☆+7 私は無実
針の蓆と言う言葉は、おそらくこんな時に使う言葉なのだろう。
「何か弁解はありますか、篠田さん」
「な、何の事でしょう」
携帯を鞄にしまい、よろよろと立ちあがった私に待ち受けていたのは、人事部長による尋問だった。
蟻一匹も逃さないような目つきで私を見る来留逵さんの目は、本気で怒らせた父と同じくらい怖い。いや、辛うじて父の方が怖いだろうか。
父は笑いながら怒るから、そっちのの方が格段に怖いに違いない。
そうに違いない。と、結論付けた私は堂々と開き直る事にした。
伊達にあの父を15年間父と呼んできただけあって、私の根性はそこそこ座っている。
「弁解も何も、私には弁解するような疾しいことは一つもありませんし、してません。」
きっぱりさっぱりと言いきった私に、来留逵さんはまるで値踏みをするかのような目つきで私を暫く無言で見回していたかと思うと、仕方なさげに溜息を吐いた。
その様子から、どうやら今回は諦めて引いてくれるらしいと判断した私は、優雅に見えるように、しかし実際は一刻も早く来留逵さんから逃げる為、エスカレーターへと急いだ。
私の勤めている会社【株式会社・MIKAGURA】は、地下2階、地上35階建てのビルで、約一千人越えの人間が毎日出入りしていて、会社は主にインテリア家具や、服飾関係の自社ブランドを展開していて、他にも何やらやっているようだが、私には生憎と解からない。
――ピピッ・・・
なんとか来留逵さんから逃げ遂せた私は、IDチップが組み込まれた社員証をエレベータに翳し、丁度待機していたそれに乗り、ようやく職場での自分のテリトリーに辿り着いた。
当然、先輩秘書の何人かは既に出社していて、仕事を始めていた。
その先輩達が、私の顔を見るなり、美しく整えられている眉を吊り上げ、ワラワラと集まってきた。
そして。
「篠田さん、その頬はどうしたの?貴女は【MIKAGURA】の秘書の一員なのよ?その自覚はあるの?」
「そうですよ~?それじゃあお嫁さんにもなれませんよ?」
「秘書と受け付けは会社の顔なのよ?だから顔には傷を付けてはいけないの。」
次から次へとそれなりに顔の傷跡を心配してくれた。
特に私より3歳年下の野之下 蜜歌ちゃんなどは、ガーゼとテープの貼ってある私の右頬を撫でながら、優しく労ってくれる。
(あぁ、良い匂い。これは確か・・・)
ローレン・フランチェスのカモミールの香り、と思った時には、先輩方はピシリと背筋を伸ばし、私の背後を見ていた。
どうしたんですか、なんて聞かなくても判った。
そろそろと先輩方の視線を追う様に振り返ってみれば、そこには、嫌悪感と抑えきれない怒りを露わにした御鹿倉さんが立っていた。
だから私がこう叫んだのも当然だと思おう。
「私は無実です!!」
と。
叫んだあと、私は有無を言わされない内に、社長である御鹿倉さん直々に残業を言い渡されたのだった。