第四話 「活動拠点を移してエルフの姫を競り落した話」
ケイオス達はホーライにやってきた。アイオーンとは比べ物にならないくらい大きな街だ。流通の要衝と言うだけのことはある。
ケイオス達は、まずは、宿屋暮らしを続けながら、冒険者ギルドで依頼をこなして毎日を過ごしていた。ケイオスは、アイオーンの街と同様に、ホーライの街でも散策を行っていた。そしてホーライにはスラムがあることに気がついていた。スラムなんてものは「クロノス・ワールド」には存在しない。やはり人の営みがある場所、経済活動が活発な場所では、スラムというものは付き物のようだ。
ケイオスは街の様子を十分把握できたところで、今度は拠点探しに乗り出した。土地や家の仲介を行っているのは商人ギルドだ。現状では資金も足りないので、アイテムの放出も検討していたからちょうどいい。
「いらっしゃいませ。商人ギルドへようこそ」
「拠点を探している。それと資金調達のためにアイテムを競売にかけたいと考えている」
「わかりました。ではご案内致しますので付いてきてください」
案内されたのは商談室だろうか。部屋はシンプルながら、机と椅子の質はなかなかいいものだ。
「お待たせしました。商人のクジャンと申します」
「ケイオスだ。冒険者をしている」
「本日はアイテムを競売にかけたいというお話でしたが……」
「これだ」
ケイオスはそう言って、竜鱗を20枚と巨大な魔石、それにエリクサーをひと瓶取り出した。あまり高価な品を放出するのはどうかと思ったが、希少なアイテムの価値を少しでも把握しておきたかったのだ。巨大魔石もエリクサーも限りはあるが、まだまだ多数所持しているので少しくらい消費しても困るほどではない。
「!? これは……素晴らしい魔石でございます。それに、こちらはハイエーテルでございますか?」
「ハイエーテルではない、エリクサーだ」
「エリクサー!?」
エリクサーはどうやらかなり珍しいらしい。それも当然だろう。「クロノス・ワールド」でもそれなりに値が張る回復薬だ。傷を癒し、体力も魔力も全回復する。体の欠損をも補うが、高価過ぎてボス戦でしか使われないようなシロモノだ。
「このような高価な物を取り扱うことができるとは……。望外の幸運でございます。特にエリクサーはプロメテウス王家が1本保持しているのみでございますので、軽く白金貨100枚以上の値が付くことでしょう」
エリクサーはゲームでは白金貨一枚だったのですごい倍率だ。ぼったくりと言ってもいい。
「俺もこれを手に入れられたのは幸運だった。詳しくは言えないが、ある人物の命を救い、その対価として貰ったものだ。ちなみに魔石の方もその時に倒したモンスターのものだ」
ケイオスは、エリクサーを多数所持していると思われたくなかったので話をでっち上げることにした。
「そうでございましたか。これほどの品となりますと鑑定と競売の準備にそれなりに時間がかかるでしょう。竜鱗の方はすぐにでも捌くことはできますが、同時に出品して頂いたほうが良い値が付くと思われます。いかが致しましょう」
「じゃあ竜鱗だけ先に捌いてくれ。拠点を探しているんだが、竜鱗の代金を頭金にして、残りの品の代金で支払うことはできるか?」
「問題ございません。ですが、竜鱗の代金だけでもそれなりの拠点を用意できるでしょう。それとも城でもご入用でございましたかな」
「なに、城も買えるのか?」
「冗談でございます」
冗談と判断できない冗談は扱いに困る。場の沈黙が痛い。
「では、競売の契約書はこちらになりますのでご確認ください。しばらく席を外しますので、質問がございましたら後ほどうかがいます」
クジャンは用意していた契約用紙を二枚おいて部屋を出て行った。恐らく商人ギルドの上役へ報告でもしてくるのだろう。契約書には、商品を遺失した場合の保証内容や手数料についてなどが書かれていた。暫くするとクジャンが戻ってきた。
「おまたせいたしました。契約内容は確認できましたでしょうか」
「問題ない。この内容で頼む。ここにサインして魔力を込めればいいのか?」
「その通りでございます。一枚はケイオス様がお持ち頂き、もう一枚は我々が保管致します」
ケイオスは二枚の契約書にサインをして魔力を流した。
「よし、じゃあこれで。よろしく頼む」
「かしこまりました。竜鱗はこちらで預かりますが、魔石とエリクサーは後日、鑑定の準備ができましたらお持ちいただきますようお願いいたします。続いて拠点の方を紹介したいと思いますがいかがでしょうか」
