第二話 「冒険者ランクを上げる話」
ケイオスは初心者講習を受けに冒険者ギルドにやってきていた。
初心者講習といっても部屋に10人くらい集めて話をするだけのようだ。男ばかりで女は1人しかいない。冒険者の男女比率はこんなものなのだろう。
「それでは、冒険者ギルドの初心者講習会を始める!」
厳ついオッサンが講師で、冒険者について話をしている。
オッサン曰く、冒険者は、魔物を狩り民の生活を守る勇者であり、世界の謎を解明するために冒険を続ける挑戦者であるとのこと。
冒険者ランクは、ギルドへの貢献度により決定され、下からG、F、E、D、C、B、A、Sと分かれている。Sランクは勇者と呼ばれ、下手な爵位持ちより権力がある。
冒険者ギルドは国から支援を受けているが、他の国に行っても冒険者ランクなどは共通であるとのこと。しかし、地域によって魔物の強さに差があるため、必ずしも同じ実力とは限らないらしい。
依頼の種類は、採取、討伐、護衛、調査が主であり、初めは薬草などの採取からコツコツやるのがよい。
その他注意点など色々な話があった。
ケイオスは、ゲーム時代とそれほど違いがないことが確認できたので安心していた。転生イベントの度にランク上げをしていたので慣れたものである。依頼が存在すれば、すぐにランクを上げることができるだろう。
初心者講習会が終わり、ケイオスはさっそくどんな依頼があるか掲示板を見に行っていた。
採取依頼は、薬草や鉱石、魔石、モンスターの特定部位が主である。モノさえ持ってくればいいので、極端な話、露天で購入するという方法でもかまわない。ケイオスは、アイテムボックス内に多数の在庫があるので、低ランクはすぐに抜けだせそうだ。
討伐依頼は、ゴブリンの巣や低レベル狩場に出るランク違いの魔物の討伐、街道に出る魔物の討伐とそこそこのランクのものが多い。
ケイオスはとりあえず幾つか採取依頼をこなし、ゴブリンの巣の討伐依頼を受けることにした。
「採取依頼を受けたいんだが。モノは既に用意してある」
「採取依頼ですね。何の品をお持ちでしょうか?」
「これだけあるんだが……」
ケイオスはアイテムボックスから多少控えめに何種類かの素材を取り出した。
受付の人はそのアイテムを見て絶句している。
「どうだ?」
「……すごい量ですね。ええっと、ポーション用の薬草が5つ、エーテル用の薬草が5つ、毒消し用と毒用がそれぞれ――」
ケイオスが用意したアイテムで採取依頼を完了すると、ランクがGからFへと上がった。ギルドカードに記載されているランクは、水晶球の魔導具により書き換えることができるようだ。依頼達成数などの情報も記載され、カードを見れば大体の実力はわかるようになっている。
「それからゴブリンの巣の討伐依頼を受けたい」
「えっ? ケイオス様はFランクになったばかりですが……」
ゴブリンの巣を討伐するには、少なくともCランクの実力が必要で、5人以上のパーティーが推奨されている。Fランクになったばかりのケイオスが受けるには不適当だと思われてもしかたがない。しかし、ランクによる受注制限はなく、あくまで目安なので、依頼を受けること自体は可能なのだ。
「問題ない。自己責任だ」
「しかし……」
「実力を過信しているわけじゃない。心配するな」
「……わかりました。決して無理はしないようお願いします」
ケイオスは、受付が渋るのを無理やり受注させ、ゴブリンの討伐に向かうのだった。
**
ゴブリンの巣はアイオーンの隣の草原エリアを抜けた先の森、三日ほど移動した所にあるそうだ。
ケイオスは道中、スキルを試しながら移動していた。
「『Skill ダッシュ』……っと、変な感じだ」
ケイオスはゲーム内では感じ無かった、妙な感覚を味わっていた。基本的に、スキルを発動すると自動的に体が動くのだが、その際に、今までは感じることの無かった、体の、肉体の躍動を感じることができた。ゲームがリアルになった恩恵だろうか。
ちなみにスキルを発動するには『Skill』のコマンドに続けてスキル名を発音する必要があるのだが、ダッシュやジャンプ、ハイジャンプなどよく使うコマンドは思考がトリガーとなっているため、コマンドを言う必要がない。今回は初めてのスキル使用だったので省略せずに行使したのだ。
