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童話

雪女のひみつ

作者: 純白米


 むかし むかしの 寒い村での お話です。

あるところに、茂作(もさく)巳之吉(みのきち)という親子がいました。

二人は山に雪が積もると、山の獣を狩りに猟へと出かけます。


 それは、ある吹雪の日の夜でした。雪国育ちの二人でも、今まで体験したことのないような吹雪です。二人は遭難を覚悟しました。すると、遠くに微かに小屋のようなものが見えました。


「おい、巳之吉!小屋があるぞ!あそこに避難しよう!!」


父の茂作が叫びます。二人はやっとの思いで小屋までたどり着きました。

二人が小屋で休憩していると、小屋のドアがノックされる音が聞こえてきます。


コン コン コン。


茂作は不思議がりました。


「こんな吹雪の中、一体誰じゃろう。もしや、他の遭難者か。」


茂作はそう考え、ドアを開けました。

ドアを開けた茂作と、それを見た巳之吉は たいそう驚きました。


なんとそこには、朝日に照らされて輝く雪の如く白い肌で

夜の深い闇の如く 真っ黒な色をした髪の長い女性が立っていたのでした。


「すみませんが、少し休ませていただけないでしょうか。」

「ああ、どうぞ どうぞ!実は、わしらも遭難者で。」


茂作は快く小屋の中へ招きました。


「それにしても、おめえのようなベッピンさんが、そんな綺麗な純白の着物姿で

 こんな吹雪の中を一人で、一体どうしたってんだい。」


茂作が尋ねると、その女性は微笑みながらこう言いました。


「知りたいですか?ならば教えてあげましょう、耳を貸して下さい。」


茂作が照れくさそうに耳を女性に近づけます。

そして、女性は茂作の耳にフッと息を吹きかけました。

すると、またたく間に茂作の顔は青白くなり、バタンと倒れてしまいました。


「え……?!親父!!どうした、親父!!」


茂作はすっかり冷たくなってしまっていました。


「おめえ……親父に何をした……!!」


恐怖に怯える巳之吉を見て、その女性は冷たく言い放ちます。


「わたくしは雪女。この山に棲む妖怪よ。命欲しくば、この山から立ち去れ。

 貴様はまだ若いから、殺さないでおいてやろう。」


そういうと、雪女は吹雪の外へと出て行きました。


 巳之吉はその後、小屋で倒れているところを雪が止んでから猟に来た別の村人に助けてもらいました。茂作は凍死だったそうです。巳之吉は、誰に何を聞かれても、ガタガタと震えて何も言いません。



