姉妹
あの日、焚火の前で誓った。
お父さんとお母さんを死なせて、友達を死なせて、集落の人たちを死なせて。
連れてこられた、新たな集落。
でも、受け入れてもらえなくて。
外。焚火の前で、二人で震えて。
全部あたしのせいなのに。
それなのに、リィルはあたしのことをお姉ちゃんて呼んでくれる。
だから、誓った。
なにがあっても、リィルだけは守ってみせる。
約束した。
あたしたち姉妹は、ずっと。
ずっと一緒だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
シーナの動きが止まった。
薄れた霧の向こうに、姉妹の姿が見える。
「わたしは、ここにいるから……」
シーナの背中に回した、リィルの手。
強く、優しく、シーナの体を抱きしめている。
「わたしたちは、なにがあっても、ずっと一緒だから……」
シーナが、微かに呻く。
声は、届いているのか。
きっと、届いている。
ずっと一緒に暮らしてきた姉妹なのだから。
「ルーアさん。お願いします……」
リィルは、なにを言っているのだろう。
自分諸とも、などと考えているのだろうか。
(……そんな訳、いくか)
どれだけの訓練を受けてきたか。
どれだけ、剣を振ってきたか。
シーナが動きを止めている今なら。
霧が薄れた今なら。
確実に、シーナだけを斬ることができる。
(シーナ……)
殺すことができる。
ルーアは、歯を軋ませた。
(……迷うな!)
それは、リィルの、覚悟を、決意を。
(……躊躇うな!)
シーナの、想いを、願いを。
(……背負うことから、逃げるな!)
踏みにじることになる。
シーナが、いきなりもがき出した。
リィルを引きはがす。
衣服が破れ、引っ掻き傷が残った。
リィルの指先にも、血。
爪が剥がれたのだろう。
「……リィルと一緒なんて、やだよ」
いつも通りの、シーナの台詞。
いつも通りの、言い方。
だからきっと、いつも通り、悪戯っぽく笑いながら。
ルーアは、叫び声を上げていた。
叫びながら、駆け出していた。
リィルが、手を伸ばす。
それを、ティアが抱き着いて止めた。
二人を、シーパルの防御魔法が包む。
できれば、リィルの眼を覆って欲しい。
だが、無理か。
半狂乱になっているリィルを押さえ込むことで、ティアは精一杯のようだ。
無防備なシーナの背中。
腹は駄目だ。
腹の傷は、すぐに死ねなかった時に苦しむ。
だから、シーナの背中から胸に、ルーアは剣を突き立てた。
シーナの体が震える。
リィルの悲鳴。
剣を引き抜き、シーナの体を抱き止めた。
急速に抜けていく。
命が、魂が。
温もりが。
「ありが、と……」
「礼なんて、言うな……」
静かに、傷だらけのシーナの体を横たわらせた。
「ごめんね……リィル……」
呟き。
シーナは、眼を閉じた。
リィルが、姉に縋り付く。
ルーアは、空を仰いだ。
だがすぐに、姉妹に眼を戻した。
眼を逸らしてはならない。
また、ルーアは歯を軋ませた。
これだから、手に馴染んでいない剣は嫌なのだ。
柄を握り締める手。
その掌が、どうしようもなく痛んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
先を歩くズィニアに、追い付けない。
デリフィスがいくら速く足を動かしても、ユファレートが飛行の魔法を使っても、その距離は縮まらなかった。
「空間が……歪められてる?」
息を切らしながら、隣で走るユファレートが言った。
ゴーンの魔法なのだろうか。
ズィニアの目的は、デリフィスたちを引き付けることにあるのかもしれない。