ケイオスは他にも幾つかスキルを試したが、どれも重力や遠心力を感じるようになってしまった。動きの激しいスキルには、特に違和感を感じて戸惑っていた。ゲーム時代の認識と摺り合わせるため、ひたすらスキルの使用を繰り返したのだった。
「スキルを発動しなくても同じように体動かせばできそうだな」
ケイオスは、ひたすらスキルを繰り返すうちに、ゲーム内とは異なった境地に辿りついていた。それは、スキル発動の補正なしに、スキルの動作を再現することである。
「クロノス・ワールド」はリアル志向なので、スキルは全て、ゲーム内の物理法則にしたがって組み立てられていた。魔力や魔法を使ったスキルも存在するため、有り得ない動きなどもあるが、ゲーム内の法則にはしたがっている。すなわちスキルで出来るなら、リアルになった今、再現できないことはないのである。
「『Skill ダッシュ、ハイジャンプ、メテオダイブ』……こうか? お? 今のはいい感じだった」
ケイオスは試行錯誤しながらスキルの再現を試みていた。感覚を掴むまで時間がかかったものの、スキルというお手本があるため、比較的容易に再現できそうだ。そうして、スキルの再現を完璧にするべく修練を重ねるのだった。
「よし、単発か、簡単なコンビネーションならだいたい再現できるな」
ケイオスは、再現したスキルを『技』と呼び、スキルとは区別することにした。スキル発動とは異なり自動的に体が動いたりしないが、意識することで加減することができるようになった。途中だけ再現することや、より長く続けること、さらにキャンセル発動を任意のタイミングで行えるようになった。この恩恵は大きい。ゲームでは、スキルを連続で発動し、コンビネーションを実現していたのだが、今までコンボがつながらなかった組み合わせや、根本的に無理があったパターンなども使えるようになるかもしれない。その辺はケイオスの努力次第なのだが、ステータスがカンストしている今、覚えも早く、スタミナの消費も気にせずに練習できるので、近いうちに完全にモノにすることができるだろう。
こうして、移動中の三日間はみっちりとスキルの練習に費やされたのだった。
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森へと到着したケイオスは、さっそくゴブリン探しを始めた。覚えた『技』を早く試したかったのだ。
ケイオスが木と木の間、枝と枝の間をジャンプで飛び回る様はまるで忍者のようだ。ゲーム内では絶対にできなかった移動方法である。木というオブジェクトは壁扱いだったので、登ったり足場にしたりすることは考えられていなかったのだ。
「お、第一ゴブリン発見!」
ケイオスはさっそくゴブリンを見つけると、木の上から飛びかかった。
「くらえっ、地雷也!」
この三日間で完璧に再現できた攻撃スキルのひとつである。脚に雷を纏い、上空からの落下と、回転の勢いを乗せた必殺の踵落としだ。スキル発動ではないので、技名は叫ばなくてもよいのだが、この場合は気分だろう。
天空から襲いかかった蹴りは、見事ゴブリンを潰し、轟音と共に地面に小さなクレーターを穿ったのだった。
「煙い……そして、グロい……」
地面から砂埃が舞い、さらにゴブリンはミンチとなり、クレーターの周囲に飛び散っていた。違法パッチを当てた場合もグロ描写があったものだが、リアルのソレは、血の匂いと共に、思った以上に気分の悪くなるシロモノだった。
ゲームとの違いは汚れというものにまで影響した。つまり、飛び散った血肉がケイオスを汚したのだった。
「まさか、リアルになった弊害が、こんな所にあろうとは……」
ケイオスはスライムの能力で汚れを吸収し、綺麗にした。スライム族でなかったら汚れたまま歩きまわることになっていただろう。
「あっさり倒してしまったが、失敗したな。脅かして巣まで逃げ帰らせればよかった」
一旦冷静になったケイオスは、反省し、次のゴブリンを探し回るのだった。
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「ここがゴブリンの巣か」
ケイオスは、発見したゴブリンの目の前に魔法で爆発を起こし、驚いて逃げたところを追跡したのである。ゴブリンが逃げ帰った場所は森の合間に出来た集落だった。全体を見渡せないので規模はわからないが、それなりに数は多そうである。ゴブリンマジシャンなどの上位種もちらほら見かける。
