☆+37 そうだ、出かけよう②
予想していた通り、美術館には開館時間ピッタリに到着した。
今日は絶好の行楽日和な天気だったので、私達の他にも多くの家族連れやカップルがいた。その中でも私と弌葉さんと歌音ちゃんの組み合わせは、一際目立っていたのだけど、それは仕方のない事なのだともう諦めて開き直ってる。
だって弌葉さんは大きな企業の社長さんだし、歌音ちゃんはあの女と瓜二つだし、それなのにその横にいるのが平凡な顔立ちの私って、誰だって納得しないと思うし、一目で弌葉さんの浮気現場を目撃したって騒然となる。
せっかく歌音ちゃんが楽しみにしてたお出掛けなのに、これじゃあ楽しめないよね?
チラリと多少の罪悪感を胸の奥で抱きつつ、今日の主役であるはずの歌音ちゃんを見れば、幼い瞳をキラキラと輝かせ、開館を今か今かと待ち望んでいるだけで、私たち大人の澱んだ思惑なんてちっとも感じ取っていないようだった。そんな歌音ちゃんを見て、私の心はふっと軽くなり、明るくなった。
「楽しみだね、パパ、柚妃ママ!!」
「そうね、あたしも美術館は久しぶりだから楽しみだわ。これでも中学生の頃は、コンクールで特選を取ったこともあるのよ?」
「ウソぉ~!!柚妃ママすっご~い!!」
そうでしょう、そうでしょう、と、歌音ちゃんの素直な絶賛に満面の笑みを浮かべていた私は、ポコンと頭に軽い衝撃を受け、その正体を知って、苦笑した。
振り向いた私の視線は、子供のように拗ねた面持ちの弌葉さんが腕を組んで私と歌音ちゃんをブスくれた顔で睨んでいた。
どうやら仲間外れにされたのが面白くなかったみたい。
こんな処を見る度に、私はどんどん弌葉さんに惹かれ、好きになっていくのが自分でも判る。
このヒトが傍にいてくれるだけで私は無敵になれる。
「歌音、ユズはパパの奥さんになる人だから、歌音には貸してやるだけだぞ」
「うん、わかってる。柚妃ママは歌音のママになるんだよね?早く一緒に暮らしたいなぁ~」
大はしゃぎの歌音ちゃんに違和感を感じた時には遅かった。
周りがやけに静になったなと思った時には、私と弌葉さんは多くの報道陣に囲まれ、容赦なくフラッシュを浴びせかけられ、勝手に写真を取られていた。そして次から次へと無遠慮に浴びせかけられる質問と糾弾の声。
大企業の社長と言う肩書にありながら、こんな日中に浮気相手と遊びに来ていいのか、会社員に悪いとは思わないのか、妊娠している奥さんを悲しませていいのかと。
そこには私への批判と非常識さと倫理観を責める言葉が込められていた。
どうして?
どうしてそんなに私を責めるの?
以前の私ならそんな風に自分の心の中で悶々としていたのだろうけれど、今は違う。
今は弌葉さんと一緒に守らなければならない、大切な家族がいる。
だから負けてなんていられない!!
ぐっと拳を握り、毅然と前を向き、私は私達を囲む団体に立ち向かう為、牙を剥いた。
「アナタ達は私に道徳心や倫理観、人としての情けや感情は無いのかとお尋ねになりましたね?」
「ゆず・・・?」
私の突然の反論に弌葉さんが困惑しているのが判る。でも今はそんな事よりこの人達に言い返す方が先だと思うの。
「確かに私達の中は法的には認められない、常識としては認められない関係でしょう。ですが、それをあなた達にとやかく言われる筋合いはありません。私達を不道徳だと言うのなら言えばいい。不敵だと罵るんだったら罵ればいい。人は見たい物を見たいように見るし、それを信じるか否かもその人それぞれです。
――私はアナタ達何と言われようが、御鹿倉さんとは別れません。」
私がそう宣言したと同時に、歌音ちゃんが私に縋る様に私の太腿辺りに抱きつき、声を押し殺して泣きだした。
きっと、いきなり多くの大人達に囲まれ、怖かったのだろう。
そのいつにも無い緊張感と怖さから、遂に我慢できなくなったに違いない。
まだ小さくて、親の愛情を必要としている歌音ちゃん。この子の為にも私は今よりもっと強くならなければならない。
私は泣きだした歌音ちゃんを抱き上げ、顔を映されない様に服にフードをかぶせてあげて、報道陣と言う名の檻を破り、美術館と言う名の聖域へと駆けこんだ。そんな私たち続く様に弌葉さんも美術館へと駆けこんで来た。
そして。
「ユズは賢いな。奴らは絶対ここの美術館には入れない。」
今でも所々、カメラの持ち込みを絶対禁止にしている美術館はある。
偶にテレビに紹介されている美術館はそれはそれで良いのだろうけれど、原則的に美術館は静謐な空気に満たされる所であり、純粋に美術を楽しむ所だから。
今日、私達が選んだ美術館は、まさにそんな生粋の美術館。
外観の撮影は了承しても、美術館内の撮影はNG。
もし万が一にでもその規約を破った所が一つでもあれば、今後、どのメディアに対してでも外観の撮影は許可されない。
それが判っていたから、私は美術館へと逃げ、弌葉さんはそんな私を賢いと言ったのだろう。
私はその言葉を褒め言葉として受け取り、その日は閉館までじっくりと時間を掛け、歌音ちゃん達とのひと時の休日を楽しんだのだった。