山田あたっく!
下ネタ多目ですので、そういうのが苦手な方は回れ右でお願いします。
休み時間。
寝不足気味の脳を休めるため机に突っ伏していると、ここのところ毎日のように現れる“ヤツ”の声が耳に届いた。
「先輩! せんぱいせんぱいせんぱい、おっぱーい!!」
「…………」
バカがいた。
「せんぱい。せんぱいってばー。おーい? せんぱい。おっぱい?」
「…………」
無視してやるとバカはさらに頭のおかしい発言を続ける。
その単語を『先輩』みたいな体で言うな。疑問系にするな。
「ちっ」
「あれ? 今舌打ちしました? おっぱい?」
「うるさい。黙れ痴女」
痺れを切らしムックリと体を起こした。
「あ、やっと起きた」
「………ああ、やたらやかましい騒音があまりにも耳障りでな」
「?? 工事なんてやってませんよ?」
「そんな生易しいもんじゃねえし」
これはもう『山田誓良』という名の自然災害だ。緊急事態宣言が出てもおかしくないレベルの。
「それは災難でしたね」
「なに元凶が他人事みたいに言ってんだ」
「はあ。……で、それはそうと、今先輩は寝起きな訳で、それはつまり先輩のバキューンなパオパオもガキィーンってしてますか? もし、なんなら私が鎮めて差し上げましょうか? いえむしろ鎮めさせてください! 何でもします! 朝勃ちならぬ昼だ――――」
「あははは、もうお前死ねば良いのに」
「そんな!? いたいけな後輩の健気な申し出を、「はぁこいつ何言ってんだその程度でこの俺様が満足するわけねぇだろ、っつかなに制服着てんだ全裸待機だろ」だなんてどういう鬼畜なんですか先輩大歓迎ですけど!?」
「……おまえ人の話聞いてるか? つか日も高い内から何の話してんだ、一生口聞けなくしてやろうか」
今は休み時間であり当然教室には多くのクラスメートが残っている。周りの視線がいたたまれない。
これが学園生の、後輩の、しかも女子の言動なのだから、なんというかもう………いっそ思考を停止して、どこか遠い精神世界に旅立ちたくなる。
「口を聞けなくする………ウホッ、Ktkr!」
「おい待て。今何を想像した、言え」
「何って、先輩のナニで私の口を栓するんですよね?」
「もういいから死ねよお前……」
「ちなみに私は朝でも昼でも夜でも、家でもホテルでも職員室でもバッチコイですから!」
「いや、誰もおまえの趣味嗜好なんか聞いてねえから、ってか最後のはいろんな意味でNGだろ不可能だろ」
「『24時間性業』っていうのが今週の私のテーマですので。あ、ちなみに先週は「24時間発情できます」でした」
「知らねえよ、どんなスローガンだよ」
ってかどんな業の者だよお前……。
「いや、もう頼むから本当黙れ」
「それは出来ない相談です」
「………なんで」
「私、喋ってないと死んじゃいますから」
「マグロか!」
つい思い切りツッコミを入れてしまった。
止まったら死ぬ、みたいな。
「えー? そんなわけないじゃないですか。失礼な」
「もういいわかったからそれ以上口を開――」
「私は感じたら感じたなりに喘ぎますし、腰使いにも結構自信ありますよ? その辺の不感症と一緒にしないでほしいですね。先輩の剛直棒に貫かれたら一発昇天間違いなしです!」
「言うなというにっ。ってか、そっちのマグロじゃねえよ」
「え? 他にどんなマグロが?」
「魚類だよ、条鰭綱-じょうきこう-スズキ目サバ科マグロ属のマグロだよ!」
「ええっ? 魚のマグロと先輩の剛直棒にどんな関係が!? ――っていうか案外物知りですね先輩そんなとこもステキ」
「ねえよ。何の接点もねえよ。あとステキとか言うなキショイ」
「ですよね? 先輩の剛直棒と接点があるのは私の三つの口だけですもんね?」
「ないから。そんな事実は断じてないから」
もうこいつ殺していいと思う、マジで。もう生命活動を終わらせる以外にこいつを止める手段がない気がする。というかその都合の良い耳をどうにかしろ。罵詈雑言に対してフルキャンセラー搭載のご都合イヤー……コイツにゃマジで無用の長物すぎる。
と、殺意に震える俺の肩に手を添えるヤツが一人。
「ま、まあまあ、響。ちょっと落ち着いて」
友人の宮瀬修一だった。
どうも俺達のやり取りを見かねてやってきたらしい。
「ね? 山田さんも――」
「私を山田って呼ぶんじゃねぇっ!!」
「っえぇ?!」
あまりの剣幕にたじろぐ修一。
