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戦場と墓前

重装備の正規軍同士のぶつかり合いだった。

両軍とも、堅陣である。


ザッファー軍は、二万五千と報告を受けている。


対するラグマ軍は、三万くらいだろう。


デリフィスは、馬上から動かなかった。


率いる傭兵団は、千人ほど。

四千までなら、ラグマの正規軍が相手でも勝てる。

それだけの訓練はしてきた。


だが、相手は三万である。

力の奮い時は、見極めなければならない。


大軍同士の押し合いがしばらく続いた。


兵の練度は、ほぼ互角に思えた。

ならば、あとは人数と用兵が物を言う。


人数の差で、徐々にザッファー軍が押され出した。


だが押す分、ラグマ軍の堅陣にも緩みが出ている。


ここだ。


デリフィスは剣を振り上げ、号令を出した。


先頭に立ち、ラグマ軍の側面から突撃をかける。

次々と敵兵を斬り払っていった。


さすがに、三万は大軍である。

デリフィスの傭兵団は、騎馬が二百、歩兵が八百だった。


騎馬が五百だったら、ラグマ軍を突き破ることができた。


一万を率いていたら、勝負はついていた。


デリフィスは、兵を返した。

再び、勢いをつけて突撃をする。

それを繰り返した。


さすがに、ラグマ軍も対応した。

一万が、傭兵団に向かい合う。


ザッファー軍が、押し返した。

デリフィスは、雄叫びを上げて先頭で突っ込んだ。


当然である。

傭兵団は、デリフィスの軍だった。


その軍の戦いは、デリフィスの戦いになる。


だから、デリフィスの好きなようにやる。


常にデリフィスが先頭に立つ。

それが、デリフィス軍の戦い方だった。


ラグマ軍を蹴散らしていく。


あと一押しで崩れる。

だが、不意に味方の軍が騒然となった。


新たに、一万ほどのラグマ軍が現れる。


見事な伏兵である。

まるで、地中から湧いたようだった。


一目でわかる。

他のラグマ軍とは比べものにならないほど、精強である。


負ける。

それを、デリフィスは悟った。


伏兵の一万が、ザッファー軍に突撃した。

一撃で軍勢が大きく削られる。


先頭の男が、凄まじい。

甲冑が、他の者より少し派手だった。

将軍だろう。


光輝く剣を振るい、触れる者を尽く斬り倒していく。


男自体が光を発しているようにデリフィスには感じられた。


テラント・エセンツですな。

側にいた部下が言った。


あれが。

噂には聞いたことがある。


ラグマ軍でも最強の部隊を率いる、ラグマ軍最高の将軍。


若き常勝将軍などと呼ばれているらしい。


女に夢中になり腑抜けになったという噂もあったが、それは間違いのようだ。


テラント・エセンツの部隊の突撃によって、あっと言う間にザッファー軍は崩れた。

追撃が始まる。


ザッファー軍は散り散りになった。


デリフィスは、傭兵団をまとめ退却した。


テラントの部隊は、ザッファー正規軍には眼もくれず、傭兵団を追ってきた。


テラントという将軍は、犠牲が少なくなる戦い方をすると聞いたことがあるが、確かにそうだった。


傭兵団が、戦線にいるザッファー軍の中で、最も精強である。


一千の傭兵団が潰れれば、おそらく二万五千のザッファー軍は立て直せなくなる。


デリフィスは、元からの部下である百人と殿軍に回った。


それがおそらく、最も犠牲が出ない。


ただ、百人には死んでもらわなくてはならないかもしれない。


テラント・エセンツの率いる軍の追撃は、迅速で強力だった。


それでも、同数なら負けない、デリフィスはそう思った。


周囲の傭兵が、次々と討たれていく。

その十倍は、倒していた。

決して、負けてはいない。


執拗な追撃だった。

デリフィス一人を狙っているようでもある。


構わなかった。

何十人と斬っていく。


