夕暮れバレンタイン
ハッピーバレンタイン!!
ごめんなさい盛大に遅れました。切ない系の恋愛です。
「あーあ、また渡せなかったよ」
夏那は公園のベンチで俺の隣に座ながら、独り言のようにそう言った。手には渡せなかったクッキーの入った袋がある。
「あはは、まぁ頑張れよ。応援してるからさ」
「……うん。ありがと」
夏那は嬉しそうにそう言った。
夏那には、前から密かに想いを寄せている人がいる。俺はこの公園で夏那と四年前に知り合った。その時から、俺は夏那の恋の相談をするようになった。それと同時に悩み事なども聞いたりしていた。けど、また今年も夏那はその人にクッキーを渡せなかったようだ。その渡せなかったクッキーは、自然と俺が食べることになる。
「……はい、あげる。来年はちゃんと渡せるように頑張るから」
そう言って、夏那はクッキーの入った袋を渡してきた。
「おう、サンキュ」
俺は貰った袋をその場で開けた。去年はクッキーを作ってたけど、今年もクッキーにしたようだ。袋を開けた途端、クッキーの良い香りがふわっと周りに広がった。
「去年と同じにしたのは、その、去年の味と比べてどうかなって思って……」
「そんなの、俺が食べないと分からないじゃん」
「うん。でも大丈夫。利紅の分もちゃんと作ったから」
そう言って、夏那はもう一つの袋を取り出した。あいつに渡すはずだったこの袋より、ひとまわり小さいのが少し寂しかった。
「利紅、クッキー好きなんだよね?だから毎年食べてくれるんでしょ?」
「……まぁな」
そう言って、俺はクッキーを一つ手に取った。
ごめん、クッキー自体は好きだけど、毎年夏那から貰うクッキーは好きじゃないんだ。食べるたびに胸が締め付けられるように痛むんだよ。だけど夏那が作ってくれたものだからかな、絶対全部食べたいって思っちゃうんだよね。
俺はクッキーを口の中に入れる。すると、ふんわりとした甘いクッキーの味としっとりとした食感が口の中に広がった。去年より明らかにおいしくなっている。
「……どう?おいしい?」
「うん、悪くはないけど、星十個中六個くらいかな。ハート型って、何か狙いすぎじゃない?」
「なっ、そんなこと言うなら返してよ!」
「やだよ。毎年お前の義理チョコしか貰えない俺の気持ちも考えろ」
「知らないよ!食べたくないなら食べなくていいって!」
「食べたくないって、俺がいつ言ったんだよ」
俺は夏那の目を見てそう言った。今にも吸い込まれそうなくらい綺麗な黒。見ているだけで不思議な気持ちになった。
「……全部食べてやるよ、お前のクッキーなんか。残りかすも何も残らないくらい」
俺と夏那は、そのまましばらくお互いを見つめ合っている状態になった。
すると突然、夏那の頬を一つの雫が伝っていった。
「……夏那?」
「何で……何で利紅があの人じゃないんだろう……」
夏那の頬を大粒の涙が伝っていく。
そんなこと――――俺が聞きたいよ。
俺が夏那のことを好きなんだってことに気付いたのは二年前。だから、そのずっと前に夏那が好きになった人には勝てないだろうなって、分かってたよ。でも、俺はあいつなんかより、誰より何百倍も夏那が好きなんだ。この気持ちだけは、絶対に誰にも負けない。
それだけは、夏那に分かっていて欲しい――――。
「……そろそろ帰ろっか。日も暮れてきたし」
「あぁ、そうだな」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭きながら、夏那は立ち上がった。オレンジに染まりかけている空は、いつもは綺麗に見えるのに、今は悲しい色に見えた。
隣の夏那を見てみると、まだ目に涙が残っていた。また泣き出してしまいそうだ。
「……きったねぇ顔」
「うぅ……うるさいなぁ……。ほっといてよぉ……」
「はいはい。……あ、そうだ」
俺はカバンから透明の小さな袋を取り出して、夏那に見せた。中にはチョコが入っている。
「ほら、これやるよ」
「これって……」
「ああ、まぁ、いわゆる逆チョコってやつ?今貰ったやつのお返しってことにしておいてくれ」
夏那は、俺からチョコを貰うと、不思議そうに眺めていた。
「……これ、もしかして手作り?」
「ああ、まぁ。渡そうと思った奴に渡せなかったから、お前にあげようと思って」
嘘だけど。
「ふーん……。誰に作ってたの?」
「ん?お前と一緒で、好きな奴」
「えっ!?利紅って好きな人いたんだ!」
「失礼だな。俺だって好きな奴くらいいるよ」
「何て名前?」
「教えなーい」
「えーっ!ケチー!」
「ケチじゃねぇよ。そんなこと言うなら、もう絶対に教えてやんない」
「えぇー……。じゃあ、どうしたら教えてくれるの?」
「だから、教えないって」
「えーっ!利紅の意地悪ー!」
「はいはい。別に良いよ意地悪で」
そう言い捨てて、俺は歩き出した。
「あ!ちょっと待ってよー!」
その後に、夏那が急いで俺を追いかけてきた。
今はまだ教えないけど、夏那があいつに告白するまでには、きっと教えるから。好きな人から義理チョコばっかり渡されてる俺の気持ちも分かれよな。本当鈍感なんだから。まぁ、そんなところも全部好きなんだけど。
夏那は何かを思いついて、歩きながら俺に話し掛けてきた。
「あっ、じゃあこうしよう!私が無事バレンタインでクッキーを渡して告白できたら、利紅も好きな人を教えるってことで、良いでしょ!」
「……そうだな。ま、良いんじゃねぇの?」
「やったあ!じゃあ決まりー!」
夏那は笑顔でそう言って、その場で飛び跳ねた。
「ついでに、そろそろ利紅の通ってる学校の名前も教えてよー?私だけ教えてるって、何か納得いかないしー」
「ああ、まぁ、気が乗ったらな」
「もうー」
夏那が頬を大きく膨らます。その顔が、何とも言えないほど可愛かった。
「ぷっ、不細工な顔ー」
「なっ、女の子に向かって失礼!」
「えー?夏那って女の子だっけ?おばさんじゃなかったー?」
「ひどーい!」
「あはははっ」
いつまでもこうしていたいと思った。もし俺が夏那に告白したら、この関係が終わってしまうんじゃないかって思って、少し怖かった。でも、夏那があいつに告白したら、きっともう俺とこの公園で話すことはなくなるんだろう。それは多分、避けられないことだと思う。だから、そうなる前に、告白をして他に話すことなんて何も無い状態にしておこうと思った。だけど、やっぱり……。
「どうしたの利紅?何か急に暗くなってない?」
夏那はそう言って、俺の顔をのぞき込んできた。
「ああ、いや、ちょっと考え事」
「ふーん?」
やっぱりまだ言えないけど、でも、きっといつか――――。
空はいつの間にか全てオレンジ色に変わっていた。うっすらと暗いところもある。
俺は歩きながら道に捨ててあったジュースの缶を蹴った。
この話、結構裏があったり無かったり……。
また機会があれば書きたいです。
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