この後輩と不本意ながら少なからず交流がある身として説明すると……どうも、こいつは自分の名字にコンプレックスがあるらしく名字で呼ばれるのをひどく嫌がる。
「ご、ごめん」
「――今度私をその名前で呼んだら"ピーーー"を切り落としてミンチにしてハンバーグにして食わせますよ。あるいは松茸よろしく網で炙る」
「「ひぃぃっ!」」
思わず俺までビビってしまった。
相変わらず恐ろしい事を平然と言う女だ……。
「わ、わかったよ。誓良、ちゃん、で、いいかな」
「ダメに決まってるじゃないですか! 私をファーストネームで呼んでいいのは親と響先輩だけです!!」
「え、えぇー……ど、どうしろと?」
なんという理不尽………。正直、修一に対して同情を禁じ得ない。俺に比べりゃ大した被害でもないとは思うが。
「あ、響先輩はいいんですよー。ほら、せ・い・ら。はい」
「はい、じゃねえし。絶対、断固、黙して呼ばん」
「あぁん。もう、素直じゃないですねぇ」
しばいたろか。
「えっと、じゃあ………僕は何て呼べばいいのかな?」
「そんなの自分で考えて下さい」
「ちょっ、まさかの丸投げ!?」
「というかですね。貴重な休み時間に宮瀬先輩ごとき短小な人に構ってる暇はないんですよ。私には」
「いや、ちょっと待って? 貶すにしても『短小』っておかしくない?」
「まさか、違うとでも? 自分が太長とでも仰るつもりで? そう仰るなら証拠でも見せてくださいよ」
「え、いや………」
引くな! 修一、引くな!
いくら自信満々に言っててもおかしいのはあっちだ! 引いたら敗けだ!!
「まあ、宮瀬先輩のそんな粗末なものは徹頭徹尾、超絶どうでもいいんですが」
「………………」
「修一ぃぃぃっ!!!」
修一はちょっと泣きそうになっていた。
俺までもらい泣きしそうだ。
この後輩の破壊力は常人には耐えられないものだったみたいだ。
………いや、この言い方だと俺が普通じゃないみたいだけどさ。
「私は響先輩との愛を育みに来たのです」
「変態-キ○○イ-と育む愛など俺にはない」
「そ、そんなぁ……私達二人は我が学園の生んだ珠玉の変態同士ベストカップルと言わざるを得ないと思うんですけど。そういえば「珠玉」って「タマタマ」とも読めますよね。タマタマのカップル……アリですね!」
「言わねえよ。知らねえよ。ないわ。死ねよ、もう。一息でいくつツッコミさせる気だ――っつか、何か今聞き捨てならない事を言ったな」
「はい?」
『何の事?』とでも言いたげに首を傾ける。
「誰が変態だ、誰が。今この場にいる変態はおまえだけだからな?」
「――……え?」
「そこで心底意外そうな顔をするな」
「え、だって、あの……え?」
「俺を指差しながら修一に確認を求めるな、指へし折るぞ」
っていうか修一君、まだ回復してませんからっ。
「でも、先輩……変態紳士、ですよね……?」
「コイツ真顔で、すんげー戯言吐きやがったよ」
「戯言じゃないですよ。皆言ってますし」
「皆って誰だよ」
「皆は皆です。英語で言うとエヴリワン」
「いや、だから誰だと聞いた。単語の意味じゃねぇ」
「この学園の人全員を指してエヴリワンです。」
「なん――――」
NA N DA TO ?
「な、なんでそんな事になってんだよ?」
「学園中の噂の的ですよ。さすが私の愛する先輩ですね。うんうん」
「んな感心されても嬉しくねー!」
「先輩の名声を流布した私としても鼻が高いです」
「って、おまえが犯人かっ」
何やっちゃってくれてんの? しかも、やっぱり戯言っつか捏造じゃんか!
「えへん。褒めてくれてもいいですよ? というか褒めて下さい。ご褒美は先輩の超硬ムラムラ棒でいいです」
「こいつ、なんで褒めてもらえると思ってんの? あまつさえご褒美要求とか。ってかそれがご褒美になる時点で色々アウトだろ」
脳ミソ腐ってるんじゃないか。
「いえ、何も先輩本体を求めてる訳ではなく」
「いやいやいやいやいや、もうそれ本体だからな? わかってるか?」
「ちょちょいっと取り外して一週間程の間、貸して頂ければ、それでいいです」
「キャストオフ機能とか付いてねえから」
「でも緊急時には脱出できるようにベイルアウト機能とか」
「生態的にそんな機能持ってる種はねぇから」
「ナメクジとかヤドカリとか?」
「あれは本体じゃねぇ、俺らにとっての服とか鎧、外装」
「大丈夫、先輩はパイルダーオフできる人ですからそこも取り外せるはず!」
「できねえから! てかその言い様じゃ俺カツラか人造人間だからっ」
そんな機能付属されてたら超恐いよ!