追撃が止み、テラントが単騎で向かってきた。


まさか、一騎打ちを望むというのか。


それが、最も両軍の犠牲が少なくなる戦いになるが。


そのまま数で押し潰せばいいものを、おかしな男である。


デリフィスも、傭兵団を止めた。

一騎でテラントの前に出た。


言葉を交わすことはなかった。

同時に馬を馳せ、すれ違い様に剣を合わせる。


その斬撃に、全身が痺れ背筋が凍った。


こんな男がこの世に存在するのか。


心の中で、なにかが熱く動く。

体中を血が駆け巡った。


何十何百と剣を合わせ続けた。

双方の馬が潰れた後も、地面を蹴り、あるいは踏み締め剣を合わせた。


デリフィスは、自分が笑っていることに気付いた。


テラントも壮絶な笑みを浮かべている。


どれだけの時間が過ぎたか。

テラントの軍から、退却の鐘が響いた。


敗戦の報を受けたのだろう。

新手のザッファー軍が、現れたのである。


傭兵団を収容するのが目的なのか、その軍からも退却の鐘が鳴った。


テラントが、味方に包まれるようにして退いていく。


待て。

デリフィスは独りでも追おうとしたが、部下に遮られた。


その日は、テラントと決着をつけることはできなかった。


与えられた宿舎に戻り、デリフィスは剣を見つめた。


テラント・エセンツ。

あんな男がいるのか。


いずれ、また戦う時がくる。

あの男を討つことができるのは、俺だけだ。


そして、俺を討つことができるのも、あの男だけだ。


だが、数日後。


両国は停戦の条約を結んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


マリィと、結婚することになった。


交際を始めて、一年が過ぎてからのことである。


余り祝福された結婚ではなかったかもしれない。


『放浪する医師団』に所属しているといっても、身分は一市民と変わりない。


テラントは、周囲の声など気にしなかった。

自分自身で選んだ女なのである。


王は広大な屋敷を準備したが、テラントは固辞した。


贅を尽くした生活はできるが、そんなものをマリィは望まない。


王都の郊外に、住居を構えた。

使用人もいない。

マリィは、家のことはなんでも自分でやりたがる。


穏やかな生活が、しばらく続いた。


今までのどんな時よりも、心は満たされている。


束の間の平和だと、テラントにはわかっていた。


またいずれ、どこかと戦争になる。


相手は、西のズターエか、北東のザッファーか、北のホルンか。


国内の異民族が反乱を起こす可能性もある。


軍を、退役しようか。

テラントは、それを考え始めていた。


戦場へ行くたび、マリィが心を痛めているのを知っている。


難しいことだが、今ならまだ可能だった。


戦争が始まってから、もしくはさらに出世してからでは、退役は許されないだろう。


テラントは、まだ二十四歳だった。


新しい仕事を覚える。遅くはない。


もっと街から離れた土地に住むべきだったか。


そして畑でも耕し、家族と家と土地を守り生きる。


女や家族のために生き方を変える。

それもまた、男の生き方だろう。


軍の退役を、本気で考えるようになった。


子供が欲しい。


マリィにはまだ、懐妊の様子はない。


小雨がぱらつく日だった。

王宮に出仕するため、テラントは家を出た。


家は、小高い丘の上にある。

坂を下り、不意に嫌な予感がした。

家から、火の手が上がっている。


なんだ?

なにが起こっている?


馬を返し鞭を入れた。

飛ぶように駆けさせる。

燃える自宅に飛び込んだ。


何人かの黒装束の男たち。

リビングの中央に、長い両手にそれぞれ小剣を持った小男。


刃が血で曇っている。

誰の血だ?


その足下に、マリィの姿。

ぴくりとも動かない。


死んでいるのか?

