第五話 「貴族の令嬢を治療したら奴隷が居なくなっていた話」
ケイオス達はイーリスが新たに加わったのでパーティーの連携を確認しながら依頼をこなす日々を送っていた。それぞれの役割は、ケイオスが壁役で攻撃を防ぎ、レミが撹乱し、ツバキが仕留める。イーリスは先制の範囲魔法や足止めなど活躍が目覚しい。なかなかバランスの良いパーティーに仕上がってきたようだ。もっともケイオスが本気を出せば無双できるのだが、それでは他のメンバーが成長できないので自重している。
ある日、ケイオスはクジャンに呼び出されたので商人ギルドへ来ていた。
「ケイオス様、お越しいただきありがとうございます」
「クジャン、何かあったのか?」
「はい、実はある貴族の方より繋ぎを頼まれまして」
「繋ぎ?」
「まずは場所を移しますので付いてきてください」
案内されたのは、商人ギルドの奥で、防諜などにも気をつかった部屋のようだ。男が一人待っていた。クジャンは部屋に入らず、扉の外で待機しているようだ。
「ケイオス様、お初にお目にかかります。パン・ドーラ家からの使者、ポノスと申します」
「ケイオスだ。俺に用があるってのはあんたか?」
「如何にも。それをお話しする前にまずはお約束を」
「約束?」
「ここで見聞きしたことは誰にも話さないと約束していいただけますか?」
「ふむ? まぁいいだろう。約束しよう」
ケイオスは厄介ごとだと感じたが、話が進まないのでとりあえず頷いておいた。
「ありがとうございます。それではお話させていただきます」
ポノスは深く一礼し、感謝の意を表した。
「パン・ドーラ家は、このホーライ一帯を預かる歴史ある伯爵家でございます」
ポノスはパン・ドーラ家の説明と現状を軽く説明していった。
「そしてパン・ドーラ家には、秘匿されておりますが、一人娘がおります。なぜ秘匿されているかと申しますと、不具にて、貴族の義務を果たせないため秘されておりました」
「なんとなく話が読めたが、要は俺に治療をさせようと、エリクサーに変わる何かを持っていないか、ということか?」
「その通りでございます。ご慧眼感服致します」
ケイオスは考える。たしかに体の欠損を補えるポーションはあるが容易に提供してよいものか。しかしパン・ドーラ家はこの辺りの領主なので覚えが良くなるのは大きなメリットだ。逆に断るとこの街に居づらくなるかもしれない。
「その娘を見てみないことにはなんとも言えん。一度会ってみよう」
「おぉ、引き受けてくださいますか。ありがとうございます」
「いや、まだ引き受けると決まったわけではない。症状を確認しないと解決できるかわからないからな」
「それだけでも大変ありがたいことでございます。つきましてはさっそくお越しいただきたく」
「今すぐにか?」
「はい、既に馬車も用意してございます」
「準備がいいな……まぁいいだろう。クジャンに伝言を頼むとするか」
ケイオスはクジャンに伝言を頼み、レミ達に「貴族に招待されたのでしばらく空ける。数日かかるかもしれない。その間は自由にしてていい」と伝えてもらった。その後ポノスと一緒にパン・ドーラ家に向かった。
**
一方レミ達はギルドで依頼を受けて狩りを行っていた。家に戻り、ケイオスからの伝言を受けとったレミ達は集まって相談していた。
「ケイオスは暫く帰ってこないみたいだけど、どうしよう?」
「ごしゅじんさま帰ってこないのー?」
「ご主人様のことだから女がらみなのではないですか?」
「妾達を放っておくとはケイオス様も薄情じゃのう」
「そういえばケイオスがいない夜は初めてよね」
「そうですね……」
「ごしゅじんさまがいないと気持よくなれないのだー」
「ウルよ、そこはもう少し婉曲な表現を心がけるのじゃ。素直なのはいいことじゃが、直接的なのは恥ずかしいことなのじゃ」
イーリスもすっかり打ち解けて仲良くなっている。見た目は子供だが、面倒見が良いのはさすがに最年長なだけはある。最近はウルへの教育に口を出しているようだ。
「えんきょくってなんなのだ?」
「婉曲っていうのは、うーん、ウルにわかるように言うにはなんて説明すればいいの?」
「つまり直接言うのではなく、こっそり言うのじゃ。態度で示すのもありじゃ」
「それは何か違うような気がします」
その日は、どうするか決めることができず、ウルに色々教えるのに時間を費やしてしまった。そして夜は三人で寝ることになったのだが、何故か3Pに発展してしまった。皆、ケイオスに染まってきているようだ。
**
パン・ドーラ家は意外と遠く、高速馬車を乗り継いで村を幾つも通過していった。もう日も暮れて辺りが暗くなってきた頃ようやっと到着したようだ。
「ケイオス様、到着致しました」
「ようやっと着いたか。結構長かったな」
「お疲れ様でございました。今日は遅いので夕食のあとは部屋でお休みください。明日、改めてドーラお嬢様とお会いしていただきたく」
「わかった。ところで当主には会わなくてもいいのか?」
「伯爵様は王都の方にいらっしゃいます。直接お礼を申し上げられないことを詫びておられました」
ケイオスは翌日、改めてパン・ドーラ家の娘と会うことになった。
