☆+31 隔たり
柚菜’s、eye
紙の様に真っ白な顔色で病院のベッドに横たわり、思わず痛々しいと顔を歪めてしまうほど点滴の管に繋がれているのは、愛して止まない筈の娘。
でも、その娘は私を許してなどいなかった。
私は娘から愛されているいるどころか、信用すらされていなかった。
仕方なかったとはいえ、生まれてからすぐに施設に入れたのは、やはり間違いだったのだろうか。
でも、あの当時では、それしか方法がなかった。
それを解ってくれている、理解してくれていると思っていた。
なのに現実は・・・。
「どうして、どうして何も言ってくれなかったの、柚妃ちゃん」
一言、たったの一言「妊娠している」と、妊娠の事実を打ち明けてくれていたのなら、こんな事にはならずに済んだのに。
どうして娘は、柚妃は私達に何も打ち明けてはくれなかったのだろう。
そんなに私達が嫌いだったの?
そんなに私達が憎かったの?
コンコン、と、軽く病室の扉がノックされ、誰かと思い振り返れば、そこには随分と冷たい表情を浮かべた医師と看護師二人の三人が立っていて、看護師の二人はあからさまに眉を顰め、娘から離れる様に私に言った。
「弌乃宮さん、少しお話を窺えますか?お話によっては対応を変えさせていただきます。」
有無を言わせない威圧感と威厳のある声は、何故か嫌悪感が含まれている様で、それが私には理解出来ない。
年々、唖妃にそっくりな顔立ちになってくる娘は、私の宝物。
不治の病で、娘に逢う事無く逝ってしまった私の永遠の初恋の人。
家族が欲しいんだと、儚げに微笑んだ大切なヒト。
君には幸せになって欲しいと、最後の最後までの時間を、私の心配に費やしてくれた優しい人。
――彼の忘れ形見はあなただけなのに。
「処置は済みましたが、服を着替えさせた際、篠田さんの身体を看護師が見た処、多数の火傷の痕跡や、傷の痕跡が見受けられましたが、何かお心当たりはおありになりますか?」
込み入った話なので、と、部屋を変え、椅子に座り、落ち着いた所で事情を聞かれた私は、言葉の意味が最初は解らなかった。
だから繰り返し同じ事を聞かれ、理解した時には、身体がぶるぶると震えていた。
信じたくない。
認めたくない。
そんなのは悪い作り話だと言い返したかった。
「篠田さんは過去に明らかに、虐待や暴力にあった痕跡が見受けられます。一番酷いのは背中の火傷跡でしょう。あれで今生きているのが不思議ですよ。子供の頃に受けた傷だとしても、あれだけくっきり残っているんでしたら、一生消えないでしょうね。」
嫌悪感で塗れている先生の言動の意味が、漸く解ったような気がした。
火傷や傷跡の主犯が私であると、目の前の先生は思っている。
だからこんなにも私の心が痛い。
でも、私は今日までそんな事知らなかった。
知っていたら、なんとかしていたのに。
産婦人科の先生はそんな私の心内を読み取ったのか、口の形を歪め、嗤った。
「知らなかった、とでも仰るつもりですか。それでも貴女は母親ですか?」
冷たい、何処までも冷たい声だった。
その声に怯えるだけの私に、先生は最後通牒を叩きつる様に、両手の指を組み合わせ作った手の上に顎を軽く乗せ、低く囁いた。
「弌乃宮さん、【愛情】の反対の言葉は解りますか?」
【無関心】って言うんですよ・・・。
嫌いでも、苦手でもない。
興味、関心があるのは、少しでもその対象を常に気に掛けているから。
だからその物事や人に関して、異常があればすぐに気付く事が出来る。
「無関心だったからこそ、あなた方は篠田さんから発せられていた筈の小さなSOSに気付く事は出来なかった。何も言ってくれないなんて、どの口が言うんですか。可哀想に。彼女は妊娠出来る可能性が今回の事で難しくなってしまわれましたよ。」
一日様子を見て、体調が良ければ退院しても良いと言われた娘は、先生の言葉に素直に頷き、静に涙を流していて、その横顔は、知らない人に見えた。
もう子供を妊娠する事は出来ないかもしれないと、先生から告げられた時には、私の可愛い可愛い娘・柚妃ちゃんは、時を止めてしまったかのように、無機質な瞳を窓の外へと向け、それっきり口を開く事は二度と無かった。
次回、弌葉氏と再会編デス。