出しようと思うが……その前に、そちらのお嬢さんは誰だ?」


 ケイオスが指さした方、牢の奥にはもう一人の人物が居た。白い肌に淡い金髪、赤い目をした女だ。スラリとした長身に、立派なモノが服を押し上げている。痩せ巨乳の美女だ。


(われ)はフレイヤと申す。レミ達と同じくカリオンに囚われていたのだ。一緒に連れて行ってくれないか」

「俺はケイオス。レミ達の主人だ。連れていくのは構わないが、フレイヤは行くあてはあるのか?」


 フレイヤは黙って(かぶり)を振る。


「じゃあ俺達と一緒に来るか?」

「お願いできるだろうか……対価は何も払えない、いや、私自身を対価とするくらいしか」

「フレイヤさん!  ケイオスはそんなことしなくても助けてくれます!」


 レミが余計なことを言ったが、ケイオスは表情に出さずに同意する。


「そうだな。何も心配はいらんよ」

「ケイオス殿……感謝する」


 フレイヤは深々とお辞儀をした。ボロを纏っているのに見惚れるほど美しい礼だった。


「ご主人様、どうやって脱出するのですか?」

「そうじゃの、牢屋を出ることはできても此処は王都のど真ん中じゃろう?」

「今は夜だから見つからずに脱出くらいできるだろう」

「この人数だと馬車が必要なんじゃないの?」

「そうだな。何処かから馬車を調達する必要があるな」


 ケイオス達は脱出計画を話し合った。ひとまず、この場所から移動し、なんとか馬車を調達して王都テティスから、王国から脱出することを決めた。


「よし、周囲には誰もいない。いくぞ」


 人通りの無い道をケイオス達6人が駆け抜ける。空にある月と輪の明かりに照らされた通りは、夜目が利かずとも見通せる程度には明るかった。


「このままスラムに向かう。少し距離があるが頑張ってくれ」

「へいきなのだ」

「フレイヤさんは大丈夫?」

「平気だ。この程度どうということはない」

「無理はするなよ。疲れたらおぶってやるから遠慮なく言え」

「ありがとう。だが、本当に大丈夫だ。こう見えてレベルは高いからな」

「ならいい。イーリスも平気か?」

「大丈夫じゃ」


 一行は闇夜に紛れ、中心部から外縁部へと向かっていった。


 スラム街とおぼしき地域に辿り着くと、ケイオスが空き家を探してきて、そこで一息付くことにした。


「ここまでくれば簡単には見つからないだろう」

「ふー、流石に少し疲れました。ご主人様はまだまだ余裕がありそうですね」

「ほんとよねー、ケイオスが羨ましいわ」


 ツバキとレミは少し疲れ気味だ。


「ボクもまだまだ元気なのだ」

「そうじゃの、ほれ、こっちに来て休むのじゃ」


 ウルはまだまだ元気いっぱいなのは獣人ゆえの体力多さが理由だろう。イーリスもエルフなので、人間よりも体力はありそうだった。


「皆すごいのだな。(われ)もそれなりのレベルだと自負していたが、それ程差はないのではないか?」

「そうだな。みんな40前後だ。一番低いイーリスでも35は超えているからな」

「そういえばフレイヤさんのレベルを聞いたことなかったね。どれくらいなの?」

「およそ50といったところだ」

「50ですか。負けました」

「すごいのだ!」

「なかなか高レベルじゃの」

「さて、雑談もいいが、少しでも体を休ませておかないとな」


 雑談が始まりそうだったのをケイオスが止め、一眠りすることになった。


**


 翌朝、目が覚めたケイオス達はさっそく活動を開始した。

 まずはメンバー全員の服と装備が必要だったが、これは、ケイオスのアイテムボックスの中身を提供した。レミ達のアイテムボックスは封印中されているらしい。奴隷の首輪の機能だということだ。

 次に馬車の調達だが、別れて探すのは不安があったため、全員一緒に探すことになった。


「馬車は何処に行けばあると思う?」

「ここはスラム街ですから、元締めとかが持ってそうですね」

「そうじゃの。それ以外だと商家とかじゃの」

「なるほどな。じゃあ商家っぽいところを探すか」


 ケイオス達は、スラム街を彷徨い歩くが、中々馬車を見つけられないでいた。


 太陽が真上にさしかかった頃、スラムが騒がしくなってきた。


「いたぞ!」


 どうやらケイオス達は追っ手に発見されてしまったようだ。

 丁度良いことに、追っ手は馬車を使っていた。


「見つかったか。追っ手の馬車を奪う。俺が行くからみんなはここで待機!」


 ケイオスはそう言い残し風になった。素早く馬車に近づくと、御者を蹴りで吹き飛ばし、荷台に飛び込んだ。相手が武器を構える前にスライム状にした指の伸ばして全員を貫き、あっという間に馬車を制圧してしまった。