ならば、このまま追い続けることは無意味なのか。
だが、ズィニアから眼を離していいものだろうか。
ズィニアが立ち止まった。
反射的に、デリフィスたちも立ち止まる。
「残念だったな」
振り返ったズィニアが言った。
「連絡が入った。シーナ、死んじまったよ」
「なにを……」
ユファレートが、杖を振り上げた。
衝撃波が、地面を壊しながら突き進んだ。
だが、ズィニアに届く前に消失する。
「なっ!?」
「無駄だ。届きゃしねえよ。追い付くこともできなかったろ? クロイツがその気になったら、誰も敵いはしねえ」
「……クロイツ?」
デリフィスは、初めて聞く名前だった。
「シーナが死んだって、どういうこと?」
ユファレートが、怒りを隠すことなく言った。
「どうって……そのまんまの意味さ。シーナは、お亡くなりになりました。シーナには、『百人部隊』に加わるだけの力はありませんでした」
「『百人部隊』……?」
「『コミュニティ』の、特殊能力者だけで構成された部隊だ」
ユファレートに教えてやる。
デリフィスも、詳しくは知らないが。
対戦したこともない。
「欠員が出ちまってな。まあ、いつも苛酷な任務を行っていたからな。欠員が出たら、補充しなくちゃな」
「それで、シーナか……」
デリフィスは、ズィニアに剣を向けた。
届かないと聞かされても、構えるのをやめる気にはならない。
「ずっと前から、眼をつけられていたからな。けど、いくら強力でも、制御する力がまったく育っていなかった。そんなの、使い物にならんだろ? まあせめて、兵士を量産してもらおうとな……」
「ふざけないで……」
ユファレートが、また魔法を放つ。
だが、やはり途中で消えた。
「そう怒るな。俺だって、後味悪い任務だったんだからよ」
ズィニアは、小剣を収めた。
「二人相手だと、万が一がある。だから、退け。それが、今受けた指令だ。胸クソ悪い」
凶悪な笑みを浮かべる。
「退却する前に、質問だ。テラント・エセンツのお友達よ。まあ、答えなくてもいいけどな」
「……なんだ?」
「なんで、俺はあいつに命を狙われなくちゃならない?」
「……テラントの妻を、お前が殺したからだろう」
ズィニアが、難しい顔をする。
「……本当に、殺したのは、俺?」
「……」
デリフィスは、エスとのやり取りを思い出していた。
テラントは実際には見ていない。
マリィが殺された瞬間も、ズィニアが殺す瞬間も。
「……まあ、どうでもいいんだけどな。火の粉は払うだけだ」
いとも気楽に、ズィニアはそう言った。
「伝言頼むわ。俺はこれからズターエ王国にいる友達に会いに行く。なんなら、追ってこい、ってな」
そして、ユファレートを嫌らしい眼つきで見て、笑う。
クロイツとやらの魔法か。
ズィニアの姿が消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
シーナの遺体に縋り付いて泣きじゃくるリィル。
放心したような表情でそれを見つめるルーア。
座り込んでいたシーパルは立ち上がった。
「……シーパル」
声をかけてきたティアに、シーパルは頷いた。
「テラントの所へ戻ります」
「……一人で、大丈夫か?」
ルーアだった。
もう、戦う気力など残っていないだろうに。
「大丈夫ですよ」
「……じゃあ、頼む」
「はい」
テラントたちがいる方へ、歩き出す。
本当は飛行の魔法で飛んでいきたいが、頭部を負傷している状態では、思うように制御できない。
歩きながら、治癒の魔法を発動させた。
(……なんだろう?)