「手際がいいな。拠点は実際に目で見て確認できるのか?」
先ほど席を外したときに拠点の資料も用意してきたのだろう。
「はい、近い場所ですと今日中にご案内することも可能です」
「よし、じゃあまずはおすすめの物件などはあるか?」
ケイオスはクジャンに物件を紹介されながら、どれがよいか検討していった。
**
後日、ケイオスが購入した屋敷に拠点を移すことになった。場所はホーライの中心部にあり、冒険者ギルドや商人ギルドにも近く利便性の高い立地だ。貴族が建てた屋敷であり、資金難により手放したばかりということだったので、手に入ったのは運が良かった。手入れも行き届いていて、家具も付いている優良物件だ。その分高かったのだが。
「まずは部屋を決めようと思う。二階の一番奥が俺の部屋兼寝室だ。基本二人部屋なので奥からレミとウル、ツバキとする。希望があれば変えられるがどうする?」
「私はそれでかまいません」
「わたしもー」
「レミと一緒なのだ!」
部屋を決めたが、夜は全員でケイオスの寝室に集まるので、各自のベッドは使わないかもしれない。
「各自、あとで自分の部屋を確認しておくように。じゃあ次は食堂に案内する。ついてこい」
ケイオスは皆を引き連れ食堂にやってきた。
「ここが食堂で、あっちが調理場となる」
「ほへぇ〜、ずいぶん広いわねー。パーティーでも開けそうね」
「元は貴族の屋敷だからな。パーティーとかも想定されていたのだろう」
「おなかすいたのだー」
「そうだな、そろそろ飯にするか」
時刻も昼となり、ちょうどいい時間だった。冒険者は基本的に朝夕の二食だが、余裕のある時は三食とることが多かった。
「ご主人様、よろしければ私が調理できますが」
「うん? ツバキは料理ができたのか。ジパングの料理か?」
「はい、私の故郷の料理です。もちろんこちらの料理も作れますよ」
「よし、それじゃあ作ってくれ。材料はあるから調理場へ行こう」
場所の説明も兼ねて全員で移動する。こちらも随分広い調理場だ。
「ここが食料庫。長期保存できるものはここに入れておく。ツバキ、これが米だからな」
ケイオスはツバキに見せながらアイテムボックスから米の入った袋を取り出す。
「調味料はここ、野菜や果物、肉類は地下の貯蔵庫に入れておく。貯蔵庫の中は保存の魔法がかかっているからそう簡単には悪くならないようになっている」
ケイオスは次々と食料を取り出すと配置していく。
「それじゃあツバキは調理をしていてくれ。俺達は軽く掃除をしてくる」
ツバキが料理をつくっている間に残りのメンバーで食堂や部屋の掃除を行っていった。
「こりゃー結構大変だな。やはり使用人か雑用奴隷が必要か」
「ケイオス、また奴隷増やすの?」
「屋敷を管理する人も必要だろう?」
「どうせまた女の子なんでしょ?」
「何を当たり前のことを……。心配しなくてもちゃんと毎日相手してやるぞ?」
「もぅ、それは嬉しいんだけどね。まぁいいわ。あんまり増やしすぎないでね」
レミの心配も最もだ。人数が多くなってくれば、そのうち相手をする回数が減るかもしれないのだ。だが、ケイオスがまだまだ手加減していることをレミは知らない。ケイオスが本気を出せば多少人数が増えたところで大した違いはないのだ。
「こっちの掃除終わったのだ」
ウルも隣の部屋の掃除が終わったので合流した。そろそろ食事ができるころなので、食堂に戻ることにした。
「おぉ、丼物か。懐かしいな。レミとウルは箸を使えないだろうからスプーンを使ってくれ」
「ご主人様はジパングの出身なのですか? 私の装備といい、箸といいなんでそんなもの持ってるんですか?」
「食べながら説明しよう」
ケイオスが手を合わせるのに合わせて皆も頂きますをする。ケイオスが食事の度にやっていたら真似するようになったのだ。
「お、美味しいじゃないか。ツバキは料理が上手いんだな」
「はい、奴隷になる前は料理屋に居ましたので」
「へぇ? そういえば今まで聞いてなかったな。その話は今夜にでもじっくり聞かせてもらおうか」
「はい、でも聞いても面白くないですよ? 貴族の方に粗相をして奴隷に落とされたのです」
「話したくないなら無理に話す必要はないぞ。ただ、少しでもツバキの事を知りたいと思っただけだ」
「ご主人様……」
「んんッ」
ちょっと桃色の空気が流れかけたが、レミの咳払いで元に戻る。
「俺の出身だが、ジパングじゃない。日本というところだ。ジパングとは非常に似た文化を持っている場所だ」
「日本ですか? 私は聞いたことがありませんが……」