「わたしはドーラと申します。貴方がわたしを治してくれるのですか?」
「ケイオスという。ホーライで冒険者をしている」
パン・ドーラ家の娘、ドーラは下半身が麻痺して動かなくなっているようだった。運動しないため、両足は細り今にも折れてしまいそうだ。話を聞いてみると幼い頃、魔物に襲われて以来足が動かなくなってしまったそうだ。ポーションも回復魔法も効かず、諦めていたという。
ケイオスは思案する。半身不随となると、神経がやられたのだろう。現実の医療技術であれば治療できそうだが、この世界ではどうすればよいだろうか。ポーション類が効かないのは変な形で神経が癒着してしまったためだろう。腰の神経であれば、一度切り離し繋げ直す必要があるかもしれない。スライムなら他人の体内に入り込み手術することはできそうだが……。ケイオスはそこまで考えたところで判断を下した。
「結論から言うと治る可能性はある。だが、その治療は未だかつて誰も行ったことのない手法となるため、事前に確かめる必要がある」
「具体的にはどうするのですか?」
「殺しても構わない人を2人程用意していただきたい。性別は女で、年齢もドーラお嬢様に近い方が良い。それと対象だが、奴隷ではなく罪人にしてくれ」
奴隷でもよかったのだが、ケイオスは奴隷を実験に使うのには抵抗があったためだ。
「……命の危険があるのですか?」
「実験が成功すれば問題ない。意思を伝える線が切れているから体が半分動かなくなっているのだ。もしくは中途半端に治ってしまったので意思が伝わりきっていない。そこを治せば動くはずだ」
「……わかりました。近日中に用意いたしましょう」
「それと治療、実験用に清潔な部屋が必要だ」
「そちらはすぐにでも用意できます」
「念を押すが、あくまでも可能性だ。命を落とす危険性はないが、治らない可能性はある」
「それは……いえ、何でもありません。よろしくお願いします」
ケイオスは、それから数日をパン・ドーラ家で過ごす事となった。
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「それじゃあ、これより手術を始める。繰り返すが、俺が出て行くまで、決して扉を開けないように。邪気が体内に入り込み病気になったり、集中力が乱れる恐れがあるからな」
「わかりました。ドーラお嬢様をよろしくお願い致します」
手術室に入ったケイオスは、部屋全体をスライムで包みこみ、汚れを分解して吸収してしまった。これで手術室とまではいかないまでも、かなり清潔な環境となったことだろう。
続いて寝ているドーラの体も包みこみキレイにしていく。ドーラは魔法で眠らされ、強力な麻痺も与えられているためたとえ体を切り裂かれても目覚めることはない。
「これでよし。それじゃあ始めるか」
罪人での実験では神経を治す手術は上手く行った。ドーラの状態にもよるのだが、体の状態を調べる装置などないので、実際に開いてみないとどうなっているかわからない。といってもケイオスの体はスライムなので、体を切り開くというよりも潜り込むと言ったほうが正しい。
ケイオスは、うつ伏せに寝るドーラの体の体を前に立ち、ドーラの腰、腰椎の辺りに手を当てる。ゆっくりと手を触手状にして、皮膚の下に潜り込ませていった。傷口はなるべく小さくし、スライムで蓋をすることで、出血をなくしていた。
背骨にそってスライムを這わせる。普段は目から情報を取り入れているが、スライム自体が感覚器官なので、内部の様子は手に取るようにわかった。程なくして目的の場所に辿りつく。
「ここか。分かりやすくて助かるな」
脊椎がズレている箇所があった。通常であれば神経を圧迫し、腰痛や下肢の痺れなどの症状があるはずだが、中途半端に癒してしまったため、それらの症状が抑えられ、麻痺だけが残ったのだろう。いくら魔法で細胞を回復させようともズレている骨までは矯正してくれないと見える。
「よし……これで大丈夫だろう」
ズレていた腰椎を治し、魔法で傷を癒しながらスライムを抜いていく。仕上げに回復魔法を掛けて麻痺と睡眠の状態異常を治して手術終了だ。
部屋の外で待機していたポノスに終了を知らせてやる。
「これで完了だ。しばらくすれば目を覚ますだろう」
「ありがとうございます。ドーラお嬢様に代わりましてお礼申し上げます」
まもなく目を覚ましたドーラの足は動くようになっていた。
ケイオスは手術が成功したようで安堵した。あとはリハビリ次第だと告げておいた。
「ケイオス様、ほんとうに有難うございました。また歩けるようになろうとは思ってもいませんでした」
「いやなに、報酬に目が眩んだだけだ。たんまりいただいたしな」
ケイオスの照れ隠しであろうことは顔を見ればバレバレだった。
「あの……ケイオス様さえよろしければ、このままパン・ドーラの家に居ていただいても……」
「気持ちは嬉しいが、俺には帰る家がある。待ってる人たちがいるからな」
「そうですか……。でも何かありましたら何時でも頼ってください。出来る限りの力にになります!」
「ありがとう。その時は遠慮無く頼らせてもらおう」