なにか体がおかしい。
喉だけでなく、肺まで渇いた感じがする。
重たい感情が、胸の内にある。
出血を止めたところで、シーパルは飛行の魔法を発動させた。
集落で過ごして、まだほんの数日。
姉妹と交わした会話は、数えるほどしかない。
友人と呼べるほどの付き合い方はしていなかった。
だが、この感情は。
紛れも無い、怒りと悲しみだった。
テラントの周囲で瞬間移動を繰り返し、剣を振るうゴーン。
それを、テラントは傷だらけの体で凌いでいた。
「テラント!」
名前を呼びながら、着地する。
「……よお」
さすがに、疲弊しきっている。
今にも卒倒しそうな顔色だった。
そんな状態で、そして片手片足で、テラントはゴーンの相手を続けていた。
ゴーンが、離れた所へ瞬間移動した。
「あとは、僕が」
「ああ、任せる……」
言い終える前に、テラントは倒れ込んだ。
「すぐに終わらせます」
警戒の色を見せているゴーンと対峙する。
幾度となく、瞬間移動を発動させたのだろう。
さすがにゴーンは、肩で息をしていた。
背中の負傷もある。
魔法の発動速度も、精度も、かなり落ちるはずだ。
表情。
焦っているようにも、怯えているようにも見える。
その姿が消えた。
(瞬間移動? 長距離転移? いや……)
魔力の残滓を読んでいく。
おそらくは、先程の灰色の世界のように、別の空間へ転移した。
都合がいい。
逃亡する可能性が高いとは思っていた。
長距離転移をされては、追うことはできなかった。
ズィニアと合流されるのを、最も恐れていたのだが。
自分の世界に閉じこもっているのならば。
強引に、その扉を開けてしまえばいい。
ゴーンの空間。
ここにある。
「時間……空間。……封印……解放」
呟きながら、読み取っていく。
空間を、世界を。
「…………見つけた」
手を伸ばし、触れる。
「空間……と……解放。……侵食」
自身の魔力を、空間へと注ぎ込んでいく。
単純な魔力の強度ならば、シーパルの方が上。
空間系統の魔法の精度ならば、ゴーンの方が上。
だがゴーンは、空間を維持し、なおかつ守らなくてはならない。
シーパルは、ただ穴を開けてやるだけでいい。
人が一人通れるだけの穴を。
空間が軋む。
亀裂が走る。
強引に、シーパルは空間をこじ開け、穴を拡げていった。
魔力を放出し続けながら、シーパルは空間へと侵入した。
撒き散らす魔力が、空間の形成するゴーンの魔力と結合する。
シーパルは、立ちくらみを感じた。
コツは掴んだつもりだが、空間に穴を開けるなどの荒業、やはり消耗が激しい。
空間の隅で、ゴーンが悲鳴を上げた。
先程の灰色の世界に比べたら、ずっと狭い。
ジンの集落ほどの広さだろうか。
ゴーンが魔法を使おうとして、だが失敗する。
この空間の外へ脱出しようとしたのである。
「……無駄ですよ。すでにこの空間には、僕の魔力も浸透させています。ここはもう、あなただけの世界じゃない」
ゴーンが消えた。
背後に瞬間移動。
背中の傷と、テラントとの戦闘で消耗しているのだろう。
これまでのような切れがない。
「ルーン・バインド!」
魔法の縄が、ゴーンの剣に絡み付く。
ゴーンは剣を捨てて、瞬間移動で逃げた。
他人の魔力に侵された道具を持っては、瞬間移動の魔法はさらに難易度を増す。
焦燥したゴーンが、また瞬間移動を発動させた。
そのまま、連続で発動させ続ける。
おそらく、こちらに隙ができるのを待つつもりだろうが。
(……時間と空間……封印と解放……)
思い出せ。
あの訓練を。
一日中、時間の流れを読んだ。
風の流れを。
草木のざわめきを。
鳥はどこからどこへ飛んでいくか。
蛇は。
蟻は。
ゴーンは、次はどこへ瞬間移動するのか。
読み取れ。
時間を、空間を。
「ルーン・バインド!」
ゴーンの右腕に、魔力の縄が巻き付く。
驚愕した表情が見えた。
それでも、瞬間移動で逃げ続ける。
だが、発動速度が顕著に落ちていた。
他人の魔力を引っ張りながらでは、ゴーンといえども思うように瞬間移動を使えない。
魔力の縄が、ゴーンの四肢を封じ、そして胴体に絡み付く。
それで、ゴーンは瞬間移動を発動させることができなくなった。
この魔法、実はかなり脆い。
簡単な攻撃魔法で破壊できるし、身体能力が高い者なら、腕力で強引に引きちぎることも可能だった。
だが、ゴーンにはその両方がない。
身動きが取れなくなったゴーンに、シーパルは歩み寄っていった。
「……た、助け……」
「シーナは一度も命乞いをしませんでしたよ。自分の命乞いはね」
「……」
シーパルは、ゴーンの前で立ち止まった。
(時間と空間。封印と解放……)
それが、ヨゥロ族の真髄。
おそらく、まだ理解し切れていない。
だが、それでも。
「今日から僕が、ヨゥロ族の族長です」
これは、宣戦布告。
『コミュニティ』への。
あの、ソフィアへという女への。
そして、ヨゥロ族を壊滅させた、何者かへの。
シーパルは、ゴーンの顔へ掌を向けた。