いや、そんなはずはない。


そこをどけ。

マリィから離れろ。


テラントは小男に襲い掛かった。

剣が小男の左耳をかすめる。


小男は、反撃することもなく逃げ出した。

黒装束たちもいなくなる。


テラントはマリィを抱き起こした。


ぐったりとして動かない。

胸に深い刺し傷。

冷たくなっていく体。


嘘だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


戦う相手が変わった。

北のリーザイ王国や、反乱を起こした地方の領主だったりする。


傭兵団を引き連れ転戦を繰り返したが、満足できる相手に出会うことはなかった。


強いと思える者と剣を合わせても、どこか物足りない。


やはりあの男しかいないか。

ラグマ王国の将軍テラント・エセンツ。


これまでの人生で出会った、最強の男。


あの男と戦いたい。

斬り殺したい。

それは、耐え難い欲求となった。


デリフィスは、傭兵団を捨てた。

ラグマ王国とは停戦状態にある。

軍勢を率いてはいけない。


べつに、慕ってくれているわけではないのだ。


傭兵たちから離れることに、抵抗はなかった。


王に仕官するよう誘いがきたが、もちろん断った。


心躍る相手がいるとも思えない。


単身、ラグマ王国を訪れた。

王都に、テラント・エセンツはいる。


決闘を申し込めば、応じてくれるだろう。


デリフィスは、テラントの壮絶な笑みを思い出していた。

あの男は、俺と同種の人間だ。


テラント・エセンツを捜した。

すぐに居場所はわかった。

王都の郊外に、暮らしているらしい。


テラントは、墓前にいた。

墓前で、涙を流していた。

妻を殺されたという話は、聞いたことがある。


衝撃を受けた。

多くの涙を見てきた。


厳しい訓練に、泣き出す者がいる。


戦場で、泣きながら命乞いをする者もいる。

涙は弱さの象徴だと思ってきた。


それを、デリフィスにとって最強の男が流すのか。


それほどまでに、死んだ妻が大切だったのか。


女のためにというのが、デリフィスにはよくわからなかった。


心から愛されたことなどないだろう。

デリフィスが求めたこともない。


性欲を持て余した時だけ、金を払い抱く。

それだけの存在だった。


テラントが、デリフィスに気付いた。


虚ろに見える瞳に、確かに暗いなにかがある。

無言ですれ違った。


無防備な背中。

戦えば、斬れる。


だが、そんな勝利を望んでいるのか?


本当に斬れるのか?

斬りたいのか?


斬りたいはずだった。

そのためだけに、傭兵団を捨て、ラグマ王国にまできたのだ。


デリフィスは、自分がなにをしたいのかわからなくなっていた。


わからないまま、テラントについて行った。


この男がなにを望むか、容易に想像はできた。


見届けてみよう、そう思った。


それから、二年以上が過ぎた。


今では、テラントの目的を達成させてやりたいと、心の底から思っている。


マリィの墓前で誓った。

必ず、仇は討つ。


脳裏に刻んだ小男のことは、絶対に忘れない。


国の諜報部に依頼しても、その正体を知ることはできなかった。


わかったのは、黒装束たちが『コミュニティ』という組織の戦闘員ということだけ。


『コミュニティ』は、世界中の政府にまで、深く力を浸透させているらしい。


国家に頼っても、小男についての情報は得られない。

ならば、自分の力で捜すのみだ。


将軍の座を辞した。

なにもかもを捨てた。

ただ、復讐を果たせればいい。


『コミュニティ』の男ということはわかっているのだ。


全員、手当たり次第狩っていけばいい。

何万人いようと関係ない。

いずれは、辿り着く。


デリフィスという男と再会した。

ザッファー軍の傭兵団の団長をしている男である。


以前、戦場で剣を合わせたことがある。

名前は、その後知った。


目的がなにか、わかる気がした。

厄介な男が来たものだ。


決闘を申し込まれれば、応じてしまうだろう。


だが、デリフィスは無言だった。

無言のまま、テラントの旅についてくる。


なにを考えているのか、よくわからない男だった。


二年以上が過ぎた。


デリフィスは知らない。

独りの旅ではなかったことに、デリフィスがそこにいることに、テラントがどれほど救われたか。


そのことを、言うつもりはない。

これからも、口が裂けても言わないだろう。


いつの間にか、この寡黙でなにを考えているのかよくわからない男が、心から信頼できる存在になっていた。



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