ケイオスはドーラ達に別れを告げ、帰りの途を急ぐのだった。
ケイオスが自力で走ったほうが早いので、帰りは馬車を使わずに走って帰ることにした。レミ達とこんなに長く離れたことが無かったので禁断症状とでも言うべきか、早く会いたくて仕方なかったのだ。途中すれ違う馬車や村人たちを驚かせるというトラブルはあったが、半日程度で無事に家に帰ってくることができたのだった。
ケイオスが家に戻ってみると、まだ誰も戻っていなかった。狩りにでも行っているのだろう。
「ふー、折角急いで戻ったのに誰もいないとは、ガッカリだな」
ケイオスは落胆しながら一人寂しく夕食を取るのだった。
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レミ達は翌日になっても戻ってこなかった。ケイオスはレミ達が長期の依頼でも受けているのかと思い、ギルドに顔を出すことにした。
「すまんが、俺の奴隷達が受けていた依頼の履歴を見たいのだが……」
「わかりました。あなたのお名前と奴隷のお名前を教えていただけますか? あと奴隷の契約書などもお見せください」
「俺はケイオス。奴隷は、レミ、ツバキ、ウル、イーリスだ。契約書はこちらに」
「確認致しました。調べてまいりますのでお待ちください」
ギルドの職員が履歴を調べて戻ってきた。
「お待たせいたしました。最近受けていた依頼はこちらになります」
「ありがとう」
そう言って渡された用紙を見ても新たに依頼を受けた様子はなかった。
「んー、どういうことだ。依頼を受けていないとなると……魔境にでも行っているのか……」
ケイオスはため息付くと、一度家に戻ることにした。
「まったく世話をかけやがる。可能性として考えられるのは、魔境、ギルドを通さない依頼、それ以外のトラブル、か。とりあえず魔境で無双してくっか」
ケイオスはそうと決めると魔境へと急行した。途中で会った人には聞き込みをしてみるも、足取りは掴めず、結局魔境まで来てしまった。
「あいつらが行けそうな場所となると入り口から少し行った程度までだが、一応ある程度奥まで行ってみるか」
ケイオスは魔境で無双しつつ奥へと入っていった。ある程度奥まできたが、目撃証言もないので戻ることにした。
「もしかしたら既に家に戻ってるかもしれん」
ケイオスは、家に戻ったがやはり誰もいない。何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高そうだった。
**
さらに翌日、ケイオスは商人ギルドのクジャンを訪ねた。
「よぉ、クジャン」
「ケイオス様、依頼の方は上手く行ったみたいですね」
「あぁ、そっちは問題なく大成功だった。だが戻ってみれば俺の奴隷たちが居なくなってたんだが」
「いなくなったのですか?」
「うむ、家を空けていた期間は一週間程度だったんだが。もしかしたら何か知らないかと思ってな。何かの依頼を受けてトラブルに巻き込まれたとか……なんでもいい、心当たりはないか?」
「申し訳ありませんが、思い当たるようなことは一つも……」
「そうか」
ケイオスはもうどうすればいいかわからなくなってしまった。
「冒険者ギルドにて人探しの依頼などを出してみてはどうでしょうか?」
「なるほどな、人探しか。やってみるとしよう。ありがとう、クジャン」
「いえいえ。こちらでも何かわかりましたらご連絡致します」
ケイオスは冒険者ギルドに行き、依頼を出し、聞き込みを行ってみたが情報はなし。
さっそくだがパン・ドーラ家にも助けを求め情報を回してくれるよう頼んだ。
その後もケイオスは独自に調査を行うも成果は上がらず、時間だけが過ぎていくのだった。
**
レミ達がいなくなってからひと月くらいが経過した。
魔境も奥まで行ってみたし、周辺も行けるところまでは行って探してみた。
「はぁ〜、アイツら、ほんとどこ行っちまったんだ……」
ケイオスは諦めかけていた。そんな時にパン・ドーラ家から連絡があった。ドーラの執事、ポノスが情報を持ってやってきたのだ。
「エピメテウス公爵家?」
「そうでございます。最近、人間と魔狼とエルフの奴隷が手に入ったと自慢していたそうでございます」
「なるほど……。情報感謝する」
「ケイオス様?」
「裏は取れているのか?」
「実際に奴隷を見たという方はまだいらっしゃいません」
「そうか。もう少し情報を集めたほうが良さそうだな」
ケイオスはクジャンの所に来ていた。相手が貴族だと分かり、ひとつだけ気になることがあったのだ。
「クジャン、あれから情報は集まったか?」
「いえ、これといった情報はまだ……」
「まぁそれはいい。イーリスを買ったときの事を覚えているか?」
「はい。お一人だけ粘っている方がいましたので魔石の儲けが無くなってしまった時ですね」
「その粘っていたヤツの事を覚えているか?」
「まさかお疑いで?」
「俺も情報を掴んだので裏付けが必要だと思ってな」
「そうでございますか。たしか……エピメテウス公爵家のカリオン様だったと思います」
ケイオスは確信した。エピメテウス家のカリオンというヤツが敵なのだと。