「わたしもないわね。どこにあるの?」
「東の果て、極東の島国だ」
「ジパングよりも、もっと東……?」
「どうだろうな。ジパングが何処にあるかもしらないからな。ただ、日のいずる国と言われているくらいだから本当に東の端っこなのだろうな」
ケイオスはこの世界には存在しない日本について誤魔化しながら説明していく。
「ごしゅじんさまはどうしてそんな遠いところからやってきたのだ」
食べるのに夢中だったウルも会話に参加してくる。どうやら食べ終えたようだ。
「レミには少し話したが、転移事故に巻き込まれてな。気がついたらアイオーンの街の傍に飛ばされていた」
「そうなのよ、初めて会った時、ケイオスったらスライムと戦う私を見て、スライムと一緒になって襲いかかってきたのよ」
レミが懐かしい話をする。その後も暫く雑談を続け、まったりとした一時を過ごしたのだった。
**
ある日、屋敷の一角では、朝から騒音が絶えなかった。
「うるさいのだ!」
「ケイオス!」
「ご主人様、一体何事ですか!」
「お前たち。……見て分からんか? 工事中だ」
ケイオスは手を止めてレミ達に説明した。
「ほへぇ〜、お風呂作っちゃうの?」
「おふろってなんなのだ?」
「ウル、お風呂とはお湯で水浴びできる場所ですよ」
「え〜、水もお湯も嫌いなのだ」
「風呂は気持ちいいんだぞ」
「きもちいいのだ?」
「そうだ。今日中にはできる予定だから楽しみにしておけ」
「ご主人様。私たちに手伝えることはありますか?」
「いや、大丈夫だ。魔法を使うからな。一人の方がやりやすい。暇だったら狩りに行ってきてもいいぞ」
「じゃあ近場を回って来ようかしら」
そんなわけでケイオスは一日中風呂を作っていたのだった。
「できた」
ケイオスは自分が作った風呂場を改めて眺める。一階にある部屋を改造して作ったのでかなりの広さだ。湿気が屋敷の中に充満しないよう防水処理も施し、換気口も付けた。浴槽は「クロノス・ワールド」の家具で「欲望の浴槽」というアイテムがあったので、それを埋め込んだ。名前が怪しいが、ただのバスタブで、給水に排水、温度調節も自動でできる優れものだ。ただし、欲望と名前が付くだけあって、かなりの大きさを誇っている。ちょっとした温泉並だ。
「さて、さっそく一風呂浴びますか」
ケイオスは湯船に浸かりながら日本酒を浮かべ、一番風呂を堪能したのだった。
「はぁ〜、極楽、極楽。スライムの吸収で清潔にしているとはいえ、やっぱり風呂はいいもんだ」
ケイオスが風呂に入っている間にレミ達が戻ってきた。
「ただいまなのだー」
「ケイオス、ただいま」
「ご主人様、ただいま戻りました」
「うん、ご苦労。狩りはどうだった? 詳しくは風呂に入りながら聞こうか」
もちろんそのままお風呂プレイに移行したのは言うまでもない。最初は嫌がっていたウルもすっかり気に入ったようだ。
**
今日はケイオスは商人ギルドに来ていた。
「ケイオス様、ようこそいらっしゃいました」
「クジャン、久しぶりだな。鑑定の準備が整ったと連絡を貰ったのでな」
「はい、こちらへどうぞ」
連れてこられたのは、何やらごちゃごちゃとした部屋だった。幾人も忙しそうに動き回っている。
「ケイオス様、こちらは鑑定官のサート。サート、こちらは冒険者のケイオス様。今回、魔石とエリクサーを競売に出品されるお客様だ」
「サートです。よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
サートは鑑定官というものらしい。名前からすると、出品するアイテムを調べて価値を保証するとか、そんな感じだろう。ここからはサートの指示に従えばいいようだ。
「それでは、まず魔石が持つ魔力から調べましょう。こちらの装置にセットすれば自動的に調べることができます」
「へぇ、魔力を調べられるのか。便利そうだな」
「はい、まずはこちらで含有する魔力を調べ、大まかなランク分けを行います。青が最低、赤が最高ランクです」
ケイオスはサートに指示された通り、魔石を装置にセットして様子を見る。
「出ました。赤ですね。素晴らしい魔力保有量です。次はエリクサーの方も調べてしまいましょう」
続いてエリクサーも同様にセットする。
「素晴らしい……。赤を通り越して赤黒くなってますね。ここまでのものは初めてみました。さすがはエリクサーですね」
その後も幾つか検査を行い、アイテムの品質は保証されたようだ。検査が終了したアイテムはそのまま金庫室まで運び保管された。
