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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
36/40

☆+35 本音

「あなたって、本当に救いようのないバカね」


 それが、私が今までの事を洗いざらい全てをぶちまけた後の、ゆり子の開口一番の言葉だった。

 そしてそのゆり子の言葉に、私は反論の余地もなかった。

 

「良い?世の中にはしてはいけない事と良い事があるの。確かに社長の奥さんの浮気が事実だったとしても、それはそれで夫婦の倫理観としては問題だけど、いざ、その奥さんに訴えられでもしたら、負けるのは柚妃って、相場は決まってるのよ?そこんところ理解してるの?」


 ドンっと、ビールが並々と注がれてあったピッチャーグラスをテーブルに叩きつけるように置いたのは、アルコールを大量摂取した事により、普段より饒舌化した清田女史、その人。

 その一方で、昼休みからひたすら沈黙を守っているのは壬のみ。


 そんな不気味な壬を放置して、私を本気で叱ってくれるゆり子と清田女史。


「相手は一昔前とは言え、たった一言で新人タレントを芸能界から追放した魔女なのよ?裁判になったら困るのは柚妃だけじゃないのよ?今の勤務先の人達もそうだけど、ご両親にだって迷惑かけちゃうのよ?」


 それでも良いの?と、私を諭すかのように論ぶっていたゆり子は、私が『両親』というフレーズを聞いた瞬間、無表情になったのにすぐに気付き、ハッと息をのみ、表情を固めた。


 今の私に『両親』と言う言葉が禁句だと言う事を、たったのそれだけで理解してしまったのだろう。

 だから。


「ごめん、柚妃。ちょっと興奮しすぎて言い過ぎちゃったわ。」


 ゆり子はすぐに素直に私に謝ってくれた。


 ゆり子はいつもそうだ。

 自分が正しいと思って信じていった言葉で、その言葉をぶつけられた当人が傷付けば、直ぐに謝る。私はそんなゆり子が大好きで、憧れていた部分もあったけれど、逆に今はそれが眩しすぎて、一緒にいるのが嫌になってくる。


 美人で、素直で、強いゆり子。私とは大違い。

 なのになんで私達は一緒にいるの?友達なの?

 本当は心の中で私を嗤ってるんじゃない?


 一度疑い出せば、キリも際限も無く次々と疑う心が湧き出てくる。


 なんて浅ましいんだろう。

 なんて卑屈なんだろう。

 なんて、なんて、愚かしいんだろう。


 前向きに生きて行くって決めたばかりなのに、こんなにも簡単に物事の全てを暗く、悪い方へと捉え、考えてしまう。


 激しい自己嫌悪と、苦しさの渦の無限ループに堕ち掛けた時、今まで無言の態勢を貫いていた壬がついに口を開いた。――本気の怒りと共に。


「甘ったれてんじゃねーよ。このバカ女が」


「ちょ、壬!?」


「壬君?どうしちゃったの?」


 ゆり子と清田女史の二人は、壬の態度の急変に戸惑い,アワワ、と慌てふためいていたけれど、私は違った。

 今の壬は本気で怒っている、と言うか、私を本気で侮蔑している。

 けど、私だって。


「何よっ、私の何処がバカだっていうのよ、何処が甘ったれてるってのよ!!私、こんなに苦しいのに、辛いのに、それでも我慢してるのに、」


「ほら、お前は全っ然解っちゃいやしねーじゃねーかよ。なに悲劇のヒロインぶってんだよ。そんなに自己陶酔は楽しいかよ、そんなに自己憐憫の世界に浸るのは気持ち良いかよ。」


 自己陶酔?

 自己憐憫?


 なによ、ソレッ!!


「バカにしてんの?私が悪いっての?私が?社長を好きになっちゃった私が悪いワケ?子供を妊娠して、流産しちゃった私が悪いワケ?あぁ、そうよね。その通りよ。全っ部、私が悪いのよね、何もかも。でもしょうがないじゃない。好きになっちゃったんだから。」


 最後の方はもう完全にブチ切れて、それでもずっと思っていた事を口に出して吐き出したせいか、涙が滝の様に瞳から溢れ出していた。


 苦しくて、切なくて、寂しくて。

 家族の中にいても消えなかった寂しさが消えたと思った時には、もう遅かった。


 彼を想うだけで幸せで。

 彼を見ていられるだけで嬉しくて。

 好きになっちゃいけないと想いながら想いを募らせるだけで、どんな事でも耐えられた。


「ねぇ、どうしたらいいの?どうしたら楽になれるの?幸せになれるの?教えてよ、助けてよーっ」


 激しく泣きじゃくり、駄々をこねる私の姿はさぞかし滑稽だっただろう。

 でも、壬は笑わなかった。

 嗤わなかったその代わりに、私が小さい子供の様に流しっぱなしにしていた涙を、指で優しく拭ってくれた。


 そして。


「ほら、言えたじゃないか。苦しい時は苦しいって言わなきゃ、誰にも伝わらないんだからな?これからはもう少し人に頼るってことを覚えろよ?」


 悪かったな、泣かせて。との言葉を掛けられた時、私は壬から本当の愛情と厳しさを教えられたのだと解った。そんな壬だからこそ、ゆり子は選んだのかもしれない。


 きっと、私が普通に暮らしていた女の子であれば、私も壬を好きになって選んでいたのかもしれない。


 ぐずぐずと鼻を啜りながら、それでも随分すっきりした気分になっていた私は、店と店に来ていたお客さんに心の底から謝罪し、赦して貰い、その日は日付が変わるまで遊び歩いた。

  

 

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