「さて、ゴブリン共には悪いが、『技』の練習台になってもらうか。目標は巣の壊滅、いっちょ派手にやりますか……まずは魔法から――」
ケイオスが頭上に掲げた両手の上に魔力が収束し、破壊の力を秘めた光の玉が出現した。スキルを再現した時と同様、魔法もコマンドワードなしで発動することができるように訓練したのだ。
光の玉は回転しながら魔力を吸込み続け、どんどん大きくなっていった。ステータスカンストの恩恵は凄まじく、みるみる魔法力が溜まっていく。
「ちょっとデカ過ぎたか……まぁいいか。いけっ!」
ケイオスは人間ひとり分を飲み込むくらい大きくなった光の玉を、ゴブリンの家が密集している地点へ飛ばした。
光の玉が地面へ着弾し、破壊の力を解き放つ。響き渡る轟音と閃光。衝撃波が家を吹き飛ばし、地面を抉る。無事な家々からゴブリンたちが何事かと飛び出してきた。
出てきたゴブリンたちは次々とケイオスに狩られていく。ケイオスとすれ違うたび首が飛び、腕が落ち、胸に大穴が穿たれる。程なくして動きまわるゴブリンたちは居なくなった。
「ふぅ、こんなもんか……。ん?」
ゴブリンの殲滅を終え、一息ついたケイオスだったが、何かに気がついたようだ。
「誰だ! 隠れてないで出てこい!」
ケイオスが誰何する声を張り上げると、木々の間から一人の男が姿を現した。背はそれ程高くなく、年齢も同じくらいか、年下だろう。偏見かもしれないが、糸目で笑顔なのが胡散臭い。
「おっと、待ってくれないか。僕は怪しいものじゃないよ。Sランク冒険者のエオリアンっていうんだ」
「Sランク?」
「そうだよ。大きな爆発があったから様子を見に来たんだ」
「その爆発なら俺が起こしたものだ」
「へぇ〜、凄いんだね。キミのことは知らないけど、高ランク冒険者かな?」
「いいや、まだ冒険者になったばかりだが……」
ケイオスは警戒を解かずにエオリアンと名乗った男と対話を続ける。探られているようであまり気分はよくなかったが、表面に出すことはせず、やり過ごした。
「それじゃあね。また会ったら宜しくね」
エオリアンはそう言って去っていった。
「なんだったんだ、アイツ」
ケイオスも体に着いた血を吸収して綺麗にすると、アイオーンの街への帰路につくのだった。
**
ゴブリンの巣の討伐から戻ったケイオスは、その後も次々と依頼をこなしていった。討伐依頼の度に、採取依頼を幾つか完了させるのでランクアップも信じられないくらい早い。瞬く間にCランクとなり、アイオーンの冒険者ギルドでは知らぬ者がいないほど有名となっていた。
そんなケイオスに、ある日、指名依頼が来た。討伐依頼から戻っていこない冒険者パーティの捜索だ。以前ゴブリンの巣があった森で、オーガ狩りのパーティが行方不明となったとのことだ。恐らく返り討ちにあったものと思われる。オーガ単体ならCランクなので、ゴブリンの巣を単独で制圧したケイオスにとっては難しい依頼ではない。それに討伐で何度も赴いているので、森に詳しいと思われているのだろう。
「指名依頼だからポイントも美味しいし、楽な仕事だな」
気楽な様子で依頼を請け負ったケイオスだった。
さっそくやってきた冒険者パーティの捜索だが、難航していた。
「なかなか見あたらないな……マップとサーチが使えりゃ楽なんだけどなぁ」
捜索が進まないことに苛立ちを募らせるケイオス。
動きがあったのはそれから三日目のことだった。
「お? たしか……エミリオだったか?」
「エオリアンだよ」
ケイオスは、以前、この森で出会ったSランク冒険者のエオリアンに出会った。
「エオリアンとは前もこの森で会ったな。ホームにしているのか?」
「まぁそんな感じかな」
「Sランク冒険者なのに?」
「ボクにも色々あるんだよ」
エオリアンはあまり答えたくないようだ。
「それなら聞きたいことがあるんだが。一週間ほど前にオーガ狩りのパーティが着ていたと思うが行方をしらないか?」
「オーガ狩りのパーティ? ウ~ン……あの人たちのことかな?」
「知っているのか? 何か知っているなら教えてくれると助かる」
「ここからあっちに1日くらい行ったところに冒険者を見かけたよ」
「そうか、情報感謝する」
エオリアンから情報を仕入れたケイオスは、森の奥へと捜索の範囲を広げた。
翌日、エオリアンが言っていたように、冒険者パーティを見つけることができた。