「ケイオス様、本日はありがとうございました。それでは以降は我々がアイテムを保管させて頂きます。売買の日時はまた改めてご連絡致します」
「わかった。しっかり保管してくれ」
巨大魔石とエリクサーはこうして商人ギルドに保管されたのだった。
**
競売の日時が決まり、いよいよ当日となった。
ケイオス達は会場のVIP席に案内され、その時を待っていた。VIP待遇で競売に参加するかもしれないので、そのサポートの為にクジャンが傍に付いていた。
「すごいね〜、こんなに集まるなんて。エリクサーだから宣伝したんだろうね」
「だろうな。大金が動くから何時もより警備が厳重らしい」
「なんだか物々しい雰囲気ですね」
「おかねがたくさんなのだ。お肉がいっぱい買えるのだ」
「はいはい、帰ったら肉喰わせてやるからイイ子にしてるんだぞ」
ケイオスは落ち着きのないウルを抱っこして競売を見物していた。
「む……おい、クジャン」
「はい、なんでございましょう」
「今出てきた奴隷の詳細はわかるか?」
ステージの上には、とても美しい娘が立たされていた。会場中の目を奪っているようだ。耳が尖っているのでエルフだろう。流れ落ちるような金髪を腰まで伸ばし、すらっとした体躯によく映えている。意志の強そうな瞳がなんともソソる。が、残念なことにまだまだ成長途中といった感じだ。将来性はありそうだ。
「そうですね……戦争奴隷のようです。エルフ族の姫とあります。エルフは長寿で魔力が高いのが特徴です。あの姫はエルフの中でも特に魔力が高いようですね」
「戦争奴隷か。プロメテウス王国はどこかと戦争をしていたのか?」
「周辺の小国と戦争中です。あの姫の国はその一つでしょう」
「なるほどな。狙ってみるか。クジャン、競りに参加するにはどうしたらいい?」
「わたくしに値段を告げてくだされば、こちらで札を挙げます。他に競う者がいなくなれば落札です」
「よし、巨大魔石の儲けまでならつぎ込んでいい。それ以上であれば諦めよう。札を出すタイミングは任せる」
「畏まりました」
**
競売は盛況のうちに幕を閉じた。エリクサーは予想の10倍以上の値が付いたのには驚いた。最終的にはプロメテウスの高位貴族が手に入れていたみたいだ。
エルフの姫も落札することができた。最後まで張り合っていた貴族がいたため魔石の儲けが殆ど飛んでしまったが、エリクサーの儲けがあるので問題ない。
ケイオス達はエルフの姫を連れて屋敷へ戻った。エルフの姫は相変わらず厳しい表情を続けている。エルフの姫を前に、皆興味津々だ。レミがウルを抑えてくれているので助かっている。
「さて、エルフの姫よ。名はなんという?」
「……イーリスじゃ」
語尾に「じゃ」が付いているのがあざとい。ケイオスはもしかしてロリババアかと思ったが、その推測はすぐに正しかったことが証明される。
「戦争奴隷と聞いたが?」
エルフの姫、イーリスは頷くだけだ。その後も幾つか質問するが、イーリスは頷いたり首を振ったりするだけだ。
ケイオスはこれは苦労しそうだと思ったが、見かねたレミが助け舟を出してくれた。ウルはツバキが抑えている。
「イーリス、わたしはレミ。よろしくね! こっちがケイオス。私たちのご主人様よ」
レミが皆を紹介して、ケイオスとの馴れ初めや皆との出会いを話している。
ケイオスはこの調子なら問題なさそうだと、席を外し、夕食の準備をすることにした。
「ケイオス、様。……ご主人様、これからよろしくするのじゃ」
「お? もう話はいいのか? 飯は準備してあるから食べながら話そう」
「わかったのじゃ。妾もお腹が減ったのじゃ」
レミがうまく説明し、イーリスのケイオスに対する態度を軟化させることに成功した。イーリスはまだまだ硬いが、レミ達とはだいぶ打ち解けたようだ。
それにしても自分のことを「妾」と呼ぶヤツは始めて見た。見た目は14歳くらいに見えるが実際の年齢はその10倍くらいはあるそうだ。さすがエルフ。期待を裏切らない。
楽しく食事をすることができたが、異文化交流とも言うべきか、イーリスは手掴みで食べようとしたので作法を教えるのに苦労した。主に苦労したのはレミだったのだが。
こうしてイーリスが新たな仲間に加わった。
ケイオスは、イーリスに高い魔力を活かした魔術師として、後衛の役割を期待していた。もちろん夜の方にも大いに期待している。いや、誤魔化すのは止そう。夜の方がメインだったりする。
その日の夜はイーリスの初日ということもあり、皆でイーリスをたっぷり可愛がったのだった。