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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
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☆+5 コレも仕事?

 問題です。私は今、何をしているのでしょうか。


 ポタリポタリと髪から滴る液体に、その液体で直に汚された卸したての新品のブラウス。


 そんな悲惨な姿の私に対して、今私の目の前にいる人は、明かに良い家柄の令嬢と思われる女性。その女性の手には、赤い液体の正体である赤ワインが少しだけ残っているグラスが握られている。


 ここまで説明すれば、みなさんお解りになるでしょう。

 そうです、私は今、上司でもあり、社長でもある御鹿倉さんをワインから守る為に壁になっているのです。


 半ば騙し打ちの様に秘書課に異動させられ、秘書になってまだ三日目にも関らず、こんな目に会う私って何?


「篠田、そのシミ、クリーニングで取れるか?」


 真っ白な新品のブラウスを汚されたショックで、何も反応出来ない私に、御鹿倉さんは感情の籠っていない声で、淡々とブラウスの汚れの事を聞いて来る。


 普段の私だったらそんな態度に逆切れするだろうけど、今は仕事中でもあり、私の服を汚した相手は仮にも会社の取引先の重役のお嬢さんの一人。ここで私がいつものように怒りを爆発させては、会社の名誉にも関る。


 ゆえに。


「お気づかいなく。外内様のお嬢様もお手が滑っただけでしょう。ですからお気になさらずに。」


 懐の深い処を一度見せておいて、止めを刺す。


「ですが、もし社長のスーツが汚れていたら大変でした。何しろ社長のスーツは全てオーダーメイド品です。御自分で働いていないお嬢様には、クリーニング代も払えなかった事でしょう。私のたかだか三万円のブラウスと、五万円のスーツが汚れただけで不幸中の幸いでした。」


 多少の恨み事と、皮肉を交えて微笑めば、ご令嬢は明らかに私の言葉に腹を立てた様で、顔を真っ赤にして睨んできた。


 もうご令嬢の頭の中には、今ここがどういう処で、何をしていた最中だったのか忘れてしまい、頭の中にはないのだろう。あるのは、私に対する蔑みと怒りだけ。


 現にご令嬢は大観衆を前にして、私を悪しざまに罵っている。そんな彼女に好き勝手言われている私はと言えば、周囲のまるで蔑みと奇異なモノを見るかの様な視線を無視し、ご令嬢に黙って耳を貸していた。


 だいたいこの手の相手は、言いたい事を言わせておけば、後は自分で自爆するのだから、私はそれまで黙っていればいいだけで、会社にも迷惑をかけなくても済む。それに、後々の取引では優位に立てるから全然痛くも痒くもない。


「とにかく、私は、「もう結構です」」


 それでも眼鏡を拭き直し(普段はコンタクトの方が多い)つつ、今回それを待たずに、言葉を挟んだのは、御鹿倉さんが時計を気に出したから。


 秘書室長には、社長を第一に考える事。と、異動してきた日から毎日言い聞かされている。だから、その社長が時計を見たのなら、次のスケジュールの為に動かなければならない。


 おそらくそんな事も知らないだろう世間知らずなご令嬢は、私の態度が気に入らなかったのか、偶然にも赤ワインを掛けられた場所がデザートバイキングの前だった事から、そこに偶然置いてあったケーキナイフを手に取り、それを私に目掛け振り翳し、滅茶苦茶に振り回してきた結果、当然、私を庇うような奇特な人もいなかった為、そしてご令嬢のそんな急な反撃を咄嗟に避けれなかった私は、ご令嬢の振りまわしたケーキナイフで右頬を傷付けられた。


 その瞬間、今までまるで面白いモノをを見るかのように私とご令嬢の言動を見守っていた人達は、私の頬から血が流れ出るなり、潮が引く様に静まり返った。


 でも、それを明かに狙っていたかのように、一人の男性がハンカチを胸ポケットから取り出し、私の右頬にそのハンカチを押しあててくれた。そして。


「もうここに用は無い。不愉快だ。――帰るぞ、篠田。」


 死神も真っ青な冷たい美声をパーティー会場に響かせ、呆ける私の手首をグイグイと引っ張りながら、そのままホテルを後にした。

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