 ケイオスは荷台から追っ手を蹴落として、レミ達を呼んだ。


「よし、乗れ。ここからは飛ばして行くぞ」


 二頭の馬に、屋根のない荷台だけの馬車だ。6人が乗り込むと手狭だが贅沢は言っていられないだろう。

 ケイオス一行は、スラムを抜け、テティスの街を脱出することに成功したのだった。


 途中、休憩を挟みつつ、道なりに進んでいった。

 御者台にはケイオスとフレイヤが座っている。


「このまま行くと何処に行くかわかるか?」

「こっちは北だな。となるとビフレストだな」

「ビフレスト? たしかイーリスの国じゃなかったか?」


 ケイオスは後ろを振り向き、荷台にいるイーリスに訊ねた。


(わらわ)の国じゃ。今はもう国としての体裁を成していないじゃろうがの」

「ふむ。王国に留まるよりは安全だろう。このままビフレストに向かうとするか」


**


 ケイオス一行は道なりに進み、村にはなるべく泊まらず、行けるところまで行って野宿を繰り返していた。追っ手の気配はないので、こちらの進行速度に追いつけなかったのだろう。


「ごしゅじんさま、おなかへったのだ」

「じゃあ今日はここまでだな」

「ケイオス、もうそろそろ王国を抜けれるんじゃないの?」

「そうじゃの。もう少ししたらビフレスに入りそうじゃ」

「まぁ大丈夫だろう。今のところ追っ手の気配もないし、そろそろ足を緩めてもいいだろう」

「では、夕食の準備をはじめますね」


 料理はツバキが一番上手なので、自然と役割分担がなされていた。と言っても煙が出る火は使えないので、パンに色々な食材を挟んだものが主になるのだが。


「おいしいのだ!」

「うん、旨いな」

「ありがとうございます。でも、ご主人様が新鮮な食材をたくさん用意してくれていたおかげですよ」

「またツバキの作ったジパング風のご飯も食べたいのじゃ」

「そうね、あれは美味しかったしね」

「ツバキ殿はジパングの出なのだな」


 会話しながら食事を楽しんでいると、まるで逃亡中であることを忘れたような穏やかな時間が流れていった。


 食事も一段落して、日が暮れて、そろそろ休もうかと言う頃、ケイオスが何かに気がついた。


「全員警戒しろ」


 その言葉に、皆身構えて、周囲を探った。すると道の横にある森の中から一人の男が姿を現した。見たことのある糸目で笑顔の男だ。ケイオスは皆に下がるよう指示を出し、前へ出た。


「やぁ、ケイオス」

「お前は、エオリアン。何故ここにいる」

「想像の通りだと思うよ?」

「つまり、追っ手だと?」

「僕は公爵から指名依頼を受けてね。逃げ出した奴隷を連れ戻しに来たのさ」

「その奴隷が元は俺の奴隷で、カリオンが奪ったものだとしてもか?」

「依頼だからね」


 エオリアンは肩を竦めて何でもないように言う。


「そうか。なら話し合いは無駄だな。無理にでも連れ帰りたいなら俺を倒すんだな」

「ケイオス、キミとなら本気でやれそうだよ」


 エオリアンは糸目を更に細めて笑みを深める。

 ケイオスは先手必勝とばかりに飛び掛かる。


「食らえっ、疾風迅雷(しっぷうじんらい)!」


 ケイオスは風となり、雷を纏った飛び蹴りを繰り出す。

 エオリアンはしっかりと防御したようだが、木を折りながら森の中に吹き飛んでいった。

 ケイオスは警戒を緩めず、エオリアンが吹き飛んでいったほうを見つめる。

 がさごそと木々が揺れ、エオリアンが戻ってきた。


「イタタタッ、いきなり攻撃するなんて酷いじゃないか」

「Sランクと言っても大したことはないんだな」

「キミが強すぎるんだよ。僕はこれでも天才と呼ばれてるんだけどね」

「どうする? このまま引き下がるなら見逃すが」

「まさか。依頼失敗は経歴に傷がつくから、ね!」


 今度はエオリアンの攻撃だ。剣を抜いて素早く斬りかかってきた。縮地のような足運びに、無駄のない動き、エオリアンがそうとうな高レベルだということが見て取れる。


「そのまま喰らってやってもいいが……風林火山(ふうりんかざん)!」


 ケイオスは、斬りかかってきた剣に手を添えると、力の方向を変えて逸らす。二撃目は、腕で受けて弾き飛ばし、相手のバランスを崩す。そしてその隙を逃さず、するりと相手の懐に入り込むと胸に手を当て、気を叩き込んだ。


「ぐはっ」


 エオリアンはその場に崩れ落ち意識を失った。


「あっけなかったな」


 風林火山は、凶悪なカウンター技だ。対ボス用の技でノックバックも無効化する。風の魔法で回避力を高め、地の魔法で防御力を高め、火の魔法で攻撃力を高める。そしてカウンターで強力な一撃を叩き込むのだ。


「ご主人様!」


 レミ達が駆け寄ってきた。


「ご主人様、お怪我はありませんか?」


 ツバキがペタペタとケイオスの体を触って怪我がないか確かめている。


「大丈夫だ。残念ながら悠長に休んでも居られなくなったがな。出発するぞ」

「コイツはどうするの?」


 レミが倒れているエオリアンを指さしながら訊ねる。


「ほっとけ。どうせ暫くは目が覚めないだろう」

「ケイオス殿はお強いのだな」

「ほんとにすごかったのう」


 フレイヤが目をキラキラさせている。強い男が好みなのだろう。


「ごしゅじんさまはさいきょーなのだ!」


 出発したケイオス達は、プロメテウス王国から脱出し、ビフレスト王国に入ることが出来た。

 エオリアン以降は追っ手もなく、追跡は諦めたようだ。

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