ケイオスは話しかけようと近づいていくと、見たことのある赤毛の女が居た。
「あ、ケイオス!」
「レミ! 久しぶりだな」
この冒険者パーティは、ゴブリン狩りだという話だ。ここ暫く森に篭って効率的に狩りをしていたらしい。
レミは雑用兼荷物持ちで参加しているのだそうだ。スライムに負けて以来、一人で狩りをするのは危険だと思ったらしく、色々なパーティに参加させてもらっているのだという。
「それじゃあオーガ狩りのパーティは見てないのか」
「こっちにはゴブリンがたくさんいるからオーガは近くにいないんじゃないかな」
どうやらハズレだったようだ。ケイオスはレミたちのパーティに別れを告げ、更に森の奥へと進んでいくのだった。
捜索を開始して、一週間程経過しただろうか。
「はぁ〜、捜索依頼がこんな大変なものだとは思わなかった。もう二度とやらん」
ゲームでは、マップで位置情報を確認できるし、事前に攻略情報も確認できたので楽なものだったのだが、現実となると捜索依頼は大変なようだ。
ケイオスは愚痴を漏らしつつも捜索を進める。
「あれは……何だ?」
ケイオスは、森の奥に大きな影を発見したので、確認のために忍び寄る。近づくとわかったが、オーガではなく、アーマーベアである。毛皮が鉄のように固く、オーガより厄介な魔物だ。しかし、ケイオスの敵ではなく、その辺の雑魚と同じようにサックリと狩られるのだった。
「肝心のオーガがいないとなると、既に討伐されている可能性もあるか。その後、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性があると考えた方が自然だな。とりあえず報告に戻るか」
結局この報告が認められ、依頼は達成することができた。
ケイオスは、無敵なので慢心していたのだが、如何にステータスがカンストしていてチートでも達成できない依頼があると心に刻み込んだ出来事だった。
**
指名依頼を受けて以降、ケイオスは依頼を選り好みするようになった。調査よりも討伐、討伐よりも採取。より短時間で効率的にこなせる依頼を中心に請け負うようになったのだった。
「今日はこれだけだ。査定してくれ」
「はいよ、またたくさんもってきたな」
ケイオスは、冒険者ギルドの鑑定所に直接アイテムを持ち込むようになっていた。その方が待ち時間も少なくて楽なのだ。ギルドの方もケイオスが毎回大量に持ち込むので、このやり方が普通になってしまっていた。
「ええっと、お? こいつはハイエーテル用の薬草じゃないか。よく見つけてきたな」
「まぁな。そろそろこのレベルの素材じゃないとポイントの加算が少なくてな」
「ほ〜、この前までCだったのにな。今はいくつになったんだ?」
「この前ようやっとBになった所だ」
「すげーな。アイオーンのギルド始まって以来の最速じゃねーか」
「効率を重視して、ほとんどの時間を依頼に費やしてるからな」
「それにしたって早過ぎるだろ。お、こっちはハイポーション用か」
ケイオスは鑑定所で駄べりながら査定が終わるのを待っていた。査定が終わると内容を記載した用紙を貰い、受付に回るのだ。
効率的に依頼をこなしたケイオスは、程なくしてAランクに昇格するのだった。
ゲームでも数日掛かった手順なのだが、現実となると数ヶ月の時間が必要だった。それでも登録からAランクに
なるまでの時間は圧倒的に早く、ギルド始まって以来の最速だろう。もちろんお偉いさんの口利きで直接Aランク登録されるというパターンもあるが、そういう例外を除いた場合の最速だ。Aランクに達するまで、何年も、何十年もかかるのが普通なのだ。
ケイオスがもともとゲーム知識を持っており、依頼を効率よくこなせたことはもちろん、カンストしたステータスによる無尽蔵なスタミナと魔力により休憩なしで取り組んだこと、更にはスライム体という特殊な性質のため武具のメンテナンスが必要ないなど様々な理由により、この偉業は成し遂げられたのだった。
Aランクになったケイオスは、どうせならSランクを目指そうと思っていたが、Sランクは特殊なランクらしく、通常の依頼では昇格することができないとのことで諦めた。どうやら英雄的行動やコネが必要となるらしい。ままならないものだ。
ケイオスは、ランク上げは一先ず完了とし、この世界について調べることに力をいれることにした。