「そもそも、それなら素直にいけない玩具買えよもう……」
「そんな……あのぬくもりが大事なんですよ、きゃっ」
「……はぁ、もう」
「深い溜め息……それは恋煩いの兆候。そんなに私に欲情してくれたんですね?」
「違う。突っ込み疲れただけだ」
恋煩いから一足飛びに欲情してたら身も蓋も無さすぎて嫌だ。
「突っ込み疲れただなんて、そんな先輩ったらヒ・ワ・イ♪」
ツンと額をつつかれた。
――殴った。
「あん♪」
ついに手が出た。にも関わらず嬉しそうなこいつがきもちわるい。
「先輩の愛のムチ………いい!」
「愛などない」
「えー」
唇尖らして拗ねるな。もう一発殴ってしまいそうだ。
「もう、先輩、さっきから何が不満なんですか」
「徹頭徹尾、最初から最後まで何もかも全部不満だよ」
「ワガママですねぇ」
「おまえがな」
「おっとぉ。ふふふ。まあ、確かに私はこう見えて着痩せするタイプ。なかなかのワガママボデェーの持ち主ですが? でも先輩ならいつでもプリーズタッチミーウェルカムアハーンですよ」
「ダメだこいつ、日本語が通じねえ………」
無視したら無視したで鬱陶しいしで、どうしたら良いのか。
「おまえなあ……あんま調子に乗ってるといつか痛い目見るからな?」
「調子になんて乗ってませんよ。こんな謙虚で奥ゆかしい後輩捕まえて何言ってるんですか」
「……『謙虚』と『奥ゆかしい』って言葉そのものの存在を揺るがす発言だな」
「それに私が乗るのは先輩の上だけって決めてますから。………きゃっ、言っちゃった♪」
「それ、恥ずかしがるポイントおかしいからな」
何かもう色んな物が手遅れな気がしてならない。
つーか、学校に来ていて気の休まる時間が授業中しかないっていうのはどういう事だ。
まあ、この歩く天災を沈静化させる手段を一つだけ知らないでもないのだが……出来るならば使いたくない。あまりにリスキーだからだ。
……ゴクリ
生唾を飲み込む。
やらざるを得ないよなあ。じゃないとこいつ帰らないもんなあ……。
仕方ない。
覚悟を決めろ、霧島響!!
「おい」
「はい、何ですか先輩? 私の処女膜を破る決心がつきましたか?」
「そんな決心は未来永劫生まれ変わってもつかないから安心しろ」
「もー、そんな心配しなくても大丈夫ですよー。ハ・ジ・メ・テ(はぁと)は痛いって言いますけど、でも例え痛くてもそれが先輩の愛だと思えば私、我慢しますか―――」
「――やまだ」
「…………ら?」
「やまだ、やまだ」
俺はその名を連呼する。
かつて同じ手段を用いた結果、訪れた惨劇が脳裏を過り体が震えた。が、俺はその名を呼び続ける。
そう、自由をこの手にするために。
「やまだ。やまだ、ヤマダ山田」
「……せんぱい? 冗談、きついですよ?」
山田さん、超恐いっす。
「や、山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田やまだっ」
「ふ、ふふふふへえへへへぇ……山田って呼ばないでくださいって、言ってるじゃないですか、せんぱい」
「山田! ヤマダ! やまだ!」
「だ、だから……………」
「ヤ・マ・ダ! ヤ・マ・ダ! ヤ・マ・ダ! ヤ・マ・ダ!」
「―――山田って……呼ぶんじゃねええええええええええええっ!!!」
「やまだああああああああああああああァっ!!!」
「にゃ゛ぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!?!?!」
俺が吠えて、山田が絶叫したその瞬間、視界の端で何かが動いた!!
「ぐっ!?」
振り抜かれた『それ』は一直線に目標に向かってもの凄い速度で飛んでくる。
回避――は間に合わない、から防御!? と、その一瞬の判断の遅れが命取りだった。
気が付けば、
「か、は………っ!」
ヤツの右足が、俺の股間を打ち抜いていた。
実に見事、見事すぎて――声も、出ないっ……。
「………っ! っ! っ~~~!!」
無言で崩れ落ちる……俺。
多分一部始終を見ていたクラスの男子は全員この痛みを想像して縮み上がっているだろう。この激痛は男にしかわからない。それほどに筆舌に尽くし難い壮絶な痛みなのだ。
「先輩の……先輩の不能~~~~っ!!」
いや、もしそうなったらおまえのせいだからな?
「っ~……ぁ、っ……!」
突っ込みたくても声が出ない。
その間に泣きながら加害者は走り去っていく。
嵐は去った。一部……本当、俺の体の極"一部"に甚大な被害を残して。
「響! しっかり! 響ィィィィィィィィィっ――――!!!!」
「お………俺は、自由、だ………っ! かは……」
何処か遠くの修一の声を聞きながら、俺は激痛に苛まれながら力尽きるのだった。