 茂作の死から、数年が経ちました。

ある日の雨が降る夜のことです。巳之吉が傘を差して、酔っ払いながら千鳥足で家へ帰っている途中の出来事でした。


傘も差さずに一人で(たたず)む女性の姿が 巳之吉の目に入ったのです。

それは それは 透き通るように綺麗な白い肌で

また怪しい闇のように真っ黒な髪の長い女性でした。


「なんと……綺麗な女子(おなご)だろうか……。」


巳之吉は一気に酔いが()め、持っていた傘をポトリと落としました。

しばらくその女性に見とれているうちに、巳之吉は我に返りその女性に話しかけました。


「お、おい、そこの者!そんなところにおっては、風邪を引くだろうて。

 どうだ、わしの家に来ないかね。」


「はい!」


女性は元気よく答えました。巳之吉はこんな雨の中ずぶ濡れになっているのに、どうしてそんなに嬉しそうなのかと不思議に思いましたが、ひとまず自分の家に招き入れました。


「ここには、一人で暮らしているのですか?」

「ああ。親父は、数年前に事故で死んだ。

 だから、気を遣う必要はない。

 気の済むまで ゆっくりしていくといい。」

「はい、ありがとうございます。」


そうは言っても、二人はさっき出会ったばかり。お互いのことを何も知りません。


「あ、あの……。ところでお主、名は何と言う?」

「お雪と申します。」

「ほほう。お雪か。良い名だのう。お雪は、どこから来たのだ?」

「はい、あの山の向こうから……。」


二人はさっき出会ったばかりでしたが、まるで昔どこかで会ったことがあるかのように

みるみるうちに距離は縮まり 話せば話すほどお互いに惹かれあっていきました。


巳之吉とお雪が付き合うまで、時間はそれほどかかりませんでした。


「お、お雪……。その……手を繋ごうではないか。」


巳之吉は勇気を振り絞って彼女に言います。

しかし、お雪は嫌がります。


「ダメ…わたくしの手は、冷たいから。」

「何を、雪国育ちの男が そんなものを気にすると思うか。」


巳之吉は言い出した手前、もうあとには引けません。

お雪の手を強引に握りました。


手を掴んだ瞬間、巳之吉は心臓がキュッと小さくなるように感じました。

冷たいと言われ ある程度の予想はしていたものの

ぞっとするほど肌が冷たかったのです。


「うむ……確かに、冷たいのう。」

「冷え性なものですから……。」

「そうか……う、ゴホゴホ……!!」


巳之吉が急に苦しそうに咳き込みます。


「巳之吉殿!大丈夫ですか?!」


お雪が心配そうに巳之吉の背中をさすります。


「……ああ、大丈夫だ。最近、少し咳がとまらんくての。

 寒くなってきたからかもしれん。お雪も、気をつけるのだぞ。」

「……はい。わたくしは、大丈夫ですよ。」


 そうしてデートを何度か重ねていくうちに、二人はとうとう結婚するに至りました。


「おーい、お雪や。風呂が()けたぞ。先に入ってはどうだ。温かいぞ。」


しかし、お雪はまたもや嫌がります。


「わたくしは、まだ結構です。それより巳之吉殿がお先に入って下さい。」

「そ、そうか……。お雪はいつもそうじゃのう……う、あいたたたた…!!」


巳之吉が、急に胸を押さえて苦しみ始めました。


「どうなさいましたか、巳之吉殿……?!」

「いや、なに、少し胸のあたりが痛むのだ……いたたた……!

 大丈夫、いつものことだ。すぐに治まる……。」


お雪には不思議な点がいくつかありましたが

それでも二人の愛は冷めることを知らず

遂には子どもまで授かることができました。


一人目を産み、二人目を産み、三人目まで産んだときのことです。

村にある噂が流れていました。



「巳之吉のとこの嫁は、どうして年を取らねえんだ?」



お雪は三人も子どもを産んだというのに、まだ若く綺麗なままです。

その噂を聞いた巳之吉は、村人に怒ります。


「わしらは幸せに暮らしているのだから、変な疑いはやめてくれ。」


そう言うと、巳之吉は家へと帰っていきます。

しかし、村人の疑いは晴れません。


「いくらなんでもおかしいじゃろ……あの嫁さんは、美し過ぎる。


 それに比べて巳之吉は……なんだか最近、痩せてきているんじゃねえか?」



 巳之吉が家へ帰ると、お雪が囲炉裏(いろり)()けずに寒い部屋で一人座っています。子ども達三人は、隣の暖かい部屋で寝ています。


「おい、お雪。一人で囲炉裏も点けずに何してんだ。これだとおめえ、寒いだろ……。」


巳之吉がそういうと、お雪は下を向いたまま答えます。


「寒くないの……!!」

「…………お雪……。」


囲炉裏を点けようとする巳之吉の手が止まります。


「ごめんなさい……わたくし……実は……!!」


お雪の目には涙が浮かんでいます。それを見た巳之吉はお雪の話を(さえぎ)ります。


「それ以上、何も言うな。」


するとお雪は顔をあげて叫びます。


「いけない!!聞いて!!わたくし、実は……!!」

「言うな、言うな!!…何も、言うな。

 一度口から出した言葉は、もう二度とは戻らない。

 わしは何も、知らぬまま死んでゆくから。」


巳之吉の目にも 涙が光るのが見えます。


「わたくしは……あなたとは一緒に居られない……。


 わたくしは……わたくしはあなたの父上を殺した雪女だから……。」


お雪は、すべてを話し始めます。


「わたくしはあの日、あなたに恋をしてしまったの。

 若くともたくましく、美しい姿のあなたに。


 だから、わたくしはあなたを生かした。あなたのことが好きになってしまったから。

けれども、あなたは人間で、わたくしは妖怪。この恋が実るはずは無かった。


でも……でも、どうしてもあなたのことが忘れられなくて、山の神様のところに頼みに行ったの。どうかわたくしを、人間にして下さい、と……。


そうしたら、山の神様はこう(おっしゃ)った。

人化(じんか)の術で、お主を人間に化かしてやることはできる。絶対に誰にもバレなければ、人間と暮らしてもよい。だが、いくら人間に化けようと、お主はもともと妖怪だ。お主と一緒にいる人間は、長い年月をかけて、ゆっくりと衰弱していく。それでもよいのか、と。


 最初はそれでもいいと思った。わたくしはどうしてもあなたと暮らしたかった。

あなたと暮らせればそれでよかった。


でも、変わってしまった……。あなたが弱っていく姿に、もう耐えられない……。

いつしかわたくしは、あなたのことを……愛してしまったから……。」


巳之吉は黙ってそれを聞いていた。お雪は話し終わると床に伏せて泣いてしまった。

その姿を見た巳之吉が今度は話を始めた。


「妖怪だから何だと言うのだ……。

 わしは妻すら愛してはいけぬのか……?

 妻を愛して死するのならば、これほど名誉なことは無い。」


しかし、お雪は首を振る。


「もう、遅いの……。わたくしはそれに耐えられず、あなたに全てを話してしまった……。人化の術は禁術中の禁術。もし誰かにバレれたとき、その知ってしまった人を殺さねば、わたくしは死ぬ。」


「なんじゃと……ならばわしを殺せ!!さあ、早く!!」

「そんなの、無理に決まっているじゃない……。

 ここで寝ている子ども達の顔を見たら、あなたを殺せるわけがない。

 ああ、なんて可愛いの。三人とも、本当にあなたによく似ているわ。

 どうか、この子たちを……よろしくね……。」


そう言うと、お雪の体はみるみるうちに溶けていき 煙のように消えてしまった。


「お雪……お雪よ……。何故だ……何故わしにそのことを告げたのだ……。

 わしは……この暮らしに満足しておったのだぞ……。

 なのに……なんで……なんで……。」


 それ以来、お雪の姿を見たものはなかったという